花のように儚いイノチなら。
せめて貴方の傍で咲き誇らせて欲しいの。
 貴方が微笑ってくれたら、それでいい。
一人で散っても、寂しくないから。
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
4-16:る、足音。
 
 
 
 
 
 これでいいのだろうか。円堂は、ゴール前で考え続けていた。
 ほぼ成り行きで−−半ば強引にグラウンドに引っ張り出されてしまった
けれど。果たして今の自分に、ゴールを守る資格などあるのだろうか。サッ
カーと向き合えない自分が、サッカーをしてもいいのか。
 
−−俺のサッカーじゃ…誰も救えない。守れない。俺が無力だから。
 
 どんなに護りたい、助けたいと望んでも、それは願望でしかなかった。風
丸を護れず、ヒロトを救えず−−円堂は嫌というほど思い知らされた。
 友達をたくさん連れてきてくれたサッカーに、自分は何の報恩もできやし
ない、と。
 だけど。
 
『思い出さなきゃ、駄目なんだ』
 
 立向居の言葉を、何度もリピートする。
 
『サッカーは楽しいモノだって、俺達は思い出さなきゃいけないんです。だ
って自分が楽しくないのに、誰かに楽しさを伝えるなんて事、できるわけな
いじゃないですか』
 
 ああ、そうだった。
 サッカーは破壊の道具じゃない。サッカーは楽しいモノなんだってエイリ
アの奴らにも教える為に−−それが戦い始めたきっかけだったっけ。
 いつの間にこんなに苦しくなってしまったんだろう。確かに自分が楽しく
ないのに−−サッカーを楽しんで欲しいと他人に願うのは、おかしな事だ。
 
『サッカーが楽しいって…みんなが思えるようになったら。それがきっと幸
せって事で。それがきっと…みんなにとっての救いになる。俺はそう、信じ
ています』
 
 サッカーをしていると楽しかった。幸せだった。
 過去形になんか、したくないのに。
 
『サッカーをホンモノの魔法にする為に。俺達は、忘れそうになってる大切
な事を、取り戻さなきゃいけないんじゃないですか?』
 
 取り戻さなきゃいけない、大切な事。
 分かってる、本当は。最初から答えなんて出ている。
 
 
 
『勇気を出して、サッカーと向き合って欲しいんです』 
 
 
 
 足りないのは、勇気?
 
 
 
−−俺は…。
 
 考えこんでいる間にも時間は過ぎている。円堂のチームは、FWにレーゼ、
MFに立向居、DFに宮坂が入っている。明らかに意図的なメンバーだった。
多分このサッカーバトルは、円堂の為だけではないのだろう。
 対し、あちらのチーム。FWにリカ、MFに春奈、DFに塔子。そして−−GK
に秋。
 
『ちなみに私、GKになりたいな。円堂君みたいに、チームを守る人に』
 
 秋がアメリカ時代、一之瀬達とかなり本格的にサッカーをやっていた事は
聞いている。一之瀬の事故がきっかけでやめてしまったが、また始めたいと
思っていること、GKを志している事も知っている。
 だが、実際彼女がサッカーをするところは見た事がないのだ。その実力は
完全に未知数である。
 
−−フォーメーションは…俺達もあっちもベーシック、か。
 
 
GK    秋
DF    塔子
MFFW春奈 リカ
 
MFFW立向居 レーゼ
DF    宮坂
GK    円堂
 
 
 サッカーに対して、恐れさえ抱いている今。なのにキャプテンとしての性
か、こうしてフィールドに立つと冷静な分析をしてしまう。
 円堂は思う。些細な事一つとっても−−自分の全てに、サッカーが染み付
いていると。自分からサッカーは切り離せないし、自分からサッカーを取っ
たらきっと何も残らない。
 どんなに怖くても、痛くても、悲しくても−−サッカーが、好きだから。
 
「円堂!」
 
 DFの位置から、塔子が叫ぶ。
 
「本気でぶつかって来い!女だけのチームだからって手加減したら承知し
ねぇぞ!!
 
