子供達に祈りを、希望の光を。
 このゲームに終わりの鐘を鳴らせ。
 どうか、どうか、目を逸らさないで。
 隣で泣いてる、声に。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
2-24:かの、子守歌。
 
 
 
 
 
 ベッドでは、グランが眠り続けている。
 怪我とショックに加え、今までの疲労も溜まっていたのだろう。ガゼルはその
隣に立ち、呟く。
 
「お前は、馬鹿だ」
 
 どうしようもないくらい、思う。
 
「大馬鹿者だ」
 
 エイリア学園の中で。グランを妬む者は少なくない。実際、ガゼルも例外では
無かった。しかしそれはあくまで彼の地位に対する嫉妬であり、彼自身への嫉妬
ではないのである。
 マスターランク。ジェネシスに最も近いチームのキャプテン。それは確かに羨
ましいし、理不尽にも思う。けれどグラン自身へは、むしろ同情していたと言っ
てもいい。
 彼はあの方に最も愛されていながら、その実最も愛されていない人間なのだか
ら。
 事情を知らないバーンなどは、ただ純粋な嫉妬をグランに向けているが。ガゼ
ルのそれは複雑にして名付けがたいものだった。本当の事を、知ってしまってい
るだけに。
 知る者と知らない者。本当に不幸なのはどちらなのだろう。
 
−−少なくともお前は知らない方が幸せだったんだろうな。
 
 知って尚、その場所に立ち続けたのは彼の強さだろうか。それとも弱さだろう
か。確かなのはグランはけして現実を否定したわけではなかった事。
 そして否定したわけでなくとも、甘んじて受け入れた事。忌々しいと感じなか
ったわけではないけれど。ガゼルにそれを否定する権利はない。
 自分でもきっと同じ道を選んだ。それは自分が誰よりよく分かっている。
 
「お前は間違いなく私達の誰より不幸だったさ。でも
 
 かの人と同じ顔で生を受けなければ。
 かの人の実の父の元に流れつかなければ。
 
「届かない物ばかり求めて、何になる?始まってしまった物語に今更逆らって、
何が変わる?そうやって
 
 グランの事は好きでも嫌いでもないと思う。でも蹴落としてやりたい存在であ
るだけに、その力を認めてはいるのだ。
 さらに知っているのは。彼が倒れる事で起きるあらゆる影響が、とうに無視出
来ないレベルであるという事。
 
「そうやってさらに不幸になって周りまで不幸にして。一体何がしたいんだ
 
 答えは返らない。返るわけがない。グランはまだ眠りの奥底に沈んでいるのだ
から。
 それでも尋ねたかった。自分の気持ちに整理をつける為にも。
 
ん?」
 
 特徴的な振動音。
 グランの携帯が震えていた。メール着信を知らせる文字が液晶に踊っている。
表示された名前は−−円堂守。
 
……
 
 悪趣味を承知で、ガゼルはその携帯を開いた。円堂守。あの雷門のキャプテン
をグランが気に入っている事は知っていた。実際接触している事も。
 最初はいつもと同じ、気まぐれな興味と思っていた。しかし、グランは円堂と
頻繁にメールのやり取りを続けていて。
 何より、事あるごとに語るのだ。あの子は凄い。あの子は面白い−−と。
 
『円堂君は、俺の憧れなんだ。だって彼は太陽だから。円堂君が照らせば、それ
だけで世界が変わる。あの子の強さが、ジェミニストームを打ち倒したのさ』
 
 円堂の事を語るグランの眼は、いつも輝いていた。輝いていながら、泣き出し
そうな色を滲ませていた。
 彼を騙している。裏切っている。そんな罪悪感を、グランが抱き始めている証
拠。
 どうあっても自分は太陽にはなれない。円堂の隣には立てない−−それを誰よ
り理解している、人間の眼だった。
 
「分かってるくせに
 
 分かってるくせに。円堂との縁を切れない。嘘ばかり吐き続けている。それは
端から見ていると虚しくて、惨めで、ほんの少しだけ羨ましかった。
 パスワードはかかっていない。メール画面を開くと、顔文字まじりの子供らし
い文面がガゼルの眼に飛び込んできた。
 
 
 TO:基山ヒロト
FROM:円堂守
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
やっとメールできたー!正直ヘコんでたけど、俺復活(*^-^)bキャプテンがいつま
でも沈んでるわけにはいかないもんな!!
調子、相当悪いみたいだな。返信もあんま無いから心配してる(_;)
回復したら、メールくれよ!!
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 
 カチカチとボタンを操作する。
 見るのは今までのグランのメールの履歴。その半分は、エイリア学園内での事
務的な連絡メールだった。
 だが。そんなメールに埋もれて、それらは存在している。円堂との、他愛ない
会話が。彼とのメールは、驚くほどの割合でグランの携帯を占めていた。
 
 
 TO:基山ヒロト
FROM:円堂守
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
報告〜!今度の俺達の目的地が決定しました。愛媛です(ω)/
これでヒロトとは逢えなくなっちゃうなぁ…(´ω・`)
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 TO:円堂守
FROM:基山ヒロト
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
仕方ないよ、君達には世界の命運がかかってるんだもの。
俺ももうすぐ京都を離れるしね。次は福岡だってさ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 
 TO:基山ヒロト
FROM:円堂守
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
福岡かあ。じゃあ、キャラバンが福岡行く事があったらよろしく(*^-^)bまたサッ
カーしようぜ!
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 
 TO:円堂守
FROM:基山ヒロト
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
そうだね。楽しみにしてる!
愛媛かあ行った事無いなぁ。みかんが美味しいよね。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 
 TO:基山ヒロト
FROM:円堂守
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
だよな〜みかん(*゜ノノ゛みかん(*゜ノノ゛
壁山が名物みかんせんべい探すとか息巻いてる。遊びに行くわけじゃないんだけ
どなぁ;;
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 
 携帯を握る手が震えた。しかし、震えた事に、ガゼルは気付かぬフリをした。
 こんな風に、円堂と接していた。こんな風に円堂に接されていた。まるで普通
の子供のように無邪気な会話を繰り広げていた。
 こんな風に。こんな風に。
 グランの中に残された、子供らしい一面を彼には見せていたのだ。まるで夢を
見るように、祈るように。
 そんな幻、けして叶いはしないのに。
 
