泣いて、また泣いて。 泣いて、それでも泣いて。 ゼロ距離で触れても心に届かない。 偽りの幸せに溺れたフリして。 この背中に、白い翼は 無いとしても。2-30:其の魂に、宣誓を。 覚悟を決めて戦場に立ったのは、どちらも同じなのかもしれない。どちらも過酷な現実を前に追い詰められ、追い立てられ、それでも尚戦い抜く事を選んだ。 フィールドに現れたイプシロン。殊に、デザームを見つめて塔子は思う。一番最初に邂逅した時より遥かに良い眼をしてる、と。 何かを、命を掛けて護る覚悟を決めた者は美しい。 イプシロンの仲間達がどれほどデザームを慕っているか。デザームがどれだけ仲間達を想い、決意を固めたか。それは僅かな対峙の中だけでも見てとれたこと。 そして真帝国学園にてデザームが自分達を助けに現れた時、確信した事でもある。−−護るべきもの。それは時に重荷にもなるけど。 少女は想いを馳せる。 護るものの意味。護るものの重さ。それらが齎すあらゆる事を。−−護るべきものができた時、人は強くなれる。 それは喩えるなら。子を護らんとする母親の気高さによく似ているだろう。その姿は雄々しく、猛々しく、そして慈しみに満ちている。 聖母が宗教的に崇められる理由の一つがそこにある。愛すべきものを胸に抱くその姿は、いつの時代でも人々を魅了してやまないのだ。−−だからきっと…あたしは鬼道を好きになった。 秋や夏未が円堂を好きになったのだって、きっとそう。彼らがいつも“愛するもの”を護らんと両手を広げていたから。それはとても 強く美しい光で、自分達の胸を射抜いたから。−−今度はあたしが…そんなあんた達を護ってみせる。 護るばかりの者達を、護れる存在になりたい。もう悲劇は繰り返させない。エイリア学園の者達はもはや自分にとって倒すべき対象ではなく、救うべき存在なのだ。「我らの挑戦を受けたその覚悟、見事だ。そして感謝する」 デザームは少し優しくなった眼で、雷門イレブンを見た。 そのプレッシャーは紛れもなく強者のもの。しかし他者を傷つけ、壊す為の負のオーラが一切無い。あるのは純粋な興味と強い決意、猛々しい闘争心だ。「真実を知りたいのは…此処にいる全員が同じ。そういう事だ」 キャプテンとして、円堂が一歩前に進み出る。「それに…純粋にお前達に勝ちたい。お前達とも楽しいサッカーがしたいんだ。 それ以上の理由がいるかよ?」「…そうだな。お前達はそういう奴らだ」 どこか言葉を噛み締めるように、デザームが言う。「だから私も…此処にいるのだろうな」 真帝国で現れた時、明らかに顔色が悪かった彼。体調が悪かったのだろうか。それともレーゼが受けたような実験のせいなのか。 今はあの時よりだいぶマシのようだが−−果たして真っ当に試合ができる状態なのか。「試合を始める前に幾つか訊きたい事がある」 口を開く一之瀬。「漫遊寺…京都で鬼道がお前達に言ったことは覚えるか?そして…鬼道がエイリ ア側の、二ノ宮蘭子の手にかかって殺された事は知ってるな?」 無言で頷くデザーム。イプシロンの何人かが、苦い表情で視線を逸らした事に、塔子は気がついていた。 あの事件は彼らにとっても、本意でなかったのだと。そう推測するには充分だった。「鬼道はお前達の正体を…かなり詳しいところまで調べ上げていたみたいだ。だ から口封じに殺されたんだと思う。残念ながら俺達に全てを話す前に……だった 。だから俺達も知ってる事はそう多くない」「…そうか」 「でも、幾つかハッキリしている事もあるんだ」 どこか探るような目で、一之瀬はデザームを見る。