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どうなったってイインダッテサ。
間違いだっておこしちゃおうと。
転がる少年誘われて。
誘う坂道、また転がって。
この背中に、
白い翼は
無いとしても。
3-31:ローリン、ガール。
地獄は続く。といってもそれを生み出しているのは自分達なのだけど。グランは、
誰にも見えない場所で自嘲する。笑顔が便利な仮面になるだなんて、少し前なら考
えもしなかったのに。
ボールを介して、アークが風丸を蹴り飛ばした。
「げほっ…!」
綺麗に鳩尾に入った事だろう。吐かないだけ立派だ。真っ青な顔でうずくまる彼
の姿に、そこかしこから悲鳴が上がる。
仲間を想う気持ちは、確かに大きな武器になる。しかし時として弱点を露呈する
事になると彼らは知るべきだ。
秒刻みでボロボロになっていく風丸の姿に、一部は恐怖と絶望で戦意を喪失しつ
つある。そんな彼らにさっきまでの勢いはなく、抜き去ってゴールエイアまで踏み
込むのは容易い事だった。
アークからパスを受けたグランは、僅かな距離ドリブルして、シュート体制に入
った。今の彼らに必殺技は要らない。どうにか気を確かに保ってマジン・ザ・ハン
ドを繰り出した円堂は流石だが、それでも普段より遥かに威力は落ちるだろう。
パアン、と魔神が弾け飛ぶ。笛が鳴る。これで、二十点目。
「このままじゃ、風丸君が…」
真っ青な顔で立ち上がったのは照美。
「監督!私が出ます。風丸君の手当てを…」
「交代は許さないよ」
「……!」
現在進行形で入る指示。父の言葉のまま、グランはにべもなく言い放つ。
「彼を引っ込めたら、君達の試合放棄とみなす。悪いけどその時点で、陽花戸中は
破壊させて貰う」
ぐっ、と照美は言葉に詰まる。卑怯な、と唇が動くのが見えた。
何とでも言えばいい。どうせ自分達エイリアは悪役にしかなれないのだから。
「やめて…もうやめて!」
秋が絶叫する。その大きな眼からは、ポロポロと大粒の涙が零れていく。
「こんなの、貴方の本当の望みじゃないでしょう?貴方はこんな事が出来る人じゃ
ない!目を覚まして!!」
その顔と涙声に、グランも少なからず罪悪感が募る。揺らいではならない、そう
言い聞かせてなければ折られてしまっていたかもしれない。
心を。そして覚悟を。
「やめて欲しい?…いいよ、やめてあげる」
だから、自分は。
「ただし…代わりに君達が、円堂大介のノートを差し出すならね」
また笑顔の仮面を被って、ごまかすのだ。
「そ、そんな…!」
絶句する秋。何も言えなくなる雷門メンバー。自分達がどれだけ不利な立場にあ
るか理解したのだろう。
風丸を交代させれば、陽花戸中が破壊される。避難が間に合う筈ない、今度こそ
死人が出るかもしれないとなれば、出来ない。
そして風丸へのリンチをやめさせるには、円堂大介のノートを渡さなくてはなら
ないけども。数々の秘技が解明されればどれだけの脅威になるか分からず、まして
や雷門にとっては最後の頼みの綱でもある。それもやっぱり、出来ない。
つまり。
彼らは処刑をやめさせる手だてがない。この圧倒的実力差をひっくり返して、ジ
ェネシスを倒しでもしない限りは。
「俺、なら…大丈夫だ…」
