大丈夫、未だ頑張れる。
 心を殺しながら。
 もう失敗、また失敗、失望の眼に怯えて。
 また廻るの。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
2-40:徨の、雪嵐。
 
 
 
 
 
 レーゼは大丈夫だろうか。
 今まで自分達が、エイリア学園内で晒されてきた生体実験の後遺症−−その結
果を目の当たりにして、デザームは寒気のする思いだった。
 恐らくは、雷門の言っている事は八割方正しい。自分の調べてきた内容も裏付
けがとれている。後は自分達の心の問題でしかない事も。
 この試合の全てはデザームにとって、未来と真実を納得する為のものだった。
そして未練を残さない為に必要な儀式でもある。
 自分の身体の事は自分が一番よく分かっている。最近の症状と実験回数を考え
ればレーゼ同様−−あるいはそれ以上の発作がいつ起きてもおかしくない事くら
いは。
 
−−だがただ死んでやるつもりなどまったく無い。
 
 この試合は自分が納得するだけじゃない。イプシロンの仲間達を納得させる為
でもある。
 自分にもしもの事があった場合、仲間達を託せるのは、雷門しかないのだから
。雷門に自分達のサッカーを知らせると同時に、自分達は雷門のサッカーを理解
する必要があったのだ。
 いずれ共に運命に立ち向かう事になるかもしれないのならば。
 
−−だから力を出し惜しみするな、雷門イレブン。
 
 全力でお前達のサッカーを見せてみろ、と。デザームがまさしくそう心の中で
呟いた時だった。
 春奈と一之瀬の策略−−雷門の見事な戦術により、カウンターを決められたの
は。
 
「ディフェンス、戻れ!」
 
 叫んではみたものの、間に合わないのは明白。イプシロンメンバーの殆どが雷
門陣内まで攻め込んでおり、守備担当のうち三人が小鳥遊の毒霧の術で昏倒して
いる。
 完全にしてやられた。
 塔子のレインボーループを使ったキラーパス。ボールは最前線まで駆け上がっ
ていた吹雪に渡る。フリーの状態で。
 
−−前の一戦の時はあれだけの距離があって、あの威力。この近さならばどれ
だけ私を楽しませてくれるのか
 
 端から見れば、自分と吹雪の1対1。相当ピンチの筈だが−−デザームはこの
状況を楽しんでいた。
 今まで、自分からゴールを奪えた選手は本当に少ない。実のところマスターラ
ンクの面々ですらごく一部に限られる。それはつまり、デザームにとっては退屈
以外の何物でもなかったわけで。
 京都での一戦。吹雪もまた、デザームのワームホールを打ち破るには至らなか
った。
 しかし−−その可能性を感じさせた。それだけで充分だったのである。デザー
ムは雷門との戦いを楽しみにしていたが、特に待ち望んだのが吹雪との再戦であ
った。
 
「くらえデザーム!エターナルブリザード!!
 
 愛らしい顔立ちに似合わぬ猛々しさで叫ぶ少年。その名の通り、ボールと共に
永久の雪嵐がデザームに襲いかかる。
 頬に当たる冷気の強さは、自分が尊敬するマスターランクチームキャプテンの
一人を連想させた。もし吹雪が、ガゼルと同等の潜在能力を秘めているのであれ
ば。
 こんなに−−面白い事はない。
 
「ワームホール!!
 
 チッと吹雪が舌打ちするのが見えた。
 両手を広げて作り出す、異空の通路。雪風を纏ったボールは吸い込まれ、デザ
ームの頭上から落下する。
 ズンッ、と重たい音を立てて足元にめりこむボールに笑みが零れる。
 素晴らしい。
 吹雪の力は、ガゼルと比べればまだまだ荒削りで発展途上だ。伸びしろが多い
にある今の段階でこれほどの威力とは。
 
「もっとだ!もっと強く、蹴り込んで来い!!
 
