*ここから先、残酷・グロ・流血描写がやや強めです。
 また、かなり悲惨・救いのない展開が待ってます。欝MAXです。
 身体年齢が十五歳に満たない方、苦手な方は閲覧をご遠慮下さい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 悪夢はどうかこれで終わりに。
 悲しい事はどうか終わりに。
 願い、叫び、彼は舞う。
 愛するものを護る為に。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
3-3:プシロン、無惨。
 
 
 
 
 
 生きろ。
 この地獄のような世界から。悪夢のような場所から。逃げ延びて、彼らに生き
て欲しい。
 瀕死のデザームの脳裏を支配したのは、ただその一点だけだった。自分はイプ
シロンのキャプテンにしてGK。彼らの盾にして守護神。例え九十九点入れられる
試合でも、一点だけでも死守すると−−それはかつてグラン率いるガイアと戦っ
た時の思考によく似ていた。
 自分は立っていなければならない。
 否、立ち続けたい。
 それが己の存在意義にもなりうるから。
 
「…驚いたわ」
 
 吹っ飛ばされた二ノ宮が、瓦礫をよけて立ち上がる。あれだけ派手に吹っ飛び
ながらも、ダメージはまるで無いようだ。まったくもって恐ろしい。
 ドリルスマッシャーの反動で、壁の一部が崩れ落ちていた。向こうに、緑色の
光で照らされた通路が見える。
 
「まさか神竜に身体を食い破られて、まだ立ち上がれるなんて。生きてるだなん
て」
 
 初めて見たかもしれない。さっきまで余裕で高笑っていた女が、本気で驚きを
露わにしている。デザームがまだ死んでいないことそのものに。
 実際。もう己の身体は使い物になっていない。一歩踏み出すたびに血の塊がボ
タボタと床に落ちる。傷口を押さえてなければ、内臓も落下するかもしれない。
 殆ど気力だけでデザームは立っていた。さっきまで感じて酷い激痛も麻痺し、
意識の半分は靄がかかり、聞こえる皆の声も酷く遠い。
 それでも、まだ死んではいない。二ノ宮に抗う為に。
 
「この女は、私が足止めする」
 
 断続的に血を吐き、よろけながらも、デザームは言葉を紡いだ。
「お前達は、逃げろ。研究所の外に出ればワープが使える。だから…」
「嫌です!」
 モールが叫ぶ。悲鳴に近い声で。
「嫌…嫌嫌嫌嫌嫌ッ!デザーム様を置いて私達だけ逃げるなんて絶対にっ…」
「頼む、モール」
「嫌です…嫌ぁ…!!
 嫌だ、絶対に嫌だと。普段無口なタイタンやケイソンからも声が上がる。それ
でもデザームは繰り返す。
 それがとても残酷な言葉と知りながら。
 
「見て…分かるだろう。私はもう、こうして喋るのもやっとなんだ」
 
 また血を吐いた。今度の吐血はドス黒く濁っている。黒い血は胃からの出血だ
と、前にどこかで読んだ気がする。
 
「頼む。私を…最期までお前達のキャプテンでいさせてくれ」
 
 護らせて欲しい。
 それは最期にして最大の懇願。
「ゼル、どうかイプシロンを頼む」
「デザーム、さ、ま…」
「お前達が私の誇りだ。忘れてくれるな」
 
 
 
 悲劇を終わらせる為にも。
 どうか、どうか。
 
 
 
「私を、無駄死にさせないでくれ」
 
 
 
 生きて。生きて。生きて。
 ただ、それだけで良いから。
 
 
 
「……ッ!!
 
 涙で濡れたゼルの顔が、くしゃり、と歪んだ。少年は血が出るほど強く唇を噛
み締めて。
 
「…みんな」
 
 デザームに背中を向けて。血を吐くような声で、叫んだ。
 
 
 
「全員走れっ!!作戦時間は2,4秒ッ!!
 
 
 
 メンバーは逡巡し−−やがて意を決したように、絶叫する。張り裂けそうな彼
らの声を、デザームは最期の瞬間まで忘れまいと決めた。
 愛する者達が、覚悟を決めた瞬間を。
 
 
 
Yes,My lord!!
 
