風は止んだ、音は消えた。 見た事の無い光が射して。 今飛び立つ時、世界は君の為にある。 君は生まれ変わって此処にいる。 この背中に、白い翼は 無いとしても。3-15:哀愁と、序曲と。 彼らにも分かっただろう。この“お休み”の意味が。 雷門イレブンには休息が必要だったのだ。身体以上に、心を休める意味で。皆が皆、自分達が思っている以上に疲れきっていたのだから。 宮坂と風丸が二人でジェットコースターに走っていくのを、聖也は微笑ましい気持ちで見送る。まあお節介を焼いたのは事実だ。後でシューティングスターくらい覚悟しとかなきゃなぁ、と思う。「照美ちゃーん…とっくに起きてんだろ?」 呼びかけると、照美はごろんと寝返りを打った。緑色の芝生の上に、さらさらと金色の髪が広がる。「なんだ、やっぱりバレてたの」 そしてばっちりその紅い眼を開く。相変わらず美人だなぁ、その美人を独り占めしてる俺めちゃくちゃ美味しくね?と顔が緩みそうになるのをなんとか堪える。「狸寝入り上手だよな。あー騙された騙された」「嘘つかないでくれる?最初からそのつもりで連れて来たくせに」 そのつもり−−つまり、今の宮坂と風丸の会話をわざと照美に聞かせたという事。さすが天使様である。観察力もおつむの出来も完璧だ。「風丸君ってなんか…昔の私みたいだな」 上半身を起こして、照美が言う。「強くならなきゃ、ならなきゃって。大事な人の役に立たなきゃ、足引っ張るのは嫌だって…そうやって神のアクアに溺れてた頃の、私」 追い詰めてたのは他の誰でもない、自分自身だったのにね、と。彼は寂しげに微笑む。 彼はもう知っている。理解している。痛みの無い教訓に意味などない。人は何かの犠牲なしに、何も得る事は出来ない事を。 間違った犠牲を払い、間違った力を得て、そうでしか生きて来れなかった彼だからこそ重みがある。 そして彼だから手が届くのだ。風丸がまさに足を突っ込みかけた闇に−−覗き込んだ絶望に。「お前にゃ、知っておいて欲しかったのさ。いつか…いつかその時が来てしまっ た時の為に」 風丸はずっと考えていた。どんなに振り払おうとしても、未だ頭の隅でくすぶっていただろう闇。甘い誘い、安易であまりに重い近道。 神のアクアに頼れたら。今ならばその大義名分も立つのではないか−−そんな考え。 それに手を伸ばしかけるたび、死ぬほど後悔して。でも弱った心は全てを振り切るには至れなくて、また自己嫌悪に陥って。 そんな無限ループの中、悩んでいた筈だ。そしてこんな機会でもなければずっと一人で悩み続けた事だろう。 いつか限界という名の、終わりが来るその時まで。「あいつが神のアクアの誘惑に負けそうになった時。お前と宮坂とレーゼにさ…引っ張り上げてやって欲しいんだよ」 それはきっと、彼らにしか出来ないから。 元より聖也は魔女。どんなに人間に近付きたいと願っても最終ラインは越えられない。限りなく理解できるのはあくまで彼らに近しい、同じ痛みの分かる“人 間”だけなのだ。 それはほんの少し寂しい事ではあるのだけれど。「…とりあえず風丸はこれで、一番の危機は脱出出来たと思うんだよな」 「一番の危機?」「あー……お前には話しておくかな、照美ちゃん」 だからちゃん付けやめてよ、とむくれる照美。だが上目遣いで睨まれても可愛らしいだけだという事にまるで気付いてないらしい。 やめてマジやめて、そのうち襲っちゃうから!理性を保とうと悶々としているこっちの身にもなって欲しい。美人って本当に罪だ。「あんま詳しくは語れねーんだけど。ラストエデンのメンバーには予知が得意なヨシュアって奴がいてな。そいつがあんまよろしくない未来を預言してくれたんだわ」「よろしくない未来?」「結論だけ言うと。福岡で風丸がショック受けて落ち込んで鬱って、キャラバン離脱するっつー預言」「……」 あからさまに嫌な顔をする照美。そりゃそうだ。あえて微妙な言い回しを選んだが、けして良い予感などしない内容。 ラストエデンの預言者。死神達を束ねる長−−コンポーザーという役職の少年、ヨシュア。彼の預言は九割方的中する。特に、ホームグラウンドである渋谷にいる時の預言はまず外れない。この預言が出たのは、実はかなり前であったりする。ヨシュアいわく、“奈良 を発った時点でフラグは立っていた”らしい。 『福岡の陽花中ってとこにね、エイリア学園のジェネシスってチームから襲撃予告が入る』 残念ながら正確な時期は読めなかったけど、と。苦い顔をしながら彼は言った。『ジェネシスと雷門は戦う事になるんだけど。…その試合の後、風丸君はキャラ バンを降りてしまう。しかも、仮性ハートレス症候群の末期症状を発症させて…ね』 ジェネシスとの戦いは避けられないが。風丸の離脱は避けないとまずい事になる。それはヨシュアに言われずとも理解できた事だ。 仮性ハートレス症候群の末期。それがどれだけ恐ろしいものかは、自分が一番よく分かっている。「ただ離脱するだけならばまだしも。その時風丸は…真帝国の時の佐久間達みた いな状態になってる、とヨシュアは言った」「佐久間達みたいな状態って…」 「仮性ハートレス症候群発症状態、だな」 聖也は仮性ハートレス症候群という病について、かいつまんで説明する。 それが脳を破壊し、人格乖離や幻覚症状などの精神障害を伴う病であること。発症すると酷い被害妄想と疑心暗鬼に囚われ、攻撃的になり凶暴化すること。洗脳を受けやすくなること。 