上品なだけで強靭な人間なんていない。 欠点の無い完璧な機械なら誰も興味を抱かない。 それでも手軽に理想を求めてしまう僕等は。 今日もまた転がって、転がって。 この背中に、白い翼は 無いとしても。2-39:嘆きの、幻想。 人は自分を見て“傲慢だ”と嗤うのだろう。吹雪自身、それを痛いほど分かっていた。自分がシュートを決めなければならないほど弱いチームでもない、という事も。 だからずっと、早く前線に上がらせろと喚く“アツヤ”の声を押さえ込んで此処まで来たのである。自分の私情と勝手な都合で、みんなの作戦を台無しにしてはならないから。−−でも…それでも、僕は。僕が。 シュートを決めたい。 否、決めなければならない。 オフェンスもディフェンスも。特に、皆がストライカーとしての吹雪を強く求めるならば、前者を。 完璧にこなさなければ。そうでなければ、自分が何故生きているかも解らなくなってしまう。『一人で完璧になろうとすんなよ。ワイバーブリザードだって二人じゃなきゃ撃てねぇ技だろ。…一緒にいられなくたって、俺達は仲間なんだ』 負傷離脱した染岡。病室で、彼が言ってくれた言葉を思い出す。 一人で背負う必要は無いと。離れても独りぼっちなんかじゃないと。そんな彼の心が嬉しくて嬉しくて−−だからこそ、これ以上彼に寄りかかってはならないと思ったのだ。 染岡にも、みんなにも。心配されなくて済むように、彼らを安心させてあげられるように。一人でも、少しでも完璧に近付いて、いずれ退院してくる染岡を迎えに行けるようにならなくては。−−この試合は、きっと染岡君も…白恋のみんなも見てる。 ちらり、と中継モニターを見て吹雪は拳を握りしめる。−−この試合で、みんなに見せるんだ。僕は大丈夫だよって。 あのデザームからゴールを奪えるほど強い人間であると。彼らの誇りに真正面から立ち向かえると。 護られる側じゃない。護る側の人間になれるという事を、示すのだ。 そうでなければ、何の意味もない。自分がサッカーをする意味も、このチームにいる意味も。足手まといになどなったらそれだけで−−死んでしまう。 身体も−−心も。「ごめんね、染岡君」 ぽつり、と呟く言葉。それはまるで懺悔のよう。 実際、贖いの意味を持つのは間違いない。彼は吹雪がこんな風に背負いこむのを良しとしない、そんな風に追い詰めたいわけじゃない−−きっとそう言ってくれる。 それが分かっていながら抜け出せないのは、自分の弱さだ。自分の時間は結局、あの日から動き出せていない。自分の中の時計はあの日に繋がれて、縛られたままでいる。 他でもない、吹雪士郎自身の意志で。『おい、何ぼさっとしてんだ士郎』 頭の中で響く声に、はっとする。『試合再開すんぞ。さっさと位置につけ』「う…うん。ごめんアツヤ」 それは全て、吹雪の心の中の会話。他の者達の耳には届かない筈だ。 なのに。どこか心配そうな顔で自分を見る円堂。何故そんな顔をするのだろう。何か失言でもしたのだろうか。「安心してよ。ね?」 不安がらせたくなくて−−まるで自分に言い聞かせるように吹雪は繰り返した。さっきと同じ言葉を。精一杯作った笑顔で。「僕、絶対にシュート決めるから。絶対、デザームからゴールを奪ってみせるから」 絶対。絶対。絶対。 わざと断定的な言葉で自分を縛り上げる。まるで呪いのように。 言葉には魔力が宿る事を、吹雪は誰よりも理解しているから。「じゃあね。頑張ろうね」 そのまま吹雪は、円堂の顔を見る事なくフィールドに出て行った。 絶対決める。そう言っても決めるのは自分じゃなくてアツヤなのだけど−−と内心自嘲しながら。