オーケィ、生き方変えてみましょうか。 今日から始めるマイスタイル。 輝きたいなら、羽ばたきたいなら。 こんな処で燻ってるヒマはない。 この背中に、白い翼は 無いとしても。4-2:祝祭の魔女、降臨。 それは、ウネウネと地面を這い、床を舐めるようにして動き回る。時に絡 み合い、時に溶け合う、まるで液体のような黒。「何だこれは…!?」 源田は呆然とその光景を眺めていた。無意識に、車椅子でろくに動けない 状態の佐久間の傍に寄る。本能で理解していた。この“影”は−−とても良くないモノ。本来この世 界にあってはならないモノだと。自分以上に佐久間は重傷なのだ。自分に何が出来るか分からないにせよ、 彼だけは庇わなければ−−その心理だけが働いていた。本能的な恐怖に抗う ように。「ハートレス、です」「ハートレス?」「ええ」床を這う影達を見ながら、アルティミシアが言う。その顔は若干青ざめて いるように見える。「簡単に言えば、人の心を食らう魔物。心なきもの−−ハートレスと呼ばれ ています。襲われた者は死ぬか、廃人になるか、同じ化け物になるか…」「なっ…!?」 そんなにヤバいものなのか。一気に顔から血の気が引く。「…この世界に…出現した前例はありませんでした。しかし、アルルネシア の撒き散らした災厄の影響で、あちこちに歪みが出ているのでしょう。これ もその、一つ」彼女が説明している間に、影はゆっくりと床から盛り上がり始めた。ぐね ぐね、ぐねぐねとした動きが気色悪い。しかしその薄気味悪さに反し、やがて成されたその形は愛らしささえある ものだった。丸っこいフォルム。小さな手足に大きな頭。二本の触覚に、金 色の丸い瞳。「シャドウ、と呼ばれる種です。ハートレスの中では最弱の部類に入ります が、襲われた者の末路に変わりはありません」不意に、シャドウが飛びかかってきた。鋭い爪を振りかざして、真っ直ぐ 源田目掛けて。「くっ!!」 避けたというより、転んだと言った方が正しい。だがそのおかげで、影の 餌食になる事は免れた。ザシュッ、と音がする。ぞっとした。壁が抉れ、大きな爪痕が出来ていた からだ。ハートレスはみるみる数を増やしている。わらわらと集まってくるそれら に、赤い矢のようなものが次々と突き刺さった。まるで蒸発するかのように 消えるシャドウ。「…何が理由で今、この場所にこんな大量のハートレスが出現したか分かり ませんが…非常に危険です!お二人は早く非難して下さい!!」 どうやらアルティミシアの魔法らしい。彼女の回りに浮かび上がった幾つ もの小さな赤い矢が、次々とシャドウ達を一撃の元抹殺していく。しかし、 数が多すぎる。これではキリがない。「避難って…そんな事言われても…!!」 こうもわらわらと集まってこられては、動くに動けない。佐久間は勿論、 源田自身も走れるような状態にないのだから尚更だ。「く、来るな!」「佐久間!!」 そうこうしている間に、シャドウの数体が佐久間の車椅子にまとわりつき 始めた。マズい。アルティミシアが矢で射るも追いつかない。 このままでは−−!「光よ!!」 凛とした声と共に。真白い光が弾け、一瞬周囲を覆い尽くした。あまりの 眩しさに、目を閉じる源田。そして。「なっ…!?」 瞼を開いて、仰天する。当然だ。さっきまで廊下を埋め尽くさんばかりに ハートレス達がひしめき合っていたというのに−−それら全てが、影も形も なく消滅していたのだから。「なんとか…間に合った…!!」 「…!お前は…!!」 肩で息をしながらも、走ってきた少年。緑色のポニーテール。少女のよう な顔立ち。そして、雷門のユニフォーム。「レーゼ…」どうして彼が此処に。大阪のイプシロンとの戦いで倒れて、聖也の所有す る救護施設にかつぎ込まれたと聞いていたが。「聖也との契約…どうやら、不完全ながら覚醒したようですね」困惑する源田と佐久間をよそに、アルティミシアは全て分かっているらし かった。レーゼに向けて笑みを浮かべる。「緑川リュウジ…祝祭の魔女、レーゼ」 魔女?彼が?源田はつい、まじまじとレーゼを観察してしまう。特徴的なポニーテール や服装に変わりはない。しかし、その両手には不思議な−−鍵の形をした双 剣が握られている。「いつまでも寝てられないからな。…本番は、これからなんだ」レーゼが腕を振ると、剣は光の粒子になって消えてしまった。あの剣は一 体何なのだろう。妙に気になった。「佐久間に源田。円堂達の為に…何か出来る事をしたいと思っているのは、 私も同じだ」 半ば混乱している自分達に、レーゼは話しかけてくる。「だが、アルティミシアにも説明されただろうが…これ以上お前達の時間を 進めるわけにはいかない。どうか…私達に任せてくれないか」「レーゼ…」「頼む」突然レーゼに頭を下げられ、驚く源田。今度は謝罪ではなく、懇願の為だ と分かっていたが。「私も…福岡の試合を、見ている事しか出来なかった」 その言葉にはっとする。悲劇を見ているしか出来なかった辛さ。何かしなければという焦り。そう いった意味で、自分達は同じだということに。「連絡は受けている。円堂は今…目も当てられないような状態だそうだ。あ れからろくに食事もしていないらしくて」「…!!」 あの円堂が。源田は佐久間と顔を見合わせる。予想の範疇とはいえ、具体 的には想像し難いものがあるのだ。自分達の知る円堂は。