*ここから先、残酷・グロ・流血描写がやや強めです。 また、かなり悲惨・救いのない展開が待ってます。欝MAXです。 身体年齢が十五歳に満たない方、苦手な方は閲覧をご遠慮下さい。
謡うがいいわ。 願うがいいわ。 祈るがいいわ。 全部全部握りつぶしてアゲルから。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 3-2:イプシロン、凄絶。
スピーカーから流れる声はひび割れている。既に彼女の声そのものが、自分達 には耳障りでしかなかったが−−ノイズに混じって、さらに不快感を醸し出して いた。 デザームはキッとスピーカーを睨む。そこに二ノ宮がいるかのように。
『やだわ、そんな怖い顔しないでよ』
やはり、カメラも使ってこちらを観察しているようだ。実に忌々しい。 「私達をどうする気だ。二ノ宮蘭子…いや、災禍の魔女アルルネシア」 『悲しいわぁ。もう様付けじゃ呼んでくれないの?』 「悪ふざけは大概にしろ。もはやハッキリした。お前は私達の敵だ。私達にとっ ても…皇帝陛下にとっても」 『あらあら』 女のクスクス嗤う声が部屋に満ちる。
『勇ましいのね。喋るのも辛い身体のくせに』
デザーム様、と。小柄なスオームが不安げに服の裾を握ってくる。段々と強く なる悪寒、魔女の言葉に、誰もが気圧されつつあるのだろう。 大丈夫だ。デザーム様は小さく微笑んでみせる。 大丈夫。喩え相手が恐ろしい魔女であろうとも−−自分が必ず、彼らを護る。 何があっても。
『さて、あたしがあなた達に何をする気なのかって話だけど』
イプシロンはただただ身を寄せ合って、二ノ宮の話を聴く。
『簡単よ。あたしの新しい実験に付き合って貰うの。あなた達はエイリア石と共 生できた、貴重な献体だもの。有効活用しなくちゃもったいないわ』
実験。やっぱり、という気持ちと、最悪だ、という絶望感が膨れ上がる。所詮 自分達は彼女にとって体のいいモルモットでしかないのか。 仲間達と目配せする。チャンスはそう多くない。妙な真似をされる前に此処か ら抜け出さなければ。 幸い自分達は自由に黒いサッカーボールを召喚できる。ゼルのガニメデプロト ンでドアか壁をぶち破れば−−。 『それでね。実験の内容だけど…実はあなた達の追放が決まる前から、始まって るのよねぇ』 「え?」 スッ、と背中に冷たいものが走る。そして女は嬉しそうに告げた。
『そろそろ、“孵化”する時間だわ』
どくん。
デザームは聴いた。自分の身体の中で、鼓動が一つ大きく跳ね上がるのを。 まさか。 まさか。 まさか。
「かはっ…!!」
突然、激痛が腹の底から突き上げてきて−−デザームは大量の血を吐いていた 。
「デザーム様!!」
仲間達の悲鳴が上がる。身体が熱い。嫌な汗がどっと噴き出す。全身から急速 に力が抜け、床に座っている事もままならず倒れ込んだ。 痛い。あまりの痛みに声も出せない。仲間達が真っ青な顔で自分を取り囲み、 何かを言っているようだが−−それに答える余裕は塵ほども無かった。 腹を押さえる手に違和感がある。何だ、と思って手をかざしてみれば、吐いた のと同じ色でぬめっていた。一体どうして。 外部的な怪我などしていない筈なのに−−腹からじわじわと血が染み出して来 るのは何故だ。いつの間にか傷ができている。それもどんどん大きくなっている ような−−?