「一体何のつもりだ、雷門」 雷門イレブンがポジションにつくと、FWの最前線に立つゼルが、明らかに苛立った顔をした。「雷門の攻撃の要は…吹雪士郎だろう。何故そいつをFWにしない?」 来たな、と。吹雪の視界の端で、照美がニヤリと笑ったのが見えた。 業を煮やしたのだろう、イプシロン側からアプローチして来るのは非常に好都合である。つまり、彼らはこちらの狙いに気付いていないのだから。「何や何やぁ?あんた顔はええけど失礼な男やな。うちじゃ力不足やて言いたいん?」 いきり立つリカに、ゼルは至極真っ当な答えを返して来る。「力不足も何も…お前の事はデータに無いから知らない」「あ、そりゃそーか。うち、エイリアとの試合は初参戦やからな。知らんなら今日きっちり覚えとき。雷門の新・エース・ストライカー…やなくて、クイーン・ストライカー、浦辺リカをな!!」「…よく喋る女だな…」「何言うとんの、大阪の女が口きかんくなったらオシマイやで?」 呆れるゼルに、ひたすらべらべらと口が回るリカ。が、けして重要な事は話さないあたりさすがだろう。そしてこの会話はさりげなく、イプシロンの副将であるゼルの性格分析にも役立っている。 生真面目で、プライドが高い。堅物加減は主将のデザームより上かもしれない。「デザーム様も我々も、ずっと今日の雷門との再戦の為、鍛錬を積んで来たのだ。半端な真似をされては、こちらも肝に据えかねる」 ひゅう、とリカが口笛を吹き、照美と顔を見合わせた。 なるほど、と吹雪は思う。案外このゼルという男、隙が多い。結構あっさりと、イプシロンというチームの体質を暴露してくれた。 彼らは今の雷門の戦略を“半端な真似”と解釈しており。雷門の攻撃の要が吹雪だと理解している。それが雷門の最善たる策であると。 その“雷門らしい”サッカーを望む最たるはデザームであり、彼らはその意志に殉ずる気でいる。デザームへの彼らの忠誠心の深さの裏付けもついでにとれたというわけだ。−−デザームも僕と戦いたがってる…。 ぞくり、と背中に走るものがあった。武者震いと恐怖心、その両方で。 彼の挑戦は“アツヤ”からすれば願ったり叶ったりなのだけど。“士郎”からすれば−−何が何でも失敗出来ないというプレッシャーになりうる。『はっ上等じゃねぇの』 アツヤが嗤う声。まだ駄目だよ、と吹雪は小声で諫める。 イプシロンが痺れを切らして、こちらの陣地の奥深くまで切り込んできたその時こそが好機。それまでは、あくまで守勢に回るフリをしなければ。 身勝手なプレイは赦されない。此処は北海道じゃない。皆が吹雪の傷を知らないからこそ対等で、ゆえに甘やかされたりしない。 それは自分が望んだ事ではないか。望んだからこそ此処にいる事を選んだのだから。「さぁ、後半戦開始です!」 甲高いホイッスルと角馬の実況と共に、試合が再開される。雷門ボールからのスタート。照美のキックオフ。ボールは後ろの吹雪へ回される。『来た…!』「だ、駄目だよアツヤ!まだ早い!!」 いつになく、アツヤの自己主張が強い。攻め上がろうと息巻くアツヤを、吹雪は必死で抑え込む。 まだだ。まだ早すぎる。マフラーをぎゅっと握りしめ、自我を強く持とうとアツヤに抗う。今アツヤに身体を渡すのはマズいと分かっていた。 指示された通り、ボールをすぐに小鳥遊へ渡す。何とか、狙い通りの場所にボールが飛び、内心溜め息をついた。頭の中でアツヤが憤る声が響く。「ブッ潰す…!」 小鳥遊に、クリプトが激しくショルダーチャージ。ぶつかり合いとかわし合い。傍目から見ればどちらも愛らしい少女だというのに−−まるで喧嘩のよう。「どうしたの?