ココロが焦げ付いて焼ける匂いがした。
ソレが夢の終わり、そして始まりだったの。
 憧れてたモノは美しく思えた。
手が届かない分、輝きを増したのでしょう。
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
4-15:争の、戦乙女。
 
 
 
 
 
 自分は都合のいい夢でも見ているのだろうか。不動は倒れ伏したまま、呆
然と見ていた−−走り寄ってくる、小鳥遊の姿を。
 確かに。自分は彼女に助けを求めた。でも実際、彼女が愛媛までやって来
るには、どんなに早くとも半日かかる筈だった−−エイリアの黒いサッカー
ボールでも使わない限りは。
 なのにこんなに早く来るなんて。
 いや、そもそも本当に来てくれるだなんて。
 死にかけているせいで、理想的な幻でも見てしまっているのだろうか。
 
「不動!何くたばりかけてんだよこの馬鹿!!
 
 だとしたら。どうか、覚めないでいて欲しい。
 泣きたくなるほど嬉しいのに−−この全てが夢だったら。自分はきっとも
う立ち上がれない。絶望で、死んでしまう。
 
「しっかりしな!せっかく助けに来てやったのに、死んだりしたら承知しな
いよ!!
 
 頬に触れる手。自分を覗き込む眼差し。彼女らしい、キツいけど慈しみに
満ちた言葉。
 夢じゃ、ない?
 そう思っても、いい?
「たかな、し…」
「何よ?」
「マジで、来るとか……馬鹿じゃ、ねぇの?」
「はっ、アンタに言われたかないっつーの」
 呼びかければ返事がある。
 本当に−−夢じゃないのか。
 
「助けて欲しいんでしょ?仕方ないから助けてやるよ」
 
 すっ、と立ち上がる小鳥遊の背中。不動はその勇ましさに、美しさに、思
わず息を呑んだ。
 知らなかった。彼女の背中はこんなに広かったなんて。
 
「あたしは、アンタの味方だからね」
 
 自分なんか助けて何になるんだ、とか。お前が戦っても勝てやしないんだ
から逃げろ、とか。
 言うべき事はたくさんあった筈なのに、一つも言葉にならなかった。涙が
溢れて、止まらなくて。一つも言葉に、出来なかったのだ。
 
「小娘が。どっから沸いたか知らないが…お前一人で何が出来る?アルルネ
シア様のお力を借りた我々に、ただの人間が太刀打ち出来るとでも?」
 
 馬鹿にしたように言うエージェント達に、小鳥遊も負けじと小馬鹿にした
ように鼻を鳴らしてみせた。
 
「寝ぼけてんのはどっち?魔女を狩るのは人間よ。人間の力以上に、強いモ
ノなんかありゃしない。本当に強い者には、折れない心を持つだけがなれる
のよ」
 
 折れない心。
 だから彼女はこんなに、輝いているのだろうか。
 
「奇跡を起こすのは神様じゃない。ましてや、魔女なんかじゃない。願い続
ける、人の…心だ!」
 
 そして彼女は片足を振り上げ−−叫んだ。
 
「くらえっ…サイクロン!!
 
 巻き起こる突風。不意をつかれた男達は対応できずに吹き飛ばされる。そ
の様子を確認する間も惜しんで、彼女は不動に駆け寄ってきた。
「立てる?って訊きたいけど…無理っぽいね。仕方ない、貸しにしといてや
るよ」
「ちょっ…何…!?
 小鳥遊はあっさり、不動を背負って走り出した。奴らがサイクロンのダメ
ージから立ち直るまでそう時間はあるまい。急がなければならないのは分か
る、分かるけれど。
「お、降ろせっ…!一人で走れるっ!!
「ハイ嘘!それ以上言ったらひっぱたくわよ!!
 なんて強引な。喋った勢いで咳き込み、したたかに血を吐いた。彼女の髪
や背中を赤く汚してしまう。それでも小鳥遊は構う事なく走り続ける。
 揺られる振動が痛い。だが、小鳥遊の背の温かさが教えてくれた。これは
紛れもない現実なのだと。
 
