踏み外すこの脚、転落する身体。 罪を赦しあう為に出逢ったと信じてた。 だけどホントウを口にするのが怖くて。 心の扉は何時までも閉ざされたまま。 この背中に、白い翼は 無いとしても。3-21:コール、コール。 パソコンを受け取った者は、他にもいる。 ラストエデンが持つ療養の為の施設。レーゼは病室でそれを起動し、インターネットに繋いだ。 病室、と言っても病院にありがちな無機質さや薬臭さはない。森の中の大きなお屋敷、といった方がしっくり来る。意識のないうちに運ばれたゆえ、此処が何処かは分からなかったけど。 この部屋は、昨晩レーゼが寝泊まりした場所ではない。ここの主は今、ベッドの上で横になっている。ぽっかりと、虚ろに両目を開いたまま。「ゼル様…」 名前を呼んでも、少年は動かない。ピクリとも反応しない。ただ息をして、管に繋がれて、天井を見上げるばかり。 体中に巻かれた包帯以上に、その様が痛々しくて−−レーゼは目を逸らした。「…私は…少しだけだけど、思い出したんです」 やっと思い出せた、大事なこと。「私達はいつも一緒にいた。デザーム様を取り合って、些細な事で喧嘩したりして…。不思議な事です。貴方はファースト、私はセカンド。立場を考えれば対等 に話せた筈もないのに…」 不思議に思わない事が不思議だった。それほどまで当たり前だった。 どうしてもランクの差がある以上、隔たりは存在する。イプシロンの中には、ジェミニストームを内心見下していた者もいたと知っている。 なのに。ゼルだけは、レーゼが唯一そんな隔たりを感じない相手だった。ゼルがそんな気安さを許してくれていたのもあるかもしれないし、何よりデザームがレーゼを可愛がってくれていたのが大きいだろう。「私は、貴方が羨ましかった」 二人は気付けば一緒にいた。 些細な事で競いあっていた。 でも自分は−−ゼルにはなれなかった。 彼ほどデザームに近い場所にはいられなかった。 所詮自分は、たかがセカンドランク。ジェミニストームのキャプテンに過ぎなかったのだから。「でもそんな貴方のことが、私は嫌いじゃなかった」 デザームと、ゼルと、自分。 三人でいられたら、いつも幸せだったから。しがらみを越えて、例え幻だったとしても、家族になれたような気がしたから。「ううん…きっと、好きだった。デザーム様はもっと好きだったと思う」 さきほど指示されたままに、レーゼはパソコンを操作する。表示されたのはリアルタイムの動画。映されたのは雷門と陽花戸の練習試合風景だ。 彼らのサッカーこそ、本物と呼べたものだった。ある程度記憶を取り戻せた今だから分かる。雷門のサッカーこそ、自分がかつて追い求めていたものだったと。 ジェミニストーム。 イプシロン。 ダイヤモンドダスト。 プロミネンス。 そしてガイア。 チームの、そしてランクの垣根を越えて。ただありのまま、望むまま、心のままサッカーが出来たなら。そうずっと願っていた。雷門のようなサッカーを、エイリアのみんなとも出来たなら、と。 高い高い理想。悲しいまでの夢だとしても、一度自分の願いに気付いてしまえばもう止められない。否、誰もが気付くべきなのだ。今現在苦しんでいる者達、全てが。 そうでなくして幸せなど掴める筈もない。「ゼル様。貴方が…どれだけ悲惨な地獄を見たのか、私には分からない。でも… 」 どうか思い出して欲しい。彼が本当に願ったであろうサッカーの有り方を。 どうか忘れないで欲しい。彼は愛されて愛されてそこにいること。だからこそ幸せになる権利と義務があることを。「もう少し、休んだら。どうか私と一緒に…立ち上がって下さいね」 映像の中、動き続ける試合。スコアは1−0で雷門のリードだが、今攻めているのは陽花戸の方だ。 右サイドから祭田が上がっていく。雷門からは土門が守備に回るが、祭田はそれを必殺技でかわしてみせた。具現化されたオオウチワに吹っ飛ばされる土門。なかなかいい技を使う。 そのまま祭田はもう一人の関門である塔子をギリギリまで引きつけた上で、仲間にパスを出した。パスを完全にフリーで受け取った松林はシュート体制に入る。『メテオアタック!』 大地を蹴り、天高く舞い上がる小柄な体。まるで隕石のごとく、墜落するシュートが雷門ゴールを襲う。 だが円堂は、そう簡単にゴールを割られるようなキーパーではない。体を捻って気を溜め込み、一気に振り抜く。召喚された巨大な魔神の掌が、がっしりとシュートを止めていた。 マジン・ザ・ハンド。見るたびに、磨きがかかっている。かつてレーゼがジェミニストームを率いて襲来した時は、発動すらできずに破られたのに。『さあ、カウンターだ!フォア!!』 『よっしゃ!!』 円堂のかけ声に答えて、皆がフィールドを駆け上がっていく。誰もが目をきらきらと輝かせていた。誰もがサッカーを楽しんでいた。 サッカーを兵器や凶器だなんて考える人間は、そこには一人もいなかった。「…私達は、立ち上がらなきゃいけない。一番大切なことを思い出さなきゃいけ ない」 自分は全ての惨劇を目の当たりにしていない。デザームが倒れた時も、マキュアが泣いて雷門に縋った時も、ゼル達が地獄を見た時もその場所にはいなかった。 それでも、思う。 自分は紛れもなく生かされた。デザームに助けられたのはゼルばかりではない。 そしてまだ、思い出し切れていない大切な真実は残っている。