 
 
 まだ泣き叫んでいるモールの腕をクリプトが掴み、デザームから離れようとし
なかったスオームをケイソンが担ぎ上げ、メンバーは瓦礫の向こうへ走り出した
。デザームを残して。
 
−−すまない、みんな。
 
 遠ざかる彼らの背中を見送り、デザームは小さく笑みを浮かべる。
 
−−それでいい。私の気持ちを汲んでくれたこと…礼を言う。
 
 残る自分より。残して行かざるおえなかった彼らの方が何倍も辛かっただろう
。それが分かっていながら命令と称して行かせた自分は、まったく酷い主将だ。
 最終的には何もかもがデザームのエゴに帰結する。皆も理解していただろう。
それでも従ってくれた彼らの想いの深さを、消え入りそうな意識の中噛み締める
 自分は愛されていた。もう誰にも愛されていい筈がない、愛されはしないと、
そう思っていたけれど。
 彼らはいつも、身勝手な自分についてきてくれた。慕ってくれた。
 そのなんと、幸せなことだろう。
 
「無駄なのにねぇ」
 
 そんなデザームの思考に、魔女は水を差す。呆れ果ててものも言えません、と
言った顔で。
 
「研究所のセキュリティの高さはよく知ってるでしょ?passがなきゃ、最初の扉
も開けられないわよ。ついでに扉は特殊合金製だから、簡単には壊せないし」
 
 なるほど。易々と逃げられないのが分かっているから、あっさり行かせたのか
 だがその余裕こそが、自分達にとっては付け入る隙になる。廊下の向こう、少
し離れた場所から聞こえたピーっという機械音。
 二ノ宮の顔が驚愕に染まる。
 
「馬鹿な…!?扉が開いた!?一体どうやって…」
 
 そちらに向かおうとする魔女の行く手を阻み、デザームは立ちふさがる。
「行かせはしない。…お前の相手はこの私だ」
「いきがるのも大概にして。人間ごときが魔女のあたしに勝てるとでも?そもそ
も…そんなボロボロの身体で何が出来るって言うのよ」
「自惚れるな」
 確かに、もう自分に出来る事など僅かばかりかもしれない。
 災禍の魔女たる彼女にとって、自分を殺す事など道端の蟻を踏み潰す事にも等
しいかもしれない。
 だけど。
 
「イプシロンの誇りを…人間をナメるな、魔女!!
 
 そう叫ぶと。何故だか二ノ宮は目を丸くした。なんだ、と尋ねるより先に、そ
の口角は持ち上がっていたか。
 
「偶然かしら?バーンと同じ事を言うのね」
 
 女はくすくす笑いながら、ふっと手を翳した。現れたのは、金色の杖−−否、
先端に大きな錘のついた、柄の長いハンマーだ。
 
「そして“人間”を名乗るという事は…貴方、思い出したわね?本当の自分を。
自分が誰であったのかを。…自力であたしがかけた記憶封じの魔法を解くなんて
、やっぱり貴方は面白い人材だわ」
 
 重たそうなハンマーを、女は軽々と振り回し、その先端をデザームへと向けて
 
「いいでしょう。敬意を評して…ちょっとだけ本気で遊んであげるわ!」
 
 来る。デザームがそう身構えるのと女が呪文を唱えるのは同時だった。
 
「コメット!」
 
 やや高めに作られた部屋の天井。その付近に、オーラを纏った黒い塊が浮かび
上がった。
 隕石だ。思い出すのはマキュアの得意なメテオシャワー。あれより数は少ない
が、威力は比べものにならないだろう。直撃はそのまま、死を意味する。
 デザームは気力を振り絞り、両手を広げた。
 
「ワームホール!」
 
 胸の前に作り出した異空間が、圧力に悲鳴を上げる。ただでさえ万全からは程
遠いコンディション。しかし止めきれなければ心臓を直撃して、即死するだろう
 力を振り絞り、デザームはワームホールを操作した。隕石を飲み込みきれなか
ったものの、軌道を変える事には成功する。コメットはデザームの真横の壁を打
ち砕いていた。
「やるじゃない。ただの人間ごときが」
「ナメるな…!」
 喀血しながらもデザームは吼える。これが正真正銘、最期の一撃だ。黒いサッ
カーを召喚し、命の総てを振り絞る。
 魔女に一矢報いる為に。
 
「グングニル!!
 
