次の瞬間、トぶ世界。
 砕け散る爽快に散る翼。
 眼を閉じて緩やかに朽ちていく。
 ああ、さようなら、私のXXX。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
2-42:滅への、輪舞曲。
 
 
 
 
 
 もう、デザームにシュートを止められる事など無い。エターナルブリザードは
無敵だと−−そう信じていたのだろうか。
 あるいはデザームがさらに奥の手を隠し持っていたのがショックだったのか。
吹雪は今度こそ、完全に動きを止めていた。驚愕と、衝撃で。
 
−−絶望を前にした時、人の選択は二つに一つだ。
 
「けほっゴホッゴホッ!」
 
 具現化したドリルを消し、どうにかボールをキープしながらも、デザームは膝
をつき激しく咳き込んだ。身体中が熱く、嫌な鈍痛を訴えている。日々の実験の
後遺症だ。
 それでも気力だけで立ち上がり、吹雪に目を向ける。
 
−−絶望に負けて。打ちひしがれて。そのまま本当の敗者となるか立ち上がり
未来を見据えるかは、お前次第だ、吹雪士郎。
 
 そして、自分もまた。
 目の前にどれだけ過酷な運命が待ち受けようと。どんな色の絶望が広がろうと
も。
 その上で選ぶ事は出来る。
 諦めず足掻く事は出来る。
 
 何かを、遺す為に。
 
「吹雪!」
「吹雪さん!!
 雷門の仲間達が、呆然と立ち尽くす吹雪の名を呼ぶ。だが、彼は動かない。あ
るいは動けないのかもしれない。
 
「ゼル!メトロン!マキュア!!
 
 デザームもまた呼ぶ。
 愛しい仲間達の名前を。
 
「クリプト!スオーム!ファドラ!ケイソン!!
 
 本当の事など何一つ分からない世界で。
 記憶を疑う前に、記憶に疑われるようなそんな場所で。
 
「タイタン!ケンビル!モール!!
 
 彼らに出逢えた。
 彼らとサッカーが出来た。
 それは何より代え難い幸福であり、偽物ばかりの世界で得た唯一の真実だから
 
「ラストチャンスだ!作戦時間は0,7!!
 
 皆が一斉に振り向き、デザームと視線を合わせ−−一斉に走り出した。最後の
全員攻撃。デザームの守備を信じるからこその特攻。
 余計な言葉は要らない。ただ眼と眼で通じ合えばそれでいい。
 彼らの存在が、デザームの誇り。
 
Yes, My lord !!
 
 力を振り絞り、デザームが放り投げたボールを、ゼルが受け取った。副官の役
目を果たすと言わんばかりの背中は、頼もしくて笑みが零れる。
 上がっていくゼル、メトロン、マキュアを、デザーム以外の面々がカバー。彼
らにマークがつかないよう、雷門メンバーのルートを邪魔しつつ、ショートパス
を繋ながら走る。
 反撃を恐れず攻撃に人数を割く事で数的有利に立ち、尚且つ絶妙なコンビネー
ションあっての策だった。それがイプシロン。全員が仲間を信頼し、絆を力とす
るチームなのだ。
 
「しまった!」
 
 一瞬の隙をついて抜き去られた塔子の眼が驚愕に見開かれる。これで射程圏内
。マキュアを中心に据え、サイドでゼルとメトロンが力を貯める。
 発生した反重力により岩石が浮き上がり、ボールに寄り集まっていく。全身全
霊をかけた、先取点をとった時よりもさらにパワーを増したシュートが炸裂した
 
「ガイアブレイク!!
 