 勿論だ。普段ならあっさり笑顔で切り返せていただろう。
 
−−本気。出せるのかな。今の、俺に。
 
 円堂の悩みを余所に、ホイッスルは鳴った。三点先に取った方が勝ち、そ
れが今回のルールだ。制限時間は二十五分。どちらも三点先取できずに終わ
った場合は、その時点でリードしていた方が勝ちとなる。
 やや趣が違うルールだが、これも彼女達なりに考えた結果なのだろう。
 
「行きます!」
 
 秋チームのボールで試合開始。ボールを持った春奈が一気に駆け上がって
いく。
 狭いフィールドで行うサッカーバトルを、普通の試合と同じ感覚で行って
はいけない。最初にボールを持ったチームが有利なのは試合でも同じだが、
サッカーバトルではさらにその比重が高い。何故ならエリアが狭いので、少
しうまくドリブルすればあっという間にシュートの射程圏に入るのだ。
 また、その狭さゆえ、ロングシュートの意義がない。ロングシュートも通
常シュートと同じ扱いになると言っていい。長距離砲を武器にするチームが
サッカーバトルでは苦戦しやすいのはこの為だ。
 さらに。これが最大のポイントなのだが−−サッカーバトルでは、オフサ
イドが発生しない。つまりゴール前に一人待機させておけば、一気にピンチ
から逆転できるということ。守る側はこれを念頭に置いて戦術を練らなくて
はならない。
 
−−やっぱり…!
 
 思った通り。ゴールのすぐ前にリカが走ってくる。パスを出されたら一気
にシュートまで持ち込まれる。
 宮坂、と名前を呼ぶ前に彼はもう駆け出していた。そのままリカのマンマ
ークにつく。
 
「このっ…!」
 
 振りほどこうとするリカだが、そもそも宮坂の本領はその身軽さ、素早さ
にある。この狭いフィールドで彼を振り切るのは容易な事ではない。ついで
に言えば、長距離ランナーを自称していただけあって彼の持久力には定評が
あるのである。
 リカからすればある種一番相性が悪い相手なのかもしれなかった。まして
や試合ではなくサッカーバトルならなおのこと。
「しつこい男は、嫌われるで!」
「一之瀬さんのストーカーしてる貴女にだけは言われたくないですよっ!」
「喧しいわドアホ!うちはダーリンのストーカーやない、フィアンセやフィ
アンセ!!
「妄想に走ってる時点で立派な変質者じゃないですか?」
「何やとぉっ!?
 何やら、いつの間にか漫才と化している。二人の間で何かあったのだろう
か、いつにも増して熱くなってるような。
 
「まぁ、いろいろあったんだ。喧嘩と言うべきかは微妙…だけど」
 
 円堂の疑問に気付いてか、レーゼが苦笑して説明する。
 
「どちらにも、譲れないモノがあった。…気持ちに整理をつける為に、二人
にとってもこの勝負は意味があったのかもしれない」
 
 譲れないモノ。後で詳しく聴きたい、そう思った。また、レーゼ本人の事
もそう。いつの間にか退院して戻ってきていたらしい彼の顔は、前よりずっ
と大人びて見えた。多分、様々な事を思い出して、彼なりに何らかの決意を
したのだろう。
 自分は本当に何も知らない事だらけだ。こんなに皆の近くにいる筈なの
に、ゼロ距離で触れても心には届かない。それが悔しくて悲しくて−−もっ
と知りたいと、強く願う。
 どんなにサッカーが怖くても。こんなに弱い自分をいつか皆が見捨ててい
なくなってしまう日が来たとしても。円堂にとっては一生大切にしていきた
い仲間で−−何があってもどうなっても、自分から手放すなど考えられない
存在だったから。
 やっぱりサッカーが好きで。
 みんなとやるサッカーがもっと大好きだから。
 
「…くっ!」
 
 リカと宮坂の激しい競り合いは続いている。サッカーバトルではオフサイ
ドは無論ファールも発生しない。半ば喧嘩のような有様で掴み合っていて
も、誰からもお咎めはないのだ。
 宮坂を振り切れぬリカにパスを出すわけにはいかない。春奈が僅かに判断
を迷った、その瞬間を立向居が見逃さなかった。
 渾身のスライディング。しまった、と春奈の顔に大書きされたが、もう遅
い。
 
