立ち上がらなくちゃ、じゃなくて。 立ち上がりたい、と願ったの。 哀しみも苦しみも全部受け止めて。 全てはそう、君と生きていく為に。 この背中に、白い翼は 無いとしても。2-35:立ち塞がる者、立ち上がる者。 単なる身体能力やテクニックだけではない。メトロンが最も驚かされたのは、各段に上がった雷門の連携力に対してだった。 一之瀬を中心に、洞察力、対応力、実行力が遥かにアップしている。その為に必要なコンビネーションも。−−これが…デザーム様を惹きつけた雷門の真価か…! 悔しげに舌打ちする。思うように動かないゲームに対しての苛立ちと、あまりにも多方面に向きすぎる己の嫉妬心が忌々しい。 雷門から点を取るには、ガイアブレイクが不可欠となる。それはイプシロンの全員が理解している事であり、当然雷門にも見抜かれている事だった。 ボールを持ったものの、スオームは明らかに戸惑っている。ゼルにメトロンにマキュア−−ガイアブレイクに携わるメンバーの全員にマークがついてしまっているからだ。 ガイアブレイクの弱点はそれが連携技である事。つまり、三人のうち一人でも拘束されてしまうと、発動できなくなってしまうのである。 ゼルには吹雪が。 マキュアには一之瀬が。 そしてメトロンには照美が。 攻撃の要を見事に抑え込まれた形となってしまった。動きが止まるイプシロン。メンバーがマークを振り切るより先に雷門が動く。「ボルケイノカット!!」 中盤まで上がって来た土門が、脚を振り切る。地面に弧を描いた軌跡からマグマが吹き出し、スオームを吹っ飛ばす。 避ける暇などない一撃だ。「貰ったぜ!」 ボールを奪った土門がドリブルしていく。このまま上げさせてはマズい。早く体制を立て直さなければ。「行かせないよ!」「どけっ!」 立ちふさがる照美を、やや乱暴に突き飛ばした。見た目の通り、速さはあっても腕力の無い彼を力任せにねじ伏せるのは難しくない。 地面を転がる彼を見向きもせず走り出すメトロン。幸い笛が鳴る気配はない。 土門がボールを、レーゼにパスするのが見えた。そのレーゼのすぐ後ろには宮坂の姿が。連携技をする気なのは明白だ。−−だったらその前に…潰してやるだけだ! 体ごと思い切りぶつかりに行く。反則をとられるかもしれない、という考えは頭から消え失せていた。触れた肩が、痩せて骨ばった背中の感触を知る。 小さく悲鳴を上げてレーゼが前のめりに転んだ。ボールはメトロンの脚を掠めてフィールドの外へ。「ちっ…雷門ボールか…!」 反則はとられなかったが、ボール奪取も叶わなかった。ゼルがやや苦々い眼差しを向けて来る。 焦りすぎだ。そう言いたいのか。−−お前はいいのかよ。良かったのかよ。こんな…。 ドス黒い感情と言葉を、無理矢理飲み込む。思っていても、少なくとも試合中に口に出すべき事ではないと分かっている。 今のメトロンにも、その程度の理性はあった。−−こんな奴が、俺達の領域に図々しく踏み込んできて。俺達のデザーム様に甘えやがって。挙げ句俺達の敵になるなんて。 ムカつかないのか。憎たらしいとは思わないのか。本音は尋ねたかった。誰よりデザームの傍にいる事の多い、副官の彼だったからこそ。 苛立ちを隠しもしないメトロンの前で、レーゼはよろよろと立ち上がる。背中から肺を突いてしまったせいか、やや咳き込んでいるが。 二度も自分との競り合いに負けて、まだ諦めないのか。その事実に驚きと忌々しさの両方を覚えた。「でしゃばるなよ、レーゼ。所詮二軍の…ジェミニのキャプテンごときが」 所詮二軍。自分で言ったその言葉が、己の胸を抉る。 本当は理解しているのだ。二軍なのはイプシロンも同じ。自分達とてマスターランクの彼らの予備にして捨て駒、バックアップにもなれない消耗品だと。 それでセカンドランクの彼らを見下して優越感に浸るなどお門違いにもほどがある、と。 それでも言わずにいれなかったのは、多分。「俺はお前が嫌いだった。ずっと前から。デザーム様は俺達のキャプテンなのに……いつも図々しく甘えやがって。そのくせ……」 一度溢れ出した言葉は止まらない。醜い嫌悪感と一緒に、零れ落ちては、空間を汚していく。「そのくせ、失態を犯して追放されたかと思えば…今度はエイリアに楯突くなん て。恩知らずで恥知らず!デザーム様がどんなにか…どんなにか……!」 レーゼを追放した事で。 その結果、記憶喪失になった事で。 どんなにデザームが苦しんで、悔やんでいたかも知らないで。のうのうと、雷門で楽しそうにサッカーをしやがって。 そんなもの−−破壊の道具じゃないサッカーなんてもの。自分達がどれだけ願っても望んでも、手に入らないものだというのに! 唇を噛み締めて黙り込むメトロンを、レーゼはゆっくり振り返った。その眼には疑念も、嫌悪も、一通り思いつくような負の感情が一切なくて−−。 思わず、息を呑んだ。「…私は……何も覚えてない。大事な事を、何も」 あなたの事も何も、分からないけど。そう前置きして、レーゼは言う。「でも……だからこそ、思い出したい。あなたのように、仲間を…あの人を、と ても大事にする人達のことを」 メトロンは思い出していた。かつてのレーゼを。どこか無理して高圧的な喋り方をしていた彼を、反面デザームには小さな子供のように甘えていた彼を。 時々辛い実験や練習に耐えかねて、一人で泣いていた彼を。