偽物の景色も、描き続けたなら。 いつかは本物にもなれると夢を見てた。 消えた幻、貴方は私に見つめて 涙はまだ、何処にも逝けなくて。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 3-25:お別れの日に、歌う詩。
キャラバンの上で、吹雪と風丸が話す声。会話の全ては聞き取れなかったが、 ある程度ならば把握できた。福岡の町はそれだけ静かで、穏やかに時間が流れて いる。真夜中であるせいだけではあるまい。 円堂はそっと聞き耳を立てて、寝返りを打った。短い期間に二度も悪夢に魘さ れていた風丸。ずっと今の状況に悩んでいた風丸。もう大丈夫、と言った言葉に 嘘がないことは眼を見れば分かる。 それでも、思考が巡るのは仕方ない。
−−俺…キャプテンとして本当に、あいつらの役に立ててるのかな。
キャプテンとして。仲間として。彼らがこんなにも追い詰められるより先に、 出来たことがあったのではないか。おこがましいながらそんなことを思ってしま う。 風丸の事は特に。幼なじみで、いつも小さな頃から遊んできた相手で。仲間達 の中では自分が一番近い場所にいると思っていたのに。 とんだ自惚れだ。自分は風丸の悩みの本質を何一つ理解していなかった。彼が 何で神のアクアなんてものを喩えに出したかも気付かずただ叱っただけだった。 そして最終的に。彼を引っ張り上げることができたのは自分じゃない。宮坂と 聖也の二人。彼らがいなければ、きっと風丸はあんな風に笑えなかっただろう。 無力な自分が悔しい。そして一瞬でも宮坂達に嫉妬した自分が卑しい。恨むべ きはあまりにも人の心に疎く、キャプテンでありながら皆の痛みを背負いきれな い自分自身だというのに。
−−それとも。…こんな風に考える事自体が間違ってたりするのかな。
『円堂君は無力なんかじゃない。たくさんたくさん、私達の為に頑張ってくれてる。 これからも出来る事はたくさんあると思うけど…その為に円堂が頑張りすぎちゃ ったら、見てる側が辛くなっちゃうからさ』
『改めて言うぞ。お前も一人で背負いこむな。…仲間を信じてると言うのなら』
一人で背負うべきじゃない。頑張りすぎればかえってみんなに心配をかけてし まう。それは分かっているし今まで何度も諭されてきたことだ。 だけど。一人で背負うべき事もあるのではないかと、そうも思ってしまう。キ ャプテンなら尚更だ。一番に皆の先陣を切って飛び出し、皆の痛みを引き受ける べきだというのに。
「秋……鬼道。俺、どうすればいいんだ…?」
小さく吐いた弱音が、夜に溶けた時。円堂の携帯が震えた。メール着信−−マ ナーモードにしておいて本当に良かったと思う。 こんな夜中に一体誰だろう。そう思って画面を開き、円堂は目を見開いた。
TO:円堂守 FROM:基山ヒロト −−−−−−−−−−−−−−−−−− こんな時間にメールしてごめんね。起きてる? −−−−−−−−−−−−−−−−−−
ヒロトからだった。彼からメールが来るのは久しぶりである。慌てて返信ボタ ンを押す円堂。
TO:基山ヒロト FROM:円堂守 −−−−−−−−−−−−−−−−−− 起きてるよ〜!何かあったの?ってか体は大丈夫なのか?(・_・;) −−−−−−−−−−−−−−−−−−
体調が悪くて寝込んでるせいで、携帯を持ち込めなくなっていると聞いていた。 メールが解禁されたということは、少しは元気になったと思ってもいいのだろう か。 返事はすぐに来た。携帯を開いて待機してたのではと思うほどの早さだ。