「お前、たち…」
何度も咳き込み、血を吐きながら。ぜいぜいと息を切らして、言葉を絞り出す 。 頭の中で激しく警鐘が鳴っていた。何かとても、まずい事が起こる。否−−既 に起きている、と。
「私から、離れろ。危、険…だ…っ」
デザームの声は、少なくともすぐ隣にいるスオームとゼルには聴こえた筈であ る。しかし誰一人、デザームから離れる者はいなかった。 「デザーム様!デザーム様ぁ!!」 「しっかりして下さいっ!!」 ただ必死で、自分の名を呼び続けている。
『実は前々から、やってた事なの。エイリア学園でランク外扱いになった子供達 を使ってね』
惨状を楽しむような二ノ宮の声。
『でもみんな失敗。殆どの子が孵化にも至らず死んじゃったわ。闇のクリスタル を埋め込んだ時点でね』
闇のクリスタル? 何の事だ。一体何の話をしているのだ。
『デザーム。貴方が刃向かってくれたおかげでね。ファーストランクキャプテン で…素晴らしく魔力の潜在値が高い貴方を、堂々と実験台にする大義名分が立っ たわけ。ほんと、感謝してるわ』
煩い。五月蝿い。 黙れ。自分達は、お前のモルモットになる為に行動したわけじゃない−−そう 怒鳴りたいのに、口から漏れるのは血と苦悶のうめき声ばかりだ。 『闇のクリスタルを身体に埋め込んでから十日。普通の人間ながらここまで保つ のは奇跡的な事なのよ。強靱な魂と魔力と相性がなければ無理なんだから。おか げでもうじき産まれるわ…貴方の身体を糧に、新しい“神竜”が』 「神、竜…?」 『召喚獣の頂点に立つ偉大な存在。その無限に時を操る力がね、ずっと欲しかっ たの。だから創る事にしたのよ、あたしだけのオリジナルの神竜を』 話がまったく理解できない。召喚獣?無限に時を操る?一体何のファンタジー だ。 しかし−−そう笑い飛ばす事は出来ない。現に自分達はその御伽噺の住人たる “魔女”の毒牙にかかろうとしているのだから。
『どんなに強靱な者でも…神竜の蛹になって、生き残った例は無い。でも安心し て?すぐに貴方の大好きな部下達にも後を追わせてあげるから。闇のクリスタル を植え付けて、ね』
神竜の蛹? 生き残った例は無い? 仲間達も−−同じ目に遭う? ふざけるなと言いたかった。そんな馬鹿な事があってたまるか。デザームは血 が滲むほど強く拳を握りしめる。 そうしている間にも腹の痛みは増すばかりで、意識すら怪しくなりつつあった 。また血を吐く。内臓が鉄板の上で火炙りにされているかのようだ。 どんどん鉄の匂いが強くなる冷たい部屋の中。仲間達の泣き叫ぶ声と、恐怖に 彩られた視線。気が狂う一歩手前の空間で−−それでもデザームは考えていた。 逃げなければ。 いや、自分はもう、逃げ出したところで未来は無いだろう。ならばせめて、仲 間達だけでも逃がさなければ−−!!
「がっ…!!」
ぐしゃり。
唐突に。何かが潰れるような、破るような−−実に嫌な音が、聴覚に響いた。 恐る恐る自分の身体を見る。そして気付く。 大きく避けた腹の傷の中から、何かが飛び出していた。血でぬらぬらと光る金 色の三本鋭い爪。堅い鱗のようなもので覆われた生物の足。 人間ではない。ましてや今まで見た事のあるどんな生物とも似つかない。 それは−−小さな竜。 御伽噺でしか知らないようなその生物が、デザームの身体を食い破って出て来 ようとしているのだ。
「−−−ッ!!」
形にもならない絶叫が喉の奥から迸る。さらに血が吹き出し、傷口が広がった 。発狂寸前の痛みと共に、それはあまりに恐ろしい光景だった。 ギチギチ。 ギチギチ。 緩やかに“それ”は、体内から姿を現しつつある。
「手伝ってあげるわ」
