朝も昼も夜も見当たらないのにね。 眠れない夜は何故だか続くの。 夢の中、君は自由の羽根を広げて飛んでいく。 あまりにも綺麗で、僕はまた逃げたくなるの。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 3-28:救援、要請。
この感情を、なんと呼べばいいのだろう。立向居は膝の上で、強く拳を握りしめ ていた。フィールドにいない自分がもどかしくて仕方なかった。 ジェネシスの圧倒的な力に、恐怖を抱かなかったと言えば嘘になる。 だがそれ以上に、少年の心を強く支配したものがあった。そう−−あまりにも大 きな、やりきれない哀しみだ。
「スローだね」
クスクスと笑いながら、春奈からボールを奪っていくコーマ。脚を思い切り蹴り とばされた彼女は苦悶してうずくまる。 コーマのパスを受けたのはクィール。競り合おうとした宮坂は力任せに吹き飛ば される。リカや栗松に至っては追いつく事も叶わない。
「トロいな」
くすくす。 クスクス。 嘲笑の声は黒き魔法のごとく、雷門イレブンの心をも縛り上げていく。ボロボロ になっていく身体にトドメを刺すがごとく、彼らに突き刺さる呪い。呪い。呪い。 クィールがウィーズにパスを出す。そのウィーズがシュートを放った−−ゴール とは明後日の方向に。それは得点を奪う為の一撃では無かった。 「わぁっ!」 「くっ!」 ボールは塔子の腹に当たり、吹っ飛んだ彼女は一之瀬に激突。二人はまとめて地 面を転がった。衝撃が大きいのか、すぐには立ち上がれない様子だ。 こぼれ球をなんとか吹雪が拾うも、ウルビダにタックルをくらってしまう。力ず くでボールを奪取した青き女戦士は、今度こそゴールに向けてシュートを放った。
「今度、こそ…!」
もう何度ボールをぶつけられたか知れない。さすがに疲労の色を濃くしながらも 円堂は立ち上がる。そしてマジン・ザ・ハンドの構えを取るが。
「!!」
悲鳴はかき消された。召喚された筈の魔神は弾け飛び、ボールは円堂の身体ごと ゴールネットに突き刺さる。 これで十八失点。 あの円堂が手も足も出ないなんて。それは無論、立向居にとっても脅威でしかな い。しかし本当に悲しいと思ったのは−−雷門イレブンとジェネシスの間にある、 あまりにも大きな力の差が理由ではなかった。 彼らのサッカーそのものが、悲しくて仕方なかったのだ。
−−俺はまだ…サッカーを始めてそんなに経ってない。でも。
円堂が、陽花戸の仲間達が教えてくれたことがある。それは立向居にとって確か な真実であり、揺るがない信念となった。
−−サッカーは楽しいもの、そうでしょう?
攻防に必死になっている雷門側はともかく。圧倒的力の差を見せつけているジェ ネシスですら、誰一人サッカーを楽しんでいない。否、楽しめていない。 どんだけ見下す真似をしても。弱者を嘲り笑ってみせても。それは彼らの悪役と してのポーズであり、本気で愉悦しているわけではないと立向居は見抜いていた。 雷門を潰し、壊し、傷つけ、挫く為のサッカー。破壊の為のサッカーを愉しむフ リをしているだけだ。そう見せる事がまた雷門イレブンの精神的ダメージになると 知っているから。 彼らにあるのはただ一つ。
『分かってる。最初から全部知っている。俺達が宇宙人じゃないって事も、俺達が やってる破壊の意味も』
愛するひとの、ため。 そのひとが望む未来を実現する、ため。 その為ならばサッカーでなくても良かった。どんな卑劣な手段でも構わなかっ た。 かの人が願うならばどんな事でもしよう、と。
『それでも、戦う。否、それだからこそ。全てはエイリア皇帝陛下……俺達の父さ んの為に!』
−−でも。…でも!だったら何で俺に、あんなこと…。
ただ壊す為のサッカーをするなら。それが彼らにとっても本心だと言うならば。 それは既に立向居にとっては干渉の範囲外だったし、悲しい事ながらも引き下がる 他無かっただろう。 それが今納得出来ずにいるのは。
「…どうして、ですか!」
気がついた時、立向居は立ち上がっていた。 立ち上がって、叫んでいた。
「こんなサッカーが貴方の望みなんですか…グランさん!!」
フィールドにいるグランが振り返る。その顔は涼やかに微笑んでいたが、立向居 は騙されなかった。 それは彼の本当の顔じゃない。 本当の彼は何処にある? 何故それを見せる事が−−赦されない?
