こんなに魂は穢れてしまって。 笑顔も醜く歪になって。 貴方に見せられる私じゃなくなったの。 お願いもう、これ以上触れないで。 この背中に、白い翼は 無いとしても。 3-29:彼岸花、心揺れて。 後半が始まる。ジェネシスが雷門を痛めつけ、力の差を見せつけるだけの一方的 な試合。風丸の言葉を聞いて尚、吹雪の気持ちは晴れなかった。正直もう、いっぱいいっ ぱいだ。精神的に限界が近いと自分でも分かる。何をすればいいのか、何が出来る かも分からないのにピッチに立ち続けなければならないのは恐怖でしかない。 仲間を疑うわけじゃない。そんなつもり微塵もない。むしろ、みんなが大好きだからこそ、役立たずな己が憎らしくて仕方ない。気持 ちが簡単に折れてしまう己の弱さが恨めしくて仕方ない。−−もう、十九点も取られちゃって。みんなの体力も限界な筈なのに。ゆるゆると顔を上げる。吹雪の視線の先、絶望を前にして尚真っ直ぐ前を見る仲 間達の姿が眼に映った。−−どうして、諦めないの?どうして諦めずにいられるの?風丸を振り向く。彼は真剣な眼差しで、眼前の敵を捉えていた。その瞳に濁りは ない。敗北への恐怖もなければ、力及ばぬ事への絶望もない。 少なくとも、吹雪にはそう見えた。−−教えてよ、風丸君。「僕はどうしたら…君みたいに強くなれるの…?」後半開始のホイッスルが鳴った。雷門のキックオフで試合再開だ。リカが蹴った ボールは吹雪へ。「ブチかましたれや、吹雪!」「う…うん」曖昧な返事しか出来なかったけれど。吹雪はボールを保持して、一気に前線を駆 け上がり始めた。一点。何が何でも一点を取らなければ。流れを引き寄せなければ。 それが出来なければ本当に自分は−−雷門にとって役立たずになってしまう。−−イヤだ、イヤだ、イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ イヤだイヤだイヤだ!! 役立たずは。 必要とされないのは。「もう、嫌だぁぁっ!!」 答えを求めるように、激情をぶつけるかのように。半ば強引なドリブルで駆け抜 けていく。ゴールを、その名の通り“終わり”に見立てて。 まるで何かから、逃げ出すように。追われるかのように。「…貧弱すぎる」ぞくり、と。耳元で囁かれた声に背筋が泡立った。ほんの一瞬の隙。ボールはい つの間にかグランの手に渡ってしまっている。風が流れるかのごとく、無駄のない、 凄まじく速いスピードで。ボールを保持したグランが、愕然とする吹雪を振り向く。まるで氷のように冷た い眼。心臓が凍る。背中を射抜かれる。それは本能的な、恐怖。『士郎!お前、何やってんだよ!!』 頭の中でアツヤが叫ぶ。堪忍袋の尾が切れたと言わんばかりに。『いつもみたく、早く俺に代われ!お前じゃ無理だ、勝てるのは…』「嫌だっ!!」 『……ッ!?』 アツヤが息を呑む気配。吹雪は怒鳴っていた。言葉が口から出ている事すら気付 かないまま。「僕が…僕がやんなきゃ意味ないんだ!僕自身の手で証明できなきゃ…ヤクタタ ズじゃないって、完璧になれるって!だからっ…!!」 何故こんなにも余裕を無くしているのか、意地を張っているのか、それはもはや 自分でも分からない事だった。 アツヤも吹雪士郎の力だと仲間は言ってくれた。認めてくれた。でも。 アツヤの心は、自分の心じゃない。「僕一人の手で、やるしかないんだっ…!!」 誰にも邪魔されたくない。 アツヤでさえも。「はぁっ!!」 グランがウィーズにパスしたボールを、吹雪はどうにか空中で奪い取っていた。 