言葉も無いようなアンハッピー。 病んだ弾丸撃ち込む刹那。 満身創痍ゲームオーバー。 そうなる前に、そう成る舞えに。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 4-10:トリノコ、シティ。
いつかこうなるんじゃないかと思っていた。秋はどこか冷静に、状況を見 ていた。 秋の“考え”を実行する為に−−リカに声をかけに言った矢先だ。宮坂と リカが言い争っている現場に出くわしたのは。 どうやらいつの間にかレーゼがキャラバンに合流していたらしい。半ば一 方的に怒っている宮坂を、彼が必死で宥めている。
「確かに!確かに小鳥遊さんがあの不動って人を気にかけているのは知っ てました。元々チームメイトだったわけですしね!」
宮坂も宮坂なりに、落ち着こうと努力はしているらしい。が、それでも感 情を抑えきれないようだった。先輩後輩の上下関係を重視する彼が年上に突 っかかるなど、珍しいどころの話ではない。 風丸の転部騒ぎの時さえ、円堂にも直接恨み言はぶつけなかった彼が。
「不動も、エイリアの被害者でもあるって知ってます。だけど…どんな理由 であれ、あの人のやった事は赦せません。そんな人を助ける為に、小鳥遊さ ん一人を行かせるなんて…貴女はどうかしてる!!」
言葉の最後は、悲鳴に近かった。
「僕はもう…誰も失いたくないのに…!!」
彼が怒っている最大の理由は、それだった。秋にも痛いほど分かること。 大切な人を−−目の前で喪った宮坂の悲しみ、怒り、苦痛。もう二度と仲間 を失う想いはしたくない−−それは当然の感情だ。 一番冷静だったレーゼから話を聴くに−−どうやら、かなり事態は深刻ら しい。要約すればすれば“小鳥遊の携帯に不動から連絡が入って、彼女が単 身愛媛まで助けに行った”という事なのだが。 そもそも大前提として、不動は入院中の筈である。彼が何故病院を抜けて 埠頭にいるのか?何故小鳥遊に助けを求めるような状態に陥っているの か?その辺り一切不明なのである。 にも関わらず彼女は細かい事情を訊く事なく、不動の救援に向かってしま った。それも仲間達の承諾も得ないまま、たった一人でだ。危険な事この上 ない。リカが小鳥遊をまったく止めなかったのも問題だ。そりゃ宮坂が怒る のも道理である。 それらの話を秋が聞いているうちに、人が集まってきていた。塔子に春奈、 照美に吹雪。八人で狭い廊下に集まって騒いでいるのもどうかとは思うが、 残念ながら場所を気にする余裕は誰にも無かった。
「第一」
塔子が溜め息混じりに言う。彼女は不動に対し、不信感を抱く筆頭でもあ る。頭で理解している事と感情はまた別問題なのだ。
「こんな事言いたかないけど。…不動が小鳥遊を騙してる可能性、ゼロじゃ ないだろ。せめてGOサイン出す前に、あたし達に相談して欲しかったな。 円堂はあの状態だから仕方ないにせよ」
まったくの正論である。小鳥遊がどこまで冷静であるかも怪しいし、リカ が独断できる事でも無かった筈だ。 しかし、リカはそんな塔子に対し、静かに告げる。
「相談せんかった事は悪いと思うとるで。でも、反省はしてへん。うだうだ 相談して判断仰いでたら、きっと手遅れになっとった」
いつも明るくて賑やかなリカ。こんな声は、初めて聴いた気がする。
「それにな。…不動は小鳥遊だけは裏切らん…絶対に。だって小鳥遊は、あ いつに残った最後の絆やもん。真帝国のいきさつはいろんな奴から全部聴い た。今のあいつにはもう、小鳥遊しかおらんやろ」
