寂しい僕は何時までも。
終わらない悪夢に魘されてる。
騒いで自分を苛めるジブン。
君が呼ぶ、その名前は誰?
この背中に、
白い翼は
無いとしても。
3-9:僕の名前を、呼んで。
星の綺麗な晩だ。吹雪はキャラバンの上に登り、ただ空を見上げていた。
北海道の星空とは違う、もっと温かそうな色。星なんて何処で見ても同じじゃ
ないかと人は言うかもしれないが。吹雪にとっては、少なくとも星だけは違うも
のだった。
北海道の夜空は、どこか冷たくで凍った空に星が張り付いているように見えた
ものだ。天然のプラネタリウムはいつも自分を包み込んでくれた。時にはその美
しさが物悲しくもあったのだけど。
『何考えてる、士郎?』
頭の中で響くアツヤの声。吹雪は小さく首を振る。何でも無いよ、と。
『何でも無いわけないだろうが。俺に隠し事が出来るとでも思ってんのかよ?』
「別に…そういうつもりじゃ…」
『てめぇは昔っからバレバレだ』
そうなのだろうか。
確かに、昔からアツヤに隠し事など出来た試しが無かった。双子だから、とい
うのもあるかもしれないが。嘘を吐いても、父よりも母よりも真っ先にアツヤが
気付いた。
兄貴は分かりやすすぎだ、と笑われたものだ。
『くだらねぇ事考えてんじゃねーぞ。試合になったら俺に任せとけばいいんだよ
』
「…そう…だね」
煮え切らない返事をする。
アツヤに任せればいい。雷門の今のエースストライカーは彼なのだから。自分
は彼にボールを繋ぐ事だけ考えていれば良かった筈だ。
確かに今日、最終的にデザームに完全に打ち勝つ事は出来なかったけれど。ア
ツヤなら次再戦すればきっと勝てる(再戦できるかどうか、は別として)。それ
でいいではないか。
余計な嫉妬なんてする必要がない。
必要とされているのがどうして“士郎”じゃなくて“アツヤ”なんだろうなん
て−−考えたって仕方ないのだ。
『何を悩む必要があんだよ。昔っからそうだろが。シュートを決めるのが俺で、
護るのはお前の役目。適材適所だろ』
分かってる。分かってるんだよ、と。呟く自分は端から見れば異様な光景だろ
う。この場所には本来自分しかいないのだから。
『そして…忘れんな。何で俺があいつらに、“吹雪士郎”って名乗ったのか』
そういえばそうだった。アツヤは初めて雷門と会った日。試合をした日に言っ
たのだ。俺がエースストライカーの吹雪士郎だ、と。
吹雪アツヤだ、とは名乗らなかった。
どうしてだろうと今更ながら思う。彼は確かに自分の一部だけど、“士郎”で
は無い筈なのに。
『…今日はもう、寝ろ』
アツヤがため息をついて言った。
『ぐだぐだ起きてるから余計な事ばっか考えるんだ』
「……うん」
肯定したものの、胸の奥に蟠るものは消えそうになかった。
雷門イレブンは最初からストライカーを捜して北海道に来た。自分はそれを承
知で雷門に加わった。ならばその先に起こる全ての問題は自己責任ではないか。
みんなが“アツヤ”の力ばかり求めるのも。
その“アツヤ”の力さえ及ばない敵が現れて思い悩んだとしても。
「“凍った夜空に貼り付く星達”…」
その歌は、深く考えるより先に唇から零れ落ちていた。
「“君もあの場所の何処かに居るのかな”…」
それは、自分が喪ってしまった“アツヤ”とへの追悼と。
創ってしまった“アツヤ”への懺悔と。
どうしようもない想いを夜空に叫ぶ、そんな詩だった。
“もし赦されないなら 流れ星になって
僕の元にどうか裁きに来てね”
その歌を聞いていた人間は、何人もいた。風丸もまたそんな一人である。
あまりに様々な事が有りすぎた一日を引き摺って、なかなか眠れずにいた時だ
。
“君を哀しい幻に
したのは僕だった筈なのに
今だけは逃げさせて
壊れてしまいそうだから…”
夜風に乗って届く、微かな歌声。けして大きな声ではないけれど、風丸には吹
雪が必死で叫んでいるように聞こえた。
どうしてだろう。こんなにも胸の奥を貫かれるのは。
“お願い 僕を消さないで
僕は僕でいさせて
僕の名前を呼んで
抱きしめて ねぇ 教えて”
タオルケットを握り締める手が震えた。聴きたくない。なんだか怖いとすら思
うのに、耳を塞ぐ事が出来ない。
それは多分分かっているからだ。
聴こえないフリなどしてはいけない。自分にはその声を聴く義務がある事を。
“世界が朽ちる音なんて
もう聴きたくないのにね
上手に笑えるほど 僕は強くないんだ”
赦されないなら、裁いて欲しい−−星空の何処かにいる“君”に。
この“君”が死者であろう事はなんとなく予想がついた。それも“貴方”や“
あの人”ではなく“君”であるあたり、親や祖父母のような目上の存在でないだ
ろう事も。
そう、もっと年も距離も身近かな−−友達や兄弟や恋人のような。
吹雪はそんな“君”に罪悪感を抱いているのか。だがそれ以上の事は風丸には
考察のしようがない。そして彼の言う“悲しい幻”が何を指すのかも。
“沈んだ景色に立ち止まる時間
モノクロの中で時計は動かない
もし握った小さな手を離さずにいたら
せめて君と一緒に終われたのかな”
ドキリとした。風丸は思わず上半身を起こす。
吹雪は死にたがっているのだろうか。それとも生きているのが辛いのだろうか
それは−−今でも?
