これも運命だと云うの。 狂い、壊れ、嘆く様を。 殺したっていいじゃないか。 壊すだけの私ならば。 この背中に、白い翼は 無いとしても。3-33:千切られた、白き羽根。 「風丸−−ッ!!」 円堂は絶叫した。ウルビダの蹴ったボールが風丸の身体を吹き飛ばし、ゴールポストに叩きつ ける。その光景を見、音を聞いた。だから叫んだ。倒れた風丸はぐったりと動かない。頭を打ったのだろう、その髪を、頬を、 だらだらと血が伝い落ちていく。このままでは命すら危ないのは明白だった。「選択の時だな、円堂守」駆け寄ろうとした円堂を遮って立ったのは、今まさしく凶弾を放ったウルビ ダだった。「選ぶといい。円堂大介のノートを渡すか…仲間がトドメを刺されるのを指を くわえて見ているか」「……!!」 風丸を見る。もう意識のない彼。次に攻撃を受けたら今度こそ終わり。サッ カーどころか致命傷をくらいかねない。 でも大介のノートは。あれは。「…渡しては、駄目」「監督…」「駄目なのよ」 まるで言い聞かせるかのように呟く瞳子を、夏未が悲しそうな眼で見る。「あのノートにある奥義は、一歩間違えれば兵器にもなりかねないものばかり …。あれをみすみす渡す事は、世界を滅ぼすのも同じ事だわ」 だけど、と。俯く瞳子の唇が震える。「だけど、もう…もうこれ以上の犠牲は…でも私は…」 彼女も分かっているのだろう。己の抱く、矛盾が。望みは両立しないのだ。犠牲は出したくない。風丸を助けたい。しかし世界の命運を背負う者として は、あのノートを手放す事などできるはずもない。 円堂も理解している事だ。それでも自分は、自分達は選ぶしかない。「…分かった」 ああ。こんなに情けない声、皆に聞かせるべきじゃないのに。「ノートは、渡す。だから風丸を…助けてくれ」「円堂君…」 分かってるよ、秋。彼女の泣き顔を横目で見ながら、円堂は心の中で呟く。本当なら。両方を守る方法を、なんとしてでも模索すべきなのだ。いつもの 自分ならそうしていた。きっと諦めないでそれを選べたのに。「愚かだな。…世界より、たった一人の命が大事か?」せせら嗤うウルビダを、円堂は睨みつける。彼女に対して怒りが無いと言え ば嘘になるが−−何より悲しくて仕方なかった。 そうやって、本当の顔を誰もが隠す。ウルビダも、グランと同じ。「たった一人の仲間さえ護れないで、どうして世界が護れるんだ」馬鹿げた選択だと、自己中すぎると他人は言うかもしれない。最善策とは程 遠いのもまた事実かもしれない。 それでも、間違ってるとは、思わない。「お前だって多分…俺の立場なら同じ選択をするんじゃないか?」 円堂の言葉に、沈黙するウルビダ。 ウルビダなら。彼女ならばきっと。「…ふん、馬鹿馬鹿しい」 彼女は鼻を鳴らして、言った。「最初から選択にすらならないものを、どうやって選べと言うのか」 ああ、やはり。選択の余地がない。その言葉は彼女なりの肯定なのだろう。否、恐らくそれ が大半の人間の本音。人は誰しもが、世界より大事なものを持って生きている。ただその結果の上 で、世界を護る選択もあるのだろうけど。 短い沈黙。フィールドを一陣の風が渡った直後のことだった。ふらり、と。まるで亡霊のような足取りで、二人の間に割って入った人影が あった。円堂は目を見開く。「聖也…?」何だ。様子が、おかしい。頭を押さえ、酷く顔色の悪い額にはかなり汗をか いている。円堂の声も、耳に入っていないようだった。「思い、出した…。畜生、何で忘れてやがったんだ、俺は…」 頭が痛いのか、時折呻きながら。