護るばかりで勝機が見えるとでも?」「はっ何とでも言いなよ」 クリプトの言葉を鼻で笑う小鳥遊。「悪いけど、アンタらの安い挑発にホイホイ乗るほど馬鹿じゃないんでね」 その小鳥遊の後ろにはケイソンとスオームが迫っていた。彼女も気付いているのだろう。わざとクリプトを引き離さず、さらにケイソン達を引きつけている。絶妙な動きで。「安心しな。ちゃんと見せてやるさ…あたし達のサッカーってヤツをね!!」 そのまま両手を広げ、小鳥遊はドリブル技のモーションに。「毒霧の術!!」 真帝国で彼女が見せた、あの技だ。紫色の霧にまかれたクリプト、ケイソン、スオームがバタバタと倒れる。あれはキツい。もろにくらうとダメージが大きくて、しばらくは立ち上がれまい。 小鳥遊はそのまま、中盤まで下がってきていたリカにパスを出す。リカはそのまま上がって行こうとして−−。「させるか!」 ゼルのスライディングで派手に転ばされた。「わぁっ!」 そのままボールを奪われてしまう。が、吹雪は気づいていた。あれはワザとだ。その証拠に、彼女は倒れる際綺麗に受け身をとっており、怪我一つしていない。 そこはさすが、大阪一の女子チームキャプテンと言うべきか。鍛え上げられた身体能力といいとっさの演技力といい、さすがのものだ。「お前達が力を出し惜しみするならば…私達も好きに攻めさせて貰うだけだ!!」 そんなリカを振り向く事もなく、ゼルが雷門陣内深くへ切り込む。が、すぐにその顔に苦い色が浮かんだ。 ガイアブレイクを打つのに必要な人材−−メトロンとマキュアが、それぞれ風丸と一之瀬にがっちりマークされている。 これでは動けまい。 これがわざと敵を自陣に誘い込む、リスクの高い作戦を雷門が選択出来た訳の一つ。ガイアブレイクを“打ちにくい”状況を簡単に作る事が出来る事だ。 そしてゴール前をしっかり固める塔子に壁山に土門。ゼル単体のシュートが決まる状況とは到底思えない。 そしてゼルが迷っているうちに。「ザ・ウォール!」 壁山の必殺技が炸裂していた。せり上がった巨大な岩壁に吹っ飛ばされ、ボールをこぼすゼル。拾ったのは塔子。「さぁ、ショータイムだぜ!!」 高らかに宣言する塔子。イプシロンのゴール前で、デザームがはっと息を呑むのが分かった。うまく自分達が罠に誘い込まれたと、気付いたのだろう。 雷門陣営が守備配置であると見て、攻め込む為に大きく前かがみになっていたイプシロン。その結果、ディフェンスまでもがセンター付近まで上がってきていた。 しかし。それはつまり彼らのゴール前ががら空きになっている事を意味する。それでも構わなかったのだ−−カウンターをくらう恐れさえ無かったのなら。 MF配置の吹雪が照美と共に上がるのと同時に、本来FWであるリカが中盤に下がる。彼女の姿を見てイプシロンは雷門が押されて守りに入ったと勘違いした。 実際は、全てがこちらの反撃の一手。小鳥遊が一時的に三人のMFとDFを無効化したせいで、吹雪と照美を拒む者はさらに減っている。これ以上のチャンスは無い。「受け取れ吹雪!」 後は一発。ロングシュートを使ってボールをイプシロンゴール前まで運べばいい。「レインボーループ!!」 虹の橋を掛けながら、ボールは吹雪の方へ飛んで来た。自分を信じて託してくれた塔子のパス。皆の作戦により導き出された好機。 絶対に、無駄には出来ない。「行くよ…アツヤ!!」 マフラーを握りしめ、自分の中の弟に呼びかける。 アツヤが笑った。今度は歓喜の声で。NEXT |
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