小鳥遊しか、いない。つまり他にはもう何も残っていないという事。 秋は理解して−−苦しくなった。自分はリアルタイムで真帝国の悲劇を見 ている。不動の叫びも、アルルネシアの話も全部聴いている。 ある程度予測を含んではいるが−−彼はエイリアの皇帝陛下にあたる人 物に、絶対の忠誠を誓っていた。しかし、その陛下に−−ひいては陛下の腹 心と思しきアルルネシアに利用されて捨てられ。一時は失語傷害が出て入院 するほど酷い精神的ダメージを受けたのだ。 彼の仲間だったであろう真帝国メンバーは、殆どが洗脳を受けていた存 在。率いていた影山は海に消え、エイリア学園の面々と繋がりが持てた筈も ない。なるほど、小鳥遊以外にもはや仲間と呼べる人間がいないのは確かな ことだろう。 「うちとて、分かっとる。…小鳥遊が、無傷で帰って来れんだろう事くらい は」 「……!」 リカの声に僅かに滲んだ悲壮な色に。その決意に。誰もが息を呑まされる。
「だけどな。…不動が、小鳥遊の名前を呼んだんや」
ああ、そうか。彼女は。
「小鳥遊は、その声に応えたんや。それで全部覚悟した上で助けるって決め たんや」
全部、分かった上で−−送り出したのか。
「止められるわけ、無いやろ」
共に行く事よりも。 待つ事の方が遥かに辛いと知りながら。
「それに、不動は小鳥遊が惚れた男や。で、小鳥遊はうちの仲間。仲間の仲 間はうちにとっても仲間や。うちは、小鳥遊の信じた男を信じるで」
それがどんなに、修羅の道であるとしても。 リカはきっと誰より理解しているのだ。愛の重さを。貴さを。それは彼女 が現在進行形で、最高の恋愛をしているからこそ。友を想うからこそ。
「ふふっ……リカさんて…」
突然、春奈が吹き出す。仕方ないなぁ、といった風の笑い方だった。 「本当に恋愛馬鹿ですよねぇ」 「…あんたうちを先輩だと思うてへんやろ」 「そんな事ありません。これ、誉めてるんです」 「ホンマに?」 「ホンマに、です」 リカの大阪弁を真似して返す春奈。なんだか発音がおかしい、ジャパニー ズイングリッシュならぬ東京人のエセ大阪弁だったが−−それが寧ろ笑い を誘って場を和ませた。
「そういえば…真帝国の時の私もそうだった」
苦笑して言う照美。 「沈む潜水艦。総帥がいないって気付いて…脇目も振らず走り出しちゃった っけ、一人で」 「よく無事だったよね…」 吹雪が同意する。なるほど、あの時は彼も相当危ない行為をしている。偶々 すぐ気付いて塔子と聖也が追いかけていったから良かったようなものの。 大切な人が危ない目に遭っているかもしれない。大切人を、助けたい。そ う思った時人はいくらでも盲目になれてしまう。いくらでも愛に狂えてしま うのだろう。 良いことではないのだ、きっと。でもそれこそが、人が人たる証明である のかもしれなかった。
「…私も、そうなると思う」
秋は考え、考えて言葉を口にする。自分だったら。自分がもし同じ立場に 立たされたら−−と。
「もし…例えば円堂君がピンチになってて、それを知ったら。一人でも、助 けに行っちゃう気がする。だって、一秒でも惜しいもの」
リカもリカなら自分も自分。大層な恋愛馬鹿なのかもしれない。ふと思う に、きっと塔子もそうだろうし、春奈だってそうかもしれない。 春奈の。鬼道を見つめる眼差しが、鬼道が春奈を見る眼差しと大きく異な っていた事には気付いていた。あくまで推測の域を出ないが−−ひょっとし たら、ひょっとするのかもしれない。
「宮坂君。…多分、君もそうだよ」
俯き、押し黙る宮坂を見つめる。
「本当は…たった一人でも、風丸君を助けに行きたい。違うかな」
早く大切な人の無事を確認したくて。 早く大切な人に逢いたくて、でも逢えなくて。 彼の憤りは、そんな焦りからも来ているだろう。
「…違わない、です」
