君が、此処に居た。 確かに此処で、笑ってた。 僕は、此処に居た。 確かに此処で、生きていた。 この背中に、白い翼は 無いとしても。2-20:つながる絆、記憶の鎖。 時々肝を冷やしながらも。全員が地下修練場に降りて来る事が出来た。青を基調とした広いトレーニングルームには、様々な運動器具が並べられている。−−何だろう…。 レーゼは辺りを見回して、眉をひそめる。−−此処…見覚えある気がする…。 悲鳴が上がった。先ほどリカが紹介してくれたランニングマシーンだ。その上を目金が血走った目で走っている。 彼のような自称インテリ派は、総じてプライドが高い傾向にある。基本は自慢したい。よって、自慢されると無駄に苛ついたり対抗心を燃やしたりする。 設備レベルの高さに胸を張るリカに、目金が意地を張りたくなるのは必然だったかもしれない。こんなの僕にも出来るさ!と。特訓もサボリ気味だというのに、マシンに挑戦すると言い出したのだ。 それで、今に至ると。「も…も…ダメッ」 「なんやなんや、男くせに根性無いなぁ」 初めて三分も経たないうちに音を上げる目金に、リカが呆れたように言う。「レベル1ごときでヒィヒィ言うとったら先が思いやられるわ。もっと気張りやー」 鬼だコイツ。と思ったのはレーゼだけではあるまい。リカは容赦なくパネルを操作した。レベル2。マシンの回転速度が上がる。「ひぃーっ!勘弁してーっ!!」 目金がだらしないのもあるが。実際、マシンの基礎レベルはかなり高いようだった。レベル2でこの速さとは。 さらにこれはただ走るだけのマシンではないらしい。リカが直に見せてくれた(その間目金はずっと悲鳴を上げっぱなしだったわけだが)。 平坦な道だけではなく、上り坂に下り坂。おまけに凸凹道まで再現できるようだ。また、ただ同じ方向に延々と走るのではなく、ランダムで逆方向に切り替わるという。 確かに、サッカーは陸上ではない。ひたすら同じ方向にだけ走っていてはゲームにならないのだ。攻守の切り替えで素早く反対方向に走り出せなければ意味がない。 なるほど。厳しい特訓だが有効的だ。体力だけでなく反射神経も鍛えられる事だろう。 さらには。「足元がお留守やで?」 パシュッと何かがすっぽ抜けるような音がした。なんとランニングマシンのパイプから、スパイクのようなものが射出されて来たのである。「ぎゃっ!!」 走るのに必死になっていた目金は気付かなかった。スパイクは見事彼の足首に命中。バランスを崩した目金は転び、そのままマシンの上から弾き出されてしまった。「サッカーはボールだけ見てればええスポーツやないで!あんたFWやろ?なら余 計にや。広い視野が無いと使い物にならへん」 呻く目金に、説教するリカ。正論を叩きつけられ、目金はぐうの音も出ない。サッカー、殊に得点力たるFWは、フィールドの位置状況を素早く把握する視野 の広さが求められる。相手の守備陣をかいくぐり、空いたスペースに素早く飛び込み、MFからのパスを受けなければならないからだ。 相手のチャージを受ける率も高くなる。そんな時ボールをキープする事ばかり集中していたら、敵の攻撃に気付けず反応が遅れてしまうだろう。 必死に走っている時でも、相手のスライディングにいち早く気付き避ける事が出来るかどうか。その辺りもこのマシンは鍛えてくれるという事だ。「すっげぇ、面白そー!」 円堂が目をキラキラさせてマシンに飛びついた。「これをクリア出来るようになったら、もっともっと強くなれるぞ!!」 「元気だな円堂」「だってさ!あのイプシロンにだって勝てるようになるかもしれないし!!そう思 うとワクワクするだろ!?」 円堂らしいや、と土門と一ノ瀬が顔を見合わせて笑っている。レーゼもつい笑ってしまって−−しかし次の瞬間、突然世界が凍りついていた。『…頑張…よ!…ら、きっと……もお喜びに……だって』 パキン。「うっ…!」 頭の中でガラス細工が砕けるような、この感じ。覚えがある。あのナミネという少女に魔法をかけて貰って、記憶が断片的に蘇った時の−−。「りゅ、リュウジ!!」 頭を抱えてうずくまったレーゼに、駆け寄って来る風丸。「だ、大丈夫…」 「嘘つけ、顔が真っ青だぞ!?」 フラッシュバック。頭がぎしぎしと痛む。立っていられない。波が過ぎ去るまで、歯を食いしばって耐える。 茶髪の子供が、くるくると表情を変えながら自分の手を引いて−−あの子は、あの子はこの場所にいて、ああ自分は−−。「ディア、ム…」 「…リュウ?」 風丸が心配そうに自分を覗き込んで来る。何かを言おうとして、しかし言葉に詰まっている顔だ。 それは、レーゼが口にした名前だけが理由ではあるまい。荒い息を吐きながら、青ざめた顔で−−レーゼが涙を流していたせいだろう。 気づいた時には、無意識に頬を滴が伝っていた。蘇った記憶が、心より先に体を動かしていたのだ。「…悪い。心配、かけて」 目元を拭い、もう一度“大丈夫だから”と繰り返す。発作の波は緩やかに引い ていった。まだ頭の中が軋むが、我慢できないほどではない。「無理は、するなよ。あんま体調も良くないみたいだし…」 事情は分からないまでも、レーゼの言葉を信じる事にはしたようだ。そう言って引く風丸。 彼はレーゼが記憶を取り戻す為、魔女と契約した事を知らない。レーゼの身体が生体実験の後遺症でボロボロなのも、詳しい内容までは知らない筈だ。 