 紫色の光が弾けた。魔女に向けて放たれた必殺技は、壁も天井も巻き込んで爆
発する。
 激しい轟音の中。今度こそデザームは倒れ−−瓦礫の下で、意識を失った。
 
 
 
 
 
 
 
 ごめんなさい。
 ゴメンナサイ。
 ガゼルの頭の中を巡るのはその単語ばかりだ。
 分かっている。何度謝っても償いきれる事ではないくらい。たとえ、イプシロ
ンの脱出を手助けする為、研究所の管理passを渡したのだとしても−−彼らを地
獄へ送ってしまった事実は変わりないのだ。
 そもそも。仲間の命を天秤にかける事自体が間違っている。
 二ノ宮に挑み、返り討ちにされ−−人質にされたバーンを取り戻す事は叶わな
かった。あの場では取引に対してYESと言う他無かった−−逆らえばバーンが殺さ
れていただろう。
 どちらかを見殺しにするなんて耐えられない。でも、非力な自分の答えはYESNO
しかなくて。
 結果。できた事と言えば−−追放直前に、イプシロンに自分がハッキングで得
た情報を手渡す事くらい。彼らが二ノ宮の元から逃げ出せる事を信じる事だけだ
った。
 
−−どうにかバーンの安全は確保した。でも…。
 
 先程ヒートに事情を話し、戻ってきたバーンを預けてきたところだった。
 とりあえずの修羅場は去った。でも。誰もが満身創痍だ。自分もバーンも辛う
じて生きている、そんな怪我。そしてイプシロンは−−。
 
「…ごめんなさい…」
 
 研究所の廊下の隅でうずくまり、呟く。今も身体中の包帯からは血が染み出し
続けており、痛みとだるさも相まって体力は限界だったが。
 ガゼルの足が動かなくなったのは、それだけが理由ではなかった。
 
「ごめんなさい…ごめんなさい、ごめんなさい…っ!」
 
『痛かったね』
 
 聖也に頭を撫でられた時。
 思い出してしまった。必死になって忘れようとしていた事を。
 
『凄く凄く…痛かったよね。ごめんね、助けてあげられなくて』
 
 かつて自分にもいた。
 頭を撫でて、誉めてくれて−−兄のように可愛がってくれた人が。
 
『よく頑張ったな、風介』
 
 あの人は。
 治は何一つ覚えてないだろうけれど。
 それでもガゼルは覚えている。記憶に刻みつけられている。
 
『でもな。痛い時は、痛いと言っていいんだ』
 
 自分がガゼルになって。あの人がデザームになった時。
 全部忘れようと決めた。忘れなければ気が狂ってしまいそうだったから。過ぎ
た時間は戻らない。誰もが理解し、数え切れないほど思い知った事。
 なのに。
 ふとした瞬間に思い出して、死にたくなる。そんな自分の弱さが嫌で嫌でたま
らない。
 全てはもう、遅いのに。
 
−−私は、そんな彼を…彼の部下達を…。
 
 恩を仇で返す、どころではない。
 何度謝ろうとも赦される事ではない。
 それでも口からはひたすら謝罪の言葉ばかりが漏れる。
 
「ガゼル…?」
 
 廊下でうずくまり、嗚咽を殺していると。頭上から声がした。
 見上げるとまだ顔色の良くないグランのが。いつの間に意識を取り戻したのだ
ろう。ベッドから起きて大丈夫なのか。
 言うべき言葉は何一つ出てこない。自分の身勝手な感情だけで、脳内は飽和し
ていた。
 
「私は…きっとイプシロンを殺してしまった」
 
 事情を何もしらないであろうグランに、まるで懺悔のように告白するガゼル。
 普段ならばこんな惨めな姿、絶対に見せたくない相手だというのに。
 
「どう償えばいいのか、分からないんだ……ヒロト!」
 
 思わず、グランの本当の名前を叫んだ時だ。
 
 ズン。
 
「……!」
 
 地面が、揺れる。地下から響く爆発音。
 始まったのか。さらに身を縮ませて思う。涙の止まらないガゼルを、グランは
そっと抱き寄せた。
 
 
 
 
NEXT
 

 

魅せてあげるよ、生き様を。