肩が震えている。宮坂の顔は見えないが、きっと泣きそうな顔をしている のだろう。 「違わないんです。でも、でも僕は…」 「宮坂君は間違ってないよ。本当は君の方が正しいって私達みんな分かって る」 秋は宮坂の頭を撫でる。小さな子をあやすように。
「ただ…感情と理性って、なかなか足並み揃えてくれないんだよね。人間っ て本当に厄介!」
厄介で面倒で複雑だからこそ。 自分達は人間として生まれ、生き、それを誇ることが出来るのだ。
「私達が今するべきなのは。小鳥遊さんの帰りを信じて待つこと。もし小鳥 遊さんが助けを求めてきたら応じること。そして…」
一つ、息を吸い込む。自分なりの決意を固める為に。
「私達が今、私達に出来る事を…精一杯頑張る事だと思うの」
自分一人の力なんて取るに足らないもの−−宮坂がそう思っているよう に、秋だって同じ無力さを感じている。 でも、それでもいつかは歩き出さなければならないから、その為に考え続 けるのである。 それが、生きるという事だから。
「…とりあえず、だけどね。私が試そうとしていること…みんな、聴いてく れるかな」
これで、良かった筈だ。 校舎裏で、聖也は一人呟く。時間にすれば五分に満たない出来事だ。自分 のところにやって来た小鳥遊が、再び去るまでは。
『あたしを不動のところに飛ばして。アンタの力は聴いてる。対価が必要な ら払う。出来ないとは言わせないわ』
「ありゃどー見たって頼みごとする態度じゃねぇよなぁ…」
彼女の第一声を思い出し、苦笑する他ない。冷静な風を装っていたが、あ れはテコでも自分の意見を曲げない人間の顔だった。いきなりすぎてまった く話が見えなかったので、どうにか事情を聞き出せば−−。 思った通りと言うべきか。予想の範疇ではあったのだが。不動はどうやら 相当切羽詰まった状況にあるらしい。詳しい事は小鳥遊も把握していなかっ た。 それでも助けに行く、という。本当に、恋する乙女とは恐ろしい。そして、 強い。
『時間が無いのよ。早くいかないとアイツ、一人で不細工にくたばってるか もしれない。そんなのあたしが赦さない』
確かに。今からキャラバンで愛媛に向かうのはあまりに非効率だし時間も かかる。皆の了承も得なければならないから尚更足止めをくらうだろう。そ うなったら多分、間に合わなくなる。 だからやむおえず、裏技に頼るしかなくて−−自分のところに来た。その 判断は間違ってはいない。 『…お前の覚悟は分かった。で、願いは…“不動の元へお前を転送する”で いいんだな?』 『ええ』 『了解。で、お前の支払う対価だが…』 対価は二つ。 愛媛へは小鳥遊一人で行くこと。 そして必ず、二人で生きて帰ること。
「対価になってねぇ対価…だけどなぁ」
魔女や魔術師に何かを希う時。願いと対価は両天秤−−釣り合っている事 が大前提。どちらが重すぎても軽すぎてもいけない。 そして釣り合わなかった場合罰を受けるのは、対価を提示した魔女・魔術 師の側である。
「どう言い訳しよ…コレ」
左腕からだらだら流れる血を見て溜め息をつく。さっき割れたガラス片が 上から降ってきて、ぱっくり切ってしまったのだ。 そんな事故−−偶然なわけがない。聖也が小鳥遊に対し、軽すぎる対価し か要求しなかった代償がこれだ。大抵怪我で不足分の対価を払う事になる。 聖也はそれを知った上で小鳥遊を送り出したのだ。 彼女の決意に、水を差す真似はしたくなかったから。
「ま。足じゃなかったし。いっか」
彼女の願いが叶うなら惜しくもない。とりあえずコレを誤魔化す方法さえ 思いつけば、あとは取るに足らない問題だった。
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音のないセカイ、夢に視たセカイで。