この手伸ばして、明日を掴め。 未来は力づくで奪い取るもの。 無限の可能性へと羽ばたいてみせさい。 願う景色があるなら、立ち上がれ。 この背中に、白い翼は 無いとしても。 4-19:残酷な、天使のテーゼ。 自力ではろくに動かせない身体が恨めしい。佐久間は苛々を隠しもせず舌 打ちした。「気持ちは理解しますが、やめなさい。はしたないですよ」「…煩い」アルティミシアに諫められ、つい睨みつけてしまう。完全に八つ当たりだ。 彼女が悪いわけじゃない。全ては自分の不始末が招いた事だというのに。彼女の手を借りて、なんとか車椅子に移動する。下の世話に至るまで介助 を必要としていた時に比べれば驚くほどの回復スピードだ。しかし、それで も忌々しいと感じてしまうのはどうしようもない。いつも同じ時間に散歩に出るのが最近の日課だった(まあ車椅子の移動を 散歩と呼べるかは置いておいて)。外の空気を吸えば、少しだけでも陰鬱と した気分は晴れる。今の自分には、ただ報せを待つ事しか出来ないのだから。気になるのは源田の事だった。先日のハートレス騒動の後、原因不明の高 熱を出して倒れた彼。医者に分からないとなると、アルルネシアに何か魔法 的処置をされた可能性が高い−−とアルティミシアは言っていた。源田の容 態が少し落ち着いた後、自分も一緒に魔力検査を受けた。結果は近いうちに 出る筈だ。自分が一緒にいたところで何が出来るわけでもないけれど。やはり心配な ものは心配だ。なるべく傍についていてやりたい気持ちはあった。周りには誤解されがちだが、佐久間と源田の仲はけして悪くない。むしろ 良いと佐久間は思っている。何故だか自分と源田が喋っていると喧嘩してい るように見えるのが原因らしい。実際喧嘩する事がないわけではないが、そ れもまず佐久間が一方的に怒鳴って短時間で終わる。源田は怒らない事で有 名だった。 自分達ほど見た目と内面のギャップの大きいコンビもいないだろう。源田は贔屓目でなく、とても綺麗な顔立ちをしていると思う。成績も良い し運動神経に至っては言わずもがな。よって相当モテる。そしてその癖の強 い髪型のせいと長身から、ワイルドな印象を受けやすい。が、内面はまった くの逆である。なよっちいなんて事はけしてない。ただ料理や裁縫が得意で気配りがうま く、恐ろしいまでに気長である。ついでに天然である。今の今まで佐久間は 彼が本気で怒ったところを殆ど見た事がない。大抵の人間はそのギャップに 眼を丸くする。そんな源田と。火と水のごとく真逆なのが佐久間だった。自分で言うのも 虚しいが、相当な女顔だと自覚している。綺麗、や可愛い、と言われてうん ざりする事も少なくない。モテるといえばモテるが、男子にまで告白された 時は卒倒しかけたものだ。『…んだとてめぇ。もう一回言ってみやがれ!』で。その佐久間は短気な人間だった。それはもう素晴らしく。元暴走族の 咲山にさえストップをかけられるレベルなのだから推してはかるべしであ る。源田と一緒に出かけてうっかりカップルと間違えられた時などは、マジ ギレして相手を半殺しにしかけた。そして源田に必死で止められた。また、佐久間は見た目に反してかなり不器用である。というより性格的に 大雑把なのかもしれない。料理をしようとしてあらゆる素材を目分量で量 り、凄まじい味になったのは記憶に新しい。見た目と内面が見事正反対な自分達。だから気が合ったのかもしれない。 それはまるで、自らに足りないところを補い合うかのよう。練習でも着目点 が違うので、意見を言い合うだけで充分参考になった。どちらも同じように、鬼道を尊敬し崇拝していたけれど。鬼道が自分にと って“親友”だったかと言われれば答えはNOだ。彼はあまりにも高い場所に居すぎた。どんなに近くにいても明白なほどの距離があった。だから。『そんなにカリカリするな、佐久間。ストレス溜めるだけだぞ?』佐久間にとって誰が“親友”のポジションにいたかといえば−−やはりそ れは、源田以外には有り得ないのだろう。真帝国の一件でもそう。互いに一 番辛い時、寄り添うように一緒にいた自分達。おかしな表現だと思うのだけど。初めて逢った時から、他人のような気が しなかった。昔からの幼なじみのように、隣にいる事が当たり前の存在だっ た。きっと。もし彼に何かがあったなら。自分は鬼道が死んだ時とはまた別の 喪失感で身動きがとれなくなるだろう。想像したくもない事だけど。−−二ノ宮蘭子…いや、アルルネシア。 同じ病室で。眠っている源田を見、佐久間は心の中で呟く。−−俺達から鬼道だけじゃなく…源田まで奪うつもりなのか。憎い憎い災禍の魔女。騙されその手で踊らされた過去を思うと、罪悪感の 恥辱で死にたくなる。あの女に奪われたのは鬼道だけじゃない。身体も心も 魂も誇りも−−あまりにもたくさんのものを壊された。汚された。契約して−−どれだけ力を得たとしても。自分達人間の力など、大魔女に 比べればあまりにちっぽけなものかもしれない。足掻いても足掻いても、ど うあっても現実を変える事は出来ないかもしれない。 だけど。足掻けば変わる未来もあると−−円堂達はそう教えてくれた。彼らのサッ カーが自分達を呼び戻してくれた。だから、自分ももう、諦めたくない。自 力で立ち上がる事を諦めた結果、自分達は魔女の誘いに乗り闇に堕ちてしま ったのだから。