こちらの情報を先に公開する事で、反応を窺おうとしているのだろう。「レーゼを含めた、ジェミニストームの何人かの髪を抜いて、DNA鑑定を依頼した 。そしたら何故だか科捜研のデータは全部握りつぶされちゃったんだ。お前達の仲間が地球の、しかも日本の公共機関に潜んでるって事だよな?」 それは塔子が調べた事だ。白恋でのジェミニストームとの最終戦。あの時から−−いや、もっと前から鬼道は、エイリアの正体を疑っていたのかもしれない。 今更ながらその勘の良さと洞察力には脱帽させられる。「だから別ルートで調べさせて貰った。で…分かったんだ。エイリア学園の連中 のDNAが、地球の人間と同じもんだってことが」 DNAが地球人と変わらない。つまり高確率でエイリア学園の子供達、少なくとも ジェミニストームのメンバーは普通の人間であるという事。「だから鬼道は言ったんだ。お前達は本当に宇宙人なのか?…って」 イプシロンの何人かの肩が跳ねた。 予想外の結果だったのか。あるいは予想してなおショックだったのか。長い青髪の少年−−確かメトロン、という名前だった−−が特に顔面蒼白だ。「確かにエイリア学園が何故サッカーで侵略なんて考えたんだろうとか…宇宙人 なのに何故日本語がペラペラで、何で日本に来たんだろうとか…。思えばおかし な点はたくさんあったんだ」 一之瀬の言葉を聖也が引き継ぐ。「おまけに俺は…レーゼやお前の顔に見覚えがあった。どこで見たか忘れちまっ たけどな。…このへん全部ひっくるめて、お前らが本当は地球人で、洗脳されて るだけだと考えりゃ筋が通っちまう」 ちらり、と塔子はレーゼを振り向く。青ざめた顔で、しかしひしと前を見据えて彼はそこに立っていた。現実を、そして真実を受け止めようとするかのように。「…お前らが二ノ宮蘭子と呼んでるあの女。洗脳や扇動、記憶操作なんてのは奴 の十八番なんだよ。あの女の正体は…異世界からやって来た災禍の魔女アルルネ シア。お前らを利用して、弄んで、楽しみたいだけの最低の女だ。お前らの幸せなんかこれっぽっちも考えちゃいねぇ」 二ノ宮蘭子。アルルネシア。その名を耳にするだけで、腹の底からドス黒いものが湧き上がってくる。 血の海の中、乱暴され体中を切り刻まれて横たわる鬼道の、ぽっかりと開いた赤い眼を思い出した。二度とその眼に光を映さないと悟った時の絶望を思い出した。 真帝国学園の惨劇。魂を引き裂くような源田の悲鳴を、それだけで死にたくなるような佐久間の慟哭を思い出した。鬼道と同じように、絶望の中朱に沈んだ二人の姿を思い出した。 鬼道も佐久間も源田もエイリアの子供達も。あらゆる悲劇を作り出したあの女への憎悪を、殺意を思い出していた。 握りしめた掌に爪が食い込む痛みは、忘れ去っていた。「二ノ宮…アルルネシアを絶対に赦さない。あの魔女は必ず私達が倒す。これ以 上、悪夢は繰り返させない」 照美が静かに、しかし覚悟を決めた声で告げる。「世界も、君達の事も、救いたいんだ。だから教えて欲しい…君達が知っている 事を。私達は君達の本当の敵じゃない筈だ」 沈黙が落ちる。デザームは眼を閉じて、何かを考えこんでいる様子だった。あるいは気持ちに整理をつけているのかもしれない。 自分達の話は彼らにとって、衝撃的、なんてものでは無かった筈だ。おまけに自分達には提示可能な物的証拠もない。信じて貰えない可能性もあったし、酷い動揺と錯乱を招いたとしても仕方なかった。「……私達は」 やがてゆっくりと、デザームが口を開く。「私達は遠き星エイリアよりこの地に舞い降りた…星の使徒。