「行かせるか!」
 
 倉庫の影から、何人もの大人達がナイフを片手に姿を現した。さっきのエ
ージェント達のようにスーツを着ていない。何よりあの、血のように紅い眼。
彼らは洗脳された近隣住民だろう。
 どうする気だ、と不動が思っていると。
 
「邪魔だ!」
 
 げ、と思った。自分達の周りを、紫色の霧が漂い始めたからだ。この技に
は嫌というほど見覚えがあるわけで。
 
「毒霧の術!」
 
 書いて字の如し。毒の霧にまかれて、魔女に操られた者達がバタバタと倒
れていく。毒とはいえ、死に至るほどではない。が、当分麻痺に苦しむこと
は間違いないのだ。
「相変わらず…容赦ねぇな、お前」
「うっさい!なりふり構ってる場合じゃないだろ!!
 それはまぁ、そうなのだが。
 
「アンタのその怪我じゃ、早く病院連れてかなきゃヤバいでしょ」
 
 倒れた人々の間を、人一人背負っているとは思えない速さで駆け抜ける小
鳥遊。
 
「此処には聖也の力でトバして貰った。帰りはあいつの仲間が迎えに来るこ
とになってるけど、その集合場所までは自力で辿り着かなきゃいけない」
 
 小鳥遊いわく。その“仲間”と一緒に来れなかったのは制約のせいだとい
う。聖也の魔女としての力を借りる為には、何か対価を支払わなくてはなら
なかった。小鳥遊の対価が、その制約。
 彼女は。たった一人、誰の力にも頼れない事を分かっていながら−−自分
を助けに来てくれたのだ。
 
「応急処置程度の道具は持ってきたから。奴らをうまく撒いたら、止血と鎮
痛剤打つくらいはしてやれる。だからそれまで痛くても我慢してなよ!」
 
 馬鹿にすんな、と言いたかった。
 でも、言えなかった。
 言えば、泣き声になると分かっていたから。
 
「……うん」
 
 痛いから涙が出るんじゃない。こんな感情が自分の中にあったなんて−−
まだ遺っていただなんて。
 不動は小鳥遊の背に縋りついて、声を殺す。
 おかしな表現だけど。
 彼女と出逢って、初めて−−まともに息が吸えた、気がした。
 
 
 
 
 
 
 
 立向居は大きく深呼吸した。
 意外と気を張っているのかもしれない。練習試合なんて、今まで数えきれ
ないほどこなしてきた筈で。今から行うのは試合とすら呼べない、飽きるほ
どやったミニゲームだというのに。
 いや、分かっているのだ。緊張するのも無理からぬことだと。それほどま
でに自分達にとって、これから行う事の意味は大きい。
 
−−俺は、俺の全力をぶつければいい。そして円堂さんやみんなの全力を、
恐れずに受け止めればいい。
 
 悲しみも苦しみも。全部吐き出して、受け入れて、乗り越えて。
 
−−そうしたらきっと、想いは届く。
 
 グラウンドを見渡す。今回の為に用意されたサッカーバトル用のミニフィ
ールド。立向居は背中で、ゴール前に立つ円堂の戸惑いの視線を感じていた。
 言い出しっぺは秋だった。彼女は言った−−サッカーから始まった事は、
サッカーで解決したい。今までもこれからも、それが自分達である筈だから
と。
 秋がどうやって円堂を説得したかは分からないが。彼女はどうにかして彼
を屋上から引っ張ってくる事に成功し、試合の了承を取り付けたらしい。そ
こはさすが、雷門の最古参マネージャーといえる。
 彼女が提案したのは、四対四のサッカーバトルだ。チームAに円堂、立向
居、レーゼ、宮坂。そしてチームBに秋、春奈、塔子、リカ。そう、秋は女
子だけのメンバーで円堂に勝負を挑んできたのである。
 確かに、塔子達の実力は折り紙付きだ。しかし、秋は試合に出た事がない
ばかりか選手ですらないマネージャーである。それがいきなりGKだなんて
−−一体どうやって戦うつもりなのだろう?
 だがけして考えなしだとは思わない。立向居の属するチームのメンバーも
明らかに意図的だった。二ノ宮に浚われた風丸と仲の良かったレーゼと宮
坂。彼らも円堂同様相当落ち込んでいた筈だ。そして自分も−−あの試合の
後悔をどこかで引きずっている。
 グランが−−ヒロトが。投げかけていたサインに気付けず。悲劇を止めら
れなかった、悔い。だからこそ、このまま立ち止まっていたくない。秋には
そんな立向居の心情を悟られていたのだと思う。
 後悔も反省も、生きていく上で避けては通れない道。自らの闇を見つめて
乗り越えていかなければ、成長していく事はできない。
 誰もが今、大きな壁の前に立ち、答えを捜している。秋は皆に訴えている
のだろう。この試合で、自らの本当の答えを見つけて、何かを掴み取って欲
しい−−と。
 
