素直に生きていきたくて。 でも出来ないから、自分を騙して。 流した涙が血になる前に。 仮面が壊れる日は来るのだろうか。 この背中に、白い翼は 無いとしても。3-11:正直者の、屁理屈。 ふらつきながら自室に戻っていくバーンを、グランは色の無い瞳で見送った。「エイリア学園にいる人間の大半は嘘吐きだけど」 背中に投げた、小さな呟き。多分彼には聞こえなかっただろうけれど。「お前は正直者だね、バーン」 みんながみんな、多かれ少なかれ自分を偽っている。自分がその最たるものだ。真実の大半を理解し、早い段階で過ちに気づきながらも、それを隠し続けている。 最初に嘘を吐いた時点で、それを貫くしか出来なくなった。自分も父も、エイリアの数多くの者達も。−−どこまで報告が行ってるかは分からないけど。 眼を閉じる。暗い闇の中でほんの束の間、追憶の海に浸るグラン。−−現実は過酷なもんなんだよ、バーン。 イプシロンがどうなったか、どうなるか。 バーンを人質にとられたガゼルは、イプシロン追放の命に従うしかなかった。しかし、その際ゼルに研究所の管理passの一部を渡したらしい。両方を助けられ る、僅かな可能性に賭けたのだ。 だが、彼の賭けは失敗した。少なくともガゼル本人はそう思ったのだろう。 地下に閉じ込められたイプシロンは、研究所を脱走。ただしデザームは既に深刻なダメージを負っており、仲間を逃がす為自ら二ノ宮に向かっていったという。 瀕死の彼が、大魔女と戦って勝てる筈もなく。デザームはその場で死亡が確認されたそうだ。 そして他のメンバーも。罠にかかる者、仲間の為囮になった者−−次々と捕縛、あるいは捕殺されてしまった。 最終的に逃げ延びたのはゼル一人。といってもあくまで彼は行方不明になったというだけのこと。生きている保証はどこにもない。「結局…悲劇は免れられなかった、か」 いや、もしかしたら。本当の悲劇はこれから待っているのかもしれなかった。 真帝国の一件なら、グランも詳しく知っている。父が影山に提供したあの潜水艦は、監視カメラと盗聴機と発信機のオンパレードだったのだ。あそこで起きた出来事は一部始終がモニターされていた。 つまりは、二ノ宮の正体は勿論、彼女の恐ろしい力も把握しているのである。彼女は子供達を虐殺するだけに止まらず、死して尚辱める事が出来るのだ。自らの意のままに動くマリオネットとして。 その力にも制約があるのでは、とグランは内心踏んでいるわけだが−−もしあの時と同じ事がまた起こせてしまったら。 最期まで誇り高く散ったイプシロンイレブンの魂は、さらに彼女の手で汚されてしまうかもしれない。具体的に何が起こるかなんて、想像もしたくないけれど。『私のせいだ…私のせいでっ…!』 バーンには詳しく語らなかったけれど。否−−語れなかったのだけど。 イプシロン全滅の報が入った瞬間のガゼルの取り乱し様は、筆舌に尽くしがたいものがあった。髪をかきむしり、泣き叫び、縋りついたグランの肩に血が出るほど強く爪を立てた。『ごめんなさ…ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめなさいごめんなさい ごめんなさいごめんなさ…』 元々彼がパニックになると過呼吸になりやすい質なのは知っていたが。まさか呼吸困難寸前になろうとは。 過換気症候群で死に至るケースは少ないとはいえ、さすがに危機感を感じて彼を強制的に眠らせたのだった。とても良い夢を見せてあげられるとは思えなかったけど。−−このままで良い?…そんなわけない。俺だって分かってるんだ。 だが。何度も繰り返された虐待で十二分に思い知っている。 彼女は見た目からはとても想像できないほど腕力も脚力も強い。怪力と言ってもいい。単純な力勝負でも自分達では勝てないのに、彼女には魔法もあるのだ。このままでは束になっても太刀打ち出来まい。 さらに、真正面から刃向かえばどんな結末が待っているのかは−−皮肉にもイプシロンが身を以て証明してしまった。 もっと言えば今回の件で確実にバーンとガゼルも目をつけられただろう。万に一つ彼らが倒れれば、即ち彼らの率いる二チームも道連れになる。それはもう間違いなく。 自分達が。ガイアがいなくなったら、もう父には何一つ残らなくなってしまう。それだけは駄目だ、絶対に。−−君達は好きに動けばいい。気付いてないかもしれないけど…最初から君達は 自由なんだから。 ジェネシス計画。最高峰の座をいつも争ってきた自分とガゼルとバーン。しかし誰もが薄々勘づいていた筈だ。全てが出来レースである事を。 マスターランクは三チームも必要無かったのに、父はあえて三人を競わせた。グランを愛していたから。否−−グランの中に見える愛息子の面影に縋りついていたから。 偽の吉良ヒロト−−グランを成長させ、頂点に立たせる為に、ガゼルとバーンを選んだ。それが誰もを不幸にする選択だと知らないで。 自分は嘘にまみれた愛を一身に注がれてきた。故に、どんなに足掻いてもジェネシス計画とその血塗れた鎖から逃げ出す事は出来なかった。 ガゼルとバーンは半端な愛情に飢えていた。しかし期待が無かったからこそ、その実いつでも施設を飛び出していけた筈なのだ。 いや。今だって。二ノ宮の存在がどれだけ壁になったとしても−−選ぶ事ならば出来るのだ。イプシロンがそうだったように。 だけど。 自分は。グランはどんなに足掻いても、その道を選ぶ余地すらないのである。