もっと寒い場所を知ってると君が呟いた。 聴こえないフリをして僕は耳を塞いだ。 選択肢なんて今更すぎるでしょう? 一体何を得て、何を失って、そして僕等は。 この背中に、白い翼は 無いとしても。2-29:一世一代、大舞台。 ナニワランドにて、特訓を始めてから三日が経った。 多分今日あたりで、それぞれのMAXレベルをクリアする事が出来るだろう。小鳥遊自身、練習に手応えを感じていた。練習はきついけれど、そのキツさもまた楽しいのだと。「はぁっ!」 機械から飛んで来たスパイクを避け、パスを受ける。ボールはまるで足に吸いつくかのよう。綺麗に回転しながら、小鳥遊の足元に収まった。「ナイスだ、小鳥遊!」 土門から声が飛ぶ。他のメンバーも笑顔だ。 よくやった、さすがだ。そんなありきたりな一言がたまらなく嬉しい。サッカーは一人きりでやるスポーツじゃない。自分のサッカーに応えてくれる存在がいる、そのなんと幸せな事か。−−最初は不動と一緒に、あたしもナメてたんだけどさ。 雷門なんて簡単に潰せる。どんな敵にだって負けはしないし負けるわけにはあかない−−不動がそう繰り返していたのを思い出す。 自分も頷いていた。自分達のサッカーこそ最強。仲間だなんだと甘ったるい事ばかりぬかしている奴らに負ける筈がないんだと。 でも。 結局は負けた。何故負けたのか。それは自分達真帝国学園に足りなかったものを、雷門は持っていたからに他ならない。 単なる技術や才能とは別の−−言うなれば“心の力”とでも呼べる何か。その正体を、ずっと自分は分からずにいたけれど。−−こいつら…強いや。 強い。その単語だけで説明出来る気もするし、足りない気もする。分かりかけているこの感覚をどう言葉にするべきか分からない。 ただ確かなのは。雷門イレブンは自分達が思っていたよりずっと、体も心も強くて。彼らとやるサッカーはとても楽しいということ。 誰もが自分の意志で、自分の為のサッカーを、仲間と愛するサッカーをやっているということ。 不動とやる真帝国学園のサッカーが退屈だったわけじゃない。でもあの場所では自分を除く誰もが、何らかの形で、誰かの操り人形と化していた。 エイリア石で洗脳されていたメンバーは言わずもがな。復讐の奴隷だった影山も、愛情の幻にとりつかれていた不動も、結局は誰かの駒だった。 小鳥遊以外の誰もが、自分の為の楽しいサッカーなんて、出来てはいなかった。 だから時々そんな彼らを見ているのが、辛くて。ただ純粋にサッカーをしたかった小鳥遊にとって、どんなに近くにいても仲間達は遠い存在だった。 雷門に来て、痛感したのだ。−−あいつも…此処に来れたら。 真帝国学園崩壊後。錯乱していた不動の姿と、電話での沈んだ声を思い出す。 彼が真に何を願ってフィールドに立っていたか。エイリア学園で何があったのかは分からない。きっと自分には想像もつかないほどの闇があるのだろう。 それでも。いや、だからこそ。 彼は彼自身の為の、己を幸せにできるサッカーを探すべきなのではあるまいか。此処はそれが出来る場所。叶う場所だ。そして多分、彼のような人間にこそ必要な場所なのだ。−−此処にいるのは…あいつが思ってるほど、お綺麗な連中じゃないんだから。 綺麗なだけの人間の手で。無傷な魂で救える心などありはしない。でも雷門にいるメンバーの多くは、多かれ少なかれ癒えぬ傷と闇と、歪みを抱えて生きている。 分かりやすいほど壊れていた不動を間近で見ていたから、分かる。 吹雪士郎。一之瀬一弥。亜風炉照美。レーゼ。土門飛鳥。風丸一郎太。木暮夕弥。 心のどこかに、とても大きな歪みを抱えた者達。彼らにだからこそ出来ること。彼らとだからこそ出来ることがきっとある。 不動のやった事を考えれば、簡単に受け入れられるとは到底思えないが。それでもきっと、不可能じゃない筈。だから自分はその時までただ願う。−−あんたも…変われるんだよ、不動。 不動が手を伸ばしてくれたなら。自分がその手を掴んで引っ張り上げる。 それは間違いなく小鳥遊の役目だから。 自分は夢を見る。不動と、今の仲間達と、笑ってサッカーができるその瞬間を。「いけぇっ!」「ナイスパスです、木暮君!」 パスされるボール。受け取るボール。軽やかにステップを踏み、木暮が、春奈が、土門が、一之瀬が、リカが、そして小鳥遊がマシンの上を駆ける。 ピィ!と高い電子音が鳴った。レベルが上がった合図だ。「来たでMAX!気ぃ引き締めんとアカンでみんな!!」「おうっ!!」 リカの声に、一斉に答える自分達。息も合って来た。一時は負傷していたメンバーの回復も順調。これなら次のイプシロン戦ではいい勝負ができるかもしれない。−−いや。いい勝負、じゃない。「絶対に…勝つ!」 負けない。自分達なら、負けない! その先にある未来を掴みとる、その為に。 雷門イレブンがついに、ナニワランドの最後の扉を開けた。あの特訓場全てをMAXレベルでクリアしてきたという事だ。−−これが、最後の試合になるかもしれない。 アップを終えて、ワープシステムのある部屋に向かいながら、デザームは思う。 負けたらきっと、これが最後になる。否、勝っても次がある保証はない。さすがにそこまで酷な話は、仲間達にはしなかったけれど。「いずれにせよ…未練は残したくないものだな」 口に出して呟けば、ゼルが振り向く。彼はなんだかんだ言って、自分の考えを理解しているのだろう。