幸せになる為に生まれついたの。 こんな腐敗した世界だとしても。 誰かの玩具になる為に産まれたんじゃない。 だから教えて、理由を教えて。 この背中に、白い翼は 無いとしても。2-31:春待ち風、君追い風。 「さて…イプシロンとの二度目の試合になるわけだけど」 瞳子がメンバーを見回して言う。その顔はいつもと同じように、静かな色しか浮かんでいない。 その瞳の奥では、自分達子供には分からない、様々な葛藤があるのだろうけども。「どんな作戦で臨むつもりかしら。一之瀬君、音無さん。あなた達の考えを聞かせて頂戴」 今、雷門の作戦参謀は一之瀬だと言っていい。その彼と並列して名前を呼ばれた事に、春奈は内心驚いていた。 確かに真帝国学園の戦いでは、自分も作戦指揮に一役買ったけれど。一之瀬に比べれば自分の頭脳など足元にも及ぶまい。 それでも彼女なりに、春奈を評価してくれているのだろうか。期待に応えらるる働きをしなければ。春奈は身を引き締める。「先日の漫遊寺との一戦も含めて…イプシロンの戦闘スタイルを分析してみたん ですが」 京都での漫遊寺対イプシロン戦。 そして途中で終わってしまったが雷門対イプシロン戦。 あの二試合が数少ない資料、判断材料と言える。「スピードで掻き回すタイプだったジェミニストームに比べ、イプシロンは速さのみならずテクニック面でも優れています。加えてデザームを中心とした作戦立案力と実行力。漫遊寺の敗因は、満足に自分達のプレイをさせて貰えなかった事が大きいかと」「イプシロンも強かったが、漫遊寺の方が実力の半分も出せてなかったって感じだからな…」 「その通りです」 土門の言葉に頷く春奈。「あとは早いパスを回して、ひたすら相手を走らせて消耗させたり。あの動きに振り回されず、視野を広く持つ事が重要ですね」 敵のパス回しにいちいち動揺したりその度に走らされていたのではキリがない。基礎のようでいてこれが結構難しい。「むしろこっちからガンガンプレッシャーをかけて、消耗させるくらいじゃないと。チームの一人でも体力切れに追い込めば儲けものです」「可愛い顔してなかなか鬼畜だねアンタ…」 小鳥遊が苦笑いする。春奈はぺろっと舌を出した。 例えばチームの一人に集中してチェックをかけまくり、疲労困憊させれば。動きの悪いその選手が穴になる。 イプシロンは強い。しかし、その反面控え選手がいない。一人を突き崩せばそのまま突破口が開ける、そういう事だ。「フォーメーションは…最初はベーシックで様子を見ましょう」 フォーメーションを書いた紙をみんなに見せる。相手の出方を見て構えるのも時には必要だ。FW 照美 緑川 MF木暮 宮坂 一之瀬 吹雪DF風丸 土門 塔子 壁山GK 円堂 「全体的に守備重視って感じだな。吹雪と宮坂をMFにするのは面白い発想だと思 うけど」 ってか音無は?と円堂が首を傾げる。「私は暫くベンチで、イプシロンの様子を観察したいんです。外からの方が分かる事もありますから」 自分にはまだ、フィールドの中から全体を見回せるほどの技術も余裕もない。ベンチで情報を分析して、必要に応じて出るべきだ。 春奈は自分自身の事も、客観的に駒として把握しているつもりだ。スタメンとして試合に出るばかりが仕事ではない。「また休みかよ〜」「また休みでやんす〜」「はいそこ、ウルサイ」 ぶーたれる聖也と栗松に、風丸はにべもない。いや、確かに誰が出れる出れないを論議したらキリが無いのたが。 やや風丸が苛立っているように見えるのは気のせいだろうか。「サイドから切り込みはそれぞれ木暮君と宮坂君にがっちり守ってもらって。センターは一之瀬先輩と吹雪さんがいれば…そう簡単には突破されない筈です。後 ろには塔子さんと壁山君もいますから」「分かった。俺からも異論無いよ。それでいこう。ただし…壁山に塔子に、吹雪 」 一之瀬はちょいちょい、と二人を手招きする。「前半、お前らは殆ど上がるなよ。あと吹雪。俺が上がったらお前は下がれ。逆にお前が上がったら俺が下がって守りのラインを維持する。ただし、前半のうちは攻め急ぐなよ。まずは様子見だ」 的確な指示だ。壁山と塔子に加え、一之瀬か吹雪がディフェンスに回れば、大抵のシュートは止められる筈。 いかなる状況でも守りのリズムを崩さず、仲間達との距離を意識する。そしてフォーメーションを維持する事で、安定した守備が可能になる。 その為に必要なのは基礎体力だけではない。素早い判断力と、常にスペースを意識する広い視野。そして冷静な観察力とコンビネーション。 どれも、自分達がナニワ修練場で鍛えたものだ。大丈夫。落ち着いて練習通りにやれば必ず結果に結びつく。 サッカーは一種のマスゲームだ。広いフィールドをいかにしてバランス良く、美しく使うか。フォーメーションを乱してフィールドに大穴のスペースを空ければ、それは敵が付け入る絶好の隙となってしまう。 逆に言えば。敵のフォーメーションを乱してスペースを空けさせれば、そこにチャンスが生まれるのである。−−問題は…。 ちらり、と春奈は風丸と吹雪を見る。−−あの二人が今日、冷静なプレーが出来るかどうか…なんだけど。 吹雪はデザームとの勝負に拘っていた。デザームからシュートを決める為に、無茶な特訓を繰り返してきたのだ。MFなんてポジションで何時までも甘んじてく れるとは思えない。春奈とて、いずれは吹雪をFWに上げるつもりではある。