 見てみたい。彼の成長のその先にあるものを。
 そして本気の本気になった吹雪とぶつかってみたい。
 デザームは思い切りボールをフィールドに投げ込んだ。さすがに、こちらのデ
ィフェンス陣営も立て直している。モールと照美の競り合いでこぼれたボールを
拾ったのは−−吹雪。
 
「今度こそっ!」
 
 まるで親の仇でも見るかのように、ギラリとした眼差しでデザームを射る。再
びシュート体制に。
 浮き上がったボールを氷塊に変え、先程よりもパワーを増したエターナルブリ
ザードが炸裂する。まだデザームに捕れないレベルではない。でも。
 
−−面白いな。
 
 そのエターナルブリザードをワームホールで止めて、デザームは笑む。
 
−−力と力のぶつかり合い。魂と魂のぶつけ合い。確かに、そうだ。
 
 サッカーは楽しいものだ。
 破壊の武器なんかじゃない。雷門イレブンの主張がやっと真実味を帯びてきた
気がする。
 何故なら今自分はサッカーを楽しんでいる。
 そして自分は、自分達はずっと、こんなサッカーを待ち望んでいたのだ。手の
届かないものと諦めながらも、ずっと。
 
「畜生ッ!!畜生ぉぉッ!!
 
 雄叫びのごとく、吹雪は悔しさを露わにする。
 
「まだだ!絶対お前からゴールを奪ってやるっこの俺が!」
 
 そうやって自分に対しライバル心を燃やし、闘志を露わにする。悔しいと感じ
、それを力にできる。そんな吹雪をデザームは、どこか微笑ましい気持ちで見て
いた。
 ずっと自分達には遠いものだった。サッカーは武器で、凶器で、生き残る為の
手段で。負ければ切り捨てられる、敗者は死者にも同じ。だから敗北を意識した
時は、悔しいと思う前に、ただ絶望に打ちひしがれる他無かったのだ。
 吹雪や雷門メンバーにはそれが出来る。否、出来る事こそが本来普通で、
当たり前の事なのだろう。
 
 
 
『もう一度!もう一度だ!!
 
 
 
−−え?
 
 その時。デザームの脳裏に、悔しげに叫ぶ子供の声が蘇った。
 
『絶対絶対!隆一郎より先に俺が兄ぃからゴール奪ってみせるんだから!!
 
−−何だ?今のは一体
 
 まったく覚えの無い言葉。だがその声は、誰かにひどく似ている。
 だけど、でも。そんな筈が。だってレーゼはあんな風に感情を露わにするよう
な子でもないし、一人称はだ。
 それに、隆一郎なんて名前は−−。
 
−−頭が痛い
 
 ガンガンと頭痛が酷くなり、こめかみを押さえるデザーム。少しずつ激しい動
揺の波が引いていくと同時に、理解が追いついて来る。
 雷門メンバーは言った。自分達エイリア学園は皆人間である可能性が極めて高
い。少なくともジェミニのメンバーは全員地球人で日本人の血を引いていると。
 自分達にその記憶が無いのは、アルルネシアによる洗脳を受けたせい。記憶を
操作されているのが、レーゼ達だけでないのならば−−。
 
−−これは私が忘れていた、人であった頃の記憶?
 
 何だろう。
 何か、何かとても大切なことを忘れてしまっているような。
 
−−隆一郎。そして雷門がレーゼを呼んでいた名前緑川リュウジ。
 
 その二つの名前が、自分を呼んでいるような気がしてならない。自分は呼ばれ
ている。導かれようとしている。何かが、点と点が線で繋がりそうで繋がらない
 彼らは一体誰だったのだろう。
 自分は一体−−何処に在る?
 
