闇を祓うのは貴女。 光を纏うのは貴方。 誰にも私はなれなくて。 成りたくて、鳴り損ねて。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 2-25:愛情の、言い訳捜し。
どいつもこいつも諦めが悪い。が、それが彼らの長所であり最大の武器なのだ ろうと思う。水分補給をするリカの目の前では、ランニングマシーンの上で奮闘 する雷門イレブン。
「戻れ!隊列を崩すな!!」
一之瀬の指示が飛ぶ。コンベアの動きが逆になったのだ。もたもたしてるとあ っという間に吹っ飛ばされてしまう。 しかもそのタイミングで、靴という名の障害物が飛んで来たりするわけで。
「きゃあっ!」
靴を避けようとして失敗し、春奈が躓いた。そのまま宮坂にぶつかり転倒。宮 坂は一之瀬にぶつかり、一之瀬は風丸に−−要はドミノ倒し。 そんな調子でバタバタと全員が倒れ、マシンの外に押し出されてしまった。 「ご、ごめんなさい!私…!」 「ミスはお互い様だよ音無。次頑張ろう!!よし、もう一回!!」 「はい!!」 皆、切り替えが早い。一つ一つのミスを見直し、反省するのは大事だが、いち いち落ち込んでいる暇はないのだ。 早くレベルMAXをクリアして、扉を開かなければ。イプシロンを倒して、真実を 確かめ、戦いを終わらせるのだと。誰もがその一心でがむしゃらになっている。
−−あれ、ホンマ体力無いとえっらいキツイかんなぁ…。
走り続ける体力。一レベルあたりの時間と傾向を図る観察力。障害物にいち早 く気付く洞察力。避けた上で他人にぶつからないようかわす身体能力。変化する コンベアを転ばずに走るバランス感覚−−。 何より、一度や二度の失敗でヘコたれない忍耐力が要求される。見た目より遙 かにハードな特訓なのだ。 諦めの悪さなら、リカとて負けていない。女は度胸、そして根性だ。最初は何 度も吹っ飛ばされたが、今はレベル7くらいまでならクリアできるようになった 。 MAXはレベル10。上に上がるにつれ一レベルごとの差も大きくなる。まだリカも 7より上は太刀打ちできていない。 よって、仲間達が7まで到達したら、参加させて貰うつもりだった。それまで は他の特訓をしていた方が効率が良いだろう。
「それにしても…」
ああ、こんなとこでデレっとしてる場合じゃない。場合じゃないのだが。
「頑張ってるダーリン…めっちゃ男前やぁ…v」
リカ、乙女モード突入。語尾にうっかりハートマークのおまけつき。 一之瀬の可愛さとカッコよさが悩殺レベルなのが悪いのだ!!やっぱり男はスポ ーツマンに限る。いやもう、一之瀬以上に理想に叶った男なんて現れまい!! ただ一つだけ、難を上げるとするならば。
「ホンマに、頑張ってるなあ…」
頑張り過ぎるところ、だろうか。 本人や円堂から、今までの経緯を粗方聞いている。テレビで表沙汰されている よりずっと、過酷な旅であった事も。 特に、エースストライカーの豪炎寺、司令塔の鬼道、雷門の点取り屋の染岡。 雷門の精神的支柱であったメンバーが、立て続けにいなくなってしまった。 彼らの分まで、自分が頑張らなくては。自分が皆を引っ張らなくては。一ノ瀬 がそう考えているのは明白だ。 本当に頑張っている。頑張りすぎてると言ってもいいくらいに。
−−…ええんよ、本当は。
そんな彼に言いたくて、でも言えない言葉がある。
−−辛かったら、辛いて言うても…全然かめへんのに。
それは逃げじゃない。頑張っている人間に必要なガス抜きだ。一之瀬が弱音を 吐いてくれる人間になりたい。それくらい信頼されたい。 その為に、強くなりたい。 それがリカの願いだ。まだまだ自分はやっと、仲間に受け入れて貰えた段階に 過ぎない。正直、“友達”のレベルかも怪しい。
−−覚悟しぃや、ダーリン。
距離は遠い。その背中への距離も、心への距離も。 だけど、勝負する前から諦めるなんざ女がすたるってものだ。
−−あんたが囲っとるえろう高い壁。必ずウチがブチ壊したるさかい!