吹雪をMFにした理由は 実のところ守備の為と言うよりカウンターを狙う為。そして明らかに疲労している彼に無茶をさせない為だ。 だが春奈が決断する時まで、吹雪が大人しくしてくれるかどうか。元より彼は今までスタンドプレーが持ち味でもあるのである。 さらにもう一人。風丸の事も気がかりだ。彼が精神的に不安定になっている事には気付いていた。何やら吹雪に対し気まずそうにしている事も。 二人の間に何があったかは分からない。ただ風丸が何に対して苛立っているのか、まったく見当がつかないわけじゃないのだ。『…この戦いは…いつになれば終わるんだ。強くなっても強くなっても、また次 の敵が現れてさ…』 終わらない戦い。『なぁ…教えてくれよ円堂。俺達はいつまで頑張ればいいんだ?』 追いついても置いてかれる孤独感。『神のアクアがあれば…!それで世界が救われるなら何が罪だ!!悪事に使うわけ じゃないんだぞ…なんで否定できるんだよ円堂っ!!』 無力感から来る劣等感。『みんながみんな!お前みたいに強いと思うな!!そもそも俺は…俺達は世界を救 う為にサッカーを始めたわけじゃない!!そんな大それた目的、背負いきれるわけ ないのにっ…』 邪道を犯してでも力を欲してしまう甘い誘惑。 あの日の風丸の言葉。未だに神のアクアを隠し持ってるんじゃないかと照美に迫った時の風丸の表情。 あの時彼は鬼道に諭されて円堂に励まされて−−気持ちを落ち着けたように見えたけれど。何もかもに納得したとは、到底思えなくて。−−大丈夫…じゃないよね。 気付いているのは春奈だけではあるまい。少なくとも一之瀬や土門や秋、瞳子、もしかしたら円堂も薄々勘づいているかもしれない。 ただでさえショッキングな出来事が続いている。多かれ少なかれ全員が動揺している筈なのだ。−−悔しいよ、お兄ちゃん。 みんなが苦しんでいるのも悩んでいるのも分かる。分かるのに、どうするべきかも判断できないなんて。 守りたい物が多いほど、綻びもまた増えるのか。それとも自分はその正しい方法さえ見つけられないほど無力なのか。 春奈の想いをよそに、運命のホイッスルは鳴った。 メトロンは雷門のフォーメーションをじっと観察した。 明らかにこちらの作戦を探る為の、様子見。メンバーからしても守備を固めているのは一目瞭然だ。−−あのひ弱なレーゼをFWに持ってくるとはな。 自分とてフィジカルが強い方ではないが。レーゼと競って負けた試しはない。体格、と言うより骨格から差があるのだろう。かつて練習試合で何度彼を吹っ飛ばした事か。−−後悔させてやるよ。お前なんか…所詮二軍に過ぎないんだ。 醜い嫉妬と分かっている。だがメトロンは、前々からレーゼの事を嫌っていた。 どうせレーゼは何も覚えちゃいないんだろうが。レーゼがいるとデザームはいつも彼を気にかけてばかりだった。出来の悪い弟だとでも思っているのかもしれない。 そしてレーゼも、デザームを兄のように慕って甘えていた。デザームが優しいのを良いことに。それが自分はいつも気に入らなかった。 奴は所詮セカンドランクなのに。デザームは自分達のキャプテンなのに。下の地位のくせに図々しい彼の態度に苛つき、デザームに当たり前のように家族扱いされるのが忌々しかった。 キャプテンがイプシロンのメンバーにとってどのような存在か。どれだけ愛されているか。知らないわけではあるまいに!−−認めない。お前なんか…! ちらり、とデザームを振り向く。彼が頷くのを見て、走り出した。 既に指示は受けている。今の保守的な雷門の姿勢は、少なからず彼の機嫌を損ねた。デザームはあの吹雪とかいう少年と対決したがっているからだ。 吹雪を前線まで引っ張り出せ。雷門が本気の攻撃をしたくなるよう、挑発しろ。それが我らが敬愛すべきリーダーの意向だ。無論逆らう者など一人もいない。−−見せてやるよ…俺達の力! 最初の雷門との戦いは、ガゼルのおかげで中止になってしまったし。そもそもあの試合の時レーゼはまだいなかった。 力の差を見せつけてやる絶好の機会、逃す手はない。 雷門のキックオフから試合開始。ボールはレーゼに渡る。メトロンは彼に向けて猛然と突っ込んで行った。「…!ワープド…」 普通に抜き去るのは困難と見てか、レーゼがドリブル技発動のモーションに入る。 しかし。「遅いっ!」「ああっ!!」 容赦なくタックルをぶちかました。こんな奴に必殺技など使う必要もない。レーゼの軽い身体をぶっ飛ばし、ボールを奪取するメトロン。「いけっ、ゼル!」 そのままゼルにパスを出す。 真実がどうとか。エイリアの正体だとか。そんな事関係ない。 いや、自分達の進退を決めるという意味で重要ではあるけれど。試合になったらそれ以上に大切な事はある。それはフィールドの外の出来事なんかじゃない。 誇り、だ。 自分達が従うエイリア皇帝陛下と、愛するデザームの元で戦い、いかなる時も勝つ。それこそが自分達の存在理由にして存在証明。 だからどんな試合にも手は抜かない。全力で己を示す。それが言葉よりも何より意味を持つと知っている。−−理由は違えど…お前らも同じだろ、雷門。 自分達が示すように、雷門も示すだろう。彼らだけのサッカーで、語るだろう。真実も、覚悟も。 嫉妬心に自尊心。それらを自覚しながらも、メトロンは思う。−−その全てを見た上で俺達は…未来を選びとる。NEXT |
この鎖で、何を縛ろうというの。