最強と呼べるモノは何? 運命が導く星の彼方。 ココロだけは誰にも渡さない。 例え崖っぷちに立たされても。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 4-12:孤高の、反逆児。
どうやら思っていた以上の展開になっているらしい。不動は溜め息をつい て−−壁の向こうを覗いた。 「相変わらず悪知恵だけは働くガキだ…ちょこまか逃げやがって」 「この辺りにいるのは間違いない。根気よく捜せ」 「ああ」 不動を追っかけてきていた男達が話している。どうやら自分の位置はバレ ていないらしいが−−これでは迂闊に出ていけない。 病院から脱出して、住宅街を走り回り−−空き地の倉庫に隠れたものの。 男達は一向にいなくなる気配がない。辺りをぐるぐると探し回っている。 大まかな位置がバレている理由には、心当たりがあった。自分も元々エイ リア学園にいたのだ。セカンドランク以上ほどではないとはいえ、発信機く らいなら体に埋め込まれている。それを考えれば、最初からあまりに成功率 の低い逃走だと言えた。 それでも逃げているのは、半ば意地に他ならない。そして、たった一人。 未練のある存在があるから。どうにか奴らを撒いて時間が出来たら−−その 時点で、小鳥遊に電話をかけようと思っていた。 彼女の声さえ聴けたら、あとはもう、いい。マイクロチップと体内の発信 機を壊して、死体が上がらないように海にでも身を投げれば終わる。魔女の 力は恐ろしいが、それでも自分の死体を回収できなければ終わりになる筈 だ。
−−そうだ…それまでの時間さえ、稼げりゃいい。
不動は一人、誇りっぽい倉庫の中で身をちぢこませながら−−言い聞かせ る。 余計な希望など。生きていく未来など。そんなものはもう、考えてはいけ ない。
−−声だけじゃなくて…あいつにもう一度だけ逢いたいなんて、思っちゃい けない。
『いいさ。付き合ってやるよ、アンタのカーニバルに』
幻の中、小鳥遊は不適に笑っていた。いつも彼女はそう。自分なんかより ずっと強かった。自信に満ち溢れていた。獣は獣でも気高い獣だった。 だから−−本当は彼女に嫉妬して、同じくらい憧れていたのだろう。 もう二度と、逢えない。たった一人、自分の本物の味方でいてくれたかも しれない人には。否−−逢っては、いけない。
−−…?
ふと、外を見て−−何やら男達の様子が変わった事に気付く。三人の追手 のうち一人が、リーダー格らしき男に耳打ちしている。
「了解した。手回しが早くて助かるな」
そしてそのまま−−三人で走り去ってしまった。
−−何だ?何を企んでやがる…?
残念ながら、嫌な予感しかしない。だがこの場を離れてくれるなら、この チャンスを逃す手はないだろう。何かやられる前に逃げなければ。少しでも 遠く−−奴らの目がつかない場所へ。 出来るなら、海の近くがいい。そう考えて思い出したのは、真帝国学園の 潜水艦が停泊していた埠頭だ。少々遠いが、なんとか行けない距離ではない。 幸い、多少の金は持ってきている。 あそこなら身を隠す場所も多いだろう。そう考えて−−あまりの皮肉さに 嗤うしかなかった。逃げる佐久間と源田を追い詰めたあの場所。あそこで今 度は自分が追われる側になるなんて。あそこが自分の墓場になるなんて。 あの時は−−どうして想像できただろう?
