見つめ合い手と手を重ねて。 硝子越しの君を僕は触れ合う術が見当たらない。 こんなに近くにいるのに、心が届かない。 本当の貴方に、何時になったら出会えるの? この背中に、白い翼は 無いとしても。2-28:天上天下、唯我独尊。 まるで何かを振り切るかのように、誰もが特訓に必死になっている。その気持ちは同じ方向に向いているようでいて、微妙にズレてもいる。 土門はどこか、居心地の悪さを感じていた。 みんながエイリアを倒し、アルルネシアを倒し、真実を明らかにしようと頑張っている。そこに賭ける想いまで同じであれと言うのはあまりに酷だが。その上で、何かが違うと感じるのは自分だけだろうか。 例えば吹雪。 初めて会った頃は、ふわふわと掴みどころのない余裕を漂わせていたのに、イプシロンと戦ってから様子が変だ。試合中によく見せる刺々しさが、試合外でも露出するようになった。 例えば風丸。 元より彼が、己の実力に劣等感を感じているのには薄々気付いていた。それがエイリアとの消耗戦でより顕著になってきている。誰もが否定した神のアクアを、世界の為という名目で欲するほどに。 他にも気にかかるメンツはいる。真帝国の一件に照美や春奈が受けたショックは大きい。彼らは今でもたまに塞ぎこんでいる。 その真帝国の元メンバーだった小鳥遊は未だに何を考えているかよく分からない。偶に不動と連絡をとっているようだし、土門としては何処まで信用していいのか図りかねているところ。 一年生メンバーについては語るまでもない。不安定になっている上級生達にすっかり引きずられてしまっている。彼らの先輩頼みなメンタルの弱さは、今後の大きな課題だろう。−−最終的には、円堂が立ち上がればみんなもついて来るんだろうけど。 問題は無意識にそれを理解している円堂が、どこまでも無理をしかねない事だ。キャプテンだからと、仲間達の前で涙を流す事も赦されない。鬼道も豪炎寺もいない今、彼には逃げ道らしい逃げ道もない。 そんな状態を改善する為、自分達が緩衝材になろうと一之瀬と話したわけだが。そしたら今度はその一之瀬自身に問題が浮上して、無理をする羽目になった。 これでは悪循環は変えられない。おかしな話だ。皆が皆を支えたいと願っているのに、結局全員が重荷を背負いすぎてしまう。 何故こうもバランスが偏るばかりなのだろう。−−…やっぱ、俺みたいに…楽してる奴がいるせいなのかね。 土門は顔には出さずに自嘲する。 楽をしているつもりはないけれど。精神的な意味で、ストレスを逃がすのが自分は昔から上手かった。よく逆と誤解されがちだが、一之瀬は根本的には冷静な性格だし、土門の方がよっぽど激情家だ。 そしてさっさと吐き出したり思考を切り替えられるから、鬱々とした気持ちを溜め込む事が少ない。 帝国にいた頃の土門が、スパイ役に選ばれた理由の一端がそこにある。基本的に思い悩む事が少なく、高いコミュニケーション能力と演技力を誇るがゆえだ。 それが長年自分の武器であり防具でもあったのだけど。 自分が悩みを上手に逃がしている分、誰かのストレスになってしまっているかもしれない。そんな風に思うのは、傲慢なのだろうか。「ダーリン!一緒におやつタイムしよー!!」 そんな事を考える土門の目の前。休憩になるやいなや、リカが勢い良く一之瀬に抱きつく。一之瀬は受け損ねてひっくり返ってしまった。−−あの体勢…なんかマズイんでない…? リカが一ノ瀬を押し倒している。というか、襲ってるように見える。顔がやたら近いのも−−気のせいではあるまい。「倒れるダーリンもかわえーなー」「ちょ…リカ!降りて降りて!!顔近い!!」 「ダーリン真っ赤!まっかっか〜!!」 ああ、すっかりリカに遊ばれてしまっている。まあリカはリカなりに本気なのだろうが。 じたばたする一之瀬は抱きつかれたまま身動きできない様子。案外リカの腕力は強いのかもしれない。−−一之瀬には…必要だったのかもしれないな。あーいう子が。 土門はリカに対し、かなり好印象を持っていた。親友があんなにも誰かに愛されて、嬉しくない筈がない。彼が愛される人間である事が喜ばしくない筈もない。 それに。リカの強引さなら、ひょっとしたらと思うのだ。ひょっとしたら彼女なら、一 之瀬の殻をブチ壊してくれるかもしれない。無理をしがちな一ノ瀬のストッパーに、理解者になってくれるかもしれないと。 同じ男で、親友でありながらライバルでもある土門には、出来ないこともあるのだ。そして今や一之瀬にとって不可侵領域ですらある秋にも出来ないこと。 一之瀬は昔、秋のことが好きだった。秋も一之瀬のことが好きだった。どちらの想いも今は過去形なのだろうけど。それゆえ記憶は神聖化されてしまっている。 その領域を汚すような悩みなど持ち込めない。だから一之瀬も秋も、互いに頼ることは出来ないのだ。まったくややこしい話である。−−頼むぜ、リカ。 他力本願を承知で。こればかりは願うしかないことを、土門は祈る。−−一之瀬を、救ってやってくれよ。 例え彼が本当に、アルルネシアに生き返させられた死人であったとしても。いずれ魔女の駒として闇にたたき落とされる運命だったとしても。 差し伸べられる手があるなら。救いとなる声があったなら。その心まで、堕とされることは無いのだから。−−俺も…一之瀬に出来ないこと、頑張らなくちゃな。 ちらり、と振り向いた先。やけに足早に立ち去ろうとする吹雪の姿が見えた。