何を理由に、そこまで頑なに他人を拒むのか。壁を作ろうとするのか。リカは まだ何も知らない。一之瀬の性格は、根暗からは程遠いというのに。 知らないから、知りたい。知る為に側にいさせろ、と自分はそう言った。知ら ないで犯す過ちは、知って尚犯さざるおえなかった過ちより、ずっとずっと後悔 するから。 「…やっぱ、分からんなぁ…」 「ん〜?」 雷門の特訓のサポートは、雷門のマネージャー達だけでなく大阪CCCギャルズの メンバーがやる事になっている。 特にランニングマシーンなどは、状況に応じてレベル調整をしたり、万が一の 時緊急停止ボタンを押す人間が必要だ。 ドリンクを持って立っている博美もその一人。一之瀬を見て、唸っている。 「試合の時も言うたけど。あの一之瀬っちゅー子にリカが惚れた理由がよう分か らん」 「そりゃアンタの好みの問題やろ」 「せや。背高い〜とか鼻が高い〜とかはウチの好みや。…でもそれだけや無いん よ」 司令塔を務める一之瀬を中央に置き、メンバーは走り続けている。いかに大き な機械とはいえ、全員は乗れない。体重制限もある。体力のこともあり、時々メ ンバーは入れ替えられている。 現在走っているのは、土門、一之瀬、宮坂、風丸、春奈、栗松の六人だ。
「一目惚れて、なんなんやろな…って。外見だけで本質まで何もかも分かるわけ やない。分かったら誰も苦労せんわ」
モードが切り替わり、コンベアがデコボコ道になる。疲労ゆえ、土門の足がも つれ、栗松を引っ掛けてしまう。そのままさっきと同じ展開。またやり直しのよ うだ。
「あいつの事、リカはまだ全然知らん。なのに、命かけるだけの理由って何やの ん?何でそないなほど好きになったのん?」
大きな眼鏡の奥から、こちらを見つめる博美の目。ずっと一緒にサッカーをや ってきたから分かる。 彼女の瞳にあるのは、仲間としてリカを心配する気持ちと。納得し難い問題へ の、純粋な疑問、だ。
「うちもうまく説明できんのやけどな。…ダーリン、ええとこたくさんあるで」
仲間思いなこと。芯の強いところ。 冷静に周りを見回す眼と、サッカーへの熱い情熱の両方を兼ね備えているとこ ろ。
「何より顔可愛くてスポーツできて男前な性格って、うち的には文句のつけよう がない。…まあ、アンタも言う通りそれがうちの個人的かつ偏った好みなんは否 定せんけど」
リカは眩しい気持ちで一之瀬を見る。 何回転んでも諦めず立ち向かう、その姿を。
「せやけどな、本当のところは…理解しとんのや。そんな理由なんか結局後付け やて」
一之瀬の長所は、今日出逢ったばかりのリカでもいくつか挙げられる。 でもそれに気付いたのは、好きになった後なのだ。
「直感したんや。…うちの運命の人はこの人やって」
こっぱずかしい事を喋っている自覚はある。それでも、リカは言わずにはいら れなかった。 本気の本気で思ったのだ。自分の今日までは、彼と出逢う為にあったのだと。
「一目惚れって、そういうもんとちゃう?」
顔も性格も、全ては後から探した理由に過ぎない。気がついたら好きになって た。自分でも分からないくらい、運命を信じていた。 この人の為なら何でも出来る。 この人の為なら何だってしてあげたい。 この人を、護りたい。 そんな風に、思って。これからもっともっと想うようになるのが分かっている 、そんな存在。
「誰かを好きになるのに、理由が要るんか?」
博美は眼をパチクリさせ、一ノ瀬を見、再びリカを見る。そして、呆れ半分感 心半分といった様子で、笑った。
「ホンマにリカにはかなわんなー」
