とおりゃんせ、とおりゃんせ。 おいでや、おいでや、歓迎致す。 とおりゃんせ、とおりゃんせ。 行きはよいよい、帰りは怖い。 この背中に、白い翼は 無いとしても。3-10:寂しい、深海魚。 夜中の国道。人通りも車も極端に少ないその場所に、一台のトラックが路駐していた。 すぐ横には鬱蒼と生い茂る森。こんな場所に宅配便が何の用なのだ、と見る者は不思議がる事だろう。実際、宅配便の軽トラを使ってはいるが、運転手は今仕事でそこにいるわけではなかった。「…本当にあってるのか、この場所で?」 運転席に座る青年が、呟く。 ツンツンに跳ねた金色の髪、碧い眼。年は二十代前半。繊細な美貌が眩しい白人だ。少々目つきが鋭いと言われそうだが、さぞかし女性にモテることだろう。 彼の名前はクラウド。創造の魔女キーシクス−−またの名を桜美聖也が率いる組織、ラストエデンのメンバーの一人であった。言うなれば魔女の“優秀な家具 ”(この呼び方を聖也は嫌ったが)である。 ある理由からこの世界に派遣され、カムフラージュと情報収集をかねて宅配の仕事をしている。彼がこの世界の運転免許と大型免許を持っていた為だ。 今回、こんな辺鄙な場所で、しかもこんな遅い時間に待機を余儀無くされている訳。それは彼の、本当の仕事が関係している。 つまり−−災禍の魔女・アルルネシアの討伐支援。及び被害者の救出と救護。今日の任務はその後者に該当する。−−これで見当違いだったら、笑い者もいいとこだ…。 クラウドは溜息をつく。 ラストエデンの仲間、聖也の部下の一人に、予知や予言を得意とする人物がいる。桐生義弥−−通称、ヨシュア。キリストの別名と同じあだ名を持つだけあって、神がかった力を持つ少年である。 彼は預言した。彼にしては珍しい、随分近い未来の預言−−つまりその日中に起こる事の先読みであった。 彼は言ったのだ。この時間のこの場所に、目的の人物が現れる事を。「ヨシュアの預言は偶に外れる事もあるけどね」 ひょこり、と助手席から別の青年が顔を出す。「今回は多分当たりッスよ。俺の勘だけど」 明るい跳ねた茶髪に、大きな眼。クラウドが綺麗系ならばこちらは可愛いらしい系統だろう。年は十七。彼の名前はティーダ。クラウドと同じく、ラストエデンのメンバーである。 クラウドは二度目の溜息をつく。ティーダの勘はヨシュアの預言と同じレベルで信用されていた。彼ら二人が口を揃えて、予知が外れた試しはない。「あまり当たって欲しく無かったんだけどな…」 「みんなそうでしょ。特に聖也はショックだったんじゃないッスかね。エイリア学園のこと、相当気にしてたみたいだし」「…そうだな」 自分達のボスは、自分勝手だわマイペースだわサボり癖はとんでもないわで滅茶苦茶な人物ではあったが。一度好きになった相手−−友情愛情問わず−−にはとことん尽くす一途な面もある。 殊に。幼い子供が虐げられるのをよしとしなかった。多分雷門の仲間達に対しても、友というより可愛い弟妹のような目線を向けているのだろう。 エイリア学園に対してもそれは変わらない。 実際聖也が何年も前に彼らと出逢っている事は、記録上には残っているのである。本人がそれを覚えてないのは原因があってのことだ。 そして記憶にはなくとも、何かは感じているのだろう。だからより必死で願っている。救いたい、と。「そろそろ時間ッスよ。ヘッドライト、上向きにしといて」 ティーダに言われるまま、ライトを操作するクラウド。この度のヨシュアの預言は恐ろしく細かなものだった。時間は秒刻み、場所は一メートル単位まで。さらには“何故そんな事態になったのか”までハッキリとしたもので。 「…ビンゴ」 頭の中で数えるカウントがゼロになると同時に、ライトの中に人影が浮かび上がった。森の中からふらふらと歩いてくるその人物は、多分己が道路に飛び出した事にも気付いていまい。 それは銀髪に、褐色の肌の子供。精悍で整った顔立ちの、中学生くらいの少年だ。 赤い色のサッカーユニフォームはあちこちが汚れ、破れ、酷い有り様である。剥き出しの手足も痣と傷にまみれており、片方の腕は折れているのかだらんと垂れ下がっている。 頭から流れる血と、切り裂かれた胸元の傷が、ぽたりぽたりと地面に滴っていた。まるでアスファルトに赤い花が点々と咲いているかのよう。「おい!」 声をかけるクラウド。 呼び声に気付いたのか。あるいは漸くヘッドライトの眩しさを感じとったのか。少年はゆるゆると顔を上げ、虚ろな眼でこちらを見た。 百戦錬磨にして一騎当千。ラストエデンの中でも元軍人であり、様々な戦場を見てきたクラウドですら、その瞳には呑まれそうになった。 何も映っていないのだ。少年の眼にあるのは、絶望すら超越した虚無だけ。一体どれほどの地獄を見たというのか。その心と魂をズタズタに引き裂くほどの悪夢とはどんな景色だったのか。「お前…」 車から降りて、駆け寄ってきたクラウドに怯えることも驚くこともしない。任務だ、万が一逃げられたら厄介なことになる。早く保護しなければ。 だがその全てを、クラウドは一瞬完全に忘れさせられた。小さな小さな、震える声が、クラウドの聴覚に届いたから。「………ッ!」 ギリ、と唇を噛み締めて−−思わず少年を抱きしめていた。悔しくてやるせなくて仕方ない。アルルネシアが憎い。まだこんな小さな少年になんて酷い事を。 