「あなたは、本当にデザーム様の事が大好きなんですね。ううん。あなただけじゃない。デザーム様だけでもない。みんな…」 ようやくメトロンは気付く。あの頃自分が蔑んでいた彼が、本当は弱いだけの存在ではなかった事を。 そして今のレーゼには、あの頃には無かった強さも芽生え始めている事を。「私が戦うのは…全てを思い出して、そんなあなた達を助けたいから。助けたい と願う自分自身の為に戦うんです」 少年はふらつきながらも、試合を再会すべく歩き始める。呆然と立つメトロンを置いて。「じゃなきゃ…償う事すら、始められない」 レーゼは確かに、何も覚えていないのだろう。メトロンが何故こんなに彼を嫌悪するか、起因する全てを思い出す事すら出来ていないのだろう。 けれど覚えていない事自体を、罪だと彼が己を責め続けているのだとすれば。 自分は。 自分がすべき事は。−−分かってるんだ。本当に弱いのも馬鹿みたいにちっぽけなのも…俺の方なん だって。 矛先を見失った嫉妬の炎に焼かれて、八つ当たりして。皆も、レーゼですらも前に進もうとする中一人足踏みして。デザームや仲間達が必死で、命がけで“最後の試合”を楽しもうとしているの を、邪魔しているのは他でもなく。−−だけど…だけど、嫌なんだよ。 自分達がエイリア学園でなくなってしまうかもしれないのも。 レーゼの存在自体を罪に感じて、一人苦しむデザームの姿を見るのも。 先の見えない未来に、絶望的な運命に振り回されるのも。 歩き出せない自分も、弱い自分も、みんなみんな。−−最後の試合になんか…したくない。 みんなともっと、サッカーがしていたいのに。やっと、サッカーが楽しいかもしれないと理解し始めてきたのに。 この行き場のない感情を、どうしろと?−−ああ、そうか。“楽しい”。 デザームが何故雷門との試合に固執したか、魅了されたか。その理由がやっとメトロンにも理解できた気がした。 雷門が教えた。円堂守が気付かせた。自分達の一番心の奥にあった願望に。「俺はずっと…“楽しい”サッカーがしたかったんだ…」 大好きな仲間達と、一緒に。−−だから余計妬ましかった。そんな場所を、俺達より先にレーゼが知ったから。 もう遅すぎるかもしれないけれど。 あまりに時間は少ないかもしれないけれど。 出来るだろうか−−自分達にも。−−悔いの残らない試合が。サッカーが。 雷門ボールで再会される試合。木暮からトスされたボールは、再びレーゼの元へ向かう。 だがイプシロンも馬鹿ではない。雷門が意図的にレーゼにボールを集めている事にはとうに気付いている。レーゼに渡りかけたボールは、ファドラがスライディングで奪い取った。 レーゼは吹き飛ばされ、脚を抑えてうずくまる。しかし、地面に伏せていた時間は短かった。次第に足取りが覚束なくなりながらも立ち上がる少年。 彼の脚を動かすものは、前に進ませるのは、その決意だと言うのか。−−…お前は、本当に。 自分達を。エイリアを。イプシロンを。そしてデザームを。 助ける為に、その為に立ち上がってくれるのか。 ならば。本当にそうだとするならば。−−期待し始めてる俺は…みっともないのかもしれないけど。 救われるかもしれないなんて。 救われたいなんて。 願う事も、赦されるだろうか。「あぅっ!」 レーゼの華奢な身体がまた地面を転がった。モールのスライディングを受けたせいだ。さすがに今度はこちら側がファールをくらった。「リュウ!無理のしすぎだ!」 風丸が焦ったように叫ぶ。さすがにこの集中攻撃を見ていられなくなってきたのだろう。それでもレーゼは首を振る。 今度は照美に支えられて、やっと立ち上がれたような状態だ。限界が近いのは明白。しかし。「何か…何か見えそうな気がしてるんだ」 やっと大事な事が思い出せそうなんだ、とレーゼは言う。「それが見えるまで…諦めたくない…!!」 再び雷門ボールで試合が再開される。どうにかレーゼをフィールドに残したとはいえ、直接渡すのはまずいと感じたのだろう。 吹雪のパスは照美へ。「君が諦めないなら…私だって…!!」 照美の必殺技はどれも厄介だ。ケンビルとケイソンが二人がかりで止めに走る。が、ダブルスライディングが照美の身体に叩きつけられるより先に、彼のパスがレーゼに通っていた。 倒れる照美の向こうには、こちらのマークをどうにか振り切って走り出すレーゼと宮坂。「絶対に…決める!!」 宇宙のオーラがボールに集まる。レーゼと宮坂が宙に打ち出したボールから、溢れ出す強大な力。「ユニバースブラスト!!」 命を燃やすように。魂を絞り出すように。二人の少年はゴールに向けてボールを打ち込んだ。 ジェミニストーム時代よりも、威力が格段に上がっている。まずい、とイプシロンの誰もが冷や汗をかいた筈だ。 だが。「……!!」 ボールは逸れて、ゴールポストの上を通過していく。コントロールミスかとメトロンは思い、振り向き。 すぐにその予測が間違っていた事を知る。 ドサリ、と宙から人間が墜落する大きな音が。「リュウさん!!リュウさんってば!!しっかりして下さいっ…ねぇ!!」 雷門イレブンが駆け寄る先には。 真っ青な顔でフィールドに倒れ伏すレーゼと、彼の身体を揺さぶり必死で名前を呼ぶ宮坂の姿があった。NEXT |
待ってるだけじゃ、何も始まらない。