昨日までの経験や知識が何の役に立つの。 嗚呼荷物なだけよとかなぐり捨ててしまいたい。 望んだ筈の風はあっという間に過ぎ去って。 後には何も、遺らないのに。 この背中に、白い翼は 無いとしても。3-14:現在、修正中。 余計なお世話。今回の奴の行動を結論づけるならば、それ以上の言葉はない。風丸は舌打ちしたいのを必死でこらえていた。−−宮坂とアフロディと…あとはレーゼと円堂を呼びたかったって? 確かに。最近の自分は目に見えて苛立っていただろう。落ち込んだり八つ当たりしたり。不機嫌を隠しきれてなかった自覚はあるし、それに対する罪悪感もある。 だからって。その内容までは誰にも話していない筈だ。当然、聖也にも。誰かに相談して何が変わるわけでもないのに、己の醜さを誰が好んで晒したがるだろう。 劣等感も嫉妬も。見当違いで場違いだと、誰より理解しているのは風丸自身だというのに。 何故聖也が知っている? それとも単なる偶然か?「このままじゃ辛いだろが。余裕の無さバレバレだぞ」 風丸の考察や推察を遮るように口を開く聖也。「現状維持。それでいいと本当に思ってる?」「…どういう意味だよ」 「分からないか風丸?じゃあもっと具体的に言うぜ」 じっと。見つめる彼の眼差しに、さっきまでのチャラけた雰囲気はない。「お前は宮坂を傷つけたいわけじゃない。宮坂だってお前を傷つけたくて此処にいるわけじゃない。…なのに、このままじゃお前らどっちも望まない事態招くだ けじゃねぇか」 ああ、やっぱり悟られているのか。 あまり当たって欲しくない予感が的中し、今後こそ露骨に顔を歪めてみせる。聖也のことは傍迷惑な人間とは思っているが、別に嫌いじゃない。 ただ、偶に妙に人の感情の機微に聡いところや−−年輩者の顔をして上から目線に(本人にそのつもりはないだろうし、実際彼が年上なのも間違いないだろうが)話してくるのは厭らしい。 自分の問題だ。最終的には風丸が解決するしかない。他人にしゃしゃり出て来られても迷惑なだけなのに何故それが分からない? 放っておいてくれればいいのに。どうせ自分で何とかするしかないのだから。「傷つけるって…傷つけたいって?一体何の話なんです?」 困惑気味にこちらを見てくる宮坂。どうやら彼には意味が分からないらしい。 それでいいと思う。分からなくていい。憧れの“風丸センパイ”の本性がこんな醜くてドロドロしたものだなんて−− 知らない方が幸せだ。 だがそんな風丸の気持ちをよそに、聖也は黙っていてくれない。「宮坂さ、ナニワランドでレーゼとユニバースブラストの特訓してたろ。その時何で風丸がお前に『俺はお前に目標にしてもらう資格なんかない』なんて言ったのか。…そういう話さ」 「……!?」 何でそんなことまで知っているのだ。顔色を変えたのは風丸だけではない、宮坂もだ。 確かに風丸はあの時、つい宮坂に本心の一端を漏らしてしまっていた。だがそれは宮坂にやっと聞こえるような小さな声で−−自分達しか知らない話の筈なのに。 どこかで立ち聞きしていたとしても、聞こえた筈はない。むしろあの場には自分と宮坂の他にはレーゼしかいなかった。絶対に。「お前ら忘れてるだろ」 気を失ったままの照美の頭を撫でながら、聖也はニヤリと笑う。「俺も一応、“魔女”なんだぜ?」 背筋にひやりとしたものが走る。唐突に思い知らされた。彼は見た目こそ普通の(ややおちゃらけた、容姿だけは標準以上の)少年に見えるけれど。 あの災禍の魔女、アルルネシアの謙族。終焉の魔女キーシクスなのだ。 我々一般人とは違う理で生きる怪物。