強くなりたかったのは誰の為? 全ては私の為。認められたかった私の為。 力が欲しかったのは誰の為? 全ては私の為。貴方を護りたかった、私の。 この背中に、白い翼は 無いとしても。3-0:Message from Zell 私が一体誰であるか、とか。 何の為に生まれたか、とか。何の為に生きるのかとか。 今までそんな事、考える必要なんて無かったんだ。多分それくらい、私達が幸せだったという事なのだろう。 例えそれが、鳥籠の中の世界であるとしても。 思えばおかしな話だったんだ。私には、五年より前の記憶が無い。それに違和感を覚える事が無かったのも、記憶を操作された結果だったのだろうが。“ゼル”として。覚えている一番古い記憶は。九歳の私が、デザーム様の前で 泣いている光景だ。『ゼル』 一つだけしか年の違わないキャプテンは、その頃からもう大人びていて、とても強い人だった。まだ幼い顔で微笑み、小さな手で私の頭を撫でて言う。『今のうちに、たくさん泣いておけばいい。私が傍にいるから』 その日泣いていた理由は確か−−繰り返す過酷な実験と練習に嫌気が差して、気持ちが弱くなったからだった気がする。 普通ならここで、男なんだから泣くなとか、名誉な事なんだから頑張れとか。弱音を吐くなと叱られるところだろう。 でもデザーム様は違ったんだ。いつもそうだった。あの人は理不尽な叱り方は一切しなかった。自分達が本気で辛い時悩んでる時、ただ頭を撫でて隣にいてくれた。 そして−−よく頑張ったねと誉めてくれる。泣いていいよと赦してくれる。『話してくれてありがとう』 弱音を吐いた自分達を責める事なく言ってくれる。その優しさに、私達はどれだけ救われてきたことだろう。ジェミニストームのキャプテンであるレーゼが、“みんなで一緒に乗り越えよ う!”というタイプなら。デザーム様は“私がお前達を護ってやる”と親のよう に庇護してくれるタイプだった。 無論優しいだけじゃない。叱るべき時は本気で叱るし、場合によっては鉄拳制裁もあったりする。殊に自分達が不注意や油断から危険な真似をした時の怒りは凄まじい。 あれは確か、特訓マシーンの一つが故障した時だ。四年くらい前だろうか。 故障中、絶対触るな−−の貼り紙がしてあって。しかし子供の好奇心とは厄介なもの、駄目と言われた事ほどやりたくなってしまう。今だって例外じゃない。 私とファドラとマキュアの三人で。試しに使ってみたらどうなるのかと、興味半分で試してみたら大変な事になった。『誰かっ…誰か止めて!助けてぇぇっ!!』 使っている途中で、ランニングマシーンがすごいスピードで逆走し始めて。マキュアとファドラが危うく機械に巻き込まれそうになったんだ。私は慌てて何度も停止スイッチを押したけど、止まらなくて。 その上パネルが突然スパークし始めて−−私は思いっきり感電して。ショックで気絶した。そして次に目覚めた時は医務室だったわけだ。 幸い、深刻な怪我をした奴は一人もいなかった。私が軽く脳震盪を起こして(感電して気を失った時頭を打ったせいだ)ファドラが膝を擦りむいて、マキュアのズボンの端がちょっと破れただけで済んだ。 痛みよりも怖くて怖くて−−手当てをしてくれたデザーム様に三人で泣きついた。デザーム様はただ『無事で良かった』と繰り返して抱きしめてくれた−−その時は、だけどな。 で、私達が泣き止んで落ち着いた後でだ。三人揃って思いっきり平手を食らった。デザーム様が本気で怒っていた。そりゃそうだ、一歩間違えれば死んでたかもしれないのだから。『この大馬鹿者!!』 普段優しい人だからこそ。みんなして凍りついていた。『使うなとあれだけ言った筈だ。それに興味半分で手を出すなんて…愚かすぎて 呆れ果てたぞ!そんなに無駄死にしたいなら、とっとと私のチームから出ていけ!!好きな場所でくたばっちまえ!!』 本気で死んでたかもしれない。 無駄死にしてたかもしれない−−と。 そう思った途端頭から爪先まで氷のように冷たくなった。殴られた頬だけがじんじんと熱を持って痛かった。 後で聞いた話によれば。メンテナンス予定のマシーンが動いている事に研究所のシステム管理部門が気付き、急いで主電源自体を落としたのだという。 そしてデザームにも連絡した。ジェミニストームを指導中だったデザーム様は知らせを聞き、急いで飛んで来たのだそうだ。 もし管理部門の対応が遅れていたら。デザーム様が来るのが遅かったら。そう思うとぞっとする。自分達は本当に紙一重で助かったのだ。『…本当に』 人通り怒鳴って説教した後の。まだ幼かったデザーム様の泣きそうな顔が、今でも忘れられない。『お前達が死んだらどうしようと…。心臓が止まるかと思ったぞ』 迷惑かけただけじゃない。 本気の本気で心配させてしまったのだ。自分達の浅はかさを思い知り、一度は止まった筈の涙がまた溢れてきて。『ごめんなさい…』 三人。小さな子供のように泣いて、謝った。『ごめんなさい…本当にごめんなさい…!もう絶対、しません…!!』 そしてまた抱きついた。ああ思えば自分達はみんな、あの人に抱きしめて貰ってばかりだ。あの人はいつでもそうやって自分達を護っていてくれたから。 自分達イプシロンは、選ばれた戦士といえど所詮は二軍。マスターランクチームの練習相手であり、皇帝陛下を護る為に命を捨てる盾でしかない。 