「デザーム様!」
 
 ファドラの声に我に返る。ボールは三度吹雪に奪われていた。シュートが来る
。そうだ今は試合中、余計な思考に浸る暇などない。
 吹雪との再戦。雷門との再戦。全力で、命がけで楽しむと決めたのだから。
「エターナルブリザードォ!!
「ワームホール!!
 冷気で腕が痺れ始めたが、デザームは間髪入れずに必殺技を繰り出す。少しだ
けだがワームホールが押し出された。さらにシュートの威力が増した証拠だ。
 やはりあの少年−−吹雪士郎は末恐ろしい才能の持ち主と言えよう。次はいよ
いよ危ないかもしれない。
 
……ッ!」
 
 その時。デザームは強い目眩に襲われ、ふらついた。息が苦しくなり、少々咳
き込む。何とか倒れずには済んだものの−−奇しくもその症状がデザームに思い
出させた。
 自分の身体を確実に蝕む異変を。
 
 
 
 
 
 
 
 今は試合中だ。余計なことをぐだぐだ考えている場合じゃないのに、と。そん
な風に思っていたのはデザームだけではない、風丸もだ。
 必ずしもそうとは言えないが。フィールドの外の事を試合に持ち込むのは、基
本的に良くない事だ。それでプレイに支障をきたすなんてなおのこと。
 ましてや自分達のサッカーは、もはや世界の命運を賭けた大きく重たい物にな
ってしまった。私情を持ち込む余地などある筈がない。風丸とて痛いほどよく分
かっている。
 分かっているのに。
 
『君は僕が羨ましいって言うけど。それ、おかしいよ。僕こそ君に嫉妬してる
んだから』
 
 耳鳴りが、止まない。
 ノイズ混じりでリフレインし続ける吹雪の声と、死にそうなほどの己の後悔。
 
『僕は本当は生きてちゃいけない人間だから。どんなに君達の事が好きでも、君
達が僕を好きになってくれても結局独りきりでしかない』
 
 吹雪は。今日まで何を思って生きてきたのだろう。
 何を想ってサッカーをしてきたのだろう。
 生きていちゃいけない人間。独りきりでしかない。そんな悲しい言葉を本気で
口にしてしまうほどの、深い深い傷。自分はまだ彼の闇の深淵を僅かに覗き込ん
だに過ぎない。
 だが、あの言葉と吹雪のプレイスタイルを照らし合わせてみて、その輪郭が朧
気ながら見えてきた気はするのだ。
 試合になると、普段のおっとりした彼からは想像もつかないほど熱くなる吹雪
。自分はそれをさほど重く受け止めていなかった。
 よく、自動車やバイクに乗ってハンドルを握ると、気分が高揚して攻撃的にな
る人がいる。吹雪はそれがサッカーなのかと思っていた。ボールに触れると
少しだけ攻撃的になるだけだと。
 でも。
 改めて注視してみると、それだけでは説明のつかない何かがある。オカルトな
表現をするならばそう−−まるで別の誰かが乗り移ったかのよう。
 身体は確かに吹雪士郎で、随所にその名残が見受けられるのに。別人のような
感覚が、どうにも拭い去れない。その、噛み合わない歯車を見るような違和感も
 何故今までそれに気付かなかったのだろう?
 
「吹き荒れろッ!!エターナルブリザード!!
 
 何度も何度も何度も。吹雪のシュートは止められる。しかし吹雪もまるで懲り
る様子なくエターナルブリザードをデザームに向けて放ち続ける。
 いつの間にか試合というより、デザームと吹雪のタイマンのような様子になっ
ているのは気のせいではあるまい。
 独りきりだ。彼は独りきりで繰り返す。
 永久の雪嵐。
 永遠の吹雪。
 絶対に叶う事の無い永久永遠を、叫ぶように絞り出すように刻み続
ける。それは円堂のような諦めない心ではない。自分自身に言い聞かせ、命
懸けの祈りを吐き出すかのようで。
 見ていて胸が、苦しくなった。
 
 
 
『なくしちゃう前に、気付いて。君は僕に無いもの、たくさん持ってるんだから
 
 
 
吹雪、教えてくれよ」
 
 フィールドの隅で。風丸は一人、呟く。
 
「お前は一体、何を失くしたんだ?」
 
 そして自分が持っていて吹雪に無い物なんて本当にあるのか。吹雪は自分に何
を気付いて欲しいのか。
 俯き、問いかける。答えは近くにありそうで、しかしまだその姿を捉えるのは
叶わなかった。
 
 
 
 
NEXT
 

 

もう少し、あと少し。