何処まで走ればいいですか。 その先に貴方がいないと知っていても。 何を祈ればいいのですか。 こんな、残酷すぎる世界で。 この背中に、白い翼は 無いとしても。3-4:子供達の、逃避行。 良かったのか。 本当にこれで良かったのか。 廻る思考の中、メトロンはギリギリと歯噛みする。涙でグチャグチャの、みっともない顔をしている事だろう。周りの皆と同じように。「デザーム様…デザーム様ぁ…」 最初はクリプトに引きずられるように走っていたモールも、今は自分の意志で足を動かしている。それでも彼女の嗚咽は止まらない。「良かったの?私達…本当にこれで良かったの?」 その呟きは、全員の心の代弁だった。 本当に良かったのか。デザームを置き去りにして、自分達だけ逃げ延びるなんて。たとえそれが彼自身の命令で、仮に共に行ったところで既に助からない身体であったとしても。 自分達にとってあの人の存在はあまりに大きすぎた。彼がいてこそのイプシロンなのに−−キャプテンを見捨てるなんて。「…それでも、デザーム様は選んだんだ」 走りながらゼルが言う。涙で滲み、掠れた声で。「あの人だって生きたかった筈なのに。私達が後悔するのも悩むのも、聡明なあの人が分かってない筈ないのに」 それでも、選んだ。 その道がたった一つの希望だと信じて。「生きろって。あの人はそう言ったんだ。だから…私達が決断を否定したら、あ の人が何の為に命を懸けたか分からなくなる」 だから、引き返しちゃいけないんだ。 まるで己に言い聞かせるように、イプシロンの副官は繰り返す。 誰もが悩みながらも理解しているのだ。今一番愚かな真似は、此処にきて来た道を引き返すこと。デザームを助けに戻ることだと。 それは託された希望を捨てるに等しい。「またロックがかかってる…。今度はlevel4のカードキーとpassがいるみたい」 「level4だな?」 長い廊下はいくつもに枝分かれして、まるで迷路のようだった。しかも扉やシャッターには全てロックがかかっている。ガゼルからpassと地図のアップロードアドレスを受け取っていなければ、閉じ こめられていた。 カードキーだけは、自分達が普段使うフロアと共通である。どうやらまだイプシロンメンバーの登録情報は有効な模様。メトロンは何種類かあるカードキーのうち一枚を取り出し、素早く切った。そこにゼルが即passを打ち込む。 「開いた!行くぞ!!」 景色に変化は無い。緑色の非常灯が照らすだけの冷たい通路が延々と続くのみだ。まったく薄気味悪い。 携帯画面を凝視する。地図によれば自分達が監禁されていたのは地下四階。今はもう地下一階まで上がってきている筈である。次の階段はそう遠くない。 しかし。「うわぁっ!」 廊下の角を曲がった途端、悲鳴が上がった。 そこは、先程までの無機質な通路とは違う−−内臓や血管を思わせるような不気味な配管やコードで覆われた廊下だった。その向こうには、またしてもシャッターがある。階段はその先の筈だった。 だが。 シャッターの手前。メンバーが足を踏み入れた瞬間、まるで生き物のようにコードが蠢き出し、瞬く間にスオームとケイソンを絡めとってしまったのである。「嫌だぁぁっ!!」 気持ち悪さと本能的な恐怖に、がむしゃらな抵抗を繰り返す二人。「ケイソン!スオーム!!」 しかし、仲間達の援護も虚しく、彼らの身体はあっという間に配管の中に飲み込まれてしまった。 さらに蠢くコード達は次なる獲物を捜してメンバーに襲いかかる。鳴り響くブザー。赤い光、警告音。研究所に仕掛けられていたトラップが発動したのは明白だ。「きゃああっ!!」 マキュアの腕に、コードが伸びる。あれに捕まったら、地獄へ逆戻りだ。助けに走ろうとするメトロンだが、いかんせん自分の身を護るのもいっぱいいっぱいである。「ヘビーベイビー!!」 その時、タイタンの必殺技が炸裂していた。重力に負け、コード達が地面に叩きつけられる。 さらに解放されたマキュアを背中で庇いながら、クリプトが黒いサッカーボールを取り出していた。「くらっときな…アストロブレイク!!」 配管を派手に破壊し、激しく火花が散る。黒いサッカーボールは、その単純な重量だけで50kgある。そこに自分達本来の力と必殺技の威力が加わるわけだから 、その破壊力は計り知れない。 イプシロンやジェミニストームが軽々と学校破壊をやってのけた所以だ。「あんた達、先に行きな」「え…?」 クリプトの言葉に、目を見開くメトロン。「タイタンと私は、あと二人を救出してから合流する。あんた達は先行ってルートを確保しといて」 彼女はメトロンの顔を見ずに言う。だがその横顔には、決意があった。 護る者の決意が。「い、嫌よ!これ以上仲間を置いて行くなんて絶対っ…」 「勘違いしないでモール」 反論しかけたモールに、彼女はぴしゃりと言い放つ。「私は…デザーム様みたいに綺麗じゃない。聖人でもない。犠牲になるつもりな んか毛頭ないね」 その間にも、タイタンは黙々と技を放ち続けている。しかしコードの本数は増えるばかり。このまま足止めをくっていては、いずれ捕まるのは目に見えている。 何より、考えたくない事だが−−デザームが倒されればすぐ、二ノ宮は追いかけて来る筈だ。一応通った扉に細工はしてきたが、僅かな時間稼ぎにしかならないだろう。「生きる為の役割分担だ。…迷ってる時間なんかないよ。