まだまだゴールから距離は遠いけれど。でももう、決めるチャンスはきっと来ない。「はああああっ!」 自分にだってできる。 アツヤの力など借りなくたって。「エターナルブリザードぉぉぉっ!!」 吹き荒れる雪嵐。永遠を紡ぐ絶対零度。氷塊と化したボールを、力任せに敵ゴー ルへと叩きつけた。それは吹雪の存在理由を、存在価値を賭けた一撃。 しかし。「…フン」 パスリ。 あまりにも軽い、その音。「くだらんな」ジェネシスのキーパー、ネロ。守護神としてはあまりにも小柄な少年は、しかし あっかりと吹雪のシュートをキャッチしてみせた。 必殺技も使わず、素手で。 呆れ果て、嘲りすらも浮かばぬ見下した眼で吹雪を見て。「なっ…!!」 絶句。 それ以外になんと表現できるだろう。「なんと吹雪のエターナルブリザードが簡単に止められてしまったぁぁ!!」 吹雪の絶望に追い討ちをかけるのは、角馬の実況。止められてしまった。簡単に。 全てを賭けたシュートだったのに−−。「そん、な…」 がくり、と膝から力が抜ける。そんな。どうして。そんな。ぐるぐると回るばかりの言葉がより一層自我を追い 詰める。弱気になってはいけない。ネガティブに考え始めてはまたドツボにハマるだけ だ、しっかりしろ−−そのような言葉をアツヤが叫んでいる気がするが、吹雪には 届かない。 聴こえたのは最後の一言だけ。『畜生!だから俺に任せろって言ったのによ!』 ああ、そうか。 や っ ぱ り 自 分 じゃ 駄 目 な ん だ 。 あの雪崩で生き残るべきだったのは 自 分 で は な く て −− 。「吹雪!しっかりしろ!!」 思考を切り裂いたのは、遠方からの円堂の声だった。「誰にだってうまくいかない時はある!一度や二度の失敗がなんだ!!俺は言った筈だぜ?」 闇を切り裂く声。 絶望を打ち破る声。「辛いなら辛いのごと楽しめばいいんだ!失敗を恐れるな!!もっと仲間を頼ってくれよ!!」 昇る、太陽。「キャプテン…」座り込んだまま、それでも吹雪は振り向いた。その先にいる仲間達が、誰もが傷 だらけになりながらも、力強い笑みを浮かべていた。 大丈夫。心配するな。 お前は独りじゃない。 その声は、音にならずとも吹雪の耳に響いてきた。「そうだ、吹雪!」 座り込んだ吹雪に、差し出される手があった。風丸だ。「俺の言った事も思い出してくれよ。お前は、独りで戦ってるわけじゃないだろ?」『お前が不調の時…カバーして、支える為に仲間がいるんだ』「お前が辛い時は、俺達が支えてやれる。それがチームメイトってもんじゃないの か?」 綺麗な笑顔。 それが綺麗な理由を、自分は知っている。「一緒に頑張ろうぜ。まだ試合は終わっちゃいない…ましてや、死んだわけでもな い。諦めるにはまだ早い、だろ?」その言葉に、吹雪はもう一つの言葉も思い出していた。鬼道が殺されて。失意の 淵にいた自分達を引き上げた、土門のあの言葉。『諦めるな!死んでから諦めろ!!』 諦めては、いけない。 諦める必要なんか、ない。「風丸君…」 吹雪は握り締めていた。差し出された風丸の手を。 力強く引き上げられ、立ち上がる。「今すぐ動けなんて言わない。だから…動けるって、そう思える時まで」 女性と見紛うような繊細な美貌を持つ少年は。 誰より男らしい眼で、きりりとフィールドを睨み据えた。「見ていてくれよ。俺達の頑張りってヤツをさ」ぽん、ぽん、と弾む音。ネロが退屈そうに、サッカーボールを弾ませていた。ま るでバスケのドリブルのように。「無駄話は終わったか?」 幼く高い声に似合わず、堅い口調でネロは言う。