−−げっ。
辺りを見回して、倉庫から出ようとした、まさしくそのタイミングでだ。 隙間の死角から、ガラッと倉庫の引き戸を開ける小さな手。 しまった、と思った時はもう遅い。
「あれ?」
小さな二人の男の子だった。小学校低学年くらいだろうか。青い野球帽を 被った、茶色っぽい髪の少年と。黒髪で眼鏡をした少年だ。野球帽の少年は サッカーボールを抱えている。
「お兄ちゃん、こんなところで何してるの?」
野球帽の少年に尋ねられ、うっと言葉に詰まる不動。こんな情けない姿を 見られて恥ずかしいわみっともないわ何て言い訳すれば分からないわで− −いやいやそんな事より。 引き戸はフルオープンだ。つまり不動の姿はもはや隠れていない。奴らが また戻ってきたら一発でアウトではないか。 「隠れんぼ?鬼ごっこ?ねぇねぇ」 「あー…もう、うっせぇな、どっか行けよ!」 いくら不動でも、小さな子供を無下に扱うのには抵抗がある。 多分、たまたま空き地に遊びに来た近所の子供達なのだろう。倉庫に何か 宝物でも隠していたのか。力を入れすぎないよう気をつけながら、不動は子 供の身体を押しのける。
「ね。鬼ごっこしてたんでしょ?誰から逃げてたの?ねぇってば」
だが、子供達は意外としつこくて。無邪気に笑いながら服を引っ張ってく る。さすがにイラついてきて、その細い腕を引き剥がそうとした不動は−−。 一瞬。何が起こったか理解出来なかった。
「駄目だよ、お兄ちゃん」
眼鏡の子供を見る。子供は笑う。無邪気に笑う。
「知ってた?鬼ごっこってね…最後は必ず全員捕まっちゃうの。捕まった人 間はみんな、新しい鬼になる。だから、絶対逃げられない」
腹が−−焼けるように、熱い。恐る恐る目線を下に下げた。外の光を反射 して、場違いに輝くものがある。不動の腹に、突き刺さっている。 手で触れた。ぬるり、と滑る感覚。温かい、水。身体からじわじわと染み 出してきている。鉄くさい匂いが、鼻につく。
「逃げられると、思ってた?」
くすくす。くすくす。 子供達は笑い合う。 あまりにも狂っていた。何かがおかしかった。だって。 こいつらは今、自分を刺した。
「う、ぁ…!」
よろける。壁にぶつかり、振動が傷に響いた。痛い。腹を押さえ、うずく まる。その動作だけで、刺さったままのナイフが動いて傷をさらに抉った。 痛い。本気で、痛い。 「逃げられないよ」 「逃げられないよ」 「絶対に駄目」 「絶対に無理」 「本当は分かってるよね?」 「本当は理解してるよね?」 子供達が代わる代わる言う。ニィ、と口の端を釣り上げ、喜悦に歪んだそ の笑みに−−もはや子供の面影は無かった。あの魔女とまったく同じ、狂気 が宿っていた。
「「アルルネシア様からは、誰も逃げることはできない」」
ぎらり。 少年達の眼が−−紅黒く輝いた。
「−−ッ!!」
不動は痛みに歯を食いしばり、渾身のタックルを決めた。軽く吹っ飛ぶ子 供達。その隙に、全速力で走り抜ける。
「いたぞ!!」
空き地を出てすぐ、男達に見つかった。不動は脂汗をかきながらも、必死 で走る。走りながら頭を動かす。 エイリア石の洗脳効果−−すっかり忘れていた。あの子供達は洗脳されて いるだけだろう。アルルネシア−−二ノ宮ならやりかねない事だ。恐らく不 動が逃げ出してすぐ、片っ端から近隣住人を洗脳したに違いない。 真帝国の一件で実証済みだった。レーゼ達のように長く洗脳し記憶を改竄 するのは手間と時間を要する。しかし短時間だけの洗脳なら少し石の光を当 てるだけで済む。まさしく小鳥遊、不動、佐久間、源田以外の真帝国メンバ ーがそうだったのだ。
「ぐぅ…っ」
傷口からはだらだらと血が流れ続けている。シャツとハーフパンツを真っ 赤に染め上げ、脚を伝い靴下まで濡らしていく。走るたび激痛とともに、血 の足跡が出来た。 危ないかもしれないが−−このままはキツい。走りながら、意を決してバ タフライナイフを抜く。びゅっ、と小さく紅い噴水が吹き上がった。
−−畜生っ…!