運命の人かぁ、と呟く博美。 「ええなええなー!うちも恋してみたいー!彼氏いない歴これ以上更新したない わー!!」 「博美はアホみたいに理想が高すぎるせいやろ」 「それこそアンタに言われとうないわフラレ女王!!あー…うちの白馬の王子様、 一体どこで油売っとんのやろー…」 白馬の王子様ってガラでもないだろうに。リカも苦笑したくなる。王子様を待 っているだけのお姫様が報われる時代など、とうの昔に終わっているのに。
−−でもまぁ…運命。コレばっかは、待つしか無いんかもなぁ…。
『運命っていうのは、既に決まっている事なのです。その訪れそのものを、拒む 事はできません』
道子の言葉を思い出す。 あの時自分は、そのすぐ後に本当に運命の出逢いが待っていようとは、予想も していなかった。
『でもね、リカ。運命っていうのは、諦めの言葉では無いのですよ』
自分はけして、自ら運命を迎えに行ったわけではなかった。拒む理由は無かっ たにせよ、運命は自分の都合だけでリカの元を訪れたのだ。
『運命を前に抗う事、従う事はできる。リカの言う通り。運命は自然にやって来 るものだけど、未来は自分の手で掴むものなのですから』
知った上で、選ぶ事は出来るもの。未来を掴む為に選ぶべきもの。もしかした ら自分は既に無意識に選択肢を選んで、此処にいるのかもしれない。 それが最善だという自信は無いけれど。 「運命は諦めの言葉やない。未来は自分の手で掴むもの…か」 「どうしたんリカ?」 「や。……何でも無いわ」 掴み取りたい未来があるなら、戦わなければならない。これから来る運命と、 試練と、そして自分自身と。 護りたいものが、あるのなら。
「あら?そんな所で何をサボってるのかしら」
大人びたアルト。う、とリカは詰まり、振り返る。壁に背を預けて、夏未が立 っている。荷物の整理が終わって戻って来たのだろう。
−−アカン…うちこの子に苦手なんよ…。
いかにも、なお嬢様オーラを出す、大人びた美少女。そのルックスへの嫉妬も まったく無いではないがそれ以上に、そのクールビューティな佇まいに、リカは 少々苦手意識を持っていた。 いつも余裕そうに笑ってる−−気がするのだ。ボケても突っ込んでもサラリと 流されてしまいそうで。まあ、自分の勝手なイメージではあるのだけど。 「しっかりして頂戴。本当に分かってるの?この戦いがどれだけ過酷なものなの か」 「話はちゃんと聴いとったで!」 「話を聴いただけと理解するのでは、大きく違うんじゃなくて?」 何だ。確かに正論ではあるが−−何だこの、見下したような言い方は。喧嘩で も売ってるのか? ややリカがムッとしたのに気付いてか気付かずか、夏未は憂いを帯びた表情で 髪を掻き上げる。
「先に言っておくわ。…努力を怠ったら、許さない。全員が貴女を認めたと思っ たら大間違いよ」
リカははっとする。一瞬、切なげに眼を伏せた夏未を見て。
「貴女は愛する人とフィールドで戦える。…それを羨んでる人間も、いるんだか ら」
一方的に言い捨てて、彼女はつかつかと歩き去ってしまった。リカは博美と顔 を見合わせる。今の言葉が指す意味が分からないほど、馬鹿じゃない。
−−本当は、夏未も…。
リカは拳を握り締める。 戦う力がある事は、幸せな事なのかもしれない。起こる惨劇を、周りで見てい るしか術のない、そんな者達に比べたら。
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輝くだけのイメテーションパール、それがわたし。