聖也はウルビダを見て−−言った。「玲名…だよな?」「−−−ッ!!」 ウルビダの顔が驚愕に染まる。驚いているのは言われた彼女だけではない、 ジェネシスの他メンバーもだ。「玲名…そうだよ、お絵描きより木登りが好きで…しょっちゅう男の子と喧嘩 してた…」「や…」「それから、それから…恭馬に、由宇に、ルルに、君之に布美子に…くそっも う少しだってのに…」「やめ、ろ…」「リュウジ…そうだよ、レーゼの本名だ…あいつも一緒だった。よく庭でサッ カーやってて、でも大人しいあいつや身体の弱いヒロトは休んでる事が多いっ てあの人が…」「やめてくれ…」「ここまでっ…ここまで出かかってるのに思い出せねぇ…あの人、が、誰だっ たのか…」 焦点のどこか合ってない眼で、聖也はウルビダを見る。「…なあ、玲名。訳、わかんねぇよ。お前ら、あんなに楽しそうに、サッカー やってたじゃんか…なんで」その聖也を、どこか怯えるような眼で見るウルビダ。やめてくれ、どうして なんだ−−そんな形に唇が動くのが見えた。「何でこんな事に、なっちまってんだ?」 空気に罅が入ったかのよう。「やめろぉぉっ!!」 ウルビダが。 殆ど悲鳴に近い声を上げていた。「やめろやめろやめろ!お前に何が理解出来るというんだ…何故余計な事ば かり知って…!!」 ギラリ、と射殺すような眼で、彼女は聖也を睨む。「思い出させるな…過去は捨てた…捨てたんだ!」もはや、冷静さを取り繕う余裕もないのか。叫ぶ彼女は殺気を漲らせている。 玲名という名前。捨てた、過去。状況が何一つ飲み込めない円堂にもそれなり の予測は立てられた。 そうか。ウルビダ。彼女の本当の名前は−−。しかし何故聖也が−−。『おまけに俺は…レーゼやお前の顔に見覚えがあった。どこで見たか忘れちま ったけどな。…このへん全部ひっくるめて、お前らが本当は地球人で、洗脳さ れてるだけだと考えりゃ筋が通っちまう』ああ、そうか。あの時彼がデザームに向けた言葉。その記憶を、取り戻しつ つあるのか。彼は一体何処で、かつてのウルビダ達と出逢っていたのだろう?その記憶が 戻れば、エイリアの本拠地を割り出す事も可能かもしれない。「…お前らの、戯れ言に付き合う暇はない…!さっさとノートを寄越せ。さも なくば…」「!…やめっ…」激情のまま、再び風丸に向けてボールを蹴ろうとするウルビダ。いけない。 反射的に、円堂が風丸に覆い被さったその時だった。「あらあら、なかなかの修羅場ね。そそるじゃないの」 自分達の世界を、揺るがさんばかりの威圧感。絶対零度の声、気配。客観的に見ればとても美しい女である筈なのに、関わる者全ての神経に不快 感と恐怖を齎す存在。 誰だ、なんて。 口にする必要すら、無かった。「アルルネシア…!」いつの間に。そう思うほど気配を消しきって、魔女はそこに佇んでいた。真 っ赤なドレスに、相変わらずの真っ赤なルージュ。手には杖にも見える、金の 柄の長いハンマーを握っている。「予定通りの事と、予定外の事が起きたみたいだけど…ま、別によくってよ」コツコツとハイヒールの音を響かせ、魔女は近付いてくる。円堂はただ風丸 にすがりつくように凍りつくしかない。分かっていたから。今の自分達にはまだ、魔女に対して有効な手もなく力も ない事を。「何もかもシナリオ通りになったらつまらないもの。だからあたしは、世界征 服になんて興味が無いのよね。だって面白くないじゃない?」ウルビダの、殺気に満ちた眼をものともせず。