脳内麻薬の異常分泌により身体能力が飛躍的向上するが。末期にまで至ると死亡するか廃人になるか化け物になるか−−とにかく悲惨な末路しかないこと。 そして神のアクアには、仮性ハートレス症候群を強制発症させる成分が含まれていて。FF時代の照美達は発症状態にあった可能性が極めて高いこと。 真帝国で戦った佐久間と源田もまたその病のせいで鬼道に疑心を抱き、雷門への憎しみに囚われてしまったこと。それら全てをだ。「実際…さっき直に話してハッキリした。風丸は既に発症していた。level4…… 末期のlevel5の一歩手前までな」 明確な治療法はまだ確立されていないが、原因である心的要因や物質を取り除けば回復に向かうケースもある。 照美も佐久間達もそのパターンだった。だからどうにか発狂や死亡は免れられたわけだが。「そん…な…」 やはり、照美にはショックが大きかったようだ。このままでは風丸は離脱のみならず、死亡していたかもしれない。壊れてしまっていたかもしれない。 何より、一度は末期まで至った照美だからこそその苦しみが分かる筈である。疑心暗鬼と幻覚に惑う日々がどれだけ恐ろしいものであるのかも。「…とりあえず、安心しろよ。さっきの相談はちゃんと効果があった。今の風丸 はlevel3まで戻ってる。ここまで落ち着けば当分心配はない筈だ」 これでも自分は魔女の端くれ。言葉の中に“呪”を織り交ぜて、風丸の心的外 傷が癒えるようスペルをかけた。確実に成功するとは言い切れない、一種の賭だったのだが−−どうやらやっただけの価値はあったらしい。「問題は。神のアクアに触ってない風丸が何で仮性ハートレス症候群を発症しちまったかってこと」 佐久間達はまだ分かる。真帝国時代に摂取させられていてもおかしくないからだ。 また発症したのが一之瀬ならば(けして考えたい事ではないにせよ)原因はハッキリしている。彼はアルルネシアに生き返させられた死者である可能性が色濃いからだ。 だが風丸は神のアクアも影山もエイリアからも遠い人間。単なる高ストレス状態だけが理由とは到底思えない。「風丸君とアルルネシアの間に…私達の知らない繋がりがあるかもしれない、と ?」「…ああ」 残念ながら今それを知る手だてはない。さりげなく風丸の様子を観察・監視して、様子を見る他ないのが現状だ。−−とりあえずあとは吹雪…かな。 円堂はうまく意図を理解してくれただろうか。さりげなく照美を抱きしめようとしてひっぱたかれる聖也。「いいいイッタイじゃないのよ照美ちゃん」「セクハラしないでくれる!?いい加減ウザいよ!?」 「ぷぎゃっ!!」 ああフラれた。ってかウザいって地味にダメージがキたぞ。 さりげなくショックが大きくて、聖也は芝生に沈み込んだ。 絶叫系はあまり得意じゃないけれど。一緒にいる友達が凄く楽しみにしている時、それが遊園地の目玉でみんなが乗りたがっている時−−などは、乗ってもいいかなと思う。 風丸にとって今はまさにそんなケースだった。まるで幼い子供のように眼をキラキラさせている宮坂を見ていると、なんだかこっちまで嬉しくなってしまう。 そんな彼はジェットコースターも落ち物系も大好物で。今日ばかりは付き合ってもいい、という気分だった。彼の無駄に長い買い物に目を瞑ってもいい。 宮坂のおかげで、確かに自分は救われたのだから。−−癪だけど…聖也にも後でお礼、言わないとなぁ。 そう思ったのを悟ったわけでもあるまいに。宮坂がこちらを振り返って、ニッコリと笑った。「聖也さんにはお礼しなきゃですね。シューティングスターのオマケ付きで」「彗星シュートもかましていいか?」「ついでに炎の風見鶏もどうぞどうぞ」「うーん豪炎寺がいないのが実に惜しい」「同感です」 悪戯を思いついた姉妹のように、くすくすと笑いあう。結局、うまいこと聖也に踊らされた気がするのである。奴にただ感謝だけするのはなんか気に食わなかった。 多分、自分達はそれでいいのだ。 イジりあってぶつかり合って喧嘩し合って、結局みんな同じ場所に戻って来る。なんだかんだでみんな、仲間とサッカーが大好きという事なのだから。−−迷いが何もかも消えたわけじゃないし。自分の弱さにウンザリする事は…こ れからもあるんだろうけど。 風丸は理解した。 人の上辺だけ見て、比較して、自分を貶める必要はない。それは愛してくれるたくさんの仲間達を傷つける事に他ならないのだと。 実力が足りない。速さが足りない。力不足が不安で不安で、どんなテを使ってでも力が欲しくて。役に立ちたくて。 一度決別した筈の影山に従い、禁忌を犯してしまった佐久間達の気持ちもよく分かる。彼らもまた焦っていたのだろう。そして嘆いていたのだろう。だから一線を踏み越えてしまった。 自分は幸せだ。そうなる前に引き戻してくれる者達が傍にいたのだから。−−みんな…あんなに強くみえても。本当は不安で仕方ないんだ。 ジェットコースターの入口に並ぶと。偶々円堂と吹雪が降りてきたところだった。遠いので向こうはまだ気付いていない模様。−−吹雪もきっと不安なんだ。だから…羨ましがった俺は、間違ってた。 風丸は心に誓う。 これから先どれだけ惑うとしても、足を止め振り返る事があったとしても。 一番大事な事はもう見失わない。誤らない事を。 一歩ずつ前に進んでいけばいい。 それこそがきっと、本当の強さなのだから。NEXT |
僕等は夢見てるか?未来を信じているか?