「貴方は!貴方は助けて欲しかったんじゃないんですかっ…他ならぬ円堂さん に!!」
助けて欲しくて。 救われたくて。 でも、言えなくて。
「あの時も言いましたけど…もう一度言います!助けを求めちゃいけない理由な んてない。そんな資格無いなんて諦める必要ない!そうやって諦めて…円堂さんが 喜ぶとでも思ってるんですか!?」
『もう一回。もう一回。今度こそ終わらせる。…そう願うのに、終わらない。辛い なんて言えない。タスケテなんて言えない。だって俺達は…』
「貴方も本当は分かってるんでしょう?願ってるんでしょう?」
『間違わないでね。君も守も、ちゃんと正しいんだから。何があっても自分を見失 っちゃいけない』
「本当は…誰かを傷つける為のサッカーじゃない、楽しいサッカーがやりたいっ て!自分は間違ってるって!!」
『エイリア学園のしている事は間違ってる。サッカーは…誰かを傷つける為にする ものじゃない。誰かと笑う為にするものなんだから』
「貴方の仕える“お父様”だって!貴方が不幸になるのを喜ぶような、そんな人な んですか!?」
その言葉に。 一瞬。ほんの一瞬−−グランの眼に違う色が宿った気がした。笑顔の仮面が剥が れて、驚愕の表情が覗いた気がした。
「…黙っててくれるかな」
それはほんの束の間の事だったけれど。
「何も知らない君が、父さんを語る事は赦さない。勝手な決めつけに俺を巻き込ま ないでくれるかな」
僅かな怒りを滲ませて。無表情に、静かに、グランは言った。 迷惑なんだ、と。
「耳障りなだけだよ。力の無い者の言葉なんてさ。所詮強さがなければ何もできや しない。勝った方が正義なんだから…結局」
そのまま背を向け、彼はもう立向居を振り返ろうとはしなかった。でも立向居は、 さっきまでの彼とは違う事に気付いていた。 揺らされている。自分の言葉に−−ほんの少しの揺らぎだとしても。それはきっ と意味がある筈だ。
−−俺にもっと強さがあれば…。
遠ざかる、細い背中を見つめる。
−−貴方に、貴方達に届くかもしれない。そう思っても、いいでしょうか。
前半終了の笛が鳴る。 スコアは既に、19−0。
吹雪は焦っていた。思ったようなプレーが出来ない自分自身に。力がまるで及ば ない、今の現状に。
−−このままじゃ…!
今の吹雪は、円堂の心中を察する事もエイリアの事情を察する余裕も無くなって いた。不甲斐ない。ついでに身勝手だ。自分の事だけで精一杯なんて、本当に酷い。 そうは思うのに。
−−必殺技を、出す暇すら与えて貰えないなんて。
アイスグランドで何度もボールを奪おうとしたが、全て失敗に終わった。ボール を視界に入れた次の瞬間には、ジェネシスの誰かの手に渡っているのである。 なんてスピードだろう。自分も速さには自信があったのに、これでは。
−−これじゃ…役立たずだ。
何回失敗しても皆は諦めていない。前線にボールを繋ごうと必死になってくれて いる。なのに、肝心の自分が折れてしまっては元も子もない。 今、雷門に豪炎寺はいない。染岡も、いなくなってしまった。緑川は病院送りで、 照美の調子も思わしくない。となれば自分が、自分が点を取るしかないのに。
−−決めたのに。攻撃も守備も完璧にこなすって…!
