純粋の闇。 真実の夜。 混沌の光。 虚構の昼。 この背中に、白い翼は 無いとしても。2-26:偽り無き、想いの調べ。 ランキングマシーンを使ったディフェンス練習場。キーパーロボットを相手にしたシュート練習場。そして円堂がほぼ占領している、キーパー練習場。修練場は主にその三つのエリアに分かれていりようだ。基本的にディフェンス練習はDFと守備的MF、シュート練習はFWと攻撃的MFが行 う事になる。しかし、攻撃だけしかできないFW、守備しかできないDFでは作戦の幅が広がら ない。時折交代しては、違う練習に参加するのが常だった。 宮坂も例外ではない。むしろ宮坂には、連携技の精度を上げるという大きな課題もある。 春奈とのブロック技であるシューティングスター。 レーゼとのシュート技であるユニバースブラスト。 どちらも守備と攻撃の要となる技だ。心してかからねばなるまい。正直なところ、現時点では圧倒的に威力不足。理由は簡単、練習が足りてないからだ。『宮坂君自身が一番よく分かってると思うけど』 春奈が少しばかり言いづらそうに、言葉を紡いだ。『まだまだ本来の技の威力の半分も出せてない気がするの。まだ付け焼き刃…っ ていうのかな。これから進化するって感じ』 まったくもってその通り。技術力不足が手痛いのは明白だった。そもそも宮坂はサッカー部員ではないのだ。総合力で言えば話にならないレベル。自慢の脚の速さも、風丸や吹雪やレーゼにはかなわないだろう。 そんな自分が役に立つ為には、努力しかない。練習して練習して。身体能力で追いつけない分は根性とチームワークでカバーしなければ。−−じゃなきゃ…風丸さんの足を引っ張るだけだ。 後悔している、事がある。 風丸がサッカー部に行ってしまって。陸上部に戻って来るように懇願した事は後悔していない。自分は半端な気持ちで彼を引き止めたわけじゃないから。 それで風丸を悩ませたとしても、あくまで宮坂が宮坂なりに考えて出した結論だから。それで風丸にぶつかっていったのだから。それを否定したら、何の為に自分も風丸も苦悩したか分からなくなってしまう。 でも。 風丸が陸上部にいた頃−−陸上部は揃いも揃って、風丸の存在に依存していた。彼がいれば何とかしてくれる。彼さえいれば奇跡は起こる、と。 仲間である事と寄りかかる事は違うというのに。 確かに陸上部時代の風丸は、殊に短距離において素晴らしい戦績を残していた。彼がいたら、団体でも勝てるかもしれない。大きな夢と希望を皆に見せてくれた人であった事は間違いないのだ。 それが気付けば、怠惰を生んでいた。 練習を怠ったわけじゃない。それでも気持ちの上、精神的な意味での努力を部員達は怠るようになってしまった。引っ張る役目は風丸がしてくれるから、と。−−まるで…そう。雷門サッカー部でいう円堂さんや鬼道さんみたいなポジショ ンに、あなたはいたんだ。 風丸がサッカー部に行ったのは、円堂のサッカーに惚れたから。仲間達とのサッカーが楽しかったから。それは知っている。 だけどそれだけでは無かったのかもしれない。宮坂が気付いたのは最近だ。風丸は陸上部でずっと、どうしようもないプレッシャーを感じ続けていたのかもしれないと。 だとしたら宮坂も、そう。風丸に依存して、重荷になっていた一人であるに違いない。−−謝らなきゃ。でも、それ以上に。 恩返しをする。 ごめんなさいより、ありがとうを。自分の謝罪と感謝は、プレーに込める。そして本当の意味で彼の役に立てた時にやっと、謝る権利を得る気がする。 謝っても、風丸を傷つけずに済む気がするのだ。−−頑張れ僕!強くなるんだ…風丸さんみたいに!! シュート練習場。レーゼとアイコンタクトし、素早くボールに駆け寄る。 この技の相方に自分が選ばれた理由は、やはり脚の速さを買われての事だった。ユニバースブラストの利点は他の技と比べ地上でのモーションが短い事にある。 空に打ち上げてしまえば、奪取される危険性が格段に下がる。他の連携技と比べると打つのを邪魔されにくいのである。 ただし、二人同時にボールに到達しなくてはならず、パワーをチャージする一度目の蹴りと打ち込む二度目の蹴りのタイミングが、コンマ数秒ズレただけで命取りになる。 安全性と威力が高い分、他の連携技と比べると圧倒的にコンビネーションが要求されるシュートだ。当然、練習量がモノを言う。ハッキリ言って、大阪CCCギャルズ戦で決められたのは運があったのだ。精度は 勿論、威力も全然足りていなかったのだから。「ユニバースブラスト!!」 宇宙のエネルギーをこめて、脚を振り下ろす。ボールは真っ直ぐゴールに向かっていくと思われたが−−。「あっ…!」 レーゼが惜しそうに声を上げた。僅かにゴールポストに嫌われる。弾かれたボールは勢いよく壁にぶつかり、そのままテンテンと地面を転がった。「…難しいなぁ…また失敗ですか…」 「練習を始めた時より、成功率も上がっていると思う」 肩を落とす宮坂に対し、レーゼの声は優しい。「そう言っていただけると、救われますよ」 落ち込んでばかりいられないのは分かっていても、人間落ち込む時は落ち込むもの。慰めて貰えるだけでも有り難いのだ。 沈んでる人間をさらに溺れさせるような叱咤は、多くの場合で逆効果だと宮坂は思うのである。うっかり陸上部の鬼コーチを思い出してしまい、うんざりした。 