「風丸君…っ」
「へえ、まだ立てるんだ」
もう意識も怪しいだろうに。気力を振り絞って立ち上がる風丸に、グランは本心
から賞賛した。
多分、右手首と右肩は捻挫している。もしかしたら罅が入っているかもしれない。
転んだ時石を破片で切ったか、腕からは血が滴っている。
脚は痣だらけだ。多分こちらも腕と同じような状態。単純な擦り傷の数で言えば
右腕に勝るだろう。
さっき彼は少しだけ血を吐いた。口の中を切っただけではない。胸や腹の打撲で
肋骨が一二本イカれたか。内臓にも少なくないダメージがあるだろう。
「…決めたんだ、俺は。吹雪が辛い時は俺が代わりに頑張るって。その姿を見せる
って」
「風丸く、ん…」
咳こみながら言葉を紡ぐ風丸に、辛そうな眼を向ける吹雪。
「そして…仲間を救うまで、絶対に倒れないと誓った。もう散々這い蹲ったんだ…
倒れるのにも飽きてきたとこなんだよな」
荒い息の下。それでも風丸を支えるものは一体何なのだろう。
今、彼の目の前には絶望しかない。戦う敵は、どうしようもない裏切り者である
筈なのに。
「グラン。…俺は、円堂以上に、お前のことを知らない。…でもな」
何故その瞳には。
憎悪も、殺意も−−負の感情の一切が見当たらないのか。
「お前は…お前なら。俺達の仲間になれる筈なんだ。だって…」
駄目だ、と思った。
その先を聞いてはいけない。聞いたら、囚われてしまう。気付いてしまう。
グランは耳を塞ごうとした。でも。
「お前は、円堂の友達じゃないか…!」
出来なかった。
体が、動かなかった。
「だったら、俺にとっても友達だ。助けて助けてって叫んでる“友達”を前に、倒
れてる暇なんかある筈ないだろ…!!」
どくん、と心臓が一つ大きく鳴った。笑みが零れる。それは条件反射、一種の防
衛本能として形作られたものだった。グランはそれに、気付かなかった。
反射的に冷ややかな笑みを浮かべ、グランは仮面を取り繕う。
「やだなぁ。本当に…君も立向居君も、勘違いばっかしてる」
勘違いだ。だって自分は助けてなんて言ってない。
そんな資格もないのに、言える筈ない。
「俺は助けなんて求めちゃいないよ。そもそも何の為に?一体何から助けて欲しい
の?」
理由なんかない。
だって、だって、だって。
「有り得ないよ。だって俺には父さんがいる。父さんの意志は俺の意志。父さんの
望みは俺の望み。父さんから願うならどんな罪だって喜んで犯してみせる。俺は、
残酷で嘘つきだからね」
そうだ。父さんが望んでくれるならそれでいい。
喩え誰かの身代わりだとしても。
「俺は今、すっごく幸せなのに。救いを求める意味なんかない、そうでしょう?」
だから、これでいいのだ。父が間違いを繰り返しているとしても、構わない。正
しくなんかなくたっていい。
幸せなのだから、それで−−。
「嘘だッ!!」
フィールドを引き裂いたのは。
何処にいても届く、円堂の声。
「幸せだなんて嘘だ!こんなサッカーが望みだなんてもっと嘘だ!!」
円堂の眼を真っ直ぐ見つめた。彼の瞳を真正面から見てはいけないと分かってい
たのに見てしまった。
「もし、嘘じゃないって言うなら…グラン」
その眼には怒りの焔がくすぶっている。それはグランに対する怒りではなかった。
それは誰に対して?何に対して?