“身勝手にも僕はまだ
必要とされたがっているんだ
じゃなきゃ今生きてる
理由すら分からなくなるよ”
「…違う」
思わず声に出していた。涙が滲むのを止められない。
「必要とされたいって…誰だって願う事じゃないか」
身勝手なんかじゃない。そもそも吹雪はもう雷門にとって充分必要な人間なの
だ。生きてる理由も分からなくなるなんてそんな、悲しい事を言わないで欲しい
彼がいなくなったら悲しむ人間はたくさんいるのに。それなのに。
“お願い 僕を見つけて
僕は此処に居るんだ
僕の声に気付いて
心を掬い(救い)あげて
世界が闇に堕ちていく
残酷なほど鮮やかに
上手に泣けないくらい僕は弱いままだ”
「吹雪…お前、本当はずっと…」
もしかしてずっと、声なき声で訴えていたのではないか。風丸は漸く、そこに
辿り着く。
彼の事を自分達はあまりにも知らなすぎる。彼も彼で、亡くした人への罪悪感
から−−それが誰かは分からないにせよ−−助けて欲しいなんて誰にも言えずに
いたのではないか。
だけど本当は、救われたくて。救われたい自分すら赦せなくて。
「本当の自分を…見つけて欲しいのか…?」
そう考えた時。それをすべきなのは自分なのではないかと、風丸は思った。傲
慢かもしれない。だけど悪意はないとはいえ、無知ゆえの言葉で彼を傷つけてし
まった自分は、何らかの形で償わなければならないのではないか。
具体的に何が出来るかは分からないけど。ただ知ろうとするだけでも意味はあ
るのなら。
−−…俺にも、お前を救うこと、出来るかな。
こんな無力な自分でも。
出来る事はあるのだろうか。
吹雪の謡う声がする。
聖也は目を閉じて小さな声でその節を口ずさんだ。自分は彼のように上手には
歌えないけれど。彼のような綺麗な声は出ないけれど。
でも鬼道亡き今、イレブンで唯一吹雪の真実を知る自分だからこそ歌える歌だ
った。
抱きしめて ねぇ 教えて 嗚呼”
「…よぉ、雷門イレブン」
それは誰か個人ではなく。仲間達全てに、あるいは自分自身に向けて言い聞か
せるように呟かれた言葉だった。
「これが多分、最後のチャンスだぜ…?」
長年、父親代わりとして吹雪を育ててきた自分には分かる。彼の限界が確実に
近づいている事を。
無論、限界が近いのは吹雪に限った事ではない。世界の命運を背負う戦い、破
壊された母校、仲間の死、真帝国学園の悲劇、エイリア学園の真実とイプシロン
の惨劇−−どれ一つとっても、一介の中学生が背負うにはあまりに重すぎる。
精神的にも体力的にもギリギリな筈だ。それを支えているのは彼らに宿る強い
使命感と、サッカーを愛する心、仲間との堅い絆だろう。
でも。
その上で聖也は願うのだ。そんな崖っぷちの中ですら彼らが本当の吹雪に気づ
いてくれたなら。彼を救ってくれたなら、と。
その時彼らは本物の仲間になれる筈だから。雷門の一員として吹雪の義父とし
て、これ以上に幸せな事はないと思う。
身勝手な期待をしているのは分かっているけれど、それでも。
心を掬い(救い)あげて”
吹雪はこんなにも叫んでいる。助けを求めている。
本当ならば自分が誰より救いの手を差し伸べてやりたいけれど。自分は彼の義
理の親にはなれても親友にはなれないのだ。どう頑張っても対等の立場になど立
てる筈もない。
彼に今一番必要なのは、ただ慈しむだけの愛じゃない。共に未来へ立ち向かえ
る、そんな友達なのだ。
「頼むよ、みんな…」
額に手を当てて。情けなくも懇願を口にする聖也。
「気付いてくれ。俺じゃ…俺じゃ駄目なんだ…」
もう山ほどきっかけは作っている。自分も吹雪自身も。一体いくつヒントを出
せば、仲間達は吹雪の声を聴き届けてくれるのだろう?
“消えない愚かな罪でも
償う事が出来るなら
もうちょっとだけ頑張る時間を
どうか僕に下さい
いつか迎えに行くから
それまで待っていてね”
歌声は、天然のプラネタリウムに溶けていく。優しく、儚く、あまりにも綺麗
な音色で。
円堂はその時、キャラバンの中で狸寝入りをしていた。
歌声は既に止まっている。キャラバンの中で何人かが、自分と同じように起き
ている気配があった。歌声で起こされた者もいるかもしれないが、大半は眠れな
かったのだろう。
イプシロンとの試合は意味あるものだったし、必要なものだったと思う。だが
その反面、自分達の背負った役割の大きさも再確認させられる結果となった。
ハンデが大きかった事や満足のいく勝ち方が出来なかった事もあるだろう。レ
ーゼがどうにか一命を取り留めたのは良かったが、当分試合には出れそうにない
。また精神的な意味では吹雪のダメージが心配だった。
いくら鈍いと言われる自分でも分かる。試合中の吹雪の様子がおかしかった事
くらいは。
−−元々…不思議な奴だとは思ってたけど。もしかしたらそうやって片付けちゃ
いけないような、深刻な理由があったのかな…。
吹雪について、自分達が知る事は少なすぎた。何故あれだけの実力があって、FF
にも出て来なかったのか、無名だったのか。
そして何故あんなに苦しそうなサッカーをするのか。悲しそうに唱うのか。
−−直接訊いてみるべき、なのかな…。
訊くべきと主張する自分と。本人が打ち明けるべきと主張する自分がいる。
円堂はごろんと寝返りを打った。まだ当分、眠れそうになかった。
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おやすみ、良い子は眠れ。 BGM 『Please, call my name』 by Hajime Sumeragi