彼は宮坂が一時的にとはいえサッカー部に行くのに、最後まで反対していたのだ。その反対を押し切った自分。戻ったらこってり絞られるだろう。「理論上では、あの皇帝ペンギンにも劣らない威力が出る筈なんだ。しかも、あれよりずっと低いリスクで」 レーゼが腕組みしながら言う。「それが出来てないのは、やっぱりタイミングがズレているせいだと思う。最初の着地と二回の蹴り、どれか一つズレたら全部がパァになるからな」 彼が考案したシュートなのだろうか。他の記憶はまだ大部分が欠けているようだが、サッカーの技術的知識はあまり失っていないと見える。「練習すればするだけ、無限の可能性がある技って事ですよね…何かそれって素 敵です!」 宮坂が素直に感想を口にすると、レーゼはきょとん顔でこちらを見た。「…不思議だな。宮坂君は、努力が怖くない?辛いとは思わない?」 「思わないわけではないですけど」 彼が何を疑問に思ったか、理解できないわけじゃない。そういえば昔、同じ事を風丸にも訊かれた気がする。「楽しいじゃないですか。頑張れば頑張っただけ結果に結びつくんだもの!」 頑張っただけ、一歩ずつ目標に近付ける。陸上部に入って。最初は遠くから眺めているしかなかった風丸の背中に、少しずつ近づけているのが分かった時。 嬉しくて嬉しくて、練習がもっと楽しくなった。練習を楽しんでいるうちにまた一歩前進して、それがまた嬉かったから、さらに練習して。「それに…僕には風丸さんっていうハッキリとした目標があるから」 多分。不確定な未来だけならば、歩いても歩いても手応えがなくて、努力は辛いだけで終わってしまっだろう。 だが宮坂の目標は具体的かつ明瞭なものだった。風丸の存在そのものが宮坂にとってはスタートであり、ゴールでもあるのだから。「尊敬できる人が身近にいて、その人を目標に頑張れる。これってスゴく幸せな事だと思うんです。強くなったらなっただけ、その人の役に立てるし」 もう自分は、風丸に重圧をかけるだけの人間にはなりたくない。今までと同じで違う努力。風丸をただ追いかけるだけでなく、その背中を支える為に強くなる。 サッカーでも陸上でも、それは同じだ。「幸せな事…か」 少しだけ。レーゼが切なげに目を細める。「私にも…いた気がする。目標にしていた…憧れの人が」 彼が取り出したのは、ペンダント。サッカーボールの形をした、小さな銀色の円盤。中央には赤いガラスがはめ込まれている。 風丸にも聞いている。それは京都でレーゼが落として、拾いに来たペンダント。それのおかげで、瞳子も彼を保護できたのだという。「これ…そんな、とても大切な人に貰った気がするんだ。顔もまだ思い出せてい ないけれど…気持ちだけは、残ってる」 心から慈しむ表情。 彼にもいたのだろう。宮坂にとっての風丸のような、そんな存在が。記憶を無くしてなお鮮やかな想いを刻む人が。「記憶…早く戻るといいですね」 ペンダントを握るレーゼの手に、宮坂もそっと手を重ねる。「…うん」 目を閉じて、頷くレーゼ。祈るような気持ちを、思い出の品にこめながら。「…?」 不意に気配を感じた気がして、顔を上げる宮坂。いつからそこにいたのだろう、通路の前に風丸が立って、こちらを見ていた。 気のせいか、やや視点が定まっていないように見える。「風丸さん?」 呼びかけると、現実に引き戻されたのか、はっとしたような顔になる風丸。「どうかしました?…もしかして、結構疲れてたりとか…」 少し心配になる。どこか呆然としたような、遠い場所な気をやってしまったような、そんな顔だったから。いつもの風丸らしくもない。疲れているのかもしれない。DFの中でも脚の速さで期待される風丸は出番が回 ることが多いのだ。人一倍特訓もしているし、周りを気遣いすぎてストレスを貯めやすいことも知っている。「すまない。ちょっと考え事してただけだ。気にするな」「そう…ですか?」 「ああ」 風丸は苦笑して宮坂の言葉を否定する。しかし、どこかその笑顔もぎこちない。何か隠しているのだろうか。レーゼと顔を見合わせる。 結構早いうちから来ていたのかもしれない。だとするとさっきの自分達の会話も聞かれていたのだろうか。−−う…しまった、ちょっと恥ずかしい…。 レーゼしかいないからと油断して、結構こっぱずかしい事も口にした気がする。どうしよう。 しかし風丸は聞いていたのかいなかったのか、顔の赤い宮坂には気付かない様子である。「そろそろ二人ともディフェンス練習に戻ってくれ、だそうだ。特に宮坂のシューティングスターを調整し直したいって音無が言ってたぞ」「分かりました、風丸さん」 シューティングスター。あれもタイミングがズレると怪我をしかねない危険な技だ。いつまでも付け焼き刃で良い筈がない。「ユニバースブラストの練習は一端切り上げだな」「ですね。次はメトロノームでリズムを計ってみますか…」 レーゼと話しながら、風丸とすれ違った、その時だった。「…え?」 風丸がすぐそばで呟いた言葉に、目を見開く。風丸は宮坂を振り返り、どこか力なく笑って。そのまま通路の奥へと歩き去って行ってしまった。「…どうして?」 『俺は…お前に目標にしてもらう資格なんかない』 その暗く沈んだ声は耳について離れず、容赦なく宮坂の胸中を掻き回す。 理由すら、分からぬままに。NEXT |
翼をもいで、君飾る鳥篭。