いつもゴールを背にどっしり構えて守り、仲間達が 挫けそうな時も気丈に励ましてみせる−−そんな男だったから。「私になら何がどう出来る…なんて自惚れるつもりはないけど。少しは魔法 に触れた私だから、出来る事もあるかもしれないって思う」頼むよ、と。再三言われば頷くしかなかった。どのみち自分達が今すぐ動 けない事に変わりはないのだから、誰かに託すしかない。それに。さっき見せたレーゼの力には驚かされた。あれが魔法、なのだろ うか。あれだけの力があるなら−−と思ったのもまた事実だ。「そうだ、アルティミシア…」契約について話があるんだが、と。続けようとした源田の言葉は、中途半 端に途切れた。「…源田?」何かを察したのだろう、佐久間が訝しげに見上げてくる。しかし、今の源 田に返事をする余裕など無かった。「痛っ…うぐっ…!」「源田!?」 膝を追って、前のめりに倒れる。 お腹が、痛い。内臓をぐちゃぐちゃとかき回されているかのよう。悲鳴すら声にならない ほどの激痛が下肢から突き上げる。吐き気も酷い。口元と腹を押さえて、う ずくまる。 何だ。一体何が起きたのだ。頭まで割れるように痛み出した。意識が急速に遠ざかっていく。幾つもの 声が、脳内で反響する。『逆らうな…私に逆らうな逆らうな逆らうな!!』 『貴方達は魔女や魔術師の素質は無いみたいだけど…蛹としてなら、どうか しら?』『痛い…痛い、痛い…やめて、下さ…』『きゃはハははハハぁはァ』 どくん、と大きな鼓動。 参ったな、と思う。心臓まで痛くなってきた。『逢えるまで、もう少し』 誰?逢えるって、何?「源田!!しっかりしろ!!」 佐久間の声を最後に。源田の意識は、プッツリと途切れたのだった。「源田が倒れただぁ!?」 聖也は思わず大きな声を出してしまい、慌てて周囲を見回した。陽花戸中 の校舎裏。幸い、人気はない。「…どういう事だよ。確かにあいつらは万全な体調にゃ程遠いだろうが…。 お前の力で、出歩けるくらいは回復させたんだろ?」『ええ』 携帯の向こう。アルティミシアの声は堅い。『彼が意識を失ってすぐ、医師を呼んで調べて貰いました。が…原因がまっ たく分からないそうなんです。痛みはだいぶ引いたとはいえ、まだかなり辛 そうですし…熱も出ているのに』 吐き気。腹痛に胸痛に頭痛。さらには発熱。 聖也の頬を冷や汗が伝った。嫌な想像しかできない。なんせその症状は−−。「アルルネシアにやられた…ってか?」可能性は恐ろしく高い。そもそも、佐久間と源田はアルルネシアに生き返 させられた存在。その課程で、どのように身体をいじくり回されていてもお かしくないのだ。 デザームやレーゼがそうだったように。「…佐久間の方は何ともないんだな?」『ええ。しかしあくまで“現時点では”の話。今後どうなるかは分かりませ んね』「だろうな」もし、アルルネシアが佐久間と源田に魔法的な処置を施していたなら。一 般的な人間の医学ではどうにもなるまい。CTスキャンにかけてもレントゲンを撮っても何も映りはしない。 そう、彼らがそのまま変死したとしても。「…もう一度、二人をラストエデンのホームに連れて行ってくれ。手配はし ておく」実は彼らが一命を取り留めた直後、一度ラストエデン所属の医師にも見せ ている。魔力を感知できるスキャンや検査も行ったが、その時は何も異常が 見あたらなかったので安心していた。が。もし遅効性の爆発物や毒薬やそれに値するものが仕込まれていたな ら。最初は見つからなくても今もう一度検査したら結果は違ってくるかもし れない。『分かりました。…それで、キーシクス。そちらの状況はどうなっています か?』「んー…多分、ミシアが察してる通りよ?」聖也は苦い笑みを浮かべる。無論、電話ごしのアルティミシアに見える筈 もないけれど。「みんな、精神的にズタズタだぜ。吹雪や宮坂も酷いが…円堂がダントツで 悲惨。このままじゃ餓死するか衰弱死するか、だな」風丸やヒロトの件だけではない。あの後、栗末まで離脱したのがトドメだ った。状況を考えれば誰も栗末を責めることなどできはしないが−−円堂が 受けたショックの大きさを思うといたたまれない。元より、キャプテンとしての重圧から、誰にも言えないストレスを抱え続 けていたに違いないのだ。それが今回の件をきっかけに一気に決壊してしま ったのだろう。「でも…きっとこれは、必要なこと」どんなに痛くても、辛くても、壁にぶつからなければならない。本当の意 味で誰もが絶望を知り、思い知るべきだったと知っている。 乗り越えて、大切なものを守る為に。『……先程、レーゼに一時復帰許可を出しました。もう少し慣らす必要はあ りますが、とりあえず大丈夫な筈です』 少しの沈黙の後、口を開くアルティミシア。『彼は…風丸に懐いていましたから。本当は辛くて仕方なかった筈です。そ れでも…自力で、立ち上がってみせた』そうだな、と聖也は小さく呟く。レーゼの様子はちょくちょく聞いていた から知っている。あの子は本当に、強い。だからきっと彼なら、今の雷門を救える。彼にし か出来ないことが出来る筈だ。「…俺も、しゃきっとしねーとな…」一つ、溜め息をついて電話を切った。自分はもう、泣くわけにはいかない。 これ以上弔いの涙を流さぬ為、やるべきことをするだけだ。空はまだ、暗いまま。光の射す気配はない。さながら自分達の心模様を示 すかのように。 NEXT |
後ろ、振り向く前に。