無感動に、無表情に。「何をやっても無意味。貴様らには勝機は勿論、我々の意志を揺らがす事も出来は しまい」そのネロを振り返る風丸。そこには、恐怖を知りながら乗り越えた者の眼があっ た。絶望を理解し、しかし立ち上がる事を選んだ瞳が。「無意味な事なんて、何一つ無い」 風丸の勇姿は、吹雪の眼にも焼き付いた。褪せる事なく、強く強く。「俺がそれを、証明してやる」今、吹雪を救えるとしたら。それは彼とある種同じ深淵を覗き込んだ、自分しか いない。風丸は思う。この試合を戦い抜く事の意味を。−−思い上がるつもりなんか、ないさ。今の俺達の実力を。今の雷門の力で、ジェネシスを倒すのは難しい。仮に今以降はいい勝負が出来た としても、19点差をひっくり返すだなんてあまりに非現実的だ。 そう考える事自体が諦めと円堂ならば言うかもしれない。勝てる可能性が完全な ゼロじゃないのも事実ではあるのだから。だが、その上で考えるのである。自分は諦めたつもりはない。この試合を無意味 にしないと誓った以上は。−−みんなには、悪いけど。 ちらり、と振り返る先。仲間達を見て、陽花戸イレブンを見る。−−この勝負に負けて。陽花戸中を破壊されて、円堂のお祖父さんのノートを奪わ れる羽目になったとしても。 そして顔色の悪い、吹雪を見る。−−俺達の頑張りで、奴らに一矢でも報いれたら。それで吹雪の心に何かを残せた なら。それはきっと…意味ある事だ。 だから、負けない。 試合で負けても、もう、自分自身に負けたりしない。『やっぱり風丸さんは強いです。だって…自分の弱さを認められたじゃないです か』宮坂の言葉を思い出す。彼は全てを語って尚、風丸を見限らなかった。認めて、 汚い部分まで受け入れてくれた。 そして本当の強さが何たるかを教えてくれた。だから。「力じゃ、ない。一番必要なのはそんなものじゃない」 自分の弱さを認め、乗り越えた時。 手に入れられる真実がある。「見せてやる。本当の…強さを!」 ネロがウィーズにパスを出す。そのウィーズに向けて、風丸は突進した。ジェネシスの面々のスピードは総じて早い。だが、ゾーハンにハウザーにウィー ズ−−この三人は大柄なだけあって、若干動きが鈍いのだ。無論、それでも自分達がかなうレベルではない。何より彼らはスピードを補って 余りあるパワーがある。−−だが一瞬。ほんの一瞬でもチャンスがあれば…! 危険を犯してでも、賭ける価値はある。「行かせるかぁぁっ!!」 全速力の、スライディングタックル。「なっ…!」ウィーズが目を見開く。かわされた。しかし、今確かに風丸の気迫に圧されて一 瞬動きを止め、判断を鈍らせた。ボールをすんでのところでパスしたのは前線に上がっていたグランやウルビダ ではなく、後退していたクィールだったのだから。「みんなッ!頼む!!」 誰もが意志を理解してくれていた。普段では有り得ないほど、フォーメーション が敵陣まで食い込んでいる。何が何でも一点取る為に。 上がろうとしたクィールの行く手を阻んだのは聖也。「アポカリプス!」描かれる魔法陣。立ち上る光の柱を、バックステップでかわしパスを出すクィー ル。が、かわした先の唯一のルートに、塔子が待ち構えていた。「行けっ風丸!!」 彼女は空中でカットしたボールを、そのまま風丸にパスした。やっと回り出した 雷門のサッカー。突然動きが良くなった雷門に、ジェネシスは明らかに驚いている。 行ける。これなら。風丸は力強くボールを蹴り始めた。ここからが、本番だ。 NEXT |
限界少年、其の手を伸ばして。