追っ手の数は明らかに増えていた。そもそも流血したせいで、血が鮮明な 道標になってしまっている。このままではまずい、非常に。 角を曲がれば、商店街に出る筈だ。人混みにまぎれてやり過ごせるかにか かっている。しかし不動が気力を振り絞るより先に、さっきの二人の子供達 が立ちふさがった。いつの間に先回りされたのか。 そしてさらにぎょっとする事には−−。
「皇帝ペンギン…」
野球帽の少年が。サッカーボールを置いて、脚を振り上げたこと。その臑 に、召喚された紅いペンギン達が噛みついたことだ。 まさか。まさか。まさか。
「一号ッ!!」
凄まじい勢いで飛ぶシュート。真正面からくらえば怪我では済まない。と っさに身を屈めて回避する。ボールはさっきまで不動の胸があったあたりを 通過して−−背後の塀を、粉々に打ち砕いた。 想像以上の威力。そしてあんな小さな子供に禁断技を使わせる二ノ宮に、 背筋が凍りつく思いがした。
−−下衆がっ…!!
お前が言うなよとツッコミをくらいそうだが。不動にだってある一定の良 心はあるのである。 禁断技のダメージから、野球帽の少年は動けなくなっている。一刻も早く 離れなくては。不動は全速力で脇を駆け抜けた。 が、その先にさらに待ち伏せが。エージェントの男がニヤリ−−と勝ち誇 ったような笑みを浮かべて−−。
「デーモンカット!!」
地面からせり上がる真っ黒なオーラ。それが悪魔の顔になり、不動の足元 から巨大な壁となって噴き出した。
「ぐぁっ!!」
衝撃波に体中を切り刻まれ、吹き飛び、背中から地面に叩きつけられる。 傷に響いて、あまりの痛みに息が止まる。なんとか立ち上がろうとした矢先 −−第二撃は放たれていた。
「グラディウス・アーチ」
子供の声だった。多分シュート技だろう。しかし細かな認識をする事は叶 わなかった。 たくさんの鋭い刃が、倒れた不動の上に降り注いできたのだから。
「ぐああああああっ!!」
ギリギリ身を捩って急所は避けたが、そこまでだった。剣は不動のこめか みを掠り、首筋を抉り、左肩と右ふくらはぎに突き刺さった。最後には、初 めに刺された腹の傷を上書きするように貫かれ−−あまりの激痛に絶叫し、 のたうつ他なかった。 地面に真っ赤な血の海が広がっていく。本格的に、ヤバい。自殺する事は 怖くなかった。しかし誰かに殺される事は、堪らない恐怖のように思えた。 怖いのは、死ではない。 誰かに望まぬ結末を強いられ、永遠に自由を奪われる事だ。
「捕まえた」
すぐ傍に立つ子供。ツンツンした黒い短髪に、目の大きな可愛らしい少年 だ。おそらくさっきの殺人シュートの主だろう。だが、その瞳は他の子供達 同様赤く光り、洗脳されているのが窺える。 少年が、手に持ったアーミーナイフを振り上げる。逃げようとするも、身 体はもはや思うように動いてくれない。 ここで、終わりか−−!
「虎丸君!」
しかし。少年の刃物を持つ手を押さえ込んだ人物がいた。
「どうしちゃったのよ!?貴方、自分が何をしてるか分かってるの!?」
知り合いなのだろう。茶髪の女性が必死で少年−−虎丸という名前らしい −−の目を覚まさせようとしている。そんな事をしても無駄だとは露知ら ず。 だがそんな予想外の行動が、虎丸にも、同じく集まってきていた周りの大 人達にも隙を作り。不動の絶体絶命の危機を救った。
−−俺は…死ぬ場所も生きる場所も、自分の意志で決めてやる…!!
動け。動け動け動け自分の身体!!
「殺されて、たまるか…!!」
瀕死の身体で、不動は立ち上がった。最後に遺った誇りを賭けて。
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悲しみを胸に抱いて、それでも。