父を見捨てる事など、どうして出来るだろうか。−−俺達は本当の意味で父さんの味方でいなくちゃいけないんだ。何があったとしても、最期の最期まで。 だから。少なくとも二ノ宮に従うフリくらいはしなければ。真帝国にデザームを派遣したのも苦肉の策だった。本来は目立たないよう雷門を救出するのがベストだったのだが。 ガゼル達が外から破壊を狙うならば。自分は内側からの瓦解を狙う。少しずつ少しずつ、あの女の足場を崩していくしかない。 たとえそれが、たくさんの人を傷つける結果になるのだとしても。「お前も下手な嘘吐きだな」 やや低めの少女の声。我らガイアの優秀な副官が呆れ顔で立っているのは、振り向かなくても分かる。 もしかしたら自分とバーンのやり取りも全部見ていたのだろうか。「どんなに下手だとしても」 グランは苦い笑みを浮かべた。「貫き通すしかない嘘もあるんだよ」 嘘だと互いに分かっていて。顔を突き合わせる度その事実そのものが刃になるとしても。 今更語れる真実などありはしない。語ったところで何もかも滅ぼしてしまうだけなのだ。「本当は君も分かってるんだろ、ウルビダ」 それなのに、彼女なりに気を使ってくれるのはきっと。「優しいよね、君は」 振り向いて笑いかけるグランに、彼女は憮然とした顔を向けてきた。あ、これは照れと不機嫌が半々だな、と推測する。「お前に言われると気持ち悪い」「あはは、酷いなあ」「すぐ仕事人に押し付けて逃げるお前ほどじゃないだろう」 まあ、それは申し訳ないと思ってるんだけどねぇ、と。悪びれない態度をとれば、ますます眉間に皺を寄せるウルビダ。「福岡出陣。…行くのだろう、グラン?」 「……うん」 最初から終わっている出逢いだと分かっていた。それでドツボにハマってぐるぐるしている自分は、自業自得に他ならないけど。「お別れ、しなくちゃね」 助けてなんて死んでも言えないから。 せめて演じてみせようか。鬼畜で、最低で、三流な悪役を。「朝一で悪ぃんだけどよ」 翌朝。キャラバンで起床し、形式だけとはいえ朝礼を済ませた面々を前に、口を開いたのは聖也だった。円堂は欠伸をかみ殺しながら、彼の話に耳を傾ける。「良いニュースと悪いニュース、両方あんだわ。どっち先に聴きたいよ?」「良いニュースからお願いします」 目金が、眠い目を擦りながら言う。「ってゆーかそんな訊き方されて、悪いニュースから聴きたがる人なんているんですかね?」 そりゃ違いない。円堂は心底同意する。皆も覚悟はしてるだろうがこのテの場合、悪いニュースは“極端に嫌な話”である可能性が非常に高い。その後で良い ニュースを聴かされてもテンションが上がるとは思えないわけで。 ちらり、と瞳子を見る。クールな面差しは普段と何も変わらないように見える。ストップを入れないあたり、多分彼女は既にその内容を知っているのだろう。「じゃ、話すわ。まずは良いニュースな。リュウちゃんの事」 ついにちゃん付け=吹雪と同格に進化したぞ、と。思ったのは円堂だけではあるまい。向こうで吹雪が何やら複雑そうな顔をしている。「うちの医療班から連絡あった。何日かは安静にしといた方がいいけど、命に別状は無いってよ」「本当か!?」 良かったぁ、という声があちこちから上がり、皆が笑む。円堂からすればレーゼだ助かった事と同じくらい、それは嬉しい事だった。 彼に対するわだかまりは、この何日間でだいぶ払拭されてきた筈だが。それでも完全に拭い去れたわけではないと知っている。レーゼの方が罪悪感から遠慮しがちだったのも原因だろうが。 だから彼の無事をみんなで喜び合えるのは、大きな前進と言っていい。彼が仲間として認められている、その証拠に他ならないのだから。「福岡の試合には出せないけど。とりあえず一安心ってわけだな」 で、悪いニュースなんだが、と。聖也がやや口調を堅くした。「…イプシロンの事だ」 「!」 来た、と身構える円堂。聖也の組織が実質どの程度の規模かは知らない。人海戦術で攻められるくらいの人数はいるらしい、としか。こんなに早く報告が来ようとは。それも“悪いニュース”と前置きされるなら ば当然内容は−−。「一人だけ保護した。イプシロンの副リーダーのゼルだけな」「見つかったのか!」「ああ。…だが……」 歯切れの悪い返事。嫌な予感に、冷や汗が流れる。「一時は意識不明の重体。頭と胸に裂傷、左腕と左鎖骨の骨折。細かい傷が全身にあって酷い有様だった。必死で二ノ宮んとこから逃げて来たと予測される」「予測…?」 聖也はふぅ、と息をついた。苦い表情で。「どうにか意識は戻ったんだがな。…ショックが酷くて…人形みたいにまったく 反応しねぇらしい。話を訊けるような状態じゃねぇとよ」 そんな。誰もが言葉を失った。 あの理知的な彼が、そこまで追い詰められるだなんて。一体、どれだけ酷い目に遭わされたのか。 そもそも何故彼はたった一人だったのだろう。他のメンバーは?もしかして、もう−−。「余計な勘ぐりばっかしてんなよ。お前らが今考えたってどうしようもねぇからな」 頭切り替えろや、と。暗く沈みかけた空気を振り払うように、聖也はパンパンと手を叩いた。「この話は一旦終いだ。で、物は相談なんだがな?」「…今度は何だよ」 恨めしげな目線を向けてくる塔子に、聖也はニッと場違いなほど明るい笑みを浮かべた。「お前ら俺に、一日くんねぇかな?」NEXT |
去る背中は、何を語るの。