何処吹く風と言わんばかりに アルルネシアは流す。「何を、しに来た…貴様」ぎろり、と聖也が憎悪の眼差しを彼女に向ける。その様子にアルルネシアは、 怖いわあ、とわざとらしく肩をすくめた。「安心して?今日の用事は手短に済ますし…遊ぶつもりもないから。…用事そ の一は伝言よ。ウルビダ及びジェネシスの皆さんに…ね」「伝言?」「そ。…お父様はこれから会合があるから、さっき出発なさったのよ。だから あたしが代わりに伝えに来たの」 アルルネシアは妖艶に髪を掻き上げる。「円堂大介。影山零治と対を成す、“希望の魔術師”。彼が魔術師としても類 い希なる才能を誇っていた事は意外と知られていない。彼の“一人に無限の可 能性を与える”力はこのあたしでさえ持ちえないものだったわ」 魔術師?祖父が? 円堂は目を瞬かせる。「彼の創った秘技には、同じ魔法がかかってる。だから欲しかったのよね。… でも」彼女は円堂を見て、まるで邪気を知らぬ子供のように微笑んだ。無邪気ゆえ にこの場には不似合いで、畏怖を抱かずにはいられない笑みを。 そして。「もう、要らないわ」「!!」 あっさりと、言い放った。「今必要じゃなくなったのもあるし…ノートだけ手に入れても封印が解けな いのもある。ノートはもういい、顔見せは終わったからさっさと帰投しろ…が お父様の命令よ」その言葉に、ウルビダを始めとしたジェネシスの面々は明らかに苦い顔にな る。さっきまでの彼らの苦労が全て水の泡になったのだから当然だろう。酷い真似を、と円堂は思った。これ以上仲間が傷つかなくて済む事には安堵 するが、それを踏まえてなお思わずにいられなかった。あんなに心をすり減らして、ボロボロになったグラン。それなのに、彼が必 死で成そうとした任務がこんなに簡単に撤回されるだなんて−−。本当に、惨いとしか言いようがない。彼らがその“お父様”の命令に絶対逆 らえないのは分かっているだろうに。「用事その二は、ね」言いながらさらに歩を進めるアルルネシア。それ以上近付かないでくれ、と 円堂は心の中で懇願する。それしか出来ない。「引き取りに来たのよ、あたしの新しい家具を」「家具…だと?何の事だ」聖也の問いかけを完全に無視して、魔女は円堂の前に立つ。そして、ニヤリ、 と嗤った。「何よぉ、まさかまだ気付いてないの?」 頭が痛い。煩いくらい警鐘が鳴っている。 何だ。何に気付いていないというのだ。何が−−。「貴方が、貴方達が必死に護ろうとしていたモノは…もう無いの」 真っ直ぐ。 魔女の指が、風丸を指して。「だってその子…もう死んじゃってるんだもの」 言葉が。 世界を切り裂いた。「……え?」円堂は、凍りついたまま−−アルルネシアを見、風丸を見た。震える手を伸 ばして、風丸に触れた。ちゃんと温かい。ほら、嘘じゃないか。「風丸…」でも。抱きかかえても、揺さぶっても、風丸は動かない。生きているなら緩 やかに上下する筈の胸から指先に至るまで。 何より。かくん、と首を垂れた風丸の顔は−−紙のように白くて。頭から流れ出した 血で、抱きかかえる円堂の腕が真っ赤に濡れて。 ぽっかりと開いた眼は、綺麗に空を映したまま−−停止していた。「な…んで…?」 何で? どうして、何で?「ふふふ…きゃははははっ!残念ねぇ、護りきれなかったわねぇ!無様で愉快 だわ!!」 魔女の嘲笑を、円堂は遠くに聞いた。ああ、こんな事って。こんな馬鹿げたB級の悲劇が、喜劇があっていいのだ ろうか。 ぐしゃり、と。世界が腐る、音がした。 NEXT |
コントロールも、苦労苦労。