彼にだって、彼の仲間達にだって、幸せに生きる権利はあった筈なのに。−−こんなにボロボロになってもまだ…お前は仲間の心配をするのか。 少年の事などデータでしか知らないけれど。これはクラウドの人としての怒りと慈しみに他ならなかった。『たすけに、いかなくちゃ』 こんな事、赦していい筈がない。 聖也がいつも繰り返していた言葉の意味を、クラウドもまた痛感していた。『みんなを、ころさないで。ころさないで』 ティーダの視線を背中に感じる。そうだ、感情を揺らされている暇などない。仕事をしなければ。「こちらクラウド=ストライフ。零時三十八分…イプシロン副将、ゼルを保護」 力任せにドアを開けるどころか、いっそ叩き壊してやりたい。ソルジャーたる自分にはその程度の力はあるのだ。バーンがくすぶる破壊衝動を無理矢理押さえ込んだのは、中で寝ているであろう人物に気を使っての事だった。 力任せに殴れば体中の傷に響くのも目に見えている。いくらエイリア石を使って回復を早めたとはいえ、拷問で剥がされた爪は戻ってないし折れた骨もまだくっついていないのだ。 第一、怒りをぶつけるべき対象を間違えている事くらい、自分にだって分かっている。ガゼルの部屋のドアを壊したって何の解決にもなりはしない。 どうにか感情を殺して、入室する。ベッドの上では、ガゼルが寝息を立てていた。けして安眠と呼べるような眠り方でないのは見てとれる。彼の白い頬にはまだ涙の痕が色濃く残っていた。 そしてベッドの前に座っているのは、バーンのそれより明るい赤い髪の少年。「ガゼル、だいぶ取り乱して暴れたからさ。さっき無理矢理眠って貰ったんだ」 多分、自分が此処に来る事も想定内だったのだろう。グランはこちらに背を向けたまま言う。「怪我してるのに無茶して。…包帯も全部巻き直させて貰ったよ。あちこち傷が 開いて酷かったから、ちょっと大変だった」 ガゼルの体は包帯だらけだ。どれも丁寧に、器用に巻かれている。めんどくさがらなければ割と万能に何でも出来るのがグランだった。お世辞にも器用とは言えないバーンは、何度羨ましく思った事か。 ついでにグランには、生まれつき特殊な力がある事も何となくは知っていた。最初は催眠術の類かと思っていたが、どうやらもっと超常的なものらしい。多分その力でガゼルを寝かせたのだろう。 あの普段冷静なガゼルが、錯乱するほど取り乱した。その理由に痛いほど心当たりがあって、バーンは苦虫を噛み潰すような気持ちになる。 自分はけして、ガゼルに迷惑をかけるつもりなど無かったけれど。結果的に自分の無謀な行動が、ガゼルを手ひどく傷つけてしまったのだ。 自分があの魔女に捕まったりしなければ。彼がこんなにも苦しむ事は無かっただろうに。「…俺に言いたい事があるんでしょう?」 グランは振り向き、静かな声で言った。その眼に宿るのは、深い思慮と静かな炎。「廊下、出れる?その怪我で立ち話も悪いんだけどさ」「構わねぇよ。長く突き合わせるつもりもないし、ガゼル起こすのも気が引ける」「そうだね」 その程度の配慮で、恩を返せるとは思えないが。命懸けで自分を助けてくれたガゼルに対して、少なくとも無遠慮な真似は避けたいところだった。「話は聴いてるよ。大変だった…何てもんじゃないよね」 廊下に出て、窓によりかかるグラン。バーンも同じように窓に背中を預け、そのままズルズルと座り込んだ。 情けないが、グランに気遣われても仕方ない。ここまで歩いてくるだけで随分体力を消耗した気がする。 尤も、グランの方も人の事は言えないだろう。彼とて二ノ宮にやられた傷はまだ癒えきってない筈だ。「……何馬鹿な真似してんだろうなって…時々思うんだよな」 馬鹿な真似。全部、全部だ。 大好きな父を信じて、彼の意志に従った事も。その人の望むまま宇宙人を演じて、洗脳された仲間達を切り捨てていく事も。 今更その真意を疑って奔走し、満身創痍で途方に暮れている事も。 何もかも愚かな事に思えて仕方ないのだ。何をしているのだろう。何の為にこんな事をしてきて、これからやろうとしているのだろう。 最近考えるのは、そんな事ばかりだ。「あの方があの女に操られてるなら…俺達のやってきた事全部、無駄になっちま うのに」 いや。仮にこの計画が父の意志であったとしても。あんな残虐で身勝手な魔女を側に置かせておいていい筈がない。 もうハッキリしていることだ。二ノ宮蘭子、その存在がこの世界にある事自体が理を外れている事に。「…グラン。お前、今度は福岡に出陣らしいじゃねぇか」 「そうだけど」「……まだ従う気、なのかよ」 ジェネシス計画をこれ以上続ける意味が、バーンには見えなくなりつつあった。本当の敵は雷門でも日本でも無いというのに。「あのね、バーン。俺最初から分かってたんだよ」 父さんが間違ってるって、分かってたんだよ。 ヒロトの言葉に、バーンは目を見開く。驚愕に。「でも…間違いを正すなら側にいてあげなきゃ。だってもう瞳子姉さんはいない んだよ?」 グランは笑う。それはそれは寂しそうに。「俺達がいなかったら…誰が父さんを護ってあげるの?救ってあげるの?」 バーンは何も言えなくなった。あまりの衝撃に。悲壮な覚悟に。 父を護る為に、グランは耐えて耐えてそこにいるのか。理不尽も不条理も承知で。 ならば、とバーンは思う。 ならばそのグランは一体、誰に護られればいいのかと。NEXT |
誰にも護られず、救われず。