 巻き起こる砂塵がキーパーの視界を阻害し、砕け散る破片がキャッチを邪魔す
る。イプシロンの中でも二番目の威力を持つ必殺技が、円堂に襲いかかった
 この一撃が命運を分ける。
 この一撃が未来を変える。
 自分達の。彼らの。エイリアの。その心が何処まで届くのか。
 円堂が身構えた。マジン・ザ・ハンドが来るのか。そう思いきや、彼の隣に壁
山が走っている。
 デザームは目を見開いた。それは初めて見る、新たな連携技だった。
 
 
 
 
 
 
 
 分からない事だらけだ。
 それを言ってしまえばそもそも、自分達のような一般中学生が世界の命運を背
負う(それもサッカーでだ)事になった時点で意味不明な事ばかりだが。
 多分自分が理解している真実など、半分にも満たないのだろうと円堂は思う。
知識として知っている事も僅か、そして知ろうと足掻いても追いつかない事もし
ばしばだ。
 記憶を取り戻す為に、レーゼが魔女の一人たる聖也と契約を交わした事は聞い
ていた。だからレーゼがあれだけ必死でゴールを狙っていた理由も分からないで
は無かった。
 でも吹雪が。あんなにもデザームとの勝負に拘る理由に、自分は心当たりがな
い。彼が焦っているのは薄々気付いていたが、そこまでだ。エターナルブリザー
ドにあそこまで吟持を持ってたなんて知らなかった。
 チームのキャプテンだというのに。まったく至らない事ばかりである。
 
−−だけど。完璧じゃない俺だから俺達だからこそ、成長出来るんだ。
 
 そこで完結しないからこそ。
 自分達の物語は前に進んでいく。
 
−−止まらない。終わらない。諦めない。それが俺達雷門イレブン最大の武器
 
 命がけで自分達にぶつかり、試合する事を選んでくれたイプシロン。特にデザ
ームの不調には後半途中から気がついていた。それでも、何かを掴み取ろうと必
死で足掻いている。
 何か。決まっている−−真実だ。そして未来と希望。
 その目的と意志は。自分達と何ら違いのないものだ。彼らとならきっと分かり
合える。どちらも分かり合いたいと願ったからこそ同じフィールドに立っている
 
−−だから俺も本気で応える!
 
「壁山!」
「はいっす!!
 巨漢のDF壁山と、雷門の守護神たる円堂。その二つの守りが合わされば、鉄壁
どころかダイヤモンドばりの守備になるのではないか。そう提案したのは春奈だ
った。
 円堂の後ろに壁山が立ち、力を溜め込む。握り締めた円堂の両手に、まるで太
陽のようなオレンジ色の光が集まっていく。
 大きな岩の壁が二人の背後にせり上がり、金色に輝く二つの手が翼のごとくサ
イドに開く。
 
「ロックウォールダム!!
 
 ザ・ウォールとゴッドハンド。二つの必殺技の連携、その威力は凄まじい。ダ
ムのごとくガイアブレイクのオーラをせき止め、シュートを完璧に殺していた。
 がっしりと円堂の手に収まるボール。そこには様々な願いと、誇り−−イプシ
ロンのあらゆる想いがこめられている。
 重い。その重たさを、自分は今感じる事が出来た。
 彼らが本当は−−破壊の為のサッカーなんてしたくない、愛する全てに胸を張
れるような楽しいサッカーをしたいと−−そう叫んでいる事も。
 
「イプシロンお前達の想い、受け取ったぜ」
 
 今ハッキリと心に誓う。
 自分は彼らを信じる。
 彼らを必ず救ってみせる、と。
 
「お前達のサッカーを愛する気持ちは、本物だ!俺達と同じように!!
 
 円堂は笑って、思い切りボールを投げた。パスを受け取ったのは−−木暮。眼
と眼が合い、頷きあう。雷門のカウンターアタックだ。
 
「いけ!最後の攻撃だ!!
 
 思えば最初は木暮夕弥も、誰かを信じようとしない子で。自分達もそんな彼を
信じきれてはいなかった。今もまだ完全に信頼しあえているわけではないかもし
れない。
 でも。仲間として共に戦い、此処にいる。
 
「竜巻旋風!!
 
 ボールを回転させ、砂嵐を起こす木暮。砂塵はまるで竜巻のように渦を巻き、
ボールを奪取しようとしたスオームを吹っ飛ばしていた。
 
「小鳥遊!!
 