だから普通には知りえない事も知り、有り得ない事も有り得てしまうのかもしれない。 確かに、忘れていた事だ。「風丸。何でお前は宮坂に“目標にされる資格がない”と思うんだ?今している のは、そーゆーハナシ」「風丸さん…」 宮坂もそれは気になっていたのか、問うような眼差しを向けてくる。 風丸の胸中に、押し殺してきたドス黒い塊がドロドロと渦を巻くのが分かった。宮坂の前でなければ本気で聖也を罵っていたかもしれない。あるいは手を上げていたかもしれない。 触れるな、関わるなと思う事に限って。どうしてコイツは踏み込んでこようとするのだろう?「別に、隠したいこと全部話せとか、んな野暮な事ぁ言わねーよ。ただな」 今のお前がどうしても幸せに見えないんだわ。 髪を掻き上げて聖也は呟く。「辛いんじゃねぇのか、本当は」「辛くない」「んじゃ幸せか?」「幸せだ!」「本当に?」「しつこいっ!」 ついに堪忍袋の尾が切れる風丸。「第一!仮に俺が悩んでたとして…それを話したとして!!一体何が変わるんだ? お前達が何をしてくれるって言うんだ?なぁ!?」 もしかしたら今、言ってはならない事を口走っているのかもしれない。耐えるべきところで過ちを犯しているのかもしれない。 ちらりとそんな考えがよぎったが、すぐに吹っ飛んでしまう。「答えられるのか?答えられないんだろっ!?だったら期待なんかさせるな…最初 から!!自分は仲間です友達ですって顔するんじゃねぇよ!!」 感情の限り喚いた。呆然とする宮坂と、無表情に自分を見つめる聖也の前で。 さすがに煩かったのだろう。照美が身じろぐ気配があった。そこでさすがに我に返る。やや気まずくなって視線を逸らした。「…いいんだよ、それで」 「……え?」 あまりに意外な言葉に振り返る。 聖也は微笑っていた。驚くほど穏やかに。「やっと聴けた。君の本音の…ほんの一部かもしれないけど。いいんだよ、それ で。隠して隠して頑張って…無理されるよりずっといい。みんなもきっとそう、 思ってる」 ふざけんな。適当な事を言うな。そう叫びたくて−−でも口には出来なかった。 みんな、というのは確かに聖也の当てずっぽうかもしれない。しかし彼自身は−−聖也本人は紛れもなくそう思っている事を、その笑顔が語っていた。 真実だと、そう告げていた。「我慢しなくていい。…ううん、確かに耐えなきゃいけない瞬間があるのは否定 できないけどよ。でも……君達はまだ子供でいいんだ。甘えたっていい。頼った っていい。君が…みんなに甘えられて頼られてる分、君だって同じ事していいん だよ」「頼られて…る?俺が…?」 「何だよ風丸、マジで気付いてなかったってか?」 あはは、と笑われた。 不思議な事に、今度不快な気分にならなかった。「少なくとも、俺はお前を頼りにしてるんだぜ?頼りすぎてるくらいだ」 宮坂はどうよ、と。さりげなく彼は宮坂に水を向ける。ややあっけにとられた様子で話を聞いていた宮坂は−−しかしハッキリと頷いた。「はい。僕…ずっと頼ってました、風丸さんの事。…いえ、過去形じゃないです 。サッカーに関わってからもずっと」 ごめんなさい、と。突然宮坂に頭を下げられて面食らう風丸。「風丸の役に立つ為にキャラバンに参加したって言いましたけど…あれ、嘘です 。本当は風丸さんに頼りにされたい、認めて貰いたい僕自身の為に…此処にいる んです」 それは懺悔だった。こんな機会さえなければずっと知らないままでいたかもしれない、宮坂の本心。 身勝手な自分をさらけ出して悔い改めようとする、彼の精一杯の本心だった。それはけして綺麗なものではない。だけど。「最低だ。