遥か、遥か、遥か。 届かないからこそ、僕達は。 この身も魂も捧ぐ事を惜しまずに。 たった一つに手を伸ばすのだろう。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 3-18:晴れ、時計。
小鳥遊は今現在、アイス屋の前で真剣に悩んでいた。
−−チョコミント美味しそう…いや、でも、王道のストロベリーも捨てがたい… !
休養日、なんて。本当に良いのだろうか。ジェネシスの試合まで残り僅かな時 間しかないというのに。 最初はそう考え、ナニワランドの前で渋っていた小鳥遊だったが。通りがかっ た店の前、色とりどりのアイスが目に入ったのがいけなかった。罠と分かってい ながらついホイホイされてしまった。 不良っぽいとよく言われる小鳥遊だが(実際喧嘩は負けなしだったが)、根は 結構真面目だと自負している。成績も至って平均的だ。ただ、偶に思考がぶっ飛 んだ方向に行く事も自覚している。 例えばそう、スイーツが絡んだ場合。 特に誰かに話した事もないが、小鳥遊はとんでもない甘党だった。コーヒーど ころかココアにすら砂糖を大量投入する始末。特にアイスクリームには目がない 。 小さなアイスのお店だったが。それはそんな小鳥遊の為に誂えたかのように、 噴水広場に佇んでいた。視界に入ったのが運の尽きだ。否−−それともラッキー なのか、一応。 嫌いな味は特にない。むしろアイスは基本的に全部大好き。そんな小鳥遊が今 日の気分で選んだのがチョコミントとストロベリーだ。 どちらにするべきか。どちらを諦めるべきなのか。 小鳥遊は大真面目に、しかし店員からすれば傍迷惑なほど長時間カウンターの 前で悩んでいた。 悩む。悩めば悩むほど同じ結論ばかりが回る。
−−どっちも食べたいのよね…。
コーンのアイスならば二段重ねというテもあった。が、運悪く現在コーンタイ プは売り切れだという。カップで二つ買う事も無理ではないが、いかんせん値段 が高かった。ハー●ンダッツのミニカップが三つ買えてしまう額である。 所詮はバイトもしてない中学生。財布が重たい筈もない。 「小鳥遊さん、アイス好きなんだ?」 「あ…木野」 ひょい、と横から顔を出してきたのは秋だった。どうやら熱中しすぎていたら しい。全然彼女の気配に気付いていなかった。
「ずっと悩んでるみたいね。何味が食べたいの?」
ずっと。そう言われてついつい赤面する。もしかして長い時間観察されていた のだろうか。まったく恥ずかしいったらない。 大きくて愛らしい秋の眼に見つめられ、居心地が悪くなり視線を逸らす。 「チョコミントとかストロベリーとか…どっちも美味しそうだから…つい…」 「二つとも買えばいいじゃない」 「高いんだよ馬鹿!第一、片方食べてる間にもう片方溶けるじゃないか」 「あ〜なるほど」 もう夏は終わるとはいえ、この暑さだ。大阪の残暑はまだまだ厳しく、行き交 う人々は半袖が目立つ。アイスの溶ける早さもさぞかし早いだろう。 ウンザリしていると、秋がぽん、と手を叩いた。いかにも名案を思いついたと いうように。 「じゃあ、私がストロベリーを買えばいいのよ」 「え?」 彼女はごそごそと財布を出す。
「で、小鳥遊さんはチョコミントを買うの。どう?」
半分こにすればいいじゃない、と。ポカンと口を開ける小鳥遊に笑いかける秋 。その発想は、確かになかったが。
「欲しいもの、必ずどっちか捨てなきゃいけないなんて事ないよ。出来るなら両 方捕まえちゃえばいい。諦めるのは、全部の方法を試してからでも遅くない!っ て円堂君なら言うと思うんだよね」
諦めるのは〜のくだりで彼女は円堂のモノマネをしてみせる。それがあまりに もよく似ていたので、ついつい吹き出してしまった。 提案通りに、彼女がストロベリーを、小鳥遊がチョコミントを買う事になった 。 「ね。一人じゃないと、難しそうに見えた事も、結構簡単になったりするでしょ 」 「確かにね」 くすくすと笑い合う。本当に、とても簡単だった。両方食べれて、かつ値段も 一個分で済む。 そして秋が一番言いたい事は、アイスの話ではない事もよく分かっている。
「サッカーと一緒、だね。あたし達、一人じゃ出来ない事、してるんだ」
それは多分、とても幸せなこと。 少し前には出来なかったことを今、精一杯に噛み締めて日々を過ごしている。
「私、なんとなく分かるよ。今日監督と聖也君がお休みにした訳」
スプーンをくるくる回しながら秋が言う。
「だってずっと…戦いっぱなしだったんだもの。少し休んで、立ち止まって考え る時間は絶対必要だよ。人間、いつまでも走り続けるには限界があるんだから」
私達みんな、電池になればいいのよ、と。笑う彼女は年相応な可愛らしさと、 大人びた強かさの両方を兼ね備えていて。 なんとなく、憧れた。 自分もこんな風になれるだろうか、と。 「走って頑張ったあとは、しっかり充電!今日のアイスと遊園地は自分へのご褒 美って事にすればいいじゃない」 「…ご褒美、かぁ」 「そうそう」 スプーンを口に運ぶ。チョコの甘さとミントの涼やかさが目一杯口の中に広が っていく。幸せな時間。至福の瞬間。今までの頑張りに見合うものを与えられた と、そう考えてもいいのだろうか。 時々お互いのアイスを交換して両方の味を堪能しながら、小鳥遊は思うのであ る。
−−確かに、必要だったのかも。考える時間。
