早く大人になりたいと子供は言う。 もう一度子供に戻ってみたいと大人は言う。 いつか貴方も気付くだろう、今という時間の尊さを。 当たり前でいられる事こそ、幸せであるということを。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 3-13:嘘吐きの、正論。
如月まこは、稲妻町ではちょっとした有名人だ。 そこには様々な理由がある。母親の如月沙理奈が、ある種怒らせたらヤクザよ り怖いと言われる一番街サリーズのキャプテンであるせいもある。 またまこ自身も、年端もいかぬ少女ながら、近場の子供達の間で恐れられるガ キ大将であった。血は争えぬ、など親が親なら子も子だなど。周りの人々の呆れ た声は幼いまこの耳にも否が応でも入るものだった。 母親が元暴走族(というのが具体的に何なのかまこは知らないが、悪いものら しいというのは理解している)なのも原因だろう。悪い風評はいつもついて回っ た。時にはうんざりするほどに。 それでもまこが、そんな大人達の冷たい目を大して気にせず生活していけるの は。ひとえに子供達の育ちが良かったからに他ならない。 彼らはまこの実力は恐れたが、目に見えない噂や過去などは気にも止めなかっ た。だから普通に遊んでくれたし、悪戯にも付き合ってくれた。 中には親に言われてか、まこに近付きたがらない子供もいたけれど。そんな子 供達も一度こちらに引っ張りこんでしまえば早かった。 みんながまこを畏れ、同じくらい惹かれた。それが自身に備わった天性の魅力 である事に、当のまこ自身は全く気付いていなかったのだけど。
「遅いよっ!」
そんなまこが今一番ハマっている遊び。それがサッカーだ。 今日も河川敷グラウンドで練習である。稲妻KFCはまだまだ小さなクラブに過ぎ なかったが、最近はめきめきと頭角を表しつつあった。 フットボールフロンティアの小学生部門では(小学生の大会は、学校だけでな くクラブの参加及び女子参加も認められていた)地区大会準優勝を果たしている 。惜しくも全国出場は叶わなかったが、来年は必ず上ってくるだろうと大人達の 評価は高かった。 特にキャプテンのまこの技術は、日に日に上達している。先日の試合も、中盤 がしっかりまこまでボールを繋げていたなら勝てていただろう。まこのシュート を止められる小学生は殆どいないのだから。 「ボールを奪われたからって止まっちゃダメ!じゃないとすぐ点取られちゃう よ!!」 「わ、分かったよ!」 現在はミニゲーム中。まこにボールを奪取されたMFの陸斗は、慌てて自陣へ戻 っていく。 と。慌てすぎてすっころんだ。まこは額に手を当てて、ため息をつく。
−−まずは落ち着かなきゃぁ…。みんなそれが問題なんだよね…。
正直。チーム全体の能力はかなり良いレベルまで来ていると思う。が、いかん せんメンタルに難のあるメンバーが多いのだ。小学生に−−と、まこ自身も小学 生ではあるが−−そこまで期待するのは酷かもしれないけれど。 この間の試合も。前線のまこにパスを繋げなかった最大の理由は、技術面では ないと自分は思っている。さっきの陸斗のように、焦ってミスをしたり転ぶ者が 続出したせいだ。あれでは普段出来る事も出来まい。
−−こんな時、円堂ちゃんならどうするのかなー…。
思い出したのは、敬愛する稲妻町のヒーロー。雷門中サッカー部キャプテン・ 円堂守だ。彼だったらどうやってこんなピンチを切り抜けるだろう。最近そう考 えるのがクセになっている。
「なぁまこちゃん」
とりあえず一回休憩するか。まこがそう思った時だ。袖を引っ張ってきたのはDF の海人だった。
「あのお兄ちゃん、まこちゃんの知り合い?ずっとこっち見てるけど」
お兄ちゃん? 顔を上げて見ると、河川敷の橋の上から、こちらを眺めている人影が目に入っ た。赤いサラサラ髪に、切れ尾の碧眼、白い肌。 うわお、なんて美少年だこと。円堂の友人である風丸あたりも綺麗だが彼もな かなかだ、とつい値踏みしてしまう。 が、実際彼に見覚えがあるかどうかについては。
「ううん、知らない」
全く知らない。稲妻町にあんな人、いただろうか。言っちゃなんだが、自分、 イケメンセンサーに引っかかった人間は一度見たら忘れない。彼くらい顔面偏差 値の高い人間なら尚更だ。 それが全く見覚えがないのだから、やっぱり知らない、としか言いようがない のである。
−−不審者…って事はないよね。
見た感じ、円堂と同じくらいの年だ。それに何だか−−これはまったくの勘な のだけど−−彼は円堂と、同じ匂いがする気がする。
−−もしかして、円堂ちゃんの知り合いかな?