仲間の為に。自分を必要だと言ってくれた円堂の為に。 強くなると、そう決めたのに。 「…吹雪」 「!!」 はっとして顔を上げる。風丸が眉を寄せてそこに立っていた。
「…確かに、ジェネシスの力はスゴいけど。お前も今日は絶不調だろ」
ぎくり、と肩を震わせる吹雪。力及ばない。今まで築き上げてきた全てが通用し ない。その現実そのものに絶望して、無理に力が入りすぎていた事は否定出来ない。
『ほら、やっぱりバレバレじゃねーか』
頭の中に響くアツヤの声。そこに含まれるのは嘲りか、呆れか、それとも憐憫の 情か。
『士郎は分かりやすすぎなんだよ。お前がいつも通りのプレーをやれてりゃ、ここ まで惨めな思いしないで済んだのによ』
うるさいよ、と呟く。いや、呟いたつもりは無かったが、声に出ていたようだ。 ますます訝しげな表情になる風丸に、慌てて、違うよ!と否定する。 「アツヤが、煩いんだ」 「アツヤが?」 「うん」 風丸はもう、吹雪の心に潜むもう一人の存在を知っている。だから気兼ねする事 なく口に出来た。
「僕が…普段通りのプレーをしないから、こんなザマになってるんだって。…お前 のせいだって」
いや。そこまでの事をハッキリ言われたわけではないけれど。 でも分かる。分かっている。 アツヤは自分を疎んじていると。自分より劣る兄を蔑んでいると。吹雪士郎さえ いなければ自分がホンモノになれるのに−−と。きっとそうだ、そうに決まってる。
「…俺には、お前の本当の悩みは分からないけど」
風丸は少し。苦笑いをするような、そんな表情で首を傾げた。 「アツヤは、お前を守る為にいるんじゃないのか?」 「…え?」 「アツヤはお前であってお前じゃない存在かもしれないけど…でも、お前の為にい る筈だぜ?」 アツヤは、自分の為に居る。そう聞いて、一時停止する吹雪の思考。 何故アツヤが自分の中に生まれたのかなんて、考えた事が無かった。いつの間に か彼は当たり前のようにそこにいて、自分に必要な存在になっていたから。 自分が必要としたからアツヤがいる。そうならば。そうだとしたなら。アツヤが 自分を傷つけるような事など言わない筈なのに−−。
「誰だって不調な時はあるだろ。それが偶々吹雪にとって今だっただけだ。…普段 通りの力があればきっと大丈夫だって、アツヤは言いたいんじゃないのか?」
本当に? 本当に、そうなのか? でもだったらどうしてこんなにも苦しいのだろう。
「分からない、よ…」
ワカラナイ。
「分からないよ、風丸君…」
何が真実で事実なのかも。頑張っても頑張ってもどうにもならない現実を前に、 これ以上どう頑張ればいいのかも。
「…うん。俺にも本当の事は分からない。でもな」
俺は知ったんだ、と風丸は言う。
「悩んだって惨めに嫉妬したっていい。どんな事だって意味は絶対あるし」
フィールドを向く風丸の背中は、細く華奢だ。でもその背中が今は広く大きく感 じる。 護り、戦う事を決めた者の背中は。
「お前が不調の時…カバーして、支える為に仲間がいるんだ」
風丸くん、と吹雪は小さく名を呼んだ。みっともなく掠れた声だったが、風丸に は届いていたようだ。
「大丈夫。心配するな」
振り向いた風丸が微笑む。その向こうに皆の姿が見えた。
「お前は独りなんかじゃない」
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気付いて振り返る貴方に、嘘吐きな僕。