気楽に生きるのはシンプルで難解だ。
楽天家に成りきるのは極めてハードだ。
泣いても意味無いなんて事ぁみんな分かってる。
ポジティブに歩くだけが人生じゃない、そうだろう?
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
3-12:士の、休日。
 
 
 
 
 
「今日一日休みが欲しいの!旨いもんサミットやんないで大阪出発するなんてヤ
ダヤダ!!俺ぜーったいヤダ!!
 
 空気を読まないでそんな発言をする馬鹿が−−まさかのまさかで居たのである
。聖也だ。奴は年不相応に駄々をこねてみんなを心底呆れさせた。
 宮坂もその例に漏れない。
 さっきまで超シリアスな話題を提供し、みんなの空気をものすごく重くしたの
は何処の誰だと言いたい。
「あのですねジェネシスの襲来予告まであと五日しかないんですよ?遊んでる
暇なんてまったく無いんですけど?」
「きゃー春奈ちゃん目がマジ怖ぁいっ!!
スピニングカットぉっ!!
「げふっ!!
 うっかりふざけた聖也は、春奈のディフェンス技でもろに吹っ飛んだ。おお凄
い威力。にも関わらず何故奴は無傷なんだろうか。
 
「遊ぶんじゃねぇよー。休暇だ休暇」
 
 思い切りバスの扉にぶつけた頭をさすりながら聖也。ああ、大丈夫だろうか−
−イナズマキャラバン。あの石頭で傷つけられてなければいいのだが。
 二つ先輩といえど、聖也を尊敬する気はゼロな宮坂だったりする。この数日で
嫌というほど学んだ。彼にまともな神経を期待するだけ無駄だということを。
「考えてもみ?エイリア襲来してから俺ら休みゼロなのよ?一日くらいまったり
リラックマしたってバチは当たらないんじゃね?」
「リラックマするってどんな動詞なのさ。意味分かるっちゃ分かるけど」
 照美が呆れ果てる。細かい事気にしないのー!と抱きつかれ、分かり易く嫌な
顔をする彼。
「というわけで今日は予定変更で自由行動!びばリラックマモード!!瞳子監督に
許可はとったしリカっちはご馳走してくれるらしいし!!んじゃ解散!!
「「「ちょっとぉ!?」」」
 え、何で監督許可出しちゃってんの、とか。リカには話通ってるっていうか、
現在進行形で一之瀬拉致ってくなとか。ツッコミどころは山ほどあったが。
 
「じゃ、俺も好きにすっから!!
 
 ひょいひょいっと。風丸と照美を両脇に抱き上げて、聖也が走り出すものだか
らたまらない。
「いぇいっ両手に花ー!!円堂、ふぶちゃんをよろしく〜!!
「わあああっ!?
「下ろしてー!!
「ちょっま風丸さぁん!!
 なんなんだあの人は!今日は輪をかけてイカレてるぞ、ついにネジでも外れた
か。つーか風丸先輩返せコラ!!
 宮坂は半ば思考を破綻させながら、聖也を追いかけた。後でシューティングス
ターでぶっ飛ばす、と心に決めて。
 
 
 
 
 
 
 
 何なんだ、あの人のテンションは。円堂はポカンとして、暴走していく聖也と
拉致られる照美&風丸、追いかける宮坂を見送った。一之瀬を抱き上げて逃げて
ったリカに至っては(意外に怪力らしい)もう姿も見えない。
 
「監督!?何で休みの許可なんか…!?
 
 非難−−というより困惑が強いのだろう。春奈に戸惑い顔で言われても、瞳子
か涼しげな様子だ。
「必要だと思ったから許可した。それだけよ」
「必要って
「何もかも言葉で教えて貰わなきゃ、分からないほど子供なの?」
 口調はどこか冷たくすらある。皆は顔を見合わせるばかりだ。
 
「分からないなら、考えなさい。あなた達に要るものが何なのかをね」
 
 これ以上語る気は無い。そう示すように彼女は背中を向けて歩き去ってしまっ
た。追いかけるべきだったのかもしれないが、何だかそれも気が引けて立ち尽く
す。
 途方に暮れた。一体彼は、彼女は、自分達に何を期待しているのだろう。
 
