幼い記憶の中、叫んでいる。 自分が迷ったまま泣いている。 終わりの安らぎに手を伸ばしそうになって 波音が聴こえて振り返る。 どうか忘れないで。悲しむ人がいること。 この背中に、白い翼は 無いとしても。2-33:還るべき場所は、此処に。 頬が濡れているのが分かる。 夢を見ていた。それは悲しくて、優しくて、切ない夢。ただの夢だったかもしれない。佐久間の望みが具現化しただけかもしれない。 それでも、そこに答えはあって。自分はハッキリと気付かされたのだ。 本当はとっくに分かっていたことを。「馬鹿佐久間」 横たわる佐久間を、覗き込む辺見の顔。泣きたいのか笑いたいのかハッキリしない、お世辞にも綺麗とは言えない、涙でぐしゃぐしゃになった笑い顔。「遅ぇんだよ、戻ってくんのが」 頬に新しい滴が落ちる。涙の雨が、佐久間に教えた。 自分が今生きている事を。 今こそが、生きるべき現実である事を。「夢を、見てたんだ」 不思議な感覚。この前−−自分にとっては昨日にも等しい−−までは、ピクリとも動かなかった腕が、動いた。 左手は相変わらず動かないし、点滴だらけだったけれど。スッと持ち上がった右手は、宙へと伸びる。「鬼道が、笑ってるんだ。帝国のユニフォーム着て、赤いマント、着て」 青白く痩せた腕、細い指先は光を掴む事はない。 それでも意味はあるのだろう。 救いを求めて手を伸ばせた。その先に掴みたいものがあるから掌を掲げた。 生きる覚悟をしたから、空を探した。「本当は、泣きたかった筈なのにさ。笑うんだよ。お前は何も悪くないからって…たくさん、たくさん頑張ったからって」 視線を横に動かす。自分と同じように目覚めた源田と、眼があった。彼も同じ夢を見たのか。奇跡だとか魔法だとか、そんなものを今だけは信じてみたいと思う。 本気で死を望んでしまっていたら、きっと佐久間も源田も戻って来れなかったから。「なぁ辺見。俺…いいの?」 『俺の罪は。お前達がどれだけ俺を想ってくれているか、気付けなかった事。お前達の苦しみを理解してやれなかった事だ』「俺…俺達さぁ…此処にいて、いいの?」 『すまなかった。何度でも謝る。だから…もう、お前はお前自身を赦してやって くれないか』「生きてて、いいの?」 許したくなかった。 この罪は、死をもってさえ許されないと思った。 赦されたかった。 醜くもその為の罰を求め、身勝手な謝罪を繰り返した。 もう君は、君を赦してあげて。 それでも鬼道はそう言って、笑ったんだ。「馬鹿野郎。当たり前の事聞いてんじゃねぇよ。何の為に俺らが待ってたと思ってんだ」 辺見の隣から、戌神と大楠が顔を出した。 馬鹿は誰だ、と思う。どいつもこいつもみっともなく泣きやがって、と。これじゃあ小学生だ。 自分も泣いているからして、人の事は言えないけれど。「悪ィと思うなら、生きて、ブッ倒れるまで働きやがれ。…帝国でよ」 『本当に、よく頑張った。ずっと辛かったろう』「お前らがいねぇと、退屈なんだよ」『俺はずっと此処にいる。お前が願うなら、ずっと待っているから』 辺見の言葉が、夢の中の鬼道と重なった。『お前達に逢えたことを、俺は後悔しない。お前達を恨んだ瞬間なんてない。それでもお前が俺の為に何かしてくれると言うのなら…ワガママを一つ、聞いてく れ』「…うん」 必要だと。帝国で−−一緒に居ても良いと言ってくれる仲間がいるので。 もう少し、頑張れる気がするのです。 もう少し、生きてみようと思います。 願ってくれた、あなたの代わりに。『生きて。生きてお前の納得する答えを見つけて欲しい』「佐久間先輩」 涙で不器用な顔で、笑う成神。「お帰りなさい」 この世界は、残酷だ。 神様なんかいやしない。いるとしたならきっと、自分は一生恨み続けるだろう。 それでも一つ。たった一つだけ、感謝できる事があるのだ。「…ただいま」 ただいま、愛すべき、自分達の世界。『俺がお前達に愛されて生きたように。お前もまた愛されて愛されて、そこにいる事を忘れてくれるな』 伸ばした手が掴んだのは太陽などではなく、もっと温かな、生きた人間の掌だった。 優しくて甘い幻ではなく、傷だらけで強かな仲間達が待っていた。『お前の帰るべき場所は、何処にある?思い出せ』 待ち人は、傍にいた。『ありがとう、佐久間』 帰るべき場所は、此処にある。 自分が、佐久間次郎が望む限りは。 ガニメデプロトンが防がれた。 先日のように、半端な形ではなく−−完全に、完璧に。一番に驚いているのは、シュートを打ったゼル本人だろう。京都で戦った時は、圧倒的な力の差があったというのに。 成長しているのは止めた木暮だけではない。他のメンバーも総じて基礎能力がアップしている。分身フェイントでスオームを抜き去った風丸に、その風丸から鮮やかにパスを受けたレーゼ。−−ナニワ修練場、か。 ゴール前で。試合の流れを見ながら、デザームは想いを馳せる。−−懐かしいな。…あの頃が。 イプシロンは実力とランクの上ではジェミニストームより上の位置付けだ。しかし、実質エイリア学園の子ども達の扱いは二つに一つ。マスターランクであるか、それ以外か、だ。 つまりそれほどまでに、マスターランクは別格、様々な面で優遇されているのである。 デザームはそれを、不満に思ったことはない。