そんな僕の勝手が風丸さんを追い詰めてたかもしれないなんて…考え もしなくて。実際風丸さんが悩んでた事にもまるで気付いてなかったなんて」「宮坂、それは…」 「謝らせて下さい。赦してくれなくてもいいです。本当は…資格がなかったのは 僕の方だったんですから」 愛らしい瞳に、悲しい色を浮かべて。頭を垂れ、宮坂は言った。「訂正して下さい。風丸さんが尊敬される資格がないんじゃない。僕に…風丸さ んを尊敬して、追いかける資格が無かったんです」 絶句するくらい、凄絶な感情。静かな色の中に込められたあまりにも深い想い。 繕わないだけに、けして美しいものではなくて。でも何故か−−安堵させられたのだ。 汚くて醜い心を秘めていたのが、自分だけでは無かった事に。「俺が言いたいのはな、風丸。お前はお前の価値を見誤ったり、見限っちゃいけねぇって事だ。こんなに愛されてんだからよ」 自分の価値を見限る。 ああ、そうかもしれない。風丸は自問自答する。強くなれない。思うほど成長の出来ない自分に苛ついた。伸びていく宮坂やレーゼに嫉妬した。そしてそんな弱くて醜い自分に−−絶望したのだ。 だから疎ましくて。 自分はこんなに無価値な存在なのに。理想化して、綺麗な幻を見るかのような−−宮坂の眼が。「俺らはお前を頼ってる。だがそれは“信用”じゃねぇ。“信頼”だ。お前なら そのボールに必ず追いつけるだろって、プレッシャーかけてるわけじゃねぇ。ま、俺もみんなも未熟だから間違える時はあるけどよ」「…うん」 「お前はそのボールに追いつけなくても、例え力及ばない瞬間があっても…それ でお前自身や誰かが逃げ出したくなっても。最後にゃちゃんと立ち上がる。立ち上がれる強さを持ってるってみんなが“知ってる”。…それが信頼ってヤツなの さ」 そこでお前のキモチが知りたいワケ、と聖也。「お前はどうよ?何もかも隠さなきゃ裏切られるって思うほど…仲間が信頼でき ないか?」 隠していけないわけじゃない。だけど全て偽らないと一緒にいれないような関係だったのか?自分は本当に彼らに、嘘ばかりついてきたのだろうか? 答えはとっくに出ていた。否、と。 信用と信頼は違う。自分達の間にあるのは紛れもない後者だった筈だ。わざわざ言葉にする必要もないほどに。 だからこそ。大切だからこそ、離れてしまったら耐えられないから。綺麗に誤魔化す方法を探そうとして失敗していたのだろう。 そう、分かっていた。今の自分が失敗している事は。「…宮坂、俺は……」 まだ恐怖は拭えなかったけれど。風丸は言葉を紡いだ。今本音を語れなければ、本当に何もかも終わってしまう気がした。 宮坂は真正面から向き合ってくれているのに。逃げ出したら自分は彼の信頼を裏切る事になる。今度こそ間違いなく失望させてしまうだろう。 それだけは絶対に、嫌だから。「俺…お前が思ってるほど強くなんかない。頑張っても頑張ってもさらに強い敵 が現れて…そのたびにプライドも何もかもボロボロにされて」 頑張らなきゃ。頑張らなきゃ。そう言い聞かせて、いつもギリギリで。「伸びてくお前やレーゼの才能に焦って、嫉妬して。お前らが躓けばとすら思うような醜い人間なんだ。だから…」 「それは、誰だって当たり前に思うですよ」 褐色の細い手が、風丸のそれに重ねられた。「やっぱり風丸さんは強いです。だって…自分の弱さを認められたじゃないです か」 宮坂が笑う。その向こうで聖也が笑う。 風丸は笑おうとして−−ひどく困ってしまった。「ありがとう…でも」 参った。 この眼の奥の熱さは、ちょっとマズい。「どうしよう…泣きそうだ」 NEXT |
どうせ駄目と音を上げた時、ゼロになるんだ。