 木暮から小鳥遊にパスが出る。
 そう、小鳥遊忍。彼女も元は影山率いる真帝国学園の一員で−−つまりは自分
達の敵だった。
 彼女は影山の悪事に薄々感じながらも、自らの意志で彼の計画に荷担した。洗
脳されていなかった分、罪が重いと人は言うかもしれない。
 しかし、彼女のサッカーを愛する心は本物で。その心があったからこそ、自分
達は通じ合う事が出来た。今は同じユニフォームを来て、同じピッチに立ってい
る。
 
「毒霧の術!!
 
 紫色の霧で敵を昏倒させるドリブル技。小鳥遊の行く手を阻もうとしたクリプ
トとマキュアが膝をつく。その間に彼女は正確なキラーパスを出した。
 その先にいるのは−−照美。
 
「アフロディ!!
 
 金の長い髪を靡かせ、降臨せしは美しき女神。
 亜風炉照美。彼との和解こそ、自分達にとって大きな契機になったと言ってい
い。彼もまた元は影山の最高傑作の一人であり、フットボールフロンティアでは
最大の壁として立ちはだかってきたのだから。
 その力は神のごとし。
 自分達にとっては彼の全てが悪夢に等しいものだった。キーパーの円堂は特に
、何度悪意のあるボールをぶつけられたかしれない。
 けれどそれは、彼の本当の姿などでは無かったのだと誰もが知った。本当は奢
りも傲慢さも無い、物静かで謙虚で強かな少年であることを。
 人間の力は神にも勝ると知り、惨劇に見舞われてなお立ち上がってきた天使。
イプシロン同様、悪意あるサッカーなど望んでいなかった戦士。
 彼は未来を掴み取る為、かつて最大の敵であった自分達に歩み寄った。自分達
もまた彼の真実を知るべく手を伸ばした。
 その先に、今という名の絆がある。
 自分達は学んだ。昨日の敵を敵のままで終わらせるか、友として手を繋ぐかは
自分達次第である事を。
 世界中全ての人と分かり合えるとは到底思わない。性格、容姿、種族、宗教。
阻害する要素は悲しいほどに多い。
 でも。
 同じようにサッカーを愛する心があるならば−−きっと不可能なんかじゃない
。可能性は限りなく広がる。
 自分達は、共に歩いていく事が出来ると。
 
「行くよ!」
 
 ケンビル、モールを華麗に避わし。照美がシュート体制に入った。
 その背中に、銀色に輝く六枚羽根が生えた。はらはらと雪のように羽毛が降る
 天使の羽ばたきを聞いた事があるかい?−−以前戦った時、彼がそんな事を訊
いてきたのを思い出す。
 天使の羽音など円堂が知る筈もない。しかしきっと、こんな風に神秘的で美し
い音色なのだろう。
 
「ゴッドノウズ!!
 
 神の息吹。白銀の聖なる光を纏った、しかし残酷なほどの威力をこめたボール
がイプシロンゴールを襲った。
 あのシュートならば、吹雪ですら無理だったドリルスマッシャーを打ち破って
くれるかもしれない。円堂もそう期待した一人だ。
 だが。
 最後の勝負は−−勝負として成立しなかった。
 
「ゴール!!1-2、雷門勝ち越しだぁぁっ!!
 
 角馬がマイクを片手に、興奮して叫ぶ。けれど雷門イレブンはみんなして、凍
りついたように固まったままだ。
 シュートは決まった。ゴールネットに突き刺さった。
 しかし。
 
……!?これは
 
 実況の角馬も異変に気付いたのだろう。デザームが−−必殺技を出すどころか
、照美のシュートを止めに来る事すらしなかった訳。
 彼はゴール前にうずくまり、苦しげに喘いでいた。
 
「げほっかはっ!!
 
 激しく咳込む青年。その顔色は紙のように白い。ゼルが悲鳴に近い声を上げて
、その名を叫んだ。
 
「デザーム様!!
 
 円堂は見た。
 碧色のフィールドに点々と咲く、真っ赤な血の花を。それは徐々に数を増し、
鮮やかすぎる色を持って誰もの視界を浸食していく。
 
 やがてデザームがゆっくりと倒れていくのが眼に映り。
 
 無情にもその瞬間に、ホイッスルは鳴ったのだ。
 
 
 
 
NEXT
 

 

廻る世界に、酔いしれろ。