「ちゃんと説明してくれればいいのに」
 
 壁山が言った。うんざり顔で。
「相変わらずワケ分かんない人っす」
「否定はしないでやんす」
 理解能力の高い人間ばっかじゃないんだから、と愚痴を零す栗松。普段のムー
ドメーカーな彼にしては随分愚痴っぽい。
 まあ、それも致し方ないのだろう。とんでもない事態の連続でみんな疲弊して
いる。栗松に限った事でもない。
 何かに八つ当たりでもできたらと思うのに、ついつい一人で溜め込んで耐えて
しまう。ここにはそんなメンバーばかりが揃っていた。
 
「監督が意味のない事をするとは思えないわ。今までの例を考えれば、ね」
 
 意外にも、フォローに回ったのは夏未だ。
「とりあえず、好きに動けばいいじゃない。迷子になったり、時間を守らないで
行動されたら困るけど。練習したいなら止めないわよ」
「練習かぁ
 やりたいなぁ、と真っ先に思う自分は本当にサッカー馬鹿だ。何かやっていな
いと落ち着かない。ジェネシスがどんなチームであるにせよ、もっともっと強く
ならなければ満足出来ない。
 だが流石の円堂も、今あのナニワ修練場に戻る気にはなれなかった。血の跡も
抉れた地面などもある程度片付けはしたが、それでもあの場でやれる事には限度
がある。
 あの試合がどれだけ意味あるものだったとしても。イプシロンの、ガゼルの惨
劇について克明に思い出すのは辛いものがあった。
 いや。ナニワ修練を使わなくても、練習する場所が無いわけじゃない。大阪ギ
ャルズの練習場も、リカに頼めば貸してくれるかもしれない。
 だから多分問題は、そういった事ではないのだ。
 好きにすればいい。そう放り出されると途端に何をすればいいのか分からなく
なってしまう自分がいる。何だかんだで大人の指示通り動く事は楽だったのだと
気付かされる。
 試合直前はあれだけ時間が足りないと感じるのに。いざ目の前にポン、と自由
を与えられると戸惑ってしまうのだ。焦る気持ちだけは、じりじりと背中を這い
回るのに。
「迷子かぁ」
「ん?」
 吹雪が苦い顔でため息をつく。
「聖也さん、三十秒で迷子になれちゃう人なんだよね。僕も一緒に行くべきだ
ったかな」
「あー
 そういやそうだ。まあ、あの場合照美達もいるから大丈夫−−彼らにボコられ
て放置されなければ−−だと思うのだけど。
「まるで吹雪の方が聖也のお母さんみたいだな」
「よく言われるよ。聖也さんてば僕がいないとすぐ洗濯機も掃除機も壊すから」
「怪力と不器用が合体するとマジで怖えな
「右に同じ」
 土門と顔を見合わせ、ついつい笑ってしまう。不器用で家事が出来ない、まで
ならば分かるが。さらに電気機器を破壊するまで行くとはどんな状況か。
 そういえば聖也が怪我した頃、マネジの仕事を手伝おうとして秋にひどく説教
されていたような。でもって乾燥機の修理業者が来たのが翌日だったような。
 あれはそういう訳だったのか、とつい納得してしまった。
 ノーコンMF。試合でどれだけ役に立つかと言われれば微妙なところで、ムード
メーカーだがトラブルメーカー。迷子と遅刻と弁償は日常茶飯事。傍迷惑極まり
ない先輩だが、なんだか憎めないのが不思議なところである。
 
『円堂、ふぶちゃんをよろしく〜!!
 