−−貴様にこれ以上…奪わせるものか。待つ事がどれだけ辛くとも、自分は自分と闘わなければならないのだ。佐 久間は自らの覚悟を再確認する。もう大切なモノを失わない為に。「…う、ぁ…ぁ…!」「…!?源田!?」 不意に佐久間は異変に気付く。源田が苦しそうに呻き始めたのだ。また発 作が起きたのか、それとも−−魘されている?「痛い…痛い、痛い…やめて、下さ…」 源田が呟いたキーワードを耳にして、佐久間の背筋は凍り付いた。「やめて…総、帥…」頭の中で目まぐるしく−−まるでパズルのピースが嵌る如く−−理解が 繋がる。まさか源田は、あの日の事を−−?「源田!おいっ、しっかりしろ!!」 病院である事も忘れて、佐久間は声を張り上げていた。いけない、と思っ た。その悪夢を見てはいけない。思い出してしまう。そうしたらきっと−− 取り返しがつかない。 だってあの時彼は。「源田!さっさと起きろっ、源田ぁ!!」 力の入らない手で無理矢理源田の身体を揺さぶる。掴んだ肩は痩せて、冷 たい汗でびっしょりと濡れていた。なのに体温は熱で異様に高い。「う…」功を成してか、源田がゆるゆると目を開く。まだ焦点が合っていない。現 実と夢の狭間をさ迷っているような様子だ。「さっさと戻ってこい、馬鹿野郎」「……さく…ま?」わざと呆れた口調を作って言ってやれば、彼は何度かまばたきを繰り返し て佐久間の名を呼んだ。「酷く魘されてたぞ。煩くて近所迷惑だったから起こしてやった」余計なお世話だったか?と苦笑いして訊く。すると源田は予想通り、いや、 と首を振った。感覚を確認するように頭に手を当てて。「ありがとう、佐久間。…少し嫌な夢を見ていただけだ。本当に…夢で良か った」「総帥…って寝言言ってたぞ?」「そりゃ恥ずかしいな。…実際、あの人が出てきてボコられたけど。何で今 になってあんな夢見るんだろうな?」可笑しな話だ、と源田は笑う。まだ青ざめてはいたが、誤魔化す笑顔では ない。佐久間は気付かれぬよう安堵の息を吐く。どうやら思い出してしまっ たわけではないらしい。だがその反面。思い出してもいないのにあの日を悪夢に見るだなんて。や はりそれだけ、心に刻まれた傷は深かったということか。「夢は夢だろ、気にするなよ。もう…あの人はいないんだから」そうだ。あの人は−−影山零治はもういない。真帝国学園がアルルネシア の手で破壊され、潜水邸が沈没した時−−運命を共にしたと聴いている。実 際死体が上がったわけではないが、状況が状況なだけに生存は絶望的だろう と。さらに。影山の真実も。影山が実父から凄惨な虐待を受けて育った事。そ れが愛情だと誤認したまま大人になってしまった事。鬼道を我が子のように 愛していたのに−−自分が父にされた事同じ悲劇を繰り返してしまった事。 全ての闇に火をつけ、彼を絶望の魔術師に仕立て上げたのは他でもない−− アルルネシアである事。 影山もまた被害者の一人であった事を。「夢と同じ事なんざ起きないさ。起きるわけがない…絶対に」 だって、全ては未来ではなく−−過去なのだから。帝国イレブンはみんな知っている。知らないのは源田本人と鬼道だけだっ た。いや、もしかしたら鬼道は薄々勘づいていたかもしれないけれど。たった一度の悲劇だった。あれは一年の暮れだったろうか。虐待され続け、 身も心も擦り切れ続ける鬼道の姿に、ついに源田が動いた。ああ、そうだ。自分への侮辱ならば何を言われても怒らない源田が。誰も が驚くほど温厚な彼が−−痺れを切らしたのである。皆で影山に抗議に行こ うと話した事は何度もあった。その度に“とばっちりを受けるのは鬼道だ” と仲間達を止めていた彼が。本気で激怒して−−たった一人で影山の元に乗り込んでしまったのであ る。静かな怒りだったが、源田が憤るのを見たのは後にも先にもこの時だけ だった。彼は愛するものの為ならば、いくらでも無謀な真似が出来てしまう。その 危うさと脆さに佐久間が気付いたのは−−事が起きてしまった後だった。その日。怒っていたのは源田だけではなかった。佐久間もだ。ほんの少し 運命がズレていたら、単身で影山と対峙していたのは自分の方だっただろう −−影山の部屋で、ボロボロの姿で打ち捨てられている源田を見つけなけれ ば。『頼む、頼む佐久間…この事は、誰にも言わないで…。特に、鬼道に、は…。 あいつをこれ以上……追い詰める、わけには…』部屋に主はいなかった。源田のユニフォームは切り裂かれ、殆ど意味を成 していなくて。剥き出しの肌は血だらけで、床は這いずったせいで赤黒い跡 だらけになっていた。切り裂かれ、あちこちの骨を砕かれ、その姿は見るも 無惨なものだった。朦朧とする意識の中。誰にも言うなと源田は繰り返した。半ば泣き叫びな がら。ろくに動かない筈の身体で佐久間に縋りついて。『あの人は、絶望だ…。あの人そのものが絶望の塊…誰も、逆らえやしない んだ…っ』 佐久間が理解するには充分だった。 源田は影山に暴行された。たった一度といえ、鬼道と同じ目に遭わされた。 絶望の種を、植え付けられたのだと。『佐久間は、絶対…俺と同じ事は、するな。お前まで、壊されたら…俺、は』そのまま源田は意識を失って−−病院に担ぎこまれた。そのまま一週間、 生死の間をさ迷って−−記憶を取り戻した時は、何も覚えていなかったