何て綺麗な眺め何でせうか。
 此処から観得る景色は。
 きっと何一つ変えられ無いわ。
 精々枯れた地面を這えば良いのよ。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
2-41:魔の、条件。
 
 
 
 
 
 何度目のエターナルブリザード、そして何度目のワームホールだったか。デザ
ームは今やはっきりと己の不調を自覚していた。押されつつあるのは、吹雪のパ
ワーが上がっているからだけではないと。
 残念で仕方ない。やっと吹雪と戦えるというのに、自分の方が万全でないなん
て。
 
−−覚悟はしていたさ。これが最後の試合になる、と。
 
 でも今、思う。
 
−−願わくば、これが最後でないように。
 
 今度。次。自分にもそれが赦されるのならば。
 次こそは全力で、万全の状態で戦いたい。吹雪と−−そして雷門と。
 
「エターナル
 
 雪風を纏い、舞踊る少年。今日一番の威力のそれが放たれようとした瞬間に、
デザームは一つの勝負の決着を悟った。
 
「ブリザード−−!!
 
 もう止められないだろう。自分の身体はもはやガタガタなのだから。
 それが分かっていながらも迎撃体制をとる。一瞬目があったメトロンが切なげ
に目を細めた。
 多分彼は、理解しているのだ。
 
「ワームホール…!!
 
 作り出す異空間。だが雪嵐を飲み込んだそれから、表記しがたい音が漏れる。
圧力に耐えきれず、歪みが生まれ、軋み出す音が。
 そして。
 
「ぐぁっ…!!
 
 ワームホールは破裂した。肌を突き刺すような冷気に晒され、膝をちくデザー
ム。ボールはゴールネットに強く食い込んでいった。
 それはイプシロンの失点を示すものであり。
 同時に、デザームと吹雪のプライドを賭けた勝負が今、吹雪に軍配が上がった
事を示すものでもあった。
 
「吹雪のエターナルブリザード、ついにデザームを打ち破ったぁぁ!!雷門、追い
ついたぁぁ!!
 
 角馬の実況と共に、雷門サイドから歓声が上がった。拳を掲げて叫んでいる吹
雪に、仲間達が次々集まっていく。
 まだ試合は終わっていないというのに、まるで勝利が確定したかのような喜び
っぷりだ。普段の戦いぶりからは想像つかない、彼らの子供らしい無邪気な様に
、デザームもつい失笑してしまう。
 子供。ああ、そういえばそうだった。
 子供だったのだ。彼らも−−自分達も同じく。そんな当たり前の事すら忘れて
いたのは多分。
 
「デザーム様!」
 
 膝をついたまま動かないデザームを心配して、ゼルとメトロンが走って来る。
「大丈夫ですか?やはり、お体の調子が
「問題ない」
 デザームの答えに、二人は訝しげに顔を見合わせる。口答えはしないものの、
信じていないのが丸分かりだった。
 やはり、嘘はバレバレらしい。
 元より試合前バーンに言った、体調が七割回復したというのが真っ赤な嘘だ。
見栄を張りすぎた数字なのは誰の目にも明らかだっただろう。
 それでも嘘を吐き通すしか無かった。イプシロンに控えはいない。他に道など
ありはしないのだから。
 
「問題ない。平気だ、心配するな」
 
 だから繰り返す。
 本当は、目眩と吐き気と咳が酷く、肺と脇腹の奥は嫌な痛みを訴え、意識も怪
しくなってきていたが。
 今、自分が倒れたらイプシロンは瓦解してしまう。デザームは痛いほどそれが
分かっていた。
 
「もう一点もやるわけにはいかないからな。少々見くびっていたが次は必ず止
める。試合には必ず勝つ」
 
 二人の肩に手を置き、微笑みかける。
「私はお前達を信じている。前線は任せた。お前達も私を信じてくれ」
「デザーム様
 ゼルが明らかに、何か言いかけた言葉を飲み込んだ。しかし、ぐっと気持ちを
抑えて、メトロンと共に完璧な敬礼をする。
 
「イエス、マイロード…!!
 
 そして走り去っていく二人。その背中を見送り、デザームは気づかれぬよう、
そっとゴールポストに寄りかかった。
 デザームが不調とはいえ。吹雪は完璧に自分のワームホールを打ち破ってみせ
た。何回も行われた勝負のうち一回といえど、自分は彼に負けた。それは間違い
ない事だ。
 自分の目に狂いは無かった。彼と戦えた事を、デザームは今誇りに思う。
 だから次は、絶対に止める。己が持つ最強のキーパー技で。イプシロンのキャ
プテンにして守護神たるデザームの名にかけて。
 
「さぁ、イプシロンのキックオフで試合再開!」
 
 ゼルからボールを受け取り、上がっていくメトロン。さらにメトロンからクリ
プトにパスが出る。それを阻まんと、サイドから猛然と突っ込んで来たのは風丸
だ。
 
「行かせるかっ!」
 
 何かを焦っている。風丸をよく知らないデザームにもそれが見てとれた。分か
りやすいほど隙だらけだ。
 クリプトは口角を上げ、高らかに技の名前を叫ぶ。
 
「メテオシャワー!!
 
 ボールを跳ね上げ、数多くの隕石と共に落下させるドリブル技。メテオの一撃
をもろにくらった風丸は、呻き声とともにフィールドに膝をつく。
 
「任せた、メトロン!ゼル!マキュア」
 
 クリプトからパスが出る。再びボールを手にしたメトロンは、ゼルとマキュア
の間をショートパスで繋ながら駆け上がっていく。
 ガイアブレイクは、三人のうち一人でも拘束されると打てなくなってしまう。
では、敵にガチガチにマークされない為にはどうすれば良いか?
 答えは−−耐えず動き回り、マークの隙すら与えないこと、だ。
 
「これで勝負を決めてやる!デザーム様の為にも…!!
 
 三人の間で目まぐるしく動くボール。雷門は追いつけずに抜き去られていく。
 否。
 たった一人、その動きについて行った人間がいた。FWよりのMFとして最前線に
上がっていた筈の、吹雪が。
「アイスグランド!」
「がっ!」
 いつの間にDFの位置まで戻って来たのか。吹雪の叩きつけた足から上がる氷柱
。ボールを持っていたゼルはなんとかかわそうとしたものの、半歩間に合わなか
った。
 左足を凍らされ、躓いたゼルからボールを奪い、吹雪が再び前線に戻っていく
。半ば強引にこちらのディフェンスを蹴散らしながら。
 
「きゃっ!」
 
 止めに行ったマキュアがタックルをくらい、突破される。ダメージはさほど無
かったようだが、本人は痛く機嫌を損ねた模様だ。可愛らしい顔をプリプリと怒
らせている。
 
「もうっマキュアあいつ嫌い!」
 
 そんな間にも、吹雪はたった一人でイプシロンゴール前まで攻め上がって来た
。誰にもパスを出す事なく、力任せのドリブルのみで。
 彼があんな独りよがりなプレーをするのは、何か理由があるのだろうか。よく
観察すれば雷門の誰もが多かれ少なかれサッカーを楽しんでいるのに−−彼と、
風丸はそう見えないのである。
 
−−いや考えるのは後だ。今は、ゴールを護る事に集中しなければ
 
 デザームは身構える。既に体力は限界に近かったが、表向きだけでも気丈なフ
リをしなければ。
 ゴールを、チームを、護る事こそが自分の役目だ。
 
「もう一度お見舞いしてやるぜ!」
 
 もはや何度目になるかも分からない、エターナルブリザードが放たれた。
 ワームホールでは止められてしまう。体力的にギリギリな今、技を出すだけで
も厳しいのだがそうも言ってられない。
 やるしかない。
 掲げた右手にオーラを集中させ、デザームは巨大なドリルを具現化させた。そ
して凍てつく一撃に向けて、槍のように突き出す。
 
「ドリルスマッシャー!」
 
 
 
 
 
 
 
 ドリルスマッシャー。それはイプシロンのGKにしてキャプテンたるデザームが
使う、切札と言ってもいい技だ。
 モニターに映し出されたその映像に、バーンは少なからず驚く。
 
−−あれを使うほど、デザームが追い込まれるなんて
 
 デザームの守備力の高さは折り紙つきだ。実のところマスターランクでも彼か
らゴールを奪える人材は、バーンを含めたった四人しかない。
 ガイアのグランとウルビダ。
 自分に、ダイヤモンドダストのガゼル。
 大抵の必殺技は、デザームのワームホールで止められてしまう。ドリルスマッ
シャー自体、お目にかかる機会は滅多にないのだ。
 
−−多分、吹雪が強いからだけじゃない。デザームが万全じゃないせいだ
 
「面白い試合展開ね」
 
 愉しげに呟く声に、バーンはギラリとした視線を向ける。完全に振り向く事は
出来なかった。手当ては受けたとはいえ、怪我のせいで満足に動く事も叶わない
 増してや自分に傷を負わせた加害者たる女に抱きすくめられ、身体を拘束され
ているとあっては。
 
−−研究者のくせに、なんつー馬鹿力だよ
 
 本当は百も二百も恨み言を並べ立てたいところだったが。残念ながら今はその
気力すら無いのが現状だった。
 血を流しすぎて、油断すれば意識が飛びそうだ。身動きを試みるだけで、全身
の傷の痛みに脂汗が流れる。特に爪を剥がされた左手が最悪だ。
 古典的だが、爪を剥がしたり指の間接に釘を打ち込むなどの拷問は効果的と言
える。痛みは勿論、視覚的な恐怖も大きい。それに耐えて口を割らなかった自分
を我ながら誉めてやりたいところだ。
 尤も、現時点では語れるほど大きな目的が無かったのも確かだが。
 
−−クソがっ
 
 ギリ、と歯噛みする。苛立つ事ばかりだ。二ノ宮にも、デザームにも、自分自
身にも。
 拷問を受けて意識が飛んでいた時間はさほど長くは無い筈だが。それでも、二
ノ宮に屈してしまったようで、バーンは己が赦せなかった。
 画面の中では試合が続いている。デザームのドリルスマッシャーは吹雪のエタ
ーナルブリザードを完璧に止めていた。行けると思っていたのか−−吹雪の驚愕
ぶりは、遠目からでもハッキリと分かる。
 
「何度見ても彼は惜しい逸材だわ。私の傍に置いておきたいくらい」
 
 肉体の耐久度さえ高ければねぇ、と。溜め息をつく二ノ宮。バーンは悔しくて
仕方ない。今の試合の現状が何を物語っているか、理解出来るだけに。
 デザームの調子さえ悪くなかったら。多分吹雪のあのシュートも、ワームホー
ルだけで止めきれた筈なのだ。
 それが出来なくなったのは、二ノ宮がデザームの生体実験内容をハードにし、
回数をさらに増やしたせいに他ならない。正確に二ノ宮がデザームに何をしたか
までは分からないけれど。
 恐らく彼はもう、立っているのも辛い筈だ。
消す気なのか、デザームも。イプシロンも」
「さあ、どうかしら」
 女は嗤う。
 二ノ宮がどう答えようが、バーンの中での結論はとうに出ていた。
 この魔女は、間違いなくデザーム達を殺すだろう。きっと最終的には、自分や
ガゼルもだ。それが早いか遅いかの違いだけで。
 
俺は、イプシロンやジェミニストームとは違う」
 
 爆発しそうな感情を押さえ込み、バーンは言葉を紡ぐ。
 
「自分の正体をちゃんと分かってる。俺は一度もねぇ。自分が宇宙人だと思った
事も増してや神やバケモンだと思った事もな」
 
 自分達に出来る事など微々たるものかもしれない。それでもバーンは、自分な
りに精一杯の宣戦布告を二ノ宮に叩きつける。
 全ての、護りたいモノの為に。
 
「人間ナメんじゃねぇぞ、魔女」
 
 二ノ宮は愉しげに、狂った笑みを浮かべた。
 
「楽しみにしてるわ」
 
 
 
 
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廻る世界に、酔いしれろ。