伊達にエイリア学園で一番長く一緒にいるわけではない。「未練を残したくないから、雷門を強くしたんでしょう?悔いの残らない試合にする為に」「よく分かってるな、ゼル」「あなたの副官ですから」 散々振り回されてきたんで、慣れてますよ、とゼルは苦笑する。振り回してきた−−のは確かに否定できない。 自分は元々マイペースだし(自覚はある)、どうやら天然でたまに常識がぶっとぶらしいし(これは…自覚がないが)。ゼルを初め仲間達を困らせる事もしばしばあった。「…エイリアの戦士として、相応しくない発言を承知で…言います」 それでも、彼らは自分を慕ってくれた。「私達の仕える方はエイリア皇帝陛下。でも…私達が真に着いて行きたいと願うのは…デザーム様ただ一人なのです」 いつでも自分を信じて、ついて来てくれた。「お忘れにならないで下さい。私達は何があっても貴方について行きます。貴方は私達にとって…かけがえのない主君だという事を」 誰よりもデザームに、忠誠を誓ってくれた。 その想いのなんと尊い事だろう。「感謝するぞ。今日まで私の我儘に付き合ってくれた事を」「今日まで、じゃないです。これからもですよ」「…ああ」 大切だ。彼らを心から愛しいと想う。 護りたいと、願う。「そうだな」 彼らを護る為に命を捨てる覚悟は、とうに出来ている。でも。 彼らを無事に護りきるまでは。真実を確かめるまでは、何としても生き抜く。たとえこの体が実験の後遺症で軋みを上げようと、ある時突然朽ち始めたとしても。−−部下達を護る。そして…あいつの事も。 レーゼの顔が脳裏をよぎって、消えた。何かを思い出しかけている気がするけれど、まだその陰は朧気でしかない。 ただ一つ確かなこと。 もう散々傷ついたあの子を、もうこれ以上傷つけさせはしない。この試合でその記憶を取り戻す手伝いが少しでも出来ればいい。 だから全力で戦おう。 魂を、誇りを、全ての願いを賭けて、最高の舞台を。「デザーム」 後ろから声をかけられた。振り向けば燃えるように赤い髪の彼が、じっとこちらを見つめている。「これから試合らしいな。今度は最後までやらせてくれるってよ」 前の時は水入りになっちまったもんなぁ、とバーン。まあその事で、ガゼルを責める人間は一人とていまい。 ガゼルはあくまで二ノ宮の命令で動いただけだし、要は自分達イプシロンを心配してくれていたわけだから。 むしろ申し訳ないのはこちらの方。もしかしたら彼の厚意を無駄にする結果になるかもしれないのだ。「体は大丈夫なのかよ。随分二ノ宮サンに手ひどく扱われてたみたいだけど」「七割ぐらい、ですね。今日はずっとGKでいるつもりですし、さほど支障はありませんよ」「どーだか」 やや見栄を張った数字を出したのは、すぐにバレただろう。バーンが頭を掻く。なんだかんだで優しいのは彼も同じ。 誰もが本当は優しくて、強かで、情の深い者ばかりだった。心の底から破壊を望む者など一人とていない。 仲間を想わない人間も、いない。 だからバーンはこうして最後の激励に来てくれているのだと分かっている。感謝の意をこめて、デザームは深々と礼をした。「お気遣いありがとうございます、バーン様」 何もかもを、無意味になんてしない。 何もかもを、否定なんかさせない。二ノ宮にも、神にも悪魔にも。「グラン様、ガゼル様にもお伝え下さい。…私達は負けない、と」 勝って来る、ではなく。負けない、と言ったのは。それが試合に限定した話ではないからだ。 負けはしない。たとえこの先に、どんな色の絶望が広がったとしても。「…おう」 バーンが笑った。少し困ったような、切ないような−−しかしどこか少年らしい笑みで。「信じて待っててやらぁ。ありがたく思いな」 そしてぽつり、と呟いた。「信じてるからよ…治兄ィ」 「え?」 聞き慣れない名前に目を丸くしたが、何でもね、とはぐらかされてしまった。気になったが、もう時間は残っていない。早く大阪へ向かわなければ。 手を振るバーンに再び礼をして、デザーム達イプシロンは装置のある部屋に入った。メトロンが素早くスイッチを押す。「デザーム様が万全だったらなぁ…あのシュートで雷門の連中をビビらせてやれたのに」「仕方ないだろマキュア。無いもの強請りすんなって」「ぶー」 唇を尖らせるマキュアに、ファドラが呆れたように言う。「楽しい試合になるといいですね、デザーム様」 どこか晴れやかな顔のクリプトに、デザームも頷いてみせる。 命懸けの勝負だと誰もが分かっているが。どこかでワクワクする気持ちがある。燃える感情がある。それはデザームだけではないのだ。 サッカーは破壊の道具ではない。本来は楽しいものなのかもしれない。雷門の連中ならばそう言いそうな気がする。「イプシロン出陣だ」 これは戦争であって戦争ではない。 ゲームであってゲームではない。 博打であって博打ではなく。 スポーツであってスポーツではないもの。「雷門イレブンを倒し…真実を見つけ出す。行くぞ!」 デザームの声に、誰もが声を揃えた。「イエス、マイロード!!」 光が弾ける。そして景色は次の瞬間、緑色のフィールドへと姿を変えた。 並び立つ雷門メンバーの姿が見える。前の時とはメンバーが違うが、彼らのキリリとした眼は変わらない。 さあ、始めようか諸君。 最高にして至高の戦いを。NEXT |
道筋なんて容易く外れて、しまうこと、気付いてた。