だから、父や母に愛されるような−−無償の愛を向けてくれる大人なんていなかった。陛下は雲の上の存在で、それ以外は自分達をモルモットにする研究者ばかりだったから。 でも、私達は間違いなく幸せだったんだ。 だってデザーム様がいたのだから。 父親としての厳しさ。母親としての慈しみ。兄としての庇護。姉としての癒し。 デザーム様はその全部を持って、イプシロンのみんなを愛してくれた。それはそれは何物にも代え難い、親としての無償の愛で。 あの人はただ自分達のキャプテンであっただけ。一つ二つばかり年上だっただけ。本当はあの人だってそんな愛情を求めていた筈なのに−−。 自分が皆の親代わりになる事で。皆の心を支え続けてくれたのだ。私達が最も欲しがっていた愛され方で。あの人が最も願っていた愛し方で。 でもそれは。本当はとてもいけない事だったのかもしれないと、今なら分かる。 私達は無条件で惜しみなく与えられる愛情に、甘え続けた。みんなデザーム様が大好きで、デザーム様もそんなみんなの中で笑っていたから。 そのせいで、デザーム様は誰にも頼る事ができなくなって。たった一人、どんどんどんどん大人びていった。考えてみれば五年前には既に一人称が“私”だった気がする。難しい言葉遣い をしていた気がする。考え方が子供らしからず達観していた気がする。少なくとも自分達の前ではいつも、いつも。 だけど、私達は何一つ気付いてなんかいなかったんだ。あの人の痩せた背中に縋るばかりで。この五年間一度もあの人の涙を見た事が無い事にすら。 だからそんな、自分達の危うい均衡が崩れ落ちるのは、必然だったのかもしれない。 エイリア皇帝陛下に仕える、選ばれた星戦士。大いなるジェネシス計画への参加を赦された名誉ある役目。されども特攻役にすぎないファーストランク。 デザーム様は忠誠心の強い方だった。正直なところデザーム様以外のイプシロンメンバーは、陛下よりもデザーム様に着いていきたい気持ちが強がったのだけど。 陛下の為ならばどんな責め苦も厭わない。命すら賭けてみせる−−あの人がよく口にしていた言葉だ。ひょっとしたらそうやって、ずっと自分を納得させてきたのかもしれない。 護るばかりで、頼られるばかりで、愛するばかりで。誰にも護られない、頼れない、親の愛を得られない自分自身を。そこまで彼を追い詰めてしまったのは学園の大人達だけじゃない、私達チームメイト全員だ。 だから、本人も無意識に溜め込んでいた不満や不信感が、鬼道の言葉と死によって爆発してもおかしくはなかったんだ。 私達は仲間なのに。 本当の意味では何一つ、あの人の助けになる事が出来なかった。『ゼル』 大阪。ナニワ修練場で雷門と再戦する事になる、その何日か前。 どうにもならなくて、悩んで悩んで耐えきれなくて−−そんなあの人がポツリと零した一言が、今でも耳について離れない。『私達は、一体誰で。何の為に生まれて、何の為に生きて…此処にいるんだろう な』 副官として。その言葉に何らかの答えを返すべきだったのに。まったく情けない。私は言葉に詰まって、何も口にする事ができなかったのだ。 デザーム様はそんな私を見て、すぐに微笑んだ。どこか胸の痛くなる笑顔だった。 私は直後に後悔して−−でも結局、想いは紡がれないままで。『すまない。…忘れてくれ』 ああ。 もっと私が強かったなら。 もっと私に力があったなら。 誰にも護られないで生きてきた貴方を、私がお護りする事ができたのでしょうか。 私達は宇宙人ではないのかもしれない。 そう洗脳されているだけの、人間なのかもしれない。 五年より前の記憶が無いのは何故?自分達の親兄弟の顔すら知らないのは何故?地球のちっぽけな島国にすぎない日本の言葉を、こんなに流暢に話せるのは何故?陛下がまだるっこしくサッカーでの侵略を始めたのは何故? グラン様が頻繁に、二ノ宮の虐待を受けるのは何故? ガゼル様が時々、一人きりで泣いてらっしゃるのは何故? バーン様が稀に、苛立ちをぶつけるように機材を壊していたのは何故? 自分達に警告してきた鬼道有人が惨殺されたのは何故? その全てを見ていながら、研究所の大人達が見て見ぬ振りするのは、何故? 疑問は、上げ連ねればキリがなくて。 そうこうしているうちに、世界はもの凄いスピードで動き始めていた。 デザーム様が睡眠時間を削ってまで、調査に没頭するようになった。 デザーム様は練習の時間より、生体実験に晒される時間と後遺症で寝込む時間が増えていった。身体に刻まれた注射器と手術跡と共に。 デザーム様が四十度を超える熱を出した。 デザーム様が目眩でふらつき、階段から落ちて怪我をした。 デザーム様が頭痛と腹痛の酷さで、廊下で意識を失った。 デザーム様が咳を繰り返して、たくさん血を吐いた。 それでも大人達は、陛下は何もしてはくれなかった。 分かっていた。自分達が捨て駒だという事は。 納得したつもりでいた。此処にいれるだけで名誉なのだと。 でも。でも。でも。一番に愛する人がボロボロになっていく様を間近で見た時、私達は見て見ぬフリをしていた全てから目をそらせなくなっていたんだ。 あまりにも遅すぎるかもしれない。もう手遅れな事ばかりかもしれない。 だけどこのまま貴方の時間が、私達の世界が終わるなんて耐えきれないから。 デザーム様。どうか教えて下さい。 私達は貴方の為に今、一体何が出来ますか?NEXT |
今更もう遅いのだとしても。