偉大なエイリア皇 帝陛下に選ばれた戦士……ずっとそう、信じてきた」 だが、元より矛盾はあったのだ、とデザームは言う。「私達には誰一人…母なる星であるエイリアでの記憶がない。そればかりか五年 以上前に自分達が何をして生きてきたかも思い出せないのに…その事にすら気付 いていなかった」 淡々とした口調。それが逆に、自分達の胸を締め付ける。「鬼道有人の言葉で、そのおかしさに気付いて…分かったのだ。全ては二ノ宮様 が陛下のお側についてから、始まっているのだと。私達は彼女を盲目的に信じてきた。陛下に信頼される彼女が、陛下の為に働いていない筈がない…と」 「お前らは」 土門だった。その顔は泣き出しそうに歪んでいる。「ずっとその…皇帝陛下の為だけに尽くして、戦って来たんだな」 彼はきっと鬼道を、帝国時代の自分を思い出しているのだろう。 佐久間と源田を見れば分かる。帝国イレブンがやや行き過ぎたほど鬼道を敬愛していた事を。土門とて例外でなかったに違いない。 たった一人へ捧ぐ愛は一途で、時として大きなブライトになってしまう。「全て陛下のご意志であり、陛下の為ならばと思って耐えてきた。苦痛を伴う実験もあらゆる破壊に荷担する事も…」 デザームはレーゼを見て、切なげに眼を細めた。そこには悲しみと同じくらい、どこか慈しむような色があった。「部下達を……罰と称して追放する事も。その行いに痛みを感じる事そのものが 赦されないと…そう思ってたんだがな…」 「デザーム…」 誰もが加害者で、されど被害者で。 その痛みの根幹は彼らにしか分からない事だろう。少なくとも父が拉致されるまで、鬼道が死ぬまで、何不自由なく暮らしていた塔子に理解できる事ではない。 なのにどうしてこんなに、胸が痛くなるのだろうか。本当に辛いのは自分ではないというのに。「…私達が知っている事もさほど多くはない。元より我らイプシロンは所詮ファ ーストランク。陛下に直接謁見する事も叶わぬ身分だ」 デザームいわく、エイリア学園は身分格差の大きい組織なのだという。 現在身分は大きく分けて六つ。 上から順に。トップのエイリア皇帝陛下。その直属の部下である研崎竜一と二ノ宮蘭子。 さらにその下がマスターランクの三チーム。ガゼル率いるダイヤモンドダスト。バーン率いるプロミネンス。そして−−マスターランクの頂点たるジェネシスの地位に最も近いとされている、グラン率いるガイア。 イプシロンは彼らのさらに下の地位であるファーストランクだ。ファーストランク以下は検査や実験の義務があり、雑事や事後処理の担当もする。 ただしセカンドランクのジェミニと比べれば幾つか特権があり、施設利用は優遇され雑事の量も少ない。また許可さえ通ればマスターランクを通して陛下に上奏する事も可能ではある。 セカンドランクより下は称号がない。いわば平兵士のようなもの。昔はその間にサードランクチームというのがあったようだが、今ではその存在自体が抹消されてしまっているという。 どうやら行き過ぎた実験で使いものにならなくなってしまったのが原因らしく−−まったく恐ろしい話だ。「雷門イレブンよ。悪いが私にはまだ…何を信じるべきかも分からない。お前達 が正しいのか、エイリアが正しいのかも」 それは当然と言えば当然の反応で。 デザームは鋭い眼差しを雷門に向けた。「だから…試合が必要なのだ。お前達が信じるに値する存在かどうか…我々に示 してみせろ!」 答えはサッカーで出す。 塔子は円堂と顔を見合わせ、頷き合った。自分達はいつもそうやって証明してきたのだ。己が魂を、決意を、真実を。「望むところだ、イプシロン!」NEXT |
涙の海を乗り越えて、今。