私達は…イプシロンの 誇りを背負ってるんだからね!!」 イプシロンの、誇り。 その言葉が、躊躇っていた自分達を決断させた。ぐっと拳を握りしめて、メトロンは言う。「…分かった」 絶対。絶対。 これを永遠の別れになんか、させない。「絶対に…後から追いついてこい。四人全員でだ!!」 誰にもこの絆は、汚させはしない。「当たり前だ」 クリプトはその美貌に、とても綺麗な笑みを浮かべて−−二ノ宮の仕掛けたトラップに立ち向かっていった。タイタンと共に。 ゼルがシャッターの暗証番号を入力。ゆるゆると開いていく空間の向こうには、待ち望んでいた地上への階段があった。 二人の姿を目に焼き付けて、メトロンは駆け上がる。振り向く事はしまいと自らに言い聞かせながら。 長い階段を昇りきると、白い通常灯のついた明るい通路に出た。ここから先の景色は、普段見慣れた場所とそう変わる事がない。「面倒だが、一度上の階を経由するしかない」 地図画面を指差してゼルが説明する。「さっきまでの地下C棟は、普段殆ど使われる事のない場所なんだ。だから電気も消えいたし、人気も無かった。でも…」 「ここから先はそうもいかないってわけだね」「ああ」 エイリア学園の子供達に見つかるならまだいい。殊にマスターランクの彼らなら意図的に見逃してくれるかもしれない。 問題は大人−−研究者達だ。 彼らの殆どが二ノ宮の息がかかった存在と見て間違いない。見つかれば捕まえに来るだろうし、二ノ宮に報せが行くのも必至だろう。「一番近い出口は正面玄関だけど、当然警備も厳しい。遠回りしてでも非常口を使うべきってことか」 さらに、非常口への最短ルート上には、研究者の出入りが激しい一階A棟を通らなければならない。A棟には大人達が休憩中に頻繁に使う食堂やトイレもある。鉢合わせになる確率が極めて高い。 三階まで上がって連絡通路を通り、D棟を経由して非常口へ。三階D棟は、主にジェミニストームメンバーの私室やトレーニングルームがある。彼らの追放後は使う者もいないので、ほったらかしになっていた筈。 比較的安全に通過できることだろう。「まずは二階へ。…物音と人目に気をつけないとな」 そろそろと進む八人。見慣れた研究所が、今は見知らぬ極寒の地であるかのよう。目に映る景色がみなよそよそしく感じる。 もう二度と、此処に戻って来る事はないのか。 研究・実験棟の廊下を通り、二階の階段を目指す。ここはそう遠くない。が。 がしょん、がしょんという人間あらざる足音が上の階から響いてきて−−メトロンは背筋を凍り付かせた。「まさか…」 足音は明らかに複数。それもどんどん増えていっている。心当たりのあるメンバーは青ざめ、顔を見合わせた。 そして姿を現したのは。「シンニュウシャ、ハッケン」 丸っこい銀色のフォルム。無機質な目玉と伸縮自在のゴム製の手足。星の使徒研究所、その警備ロボット達だ。 元はイプシロンも研究所の住人。今までなら警備ロボットと遭遇しても、攻撃対象になる事は無かったのだが−−。「シンニュウシャ、ハッケン!」「シンニュウシャ、ハッケン!」「シンニュウシャ、ハッケン!」「シンニュウシャ、ハッケン!」 どんどん集まってくるロボット達が次々に放つ、警戒音と電子ボイス。侵入者と見なされているのは明白だった。 そしてロボットのうち、指揮系統を担うらしい一体が片手を上げて。「シンニュウシャ、ハッケン!…排除!!」 一斉に、飛びかかってきた。「やべぇっ!!」 慌てて身をかがめたファドラの頭上を、雷を纏った拳が通過していった。電撃は壁にぶつかり、青くスパークを繰り返している。 やけ焦げた壁を見て誰もがぞっとした。あんなのまともにくらったら一巻の終わりだ。「奴ら…マジで俺達を殺す気か!」 「何言ってんだ、分かりきってた事だろうが!!」 ケンビルとファドラが喚き散らすのを聴きがら、メトロンは必死で攻撃を避けていた。どうやら、ロボット達の手足には高電圧のスタンガンが装着されているらしい。殴った相手を感電死させるのが狙いか。−−くそっ…この調子じゃ、二階のフロアはロボットでいっぱいか…! 数が多すぎる。突破するより先に取り囲まれてジ・エンドは目に見えていた。絶望的だ。−−それでも…行くしか…! 「クロスドライブ!」 メトロンは必殺技を放つ。金色に輝く十字の光が風を切り、ロボット数体に直撃した。完全に破壊したわけではないだろうが、かなり損傷を与えた筈である。 不幸中の幸いか。自分の技が力任せの突破には向いている事をメトロンは知っていた。「急げ!二階だ!!」 ゼルに先導され、メンバーは二階に駆け上がった。そこはあまり使われない調理室と倉庫のあるフロアだ。本来静かな場所である筈だが−−残念ながら目の前には予想されたままの光景が広がっている。「排除!排除!排除!!」 犇めくロボットの群、群、群。 三階の階段前のシャッターまで走り抜ける事が出来、かつ開けるまで保ったとしても、その先まで追って来られたら手の打ちようがない。「…助かる方法。一つだけ思いついたわ」 「え?」 発言したモールに、皆の視線が集中した。「お願いがあるの」 酸素マスクごしに、前を見据える少女と眼があって。思わずメトロンは気圧される。「デザーム様を信じたみたいに…私の事も信じてくれる?」 それは、クリプトと同じ目だったから。NEXT |
手を伸ばせども、伸ばせども。