自分のしてきた事とか。これからどうなるのか、どうするべきなのかとか。あ りきたりながら、難解な問題はたくさん目の前に転がっている。 自分がイプシロンと戦ったのは初めてで。もっと言えばエイリアと対峙したの がそもそも最初だったのだが。 目の前で見て、現実を生々しく痛感した。正直あの試合を見るまで、心のどこ かで彼らを悪人扱いしていたのである。実際彼らに破壊された学校は全国でどれ だけの数に上ることか。 それが。彼らの立場の危うさ、状況の深刻さを目の前に叩きつけられた形にな って。改めて再確認したのだ。自分は本当に、世界の命運を背負って戦わなくて はならぬ場所にやって来たのだと。
−−…いや。違う。あたしは自ら望んで雷門に来たんだもの。
義務ではない。少なくとも、雷門に入るまでは。 だから小鳥遊は考える。自分はサッカーを守る為に戦う“権利”を手に入れた 。その何たる名誉にして幸福な事か、と。
−−だから迷わない。悩まない。あたしにはその必要なんかない。
アイスを消費しながら。小鳥遊がそう結論を出した時だ。 「電話…」 「ん?」 「小鳥遊さん、電話しなくていいの?不動君に」 「う…」 唐突な秋の言葉に、面食らう。確かに自分は、ナニワランドに来た初日に不動 に電話をかけているが−−何で彼女がそれを知っているのか。
「あ、音無さんに聴いたの」
訝しむ小鳥遊に気付いてか、答える秋。それで疑問は氷解したが、憮然とした 気持ちになったのは否めない。 そういえば春奈って、元は新聞部だったとか聞いた事があるような。絶対、弱 みだけは握られてなるものかと心に誓う。
「…あたしから連絡するべきじゃないと思うから」
前は−−まあ、いろいろ言い訳の果てこちらから電話したわけだけど。 次からは、彼が自らの意志で連絡を寄越さなければ意味がないと思うのだ。
「あいつから一歩踏み出さなきゃ、何も変わりゃしないから」
自分は待たなくてはいけない。きっと。それが自分の役目。自分と彼に必要な こと。 「電話、来るといいね」 「さぁてね。ま、来なくたって別にいいし」 「でも、来ると思ってるんでしょ?」 秋はにっこり笑う。女の子らしい、可愛らしい笑顔で。
「だから、待ってる。それは信じてるって事だよ」
小鳥遊は否定も肯定もしなかった。ただ黙って、アイスの最後の一口を舐めた 。信じてるのかもしれない。あるいは何かを賭けているのかもしれない。 うまく言葉にして表現出来る自信は無かったけれど。沈黙はそのまま、答えに なる気がした。
「…見てるだけ。待つだけって、辛いよね」
ぽつり、と秋が呟いた。なんだか寂しそうな声で。 「何かしてあげられたら、護ってあげられたらって思うのに。ただ待ってるしか 出来ない、あるいはしちゃいけない。…苦しいことだよね」 「…木野」 それが誰の事を言っているのか。何を指しているのか。朧気ながら小鳥遊にも 分かる気がした。
「あんたも、待ってるんだ?」
頷いた、というより。秋はうなだれた。膝の上で握りしめた手が震えている。
「円堂君は、私達のキャプテンだけど。その前に、普通の、中学生の男の子でい いと思うの」
でもなかなか子供でいようとしないの。みんなの前に立って頑張っちゃうの。 だから心配なの。 秋の声は消え入りそうで、ちくりと小鳥遊の胸を刺す。周知の事実だった。秋 が円堂を好きな事も、円堂がまだ恋愛を理解するにも至らないほど未来ばかり見 つめてしまっている事も。
「どうすれば助けてあげられるのかな。いつか壊れちゃう前に。円堂君もみんな もエイリアの子達も」
模索する。自分にしか出来ない事を、必死になって。 ああ、そうなのか。 強くなりたい人間は、フィールドの外にもいる。
「優しすぎるよ、あんた」
小鳥遊はアイスのカップとスプーンをビニール袋に入れ、軽く放り投げた。白 い塊はベンチ横のゴミ箱に吸い込まれ、すとんと落下した。 まるで誰かの心のように。
「優しすぎる」
自分の事ばかり考えて生きていけたなら。 無力を罪だなんて、思わなかったのに。
戦士の休日は終わっていく。 それぞれの心を乗せて、それぞれの思惑を含んで。
「士郎で守って、アツヤで攻める。ジェネシスからも必ず点を取るんだ」
吹雪は己に宣誓する。
「それが、僕を必要だって言ってくれた…キャプテン達への恩返しなんだ」
「何であんな事、言っちゃったのかな。…間違いを認めたって、結果は同じなの に」
グランは全てを後悔する。
「デザームはもう、帰って来ない。俺には何一つ守れやしない。何、一つ」
「どんな未来が待ってたって、諦めない。それが最大の必殺技なんだから」
立向居は明日を夢想する。
「エイリアに、絶対負けない。負けても、立ち上がるんだ。そうすれば開けない 道なんかない」
「俺はずっと弱くて、醜くて。仲間の強さにすら嫉妬するような酷い奴なんだ」
風丸は静かに決意する。
「だけど。同じだと言ってくれたから。もう一人で悩まない。仲間がいる。一緒 に強くなっていけばいい。だからもう…隠さない」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
ガゼルは嘆いて慟哭する。
「痛いなんて言えない。助けてなんて言えない。赦してなんて言う資格、私達に はないんだから」
イナズマキャラバンが福岡に着くまであと十八時間。 ジェネシスとの戦い−−円堂、立向居、グランの運命が交錯するまであと四日 。 世界は緩やかに、残酷に、しかし美しく歯車を廻し続ける。 それが必然だと謡うように。
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地獄の、主さえも。