TO:円堂守 FROM:基山ヒロト −−−−−−−−−−−−−−−−−− 大丈夫。まだ全快じゃないけど、かなり良くなったから。 今時間いい?話したいことがあるんだ。陽花戸中の正門前まで来てるんだけど。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
はっとして、キャラバンの窓から外を見る。さすがに公道に路上駐車しておく わけにもいかないので、キャラバンは陽花戸中の職員用駐車場に停めさせて貰っ ていた。 この場所から正門は距離こそさほどないものの、遮蔽物が多くてよく見えない。 ましてやこの時間、街灯も少ない田舎は真っ暗だ。窺ってはみたものの期待でき る効果は得られなかった。
TO:基山ヒロト FROM:円堂守 −−−−−−−−−−−−−−−−−− ちょっと待って!!今行くっ!!( ̄口 ̄) −−−−−−−−−−−−−−−−−−
それだけ返信してすぐ、キャラバンを飛び出した。上で話している風丸と吹雪 が驚いて振り返ったのが分かったが、弁明する時間も惜しい。 ヒロトには訊きたい事がたくさんある。訊かなければならない事も、たくさん。
「ヒロト!」
少し走れば、木陰にあってもあの赤い髪は目立つ。名前を呼ぶと振り返り、少 年は小さく手を振って来た。 「いきなりごめんね、守。起こしちゃったかな」 「へーき。なんか眼がさえちゃって起きてたからさ。それに寝てる時は電源切る 事にしてる」 「省エネだねぇ」 「じゃなきゃ充電すぐ切れる。俺の携帯小学生の時から使ってるからなぁ」 「それは凄いな」 くすくすと笑うヒロト。その姿に、なんだか違和感を覚えて首を傾げる円堂。 なんだろう。明るい笑顔なのに、凄く陰を感じるのは。それに−−今手首から ちらりと覗いたのは、包帯ではないだろうか。気のせいか顔色もあまり良くない 気がする。
「…ヒロト」
彼の笑顔を曇らせたくはなかったけれど。円堂は意を決して、話を切り出した。
「立向居が会ったのって…お前だろ」
ぴくり、と僅かにヒロトの肩が反応する。だが、変化らしき変化はそれだけだ った。
「うん。そうだよ」
ヒロトはあっさりと肯定する。爽やかに笑ったまま。それが逆に、円堂の胸の 奥をざわつかせた。 何故彼の笑顔がこんなにも作りものめいて見えるのだろう。前に会った時と同 じように見えるのに、何かが違うと本能が告げる。
「ヒロト。…お前、助けて欲しいんじゃないのか」
はぐらかされてはいけない。 誤魔化されてはならない。
「助けて欲しいのに、助けてって言えない。…それはどうしてなんだ?」
見失ってしまう。この手から零れ落ちかけている、真実を。 「ん…そんな話、したかな俺」 「したんだよ。立向居の眼は嘘なんかついてなかった」 「そうかもね。でも本当のことがそのまま真実とは限らないでしょ?」 「どういう意味だよ」 「さあ。…どういう意味なんだろうね」 なんだろう、この噛み合わない会話は。円堂は目眩さえ覚える。ヒロトが流そ うとして、でもわざと隠し事を匂わせているのは分かるのに。 暖簾に腕押し。柳に風。こちらの体当たりを、悉くかわされてしまっているよ うな。
「…信じてくれなくてもいいけどね」
不意にヒロトは真顔になって言う。
「俺には超能力があるんだ。人には分からない事が分かったり、人を操ったり出 来るんだよねぇ」
信じなくてもいいけどね、ともう一度繰り返す。 「だから…分かるんだ。救世主になれるかもしれないって人。立向居君は素質が あるもの。きっとその、一人になれる。エイリアからみんなを救える勇者に」 「救世主…」 かのキリストの代名詞であり、慈愛を持って他者を救えるもの。メシア。
「ヒロトは、救世主を待ってるのか?」