自分にも、ゼルにも。「自分の価値を見誤っちゃいけないんです。私達は…愛されていたのだから」 レーゼが握りしめた手の中で。デザームに貰った−−ゼルと揃いのペンダントが、光っていた。 やっぱり円堂と雷門イレブンは凄い、と立向居は思う。テレビ中継を見るのと実際に試合をするのとでは訳が違う。 身近に感じるテクニック、パワー、スピード。必殺技の迫力、メンバーの統率力、士気の高さ。荒削りとはいえ、どれをとっても一級品と呼んで差し支えない。 そして。その全ての中心に、円堂がいる。 キャプテンとして、メンバーの歯車の支柱として、皆の精神的支えとして。「まぼろしドリブル!」 栗松の必殺技が炸裂した。黒田と祭田が抜き去られ、一気にピンチに陥る陽花戸イレブン。「させない!」 素早く戸田が詰めて、スライディングをかます。が、直前にボールは木暮に渡っていた。その木暮を抑えようと志賀がクイックドロウの体制に入るが−−。「竜巻旋風!」「わっ!!」 木暮の巻き起こした竜巻に絡めとられ、宙に舞上げられてしまう。非常にまずい展開と言える。もはやゴールまで僅かな距離しかない。 だが、自陣のピンチにも関わらず、立向居の心は高揚していた。こんな凄いチームと戦える。戦えている。彼らを相手に自分の力を試し、高みに昇っていける。 だから、サッカーは楽しいのだ。「行くよ!」 木暮からラストパスを受けたのは一之瀬。見落としていたが、いつの間にか両サイドから円堂と土門が上がってきている。また守備の穴を埋めるべく、照美や吹雪、風丸といった面々は大きく後退しているではないか。 来る。厄介な必殺技が。立向居は身構えた。助走をつけて、一之瀬と円堂と土門がこちらに向かってくる。「ザ・フェニックス!」 鳴き声を上げて、焔の鳥が宙に羽ばたいた。天高く舞い上がる三人の体に、空の青さが映える。だが眩しさに目を閉じる暇などない。 体重を乗せてボールに叩きつけた三人の足。ボールを飲み込み、ゴールに向かって来る不死鳥。 挑戦だ、と立向居は思った。止めてやる。雷門の中でも屈指のこの技を、自分の力で打ち破ってみたい。「ゴッドハンド…改!」 パワーを集め、青い巨大な神の手が出現する。体の中央で大きく構えた瞬間、衝撃が来た。不死鳥の嘴が、ゴッドハンドを打ち破らんと食い込んでくる。ぐいぐいとゴール側に押し出される立向居の体。−−やっぱり、円堂さんは凄い。 右手のみならず、左手も加勢させて全身全霊の力を込める。だが、フェニックスの勢いは止まってくれない。じりじりと、ゆっくりと、立向居の体ごとゴールラインを割っていく。−−もっと力が欲しい。強くなりたい。みんなに…安心して背中を任せて貰える くらい…! それは、確信。 ゴッドハンドだけでは足りない。まだまだ満足してなどいられない。押されているにも関わらず、立向居の顔に浮かんだのは笑み。 それは、喜びだった。自分にまだまだ、進化する余地があることへの。−−完璧じゃないからこそ、伸びていける。 ばぁんっ、と破裂するような音とともに、弾け飛ぶゴッドハンド。不死鳥はゴールに吸い込まれ、ボールはネットに突き刺さっていた。 完敗だ。立向居の完全な負け。−−決めた。もっと強くなるんだ。絶対! どこか清々しい気持ちで。立向居は天を仰いだのだった。 終わってみれば、試合は3−0。あの後照美のゴッドノウズが決まり、雷門はさらに点差を引き離した。逆に陽花戸も、何度かシュートチャンスはあったものの得点には至らず。 鉄壁の守護神たる円堂からは、誰もゴールは奪えなかったのだった。「円堂さんは凄いなぁ」「立向居お前、さっきからそればっかだな」 まあ気持ちは分かるけどな、と志賀が笑う。「立向居だって充分凄いって!俺がゴッドハンド使えるようになったのなんてつい最近だぜ?一年で出来るようになったってだけでまず凄い!」「そ、そんな…恐れ多いです」 ついつい真っ赤になって照れていると、突然後ろから誰かに抱きつかれた。「子犬的立向居…おま、可愛いすぎだし!息子に欲しいっ!!」 聖也だった。何がどうなったかわけが分からないまま、気付けば立向居は聖也に抱っこされている。しかもお姫様抱っこだ。 何なんだこのヒト。何がしたいんだこのヒト。「よっしゃ、お持ち帰りぃっ!!」 目を白黒させている間に、事は急展開している。突然聖也がすっころんで、立向居はその腕から解放された。見れば聖也は凍り付けにされて固まっている。「はい、お約束。聖也さん、いい加減自重しようね?」 向こうで吹雪がにっこり。どうやら暴走した聖也に、アイスグランドをぶちかましたらしい。それも、容赦なく。「雷門って…コント集団だったんだ?」 「い、イメージ総崩れ…」 「ち、違うから違うから!変なのは聖也だけだから!!」 呆然と立ち竦む筑紫に長浜。慌てて否定する土門。が、うぉーお持ち帰りするんだー!!とジタバタする聖也の手前、説得力はあまりに薄い。 「楽しいだろ雷門て。変だけどさ」 塔子が苦笑しながら話しかけてきた。「だから、強いんだぜ。あたし達」「…そうですね」 立向居は心の底から同意していた。そして思ったのだ。 今の自分ならまだ無理かもしれない。断られるかもしれない。だけど、願うだけならば自由な筈だ。 共にサッカーが、したい。彼らと同じチームでも、一緒にサッカーができたなら、と。NEXT |
愛しい人よ、聴こえていますか。