彼らは実際とてつもなく強かったし、キャプテン達は個性的ながらも総じて人格者だった。 マスターランクの頂点たる称号、ザ・ジェネシス。陛下直属の親衛隊にして、後継者候補。彼らがその栄誉たる地位にある事は、彼らを尊敬するデザームにとっても喜ばしいことだ。 まあその話は置いておいて。 とにかく、別格扱いの彼らとイプシロンは、試合こそすれど同じ修練場を使う事はごく稀だったのだ。 このナニワ修練場が良い例。マスターランクが使う事も時にはあっただろうが、殆どは自分達とジェミニストームが使用していたのである。 エイリア石の力を少しでも長く維持する為にも、基礎体力の向上と底上げが不可欠となる。初めてマシンを使ったのは何時だっただろう。正直、それもよく思い出せないのだけど。 覚えている事も、ある。『デザーム様!』 普段はジェミニストームのキャプテンとして、大人びた顔ばかりしているレーゼが。時々年相応に幼く、無邪気な一面を見せる事があった。 ナニワで特訓している時など特にそうだ。『やりました!初クリアですっ!!』 初めてトレーニングマシンのレベルMAXをクリアした時。初期レベルから躓いて いただけに余計嬉しかったのだろう、明るく笑って、真っ先に自分に報告しに来てくれた。 それは自分にとっても嬉しいこと。まるで血のつながった弟や息子が成長していくのを見ているようで。破顔した自分がお祝いに渡したのが、あのペンダントだった。『お前にやる。御守り代わりだ』 それは自分が昔から持っていた(思えば自分の正体にまつわる品だったのかもしれない)一つのペンダント。どこかの国の魔除けの印が入ったものだ。 どこにいても、護ってやれるようにと。そう願った言葉は、胸の奥にしまいこんだけれど。『ありがとうございます…!』 あの日の彼の笑顔を、自分は一生忘れる事はないだろう。たとえレーゼが、その記憶をなくしてしまったとしても。−−本当に…懐かしい。 あの後。あからさまに嫉妬したゼルが、遠回しに自分にも何かくれとせがんできたのを覚えている。 ゼルには違うペンダント(絵柄の違うのをもう一つ持っていたのだ)をやったら、それを偶々見かけたマキュアが騒ぎ立て。デザームを除くイプシロン全員で取り合いになったあれは今、一体誰が持っているのやら。−−偽りだらけの世界だったかもしれない。それでも…私にとっては、真実だっ たんだ。 継ぎ接ぎだらけの世界でも確かにあった、絆。時間。奇跡。それを守る為にこの場所にいる自分達。 たとえどんな結末になったとしても。後悔しない為に、悔いを残さない為に。−−全力を出し切る。 個人的には、己の本当に得意とする戦術が使えない事だけが心残りだったが。それを今どうこう言っても仕方ない事だ。「マキュア!」 指示を飛ばすデザーム。マキュアと目が合う。良いの?と問いかけてくる眼。−−構わん。ゴールは任せておけ。 全員に激を飛ばす。 連携を武器とする自分達ならば、何もかもを言葉で語る必要はない。−−お前達は全力で、お前達のサッカーをすればいい。 マキュアが頷き、猛スピードで前線へ駆け出してゆく。その左右を固めて駆け出すのはメトロンとゼル。 仲間達は必ずボールを奪取し、自分達にパスを繋げてくれると。そう信じているからこその行動だ。 木暮からボールを受けたレーゼが走る。中盤より前がみんな上がっていたイプシロンは、ゴール前が手薄になっている。デザームもまたそれを承知の上でメトロン達を上げたのだ。 あえて雷門にシュートを打たせる為に。「行くぞ…!」 足元でボールに回転をかけるレーゼ。紫色の光が、吸い込まれるようにボールに集まっていく。「アストロブレイク!」 放たれた必殺技。レーゼもまた人体実験の後遺症から本調子ではないのだろうが−−それを踏まえても昔自分達で特訓していた頃より威力が上がっている。 強くなったのだろう。その理由が、目的が、どれほど姿を変えようとも。得た強さ、その為の努力は全て、彼自身のものだ。「だからこそ私も…私達も全力で応えよう!」 両手を広げて、作り出す亜空間。「ワームホール!!」 デザームの胸の前に生み出された時空の歪み。それはシュートされたボールの威力を殺ぎ軌道をねじ曲げる。 次の瞬間、ボールは轟音と共に落下し、デザームの足元に突き刺さっていた。「くっ…止められた!」 「戻れー、みんなっ!!」 悔しげにレーゼが顔を歪め、ゴールから円堂の指示が飛ぶ。その間にもデザームはボールをモールにパスしていた。 イプシロンのカウンターアタック。イプシロンのゴール前ががら空きになっていたのをいいことに、攻め上がっていた雷門は戻りが遅くなっている。さらに、とっくにゼル達FWはフリーで最前線に走っているこの状況。 全て計算通りだ。「ゼル!メトロン!!」 雷門ディフェンスが守りに入るより、モールからマキュアにパスが通る方が早かった。 マキュアを中心に、彼女とゼルとメトロンが立つ。三人の雄叫びと共に大地から吹き出すエネルギーが、岩石を巻き上げボールに集まっていく。「ガイアブレイク!」−−これが我らの覚悟の力だ…! 円堂の伸ばした手の先をすり抜けていくボールは、そのままゴールネットへ。笛が鳴る。 まずはイプシロンの先制。さて、雷門はどう出て来るだろうか?NEXT |
深い冷たい闇の中で、それでも光を探して。