「行かせないっ!」
 
 リカは宮坂が押さえている。後は塔子一人。その塔子は雷門でも守備の要
として活躍する有力選手だ。立向居はどうやって抜く気だろう。
 
「ザ・タワー!」
 
 出た、必殺技だ。塔子の足元にオーラが集まり、強固な石の塔を形成して
いく。生半可な技術で破ることはできまい。
 しかし、立向居の顔を見て−−円堂は気付く。
 
−−笑ってる…?
 
 塔子に勝つ自信があるから?バトルに負けない自信があるから?いや、多
分それだけじゃなくて−−。
 
−−楽しいんだ。
 
 ギリギリのところでしのぎを削るのが。
 拮抗する力と力をぶつけ合うのが。
 何より−−サッカーそのものが。
 
−−ああ、そうだ。
 
 自分も、そうだった。円堂は思い出す。立向居の姿がだぶって見えた。豪
炎寺に、風丸に、鬼道に、塔子に−−そして円堂自身に。
 
−−あそこにいるのは、俺だ。
 
 サッカーを本気で楽しんでいた時の、自分だ。
 
「大団扇!!
 
 塔子のタワーが完成するより先に、立向居が動いていた。彼の手に具現化
される、大きな赤い団扇。それはさながら西遊記に出てくる羅殺女の武器を
想像させるものであった。
 祭りの花火が上がる。軽快な火薬音を背景に、立向居が団扇を振り下ろし
た。未完成の塔は突風でバラバラに吹き飛ばされる。
 
「わあっ!」
 
 墜落する塔子の脇を駆け抜ける立向居。まさか彼が−−フィールドプレイ
ヤーとしてもここまでやるなんて。円堂は感嘆した。そのまま、何かを考え
るより先に言葉が出ていた。
 
「立向居…凄ぇなお前!」
 
 レーゼが振り向く。彼は、なんだか嬉しそうに笑った。何でだろう、と円
堂は思う。
 それは円堂が、久々にサッカーで顔を輝かせたのが嬉しかったからなど、
当の本人が知る由もない。
 
「いくぞっ!」
 
 もはや遮るものは何もない。立向居がシュートを放つ。秋が守るゴールへ
と。
 本来のポジションがGKである立向居のシュートは、確かに威力が落ちる。
とはいえ素人が取れるレベルでないのは間違いない。さあ、秋はどうするの
か。
 円堂が固唾を飲んで見守る中、彼女は手を振り上げ−−。
 
「ゴッドハンド!」
 
 神の手を、召喚した。
 
「……!」
 
 息を、呑む。大きな金色の手が、がっしりとボールを受け止めた。完璧な
キャッチだ。まさか彼女がここまでやるなんて−−と、誰もが驚愕しただろ
う。
 そして、円堂も。
 
−−ゴッド、ハンド…。
 
「円堂君」
 
 秋がこちらを見る。きらきらとした大きな眼。吸い込まれそうな眼で円堂
を見て、笑う。
 
 
 
「思い出して!全部…ここから始まったんだって!!
 
 
 
 そうだ。
 サッカー部の始まり、あの帝国との練習試合。円堂がやっとの思いで辿り
着いた、一番最初の必殺技。
 あのゴッドハンドが、全ての始まりだった。
 
−−忘れちゃってたな、あの時の気持ち。
 
 目に映る全てが輝いていた、あの頃。
 
「……秋」
 
 もう一度、初めからやり直そう。
 今この場所がスタートになる。いつの間にか見失ってしまっていた真実
を、間違えてしまっていた物語を−−もう一回。
 
「………ありがとな!!
 
 気付かせてくれた少女に、謝罪よりも感謝の言葉を。自分達の足跡は語っ
ていた。無駄な事など何一つ無いと。
 君が、君達が思い出させてくれたから。
 サッカーは、幸せになれる魔法だと。
 
 
 
NEXT
 

 

貴方がこれ以上怖いモノを見なくて済むなら、それなら私は。