「…円堂さん」
 
 ならば、自分は。
 
「俺…あれからずっと後悔してました」
 
 後ろで円堂が顔を上げる気配がした。だから、立向居は振り返らずに続け
る。
 
「ヒロトさんは…俺に、サインを出してくれてたのに。俺はあの人の声に気
付けなかった。そして…あんな悲しい試合になってしまった」
 
 あんな顔は、させたくなかったのに。
 自分はただ悲劇を見ていただけ。何も、変える事など出来なかった。
 
「俺には、悲劇を止められなかった責任を…果たす義務がある。円堂さん。
貴方も同じ罪の意識を感じてるなら…やるべき事はある筈です」
 
 眠れない夜を過ごして。独りきりで泣いて、泣き喚いて。立向居は一つの
結論を出していた。自分に今一番必要なこと、それは。
 
「思い出さなきゃ、駄目なんだ」
 
 悲しみに溺れれば溺れれるほど見えなくなってしまう。ほんの少し前ま
で、当たり前であった筈の事が。
 
「サッカーは楽しいモノだって、俺達は思い出さなきゃいけないんです。だ
って自分が楽しくないのに、誰かに楽しさを伝えるなんて事、できるわけな
いじゃないですか」
 
 自分達までサッカーを辛いモノにしてしまったら。エイリアの子達にどう
して想いが伝えられようか。
 
「サッカーが楽しいって…みんなが思えるようになったら。それがきっと幸
せって事で。それがきっと…みんなにとっての救いになる。俺はそう、信じ
ています」
 
 雷門も。エイリアも。あらゆる世界が等しく。楽しいと気付いて、笑顔の
輪を広げられたら。
 サッカーは本物の、“白き魔法”になる。誰かを幸せにする、絶対無二の
魔法になるから。
 
「サッカーをホンモノの魔法にする為に。俺達は、忘れそうになってる大切
な事を、取り戻さなきゃいけないんじゃないですか?」
 
 立向居は振り向き、円堂に微笑みかけた。円堂は大きく目を見開き、こち
らを見ている。その眼の奥が、幾つもの感情で揺れている。
 
「勇気を出して、サッカーと向き合って欲しいんです」
 
 その手前。それぞれDFとFWの位置に立つ宮坂とレーゼと眼があった。
二人はもう、理解しているのだろう。言葉の代わりに、力強く頷いた。
 サッカーと向き合う。自分の一番望むサッカーを見つめ直す。それは言葉
にして考えるより、ずっと簡単な方法があるのだ。まずはぶつかってみれば
いい。そうして自然に体が動くなら、その先に必ず答えがある。
 
「どうか、忘れないで下さい」
 
 思い出すのは、立向居が初めて円堂を見つけた時の衝撃。目を奪われた。
惹きつけられた。何度折れても立ち上がる姿に、どれほど力を貰っただろう。
 それは自分だけではない筈だ。円堂のプレーは、見た者の多くを虜にし、
本当の強さを教え与えてくれる。
 
「貴方のサッカーで、幸せになった人間が、ここにいるってことを」
 
 円堂はとっくに、サッカーで人を幸せにする白き魔術師だった。どうかそ
れを思い出して欲しい。今までやってきた事は無駄なんかじゃないのだと。
 ホイッスルが鳴る。フィールドに立つ全員を、鼓舞するように。
 
 
 
NEXT
 

 

忘れてはいけない痛みとして、刻まれていく。