あるいはサッカーが好きでなんとなく見てた、とか。いずれにせよ悪い人では ない筈だ。 結論を出したまこの行動は早かった。ボールを抱えたまま、トタトタと段差を 駆け上がっていく。
「ねぇ!」
傍に来た幼い少女を、赤髪の目少年は目を丸くしてみる。
「お兄ちゃん、円堂ちゃんの知り合い?それともサッカー好き?」
にっこり笑ってみせると、少年は二、三度目を瞬かせて、それから微笑んだ。
「両方、かな」
わお。 イケメン好きなまこが思わずうっとりするような綺麗な笑み。無意識に顔に熱 が籠もるのが分かった。 ああ自分、単純すぎる。 「君も、守の事知ってるんだね。一緒にサッカーやるんだ?」 「やるよ!」 大好きな“円堂守”が共通の話題になる事がまた嬉しくて、まこは破顔する。
「円堂ちゃんはね、あたし達みたいな小学生でも馬鹿にしたりしないの!一生懸 命、本気になってサッカーしてくれるの!!」
まだ、稲妻KFCが超弱小で、人数すら揃わなかった時から。他のどんな大人や年 長者達が馬鹿にしても、円堂だけは真正面から自分達に向き合ってくれた。 小学生と一緒にサッカーなんて、恥ずかしいと思われても仕方ないのに。円堂 だけは違ったのだ。まだ幼い自分達を、いつでも対等に扱ってくれた。 未熟な技術を鍛えてくれた。一緒に頑張ろうと笑ってくれた。 「円堂ちゃんとやるサッカーはすっごく楽しくて…なんだかね、ピカピカしてる の。お日様みたいに!だから辛い練習だっていつまでも頑張れちゃう。それで時 間忘れて…ママに怒られちゃうのもしょっちゅうだけど」 「あはは、そうなんだ」 「そうなのー。だからね、あたし、円堂ちゃんが大好き!円堂ちゃんと一緒にや るサッカーも大好き!!」 お兄ちゃんはどうなの?と。尋ねると彼は頷いて、俺もだよ、と答えた。
「俺も大好きだよ。円堂君も円堂君のサッカーも」
そう言って笑う少年の顔が、少しだけ寂しそうに見えたのは、どうしてだろう 。その理由をまこが察するのは、もう少し後の事で。 「じゃああたし達、仲間だね!円堂ちゃんファンクラブの!!」 「ファンクラブ…なるほど、守ならありそうだなあ」 そのまま彼は背を向けてしまった。まだ日は高いのに、もう行ってしまうのだ ろうか。
「他にも行きたい場所があるんだ。だからそろそろ行くね」
まこの気持ちを察してか、少年が先に答えた。忙しいのだろうか。なんだか名 残惜しい。 そしてさらには、彼の名前すら知らない事に気付く!