「どうして…お前、泣いてるんだよ」
「……え?」
円堂の悲痛な声が合図だったかのように。ポタポタと地面に滴が落ちて、グラウ
ンドに染みていった。
「あ…れ……?」
だから。泣いてなんかないと、言えなくなった。言ったら誰の眼にも明白な嘘に
なると分かってしまったから。
「おかしい、なぁ…」
頬が濡れている。視界が滲む。グランは笑った。笑っている筈だ。なのに。
いつの間に自分は、笑顔のまま涙を流していたのだろう。
「嘘じゃ、ない」
ああ、本当に情けない。
「嘘じゃない、のに」
悪役になりきると決めたのに、なんて脆い。なんて中途半端。
「俺は、幸せ、なのに」
嘘だ。
幸せだって思いたかった。思い込もうとした。
不幸かもしれないなんて、考えないよいにしていた。
「俺は…道具だっていいんだ。父さんが必要としてくれるなら。道具は道具らしく、
父さんが望むサッカーをすれば…それで、本望で」
例えば父が死ねと言うなら喜んで死のう。それは間違いなく思うこと。
だからこそ、言えなかった。
自分の為のサッカーがしたい、なんて。
喩え嘘でもいいから愛してると言って欲しかった、なんて。
「辛くなんか、ない。俺は残酷な嘘吐きだから。平気で誰かを裏切れるようなヤツ
なんだ…見れば分かるでしょ?」
違う。
本当はこんなことしたくなかった。
あんなに強い風丸を傷つけたくなんかなかった。
あんなに優しい秋を泣かせたくなんかなかった。
こんなに。
こんなに大好きな円堂を、追い詰めたくなんか、なかった。
「楽しいサッカー、なんてさ。夢見ないでよ。父さんのサッカーが俺の全て。勝つ
ことだけが全てなんだから」
ああ。
円堂とやりたかったサッカーは、こんな悲しいものだった?
「だから…だから、さ」
どうしよう。
涙、止まらないよ。
「…もう、いいよ」
おかしいな、と思う。グランはぼんやりとした視界の向こうに立つ円堂に、違和
感を覚える。
「もう、いいよ…ヒロト」
何で。
彼まで泣いてるんだろう。
いや、円堂だけじゃなくて。
「もう、嘘吐かなくていいよ…自分に。分かってる。分かってから、さあ…」
みんな泣いてるのだろう?
あちこちから嗚咽が聞こえるのだろう?
「届いてるんだ」
一歩ずつ。よろけながら、風丸がこちらに近付いて来る。
「お前の本当の声、みんなに届いてる。本当は誰かを傷つけるたび、痛くて痛くて
堪らなかったことも。…だから」
後退ろうとして、出来なくて。
脚を引きずりながら歩いてきた風丸が目の前に立つのを、グランはただ呆然と見
ていた。
「だから…もう、いいんだ。終わらせよう…一緒に」
差し出される手は傷だらけで、でも美しかった。自分の手がゆるゆると持ち上が
るのを、止める術はなく。
「…ごめん、なさ…い…」
もう一回。もう一回。そう呟きながら、いつ終わるかも分からぬ悲しい夢を廻し
ていた。傷だらけにながら毎日を転がし続けていた。
無口に、意味を重ねながら。
「お願、い…」
もう失敗。また失敗。間違い探しに終わるばかりの日々を。罪を繰り返すしかな
い時間を。
終わらせたい。そう願うことを、君達は許してくれるというなら。
「助けて……」
差し出された手に、グランは手を伸ばして−−しかし、その手が触れることはな
かった。
とんっ。
早く、軽い音。しかしそれはグランの脳を揺らし、意識を揺さぶった。
首筋に鈍い衝撃。手刀を叩き込まれたとどうにか理解できた次の瞬間、グランの
意識は急激に墜落していった。
バランスを崩して傾ぐ体を抱き止めた誰かの腕。それは幼い頃から見知った、小
さな頃は寄り添って寝る事もあった少女の腕だった。
「…お前は少し休んでいろ」
一瞬眼が合ったウルビダは、泣き出しそうな顔をしていた。
「私が、やる。お前は…優しすぎる」
どうして。そう呟こうとした声は声にならなかったけれど。
どうして?本当は分かっている。彼女も気付いていたのだろう、グランの本心に。
されど、救いの手に縋る事は赦されない事に。
−−やっぱり、一番優しいのはきみだよ…ウルビダ。
目覚めた時、きっとまた悪夢の中。終わらせる事がまた出来ないまま。でも。い
つかは。そう思うくらいなら赦されるだろうか。
最後にグランが辿ったのは、そんな思考だった。
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僕等は今日も、転がります、と。 BGM 『ローリンガール〜Their hope ver.〜』 by wowaka & Hajime Sumeragi