 そういえば。
 さっきドサクサに紛れて聖也は、吹雪の事を円堂に任せていったような。それ
もわざわさ名指しでだ。
 あれは−−何か意味があったんじゃないだろうか。
 
−−あの歌
 
 思い出したのは昨晩の事だ。一人、寂しげに歌っていた吹雪。このところずっ
と悩んでいた様子だったのに、何も出来ずにいた自分。
 尋ねるべきか待つべきか。正直判断がつかなくて、円堂はずっと迷っていた。
いつもなら優柔不断に結論を先送りにしたりはしない。まずは動いてから考える
質だというのに。
 
−−豪炎寺も鬼道もいなくなってやっぱりそのせい、なのかな。
 
 さりげなく相談できていた相手がいなくなって。知らず知らず、気持ちを押し
込めていた事は否定できない。
 そして自分の思いを自分の中だけで完結させていると。結局己の事だけで手一
杯になり、周りが見えなくなってしまう。周りに心配かけさせたくないが故の行
動で、寧ろ迷惑をかけてしまう事になりかねない。
 
『誰かに相談するとね。自分が楽になるだけじゃないの。気付いてた?相談され
る側も嬉しいの』
 
 思い出したのは秋の言葉。誰かに弱音を吐いたり、相談する事は悪い事なんか
じゃない。むしろチームとして必要なんだと教えてくれた。
 
『無理しすぎないでね。偶には逃げたっていいよ。……ってそのへんみんな、私
が円堂君に言いたい事なんだけど』
 
−−そうだな。
 
 なんとなく、心が決まった。多分聖也は、これを機会に吹雪にアタックしてみ
ろと言っているのだ。ぶつかってから考えても遅くはないと。
 そして。いきなり吹雪の話を訊くんじゃなくて−−まずは自分の話からしてみ
ようと思う。人の傷を尋ねるには自分の傷から明かすべきだ−−なんて、父の受
け売りだけど。
 仲間だから。吹雪が傷ついている理由を知りたい。知りたいと、近づきたいと
願っている自分を知って貰いたい。
 彼が自分から心を開いてくれるように。
 
−−そっか。
 
 ふと。最初の疑問が氷解できた気がした。
 
−−だから休み、なんだ。
 
 それぞれが考えて、前に進む為の時間。練習に追われて焦っていては出来ない
こと。周りを見て自分を見つめて、ささくれた気持ちを癒す時間が要ると。
 瞳子と聖也のどちらが先に提案したかは分からないけれど。最終的にどちらも
気付いた(多分リカもだ)から、今日を休日にしたのだろう。
 それが必要なものだったから。
 そして自分達がそれに気付けるか試したかったから。
 
−−頑張らなきゃ。
 
 いや、違う。
 頑張って頑張って擦り切れてしまうのでは駄目だから。
 
−−頑張らなくていいよな。少なくとも、今日だけは。
 
「よし!じゃあみんな、お昼過ぎたら大阪ギャルズの練習グラウンドに集合だ!!
「練習するのか?」
「いいや」
 首を振ると、小鳥遊が訝しげに眉を寄せる。
 円堂は笑った。練習は好きだ。でも今日は、練習じゃない事をしよう。
 
「遊ぼうぜ、みんなで!」
 
 練習じゃなくて、遊ぶ為のサッカーをしよう。
 思い出して欲しい。
 サッカーは戦争じゃない、スポーツなんだ。みんなで楽しむ為にするものだ。
 サッカーは楽しいものなんだ、と。
「訳分かんない」
「いいんだってそれで!じゃ、それまで自由時間な!!監督も許可してくれたし。
行こうぜ吹雪!!
「え、キャプテン!?
 突然腕を引っ張られ、吹雪の目がまんまるに見開かれる。キャプテンまで誘拐
犯になった!と一年生ズが騒ぐ声がしたがとりあえずスルーだ。
 
−−風丸の事はまずは聖也に任せて大丈夫かな。
 
 多分、宮坂が追いかけてくる事も計算のうちだろう。風丸と宮坂は仲良し先輩
後輩に見えるが、実のところ彼らは進んで話し合おうとはしない。薄い壁で隔て
られているかのように。
 
−−まあ、アフロディを連れてったのは趣味かもしんないけど
 
 あれ、なんか心配になってきた。
 浚われてったメンツが揃って美形なのは偶然か?偶然だよな?
「キャプテン?百面相してどしたの?」
「あ、いや何でも」
 とりあえず面倒な事は後にしよう。
 円堂は吹雪を引っ張ってジェットコースターの方へ走り出した。
 
 
 
 
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一生懸命、楽しめばいい。