がちゃり、と開いたドア。顔を上げなくてもそれが二ノ宮だと分かった。女の 真っ赤なハイヒールが、血の海の中身体を痙攣させているデザームの前で止まる 。 何をする気だ、と思うのと。女か片手でデザームの首を掴んで無理やり身体を 起こさせ、壁に押し付けるのは同時だった。 首を締められ、息が詰まる。目の前に魔女の顔があった。見開いた眼を血走ら せ、狂喜に口元を歪ませた醜悪極まりない笑み。 絶対悪の魔女。あらゆる黒い欲望をかき集めたかのような笑顔に、心の底から 吐き気がした。
「これで…あたしは最強の魔女になれる…!ぎゃはははははははははァ!!」
ずしゃっ。
「あああああっ!!」
絶叫。女はデザームの傷に手を突っ込み、無理矢理神竜を引きずり出していた 。血が噴水のように吹き上がる。仲間達の悲鳴と女の狂笑が不協和音を奏でる。 女が手を放すと同時に、ボロボロのデザームの身体は崩れ落ちた。もう苦痛は 限界を超え、麻痺し始めている。血を流しすぎた身体は既に体温を失いつつあっ た。
「デザーム様!嫌だっ…嫌だ嫌だ嫌だ死なないでっ!!」
すがりついてきたマキュアの服も顔も、血でべっとり汚れた。ああ、勿体無い 。せっかくの可愛い顔が台無しじゃないか。霞む意識の中そんな事を考える。 大きく裂けたグロテスクな傷の間から、骨や臓器がちらちらと見えていた。そ して二ノ宮は、デザームの身体から引っ張り出した塊に、恍惚とした顔で頬ずり している。
「素晴らしいわ…ああ、とってもすてき。プロトタイプとはいえこれでやっと成 功できた…!!」
ゆっくりブラックアウトしつつあるデザームの意識を引き戻したのは。魔女が 放った次の言葉だった。
「さあ、次は誰に付き合って貰おうかしら」
次。 次が、あるのか。そうだ言っていたじゃないか。 駄目だ。駄目だ、このままでは。イプシロンの他の仲間達まで、同じ目に。
「貴様…よくも……よくもデザーム様をぉぉぉっ!!」
涙を流し、怒りに目をぎらつかせながら、メトロンが女に飛びかかっていく。 だが。 「力であたしに勝てるとでも?」 「ぐっ!!」 女はあっさりメトロンを捕まえ首を掴み、さっきのデザームと同じように壁に 縫い止めた。少年は手を外そうと必死でもがくが、首を締める二ノ宮の手はぴく りとも動かない。
「決めたわ。次は貴方よ」
メトロンの目が恐怖に見開かれた。 誰もが凍りついて動けない。このままでは彼が次の餌食になってしまう。
−−させるものか。
ぎり、と。デザームは拳を握りしめる。手のひらに食い込む指。まだ僅かに痛 覚が残っている。 まだ。自分は生きている。たとえそれが残り十分程度の命だったとしても。
−−絶対に、護る。だって。
決めたのだ。チームのキャプテンになった日から。 新しい仲間が出来た時から。 いや、違う。本当はずっと前に−−。
『治君』
燃える家。家族の断末魔。 全てを失って、その後新しい未来を得た時に。
『今日から私達が、君の新しい家族だ』
ああ。そうだ。 やっと、思い出せた。 忘れさせられていた事の、全てを。 あの時誓った。もう誰にも奪わせはしないと。この命に価値を見出す為にもと 。 いつか死ぬのならそれは、愛する者達を護って死のうと。
「ドリルスマッシャー!!」
デザームは立ち上がった。限界を超えて、死に瀕してなお。 あらゆる意志と意地が足を動かしていた。
「なっ…!?」
完全に不意打ちだったのだろう。ドリルの一撃をもろにくらった二ノ宮が吹っ 飛ぶ。神竜はどうにか抱いていたものの、左手はメトロンの首から外れていた。 その隙にどうにか、二ノ宮から離れるメトロン。イプシロンのメンバーの視線 を感じながら、デザームは言う。
「お前達、今から私の指示をよく聴け」
もし神がいるというのなら。 あと少し。あと少しでいい。 自分に時間を。そして彼らを護りきる力を。
「イプシロンのキャプテン、デザームとして。これが最期の命令だ」
これが。自分の生きた証。
「生きろ」
NEXT
|
これが、最期の舞台。