余程シュート練習に戻りたいと見える。休憩時間すら惜しいほどに。−−帝国時代の俺がスパイとして任命されたのは…この観察力あってこそ。 自分は、一之瀬に叶わないことだらけだ。顔も、性格も、才能も、身体能力も、頭脳も。みんなみんな劣っている。秀でているものがあるとするなら身長と、彼には足りない理解力だけ。 他人の苦労を根っこから理解するには、あまりに一之瀬は天才すぎるのだ。 天才は指導者には向かない。何故なら、出来ない人間の気持ちが分からないから。 一之瀬は他者を理解しようと努力はするが、究極的には土門と同じ場所には到達できない。天才であるがゆえに。人ほどの努力が義務でないがゆえに。 出来るのは凡人として生まれた自分だ。それを土門は痛いほど理解していた。「吹雪」 だから自分は、もっともっと理解しなければ。たくさんのことに気付き、知らなければ。 それが唯一仲間と一之瀬の為に、出来うることなのだから。「お前、本当はディフェンスとフォワード、どっちが得意なんだ?」 吹雪の足が止まる。土門はさらに続けた。ここのところずっと感じていた違和感。その正体をハッキリさせる為に。「俺達は確かに、ストライカーを探してお前に辿り着いたけどよ。お前本来はDFなんじゃないか?」 振り向く吹雪。気のせいか、その青い目の奥が座っている。「どうして、そう思うの、土門君?」 不自然なほど感情の籠もらない声。土門は一瞬気圧されそうになる。 それは帝国にいた頃。隠していた秘密を言い当てられ、こちらの反応を探っている時の鬼道の声によく似ていたのだ。 吹雪は、何か隠していることがある。その上で、こちらが何処まで気付いているか窺っている。自分の中の線引きをハッキリさせる為に。「…感じたまま、言うぜ。なんつーかお前…FWやってる時、無理してるように見 えるっつーか…DFの時の方が余裕があるっつーか」 こんな時、己の貧困なボキャブラリーを呪いたくなる。この違和感を、なんと表現するべきなのか。 どうすれば吹雪の地雷を踏まずに済むのか。「隠していること、無理に話せとは言わねーけど。仲間なんだから…もっとお前 のことちゃんと知りたい。だから話してもいい事なら話して欲しいし」 だから結局。 ストレートな言葉でしか、表現する術を持たないのである。「本当のお前がディフェンダーならさ、俺達もそれに合わせるし…無理にシュー トばっか練習する必要ないと思うんだけど」 本当の吹雪は何処にいる? 本当の彼はどちら? 疑問文にならない疑問文だと口にしてから気付いたが、他の問い方を土門は知らなかった。そしてこんな言葉でも彼相手ならば通じる事を、意味もなく確信している自分がいた。 沈黙が落ちる。「…土門」 吹雪の声が、数段低くなる。 いや、それだけじゃない。今彼は自分を呼び捨てにした。普段なら同輩も後輩も君付けにする彼が。 土門が一番最初に気付いた変化は、そんな声にまつわるものだった。「吹雪士郎を理解したいと。本気でそう思うのか?」 おかしい。さっきまで彼の眼は綺麗な青色だった筈。なのに何だ。あの金色がかった光は。顔つきが変わるほどつり上がった瞳は。 いや、それらはあくまで全体から受ける印象のほんの一端に過ぎない。明らかに増したプレッシャーは、土門が知る一番“強い”存在−−怒った時の鬼道に勝 るとも劣らぬものだったから。「…お前」 ああ、やっと気付いた。今更すぎるほど今更だけど。 彼がこんな風に威圧感を漂わせている瞬間は珍しくもなんともない。試合中いつもそうだったではないか。 気付けずにいたのは多分、誰もが試合に勝つ事ばかりに必死になりすぎてたせいで。「お前…“誰だ”?」 震える声で告げると、目の前の吹雪士郎の顔をした少年は、喉の奥で笑った。「気付くのが随分遅いんだな。つっても自力で辿り着いたのはお前が三人目だから…まだマシな方か」 「三人目?」「俺が士郎じゃないって見破った奴。一人目は聖也。二人目は鬼道だった」「……!」 理解できた事と、理解しきれない事。錯綜する情報が一時的にパニックを引き起こしかける。その波はほどなくして静まったけれど。吹雪士郎の一人称は“僕”だ。今こいつは“俺”だと言った。そして自分は士 郎ではない、と明言した。「吹雪じゃないならお前…誰なんだよ」 二重人格。その単語が土門の脳裏に浮かぶ。“吹雪”は嘲るように鼻を鳴らす 。「士郎を護る為にある存在。それ以上でもそれ以下でもねぇ」 そして一歩、土門に近付き。下からこちらを見上げて来る金色の眼。「だから……士郎を傷つける奴は、誰であろうと赦さない」 妖艶ですらある、凄絶な笑み。ぞくり、と背筋が泡立った。彼が本気だと分かったからだ。この“吹雪”は吹雪士郎を護る為なら、文字通り何でもする。 邪魔者は全て、消し去るだろう、と。「ディフェンスが本質、だぁ?よく言うぜ、散々俺の力ばっかアテにしてきたくせによ。誰が士郎を追い詰めてると思ってんだ?」 俺の力−−もしやエターナルブリザードの事を言っているのか?「そんなんで理解したいだの無理するなだの。反吐が出るぜ、口先だけのヤローが」くたばれ偽善者。“吹雪”はそう吐き捨てて、土門に背を向けた。 「だから…正面から嫌ってくれた染岡のがずっとマシだったんだ」 染岡。その名をどこか辛そうに呟く背中。 その壁を崩す方法は、まだ到底見えそうになかった。NEXT |
朝も夜も、恋焦がれて。