ヒロトは何も言わなかった。ただ笑っただけだった。でも。 その眼が言っている気がした。真実の何もかもを他人の言葉から期待するな かれ。答えは自分の手で見つけて欲しい−−と。 言いたいけど、言えない何かを。ヒロトはただ信じて待つしかない場所にいる のだろうか。
『もう一回。もう一回。今度こそ終わらせる。…そう願うのに、終わらない。 辛いなんて言えない。タスケテなんて言えない。だって俺達は…』
「何を、終わらせたいんだ?」
それでも。言葉にしなければ伝わらない事もある。 自分達は人間以上でもそれ以下でもないのだから。
「何を、終わらせて欲しいんだ?」
ヒロトは星を見て、ふぅっと一つ息を吐いた。そしてどこか青白い瞼を閉じる。 想いを封じ込めるかのように。
「かなしいことを」
静かな声。淡々とした声。
「すべての、かなしいことを。すべての、わるいゆめを」
それだけに、胸の痛くなる、声。
「終わらせなきゃいけないんだ。でも…俺達にはもう無理だから」
再び瞼を開いたヒロトの眼には。あまりにも深い後悔と、諦めの色があった。 炎のような激情ではない。円堂が初めて遭遇する色だった。 「君達に、終わりにして欲しいなって。…それはもう少し先かもしれないけど。 それまで俺も頑張ってみせるから」 「…ヒロト……」 「だからね、守」 眼と眼が合う。間にピンと糸を張られるような緊張感の中、ヒロトは言葉を紡 いでいた。
「今日は君に、お別れを言いに来たんだ」
え…、と。反射的に漏れた一文字は、あまりにも間抜けた音を漏らした。 混乱する頭の中、円堂は考える。お別れ?何故?どういう意味で? 「もう会えない。もうメールも出せないし返せない」 「何、で…」 「君もいずれ思い知るからさ」 現実なんて限りなく残酷なんだから、と。呟くヒロトの声にも力はない。
「会うとしたらその時、俺は俺であって俺じゃないだろうから」
いつにも増して詩人な物言いだ。何一つ具体的でないのに、その中に含みを持 たせるのは、円堂に期待するものがあるからだろうか。 くるり、とヒロトは背を向ける。行ってしまう。そう感じて、円堂は反射的に その手を掴んでいた。
「待てよヒロト!」
振り向いたヒロトの眼がほんの少し驚きに見開かれる。その眼を真っ直ぐ見つ めて、円堂は言った。
「これだけは言っとくぞ。…俺はもう、誰の手も離さない。勿論、ヒロトの手もだ!」
大事なものを、もう失いたくないから。
「離して、後悔するのはたくさんだ。お前が今どんな場所にいるのだとしても、 俺が必ず引っ張り上げるから」
だから諦めないで。 幸せを、未来を、希望を。
「友達だろ」
一瞬。ヒロトの顔が泣き出しそうに歪んで−−そして、笑った。さっきよりは 自然だけど、諦めの抜けきれない、どこか悲しげな笑みだった。
「…ありがとう」
そして、そっと引かれる手。円堂の指が離れる。手の中から、骨ばった細い腕 の感触が抜け落ちていく。
「その言葉だけで、充分だよ。……じゃあね」
ヒロトは小さく手を振って、歩き去って行った。今度は円堂も呼び止めなかった。 言うべきことは言えた筈。そう信じる他無かったから。
「円堂」
不意にキャラバンの上から声がかかる。見上げれば心配そうな顔の風丸の姿が。
「ヒロト…だよな、今の。どうかしたのか?」
そういえば風丸はヒロトと面識があったっけ、と思い出す。
「…ん」
どうした、と聞かれて。どうしたとも答えられない自分がもどかしくて−−円 堂はただ苦笑いするしかない。 そしてこう答える。
「別れ話…ってやつ?」
真実はまだ底知れず、明日は未だに掴めない。 円堂が答えを知り壁にぶつかるのは−−ジェネシスとの戦いが始まってからに なる。
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嘘吐き、遊戯。