 
 TO:基山ヒロト
FROM:円堂守
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
最近どう?具合悪いって言ってたけど…(><;)
どこまで話したっけそうだ、俺達愛媛で真帝国倒したって報告までだ。今大阪
にいるんだ('-^*)/お好み焼きの街だな!ヒロトはお好み焼き派?もんじゃ焼き派
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 くだらない、と笑い飛ばせたら幸せで、どうしようもなく不幸だった。
 一番嘲笑したかったのは自分自身だ。今更ながら思い知らされた己の弱さに泣
きたくなる。
 震える指が、勝手にキーを操作していた。偽りの偽りは、本物どころか贋作に
も程遠い。出来損ないのイミテーションパールに何の価値があるのやら。
 それでも指は送信ボタンを押していた。
 
そっか」
 
 携帯を閉じる音がやけに大きく聞こえた。あの方の本当に望む幻。その幻の偽
物たるグラン。その偽物であるグランですら羨んで演じようとした自分。
 ガゼルは携帯を顔に当て、声を殺す。
 
「これが私の正体でどうしようもない距離
 
 本物の幻の偽物の贋作。本物までの距離のなんと遠いことだろう。グランはと
うにその報われなさに気付いていたから、せめて偽物の幸せに甘んじようとした
 自分は今やっと理解した。思い知らされた。マリオネットはどこまで行っても
マリオネット。ピノキオのように、人間になる夢など見れる筈もない。
 何故ならこの世界には、都合の良い救世主も、親切な妖精もいない。
 いるのは災禍を齎す魔女と、悪夢に溺れた愚者達だけなのだから。
 
 
 
 
 
 
 
「お、メール来たメール!」
 
 携帯が震えて、液晶を開いた円堂の顔が輝いた。
「ん?誰から?」
「ヒロト!最近返信無かったから心配してたんだよなぁ」
 秋が覗き込むより先に、円堂が画面を見せてくれた。確かに、画面には新着
Eメール:基山ヒロトの文字が。
 
 
 TO:円堂守
FROM:基山ヒロト
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最近あんまり返信できなくてごめんね。検査もあってベッドに寝てなくちゃいけ
ない時間が長くて。携帯も持ち込むと睨まれちゃうから。
回復したらまたメールする。心配してくれてありがとう。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 
「具合、悪かったの?」
 
 検査、という単語に眉を寄せる秋。ヒロトとは一度だけだが秋も直接顔を合わ
せている。円堂から詳しい話も聞いている。サッカーは上手いが、体が弱いらし
いとも。
 確かに、会った時のヒロトは明るく笑っていたが、あまり健康的な肌の色をし
ていなかった。色白と言えば吹雪もそうだが、彼のように純粋に日に焼けていな
いがゆえの白さではない。
 白というより、青白さ。内部傷害があると聞かされて納得したものだ。
 
「みたいだなぁ。本人だけじゃなくて、友達も調子悪いから心配してるんだっ
て言ってた。携帯持ち込み禁止じゃどうしようもないよな」
 
 はぁ、とため息をつく円堂の頭には、垂れた犬耳と尻尾が見えそうだ。円堂の
髪型はワンコの耳に見える〜と言ったのは春奈だったか塔子だったか。
 円堂がメールを打つスピードは並程度だ。しかし、顔文字が好きなのかそれな
りに凝ったものが送られてくる。咎められなかったので、何気なくその指を見つ
めていた。
 キーパーをやっている人間の手だ。壊す為ではなく、護る為に尽くしてきた掌
だ。傷だらけの指はけして美しいと言えるものでは無かったが、秋はそんな円堂
の手が大好きだった。
 
 
 TO:基山ヒロト
FROM:円堂守
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メールさんきゅ!!確かに、携帯の電波って機械に影響与えちゃったりするらしい
…(^_^;)
治ったら絶対教えてくれよ!早くヒロトのチームとサッカーやりてー(≧▽≦)
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 わくわく顔の円堂に、秋もなんだか嬉しくなってくる。自分の大好きな円堂が
、大好きな友達がたくさんいる。それが嬉しくない筈がない。
 
『だからね風丸君。宮坂君を危険に巻き込みたくないって気持ちも分かるけど
、宮坂君の気持ちも汲んであげなよ。きっと他の信念を曲げてでも、君の役に立
ちたいって考えてると思うから』
 
 ヒロトの事を大して知っているわけではないけれど。人の痛みの理解できる少
年なのは確か。
 何より、離れていても円堂を笑顔にできる存在は貴重だ。豪炎寺も鬼道も失い
、無理をしがちな彼だからこそ。
「ヒロトも頑張ってる!俺も頑張るぞー!」
「俺、だよ。みんなで一緒に頑張るんでしょ、円堂君」
「おう、そうだな!」
 どうかこの、強く貴い少年に幸あれ。
 安らぎの歌が、届かんことを。
 自分達はけして、独りきりで此処にいるわけではないのだから。
 
 
 
 
NEXT
 

 

この世界の全ての、優しい誰かへ。