「お兄ちゃん、名前なんていうの?あたしは如月まこ!」
他人の名前を問う時は自分から名乗るのが礼儀だ−−と。流行りのアニメの主 人公が言っていたのを思い出した。確かに、お互いちゃんと名前を把握してなけ れば呼び合えないし、不便だ。
「今日は忙しいならさ。また今度サッカーしようよ。今度は円堂ちゃんも一緒に!! 」
深紅の髪を靡かせて、振り向いた彼は本当に綺麗だった。青い空によく映える 笑顔で、まこに言う。
「俺の名前は……」
そう、とても綺麗、なのに。 まこは不思議でならなかった。 何故自分には、彼が泣いているように見えるのだろう、と。
追いかけっこは意外なほど長引いた。 聖也の脚はけして遅くない。むしろ早い。それでも宮坂ならば、追いつけない 事はない筈だった。 彼が立体的に、本格的に−−逃走を開始しなければ。 だってそうだろう。まさか人二人抱えた人間が、木の上や屋根の上に飛び乗り 、暗く狭い路地を駆け抜けようとは到底思うまい。 なんて腕力と脚力、そして体力なのか。確かに彼が怪力馬鹿で体力馬鹿なのは 知っていたけれど−−だからって限度があるのではないか。 最終的にシビレを切らした宮坂は強硬手段な出た。逃げる聖也にクロスドライ ブをお見舞いしたのである。必殺シュートをくらった彼は見事に吹っ飛び、屋根 の上から落下した。 その際風丸と照美が落ちる場所だけ柔らかな芝生の上になる事も、計算済みで あったりする。
「さあ…やっと追い詰めましたよ」
ぜーぜーと息を切らし、宮坂。 「さぁ風丸先輩とついでにアフロディ先輩を返して下さい。ってか返せ今すぐ返 せ死んでも返せシバくぞコラ」 「みみみ宮坂キャラ崩壊してるから!ヤミヤサカ降臨しちゃってるから!!」 なんだろう、こいつ相手ならいくらでも暴言吐いて赦される気がする。あら不 思議。“どうぞどうぞお好きにボコれ”と天の声が聞こえるのは何でかしら?( そりゃもう所詮聖也だからです BY煌) コンクリートに叩きつけられても何故か無傷の聖也だったが、さすがに身の危 険は感じたらしい。ついに宮坂に降参の意を表した。 「すみませんもうしませんすみません…多分」 「多分かよ」 土下座が恐ろしくサマになっている。さすがにアホらしさが怒りを通り越した ので、宮坂もため息をついて感情を収めた。 収めるしかない。 こいつの馬鹿馬鹿しい行動は今に始まった事でもないが−−直接的であれ間接 的であれ、大抵理由はあるのである。例えばみんなの暗い雰囲気をブチ壊す為だ ったり、メンバーの不仲解消の手助けであったり。 やり方が滅茶苦茶じゃなければもう少し尊敬もできるものを。
「…で、何がしたいんですかアナタは。此処に来て、理由も何もありません〜っ て言ったらマジでブッ殺しますよ」
言葉は物騒だが、頭はだいぶ冷えていた。殺気が落ち着いてきたのを悟ってか 、聖也が土下座体制から顔を上げる。 「…俺らどれだけ走ったと思うよ、宮坂?」 「はい?」 「イナズマキャラバンから相当離れた筈だぜ。ナニワランドの西端まで来たから な」 言われてみれば確かに。地図を広げて確認し、目を見開く。
「ここまで来れば、他の奴らに話は聞こえねぇ。本当は円堂とレーゼも連れて来 たかったんだけどな。それを言っても仕方ないし」
なぁ、と聖也が声をかける先。風丸がむっくりと身体を起こすところだった。 気絶したと思っていたが、いつの間にか目を覚ましていたらしい。 普段よりも険悪な眼差しで、聖也を見ている。宮坂ですら気圧されるくらい、 暗い色の瞳で。
「…俺に説教でもする気かよ、聖也」
地を這うように低い声に、怯むでもなく聖也は首を振る。
「んーん。俺は何もしない。ただお前らに話し合って欲しかっただけだから」
話し合い?宮坂は首を傾げる。だが風丸は何やら理解したらしい。
「お前ってマジで、お節介で陰険」
何だろう。非常に、波乱の予感がする。
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上等ですよ、お嬢さん。