しかし、前に一度後者の理由で倒れた時は、彼に助けて貰っている。それもあって、気にかけてくれているのだろう。−−優しくて、面倒見がいい人なんだろうな…。 優しくされるたび、募る罪悪感。記憶が完全に戻るまでは、謝る事すらできないというのに。 あれだけ酷い真似をした自分を気遣ってくれる。面倒を見てくれる。 その優しさに報いる為にも、早く記憶を取り戻さなければ。本来の実力が発揮できれば、キャラバンのお荷物から脱却できるかもしれない。 否、そうでなければ、ならない。「遊園地の地下にこんな場所があるなんてね」 興味深げにランニングマシーンを見る照美。その前には、取り扱い説明の書かれているパネル。説明は全て日本語のようだ。「相当高いんじゃない?値が張りそう。凄いなぁ、君達の特訓場」「ウチらのやあらへんで」「え!?」 あっさりと言い放ったリカに、全員目を剥いて振り向いた。「ウチらが偶然ここ見つけてー。以来勝手に使かわせてもろうてるんよ」 ええもん見つけたわ、と。コンコンとマシンを叩いてリカは言う。「勝手にって…いいでやんすか、それ?」 苦い顔になる栗松。「ええんとちゃう?うちらずっとここ使うてるけど、だーれも文句言うてこんし」 つまり。何故この場所があるか、誰が作ったかは、リカも知らないという事だ。偶然リカ達大阪CCCギャルズが見つけて活用してるに過ぎないという。 メンバーは一様に顔を見合わせて、難しい顔をした。誰もが同じ考えに至ったのだろう。 遊園地の施設である可能性が無いでもない。しかし此処に降りて来るまでの複雑な仕掛け。まるで隠すような設置の仕方といい、アトラクションの一環とは考えにくい。 何より。あのランニングマシーン一つとっても分かる。あれは明らかにサッカー選手を養成する為の機械だと。それもお遊び程度の、生ぬるいレベルの代物ではない。「…私…少しだけ、思い出した」 一つ息を吐いて、レーゼは口を開く。「この場所…見た事がある気がするんだ。仲間と一緒に、特訓した。…此処で」 まだ痛む頭を押さえながら、ランニングマシーンの操作盤に触れる。このマシーンには、使用者の記録をつける事が出来る−−レーゼはそれを知っていた。たった今、思い出したのだ。 ボタンを押し、データを呼び出す。液晶に表示された文字を、指差すレーゼ。「間違いない。…此処だ。エイリア学園の…大阪拠点は」 “レベルMAXクリア チーム:ジェミニストーム メンバー:レーゼ、ディアム、パンドラ、グリンゴ、イオ、リーム”「此処がデサームの言ってた場所ってこと…?」 吹雪が不安げに辺りを見回す。「でも…待ってるって言ってたのに、誰もいないじゃないか」 「確か…奥に部屋があるんだ。サッカーグラウンドのある広い部屋が」 レーゼは朧気な記憶を辿る。確か−−GKの練習エリアの奥の壁、だった筈。あ そこに隠し扉があったのだ。だが。特殊なパスワードを入れるか、練習場の全てのマシンをMAXレベルでクリ アするか。そのどちらかでなければ、扉を開けられない仕組みになっているのだ。 パスワードを知るのはチームのキャプテンだけ。つまりレーゼも知っていた筈。しかし残念ながら、その記憶まではまだ戻っていなかった。 イプシロンは多分、そのサッカーグラウンドで待っている。あの扉が開くとセンサーが反応して、デサームに連絡が行くようになっているのだろう。 そしておそらく彼は、レーゼが記憶喪失になっている事も知っている筈。「理解した」 レーゼの話を聞いて、円堂は頷いた。「やってやろうじゃんか!レベルMAXでオールクリア!!どっちみち、それくらい強 くならなきゃイプシロンには勝てない!!」 「一理あるね」 小鳥遊が頷く。クールな姉御タイプに見える彼女だが、案外熱血系なのかもしれない。思えば似た境遇(瞳子監督から彼女の事情もある程度聞いている)にある春奈を、随分ライバル視していたようだし。 あるいはそれも現在進行形なのかもしれないが。「あっちには何があるんすかねぇ…?」 興味津々と言わんばかりに通路の向こうを覗き込む壁山。その頭の上には、最近そこが指定席となりつつある木暮がひっついている。「よっし、探検でやんすー!!」 栗松が元気良く走り出し、その後ろを壁山、木暮がついて行く。木暮が心配(主にまた悪戯をやらかさないかどうか、という理由で)になったのだろう。春奈も慌てたように駆けていく。 何だか微笑ましい光景だ。今は誰もいないとはいえ、敵地である事をすっかり忘れている様子である。−−あんな反応が…自然、何だろうな。きっと。 その子供らしい姿に、胸がチクリと痛む。蘇った記憶は断片的だが、それでも充分だった。 自分とかつてのチームの仲間達は、あんな風にはしゃいだ事などない。あらゆる生活の全てが“あの方”の為で−−その顔も思い出せないのに、敬いの気持ち だけは覚えているのだ−−何もかもが生きる為の義務で。 だけど。『頑張りましょうよ!強くなったら、きっと陛下もお喜びになります。デザーム様やグラン様だってきっと認めて下さります!!』 それでも笑っていた。チームで一番の親友で、腹心の部下だったディアム。この場所で誓ったのだ−−強くなる事を。 今彼がどうしているか、見当もつかないけれど。−−救ってみせる…必ず。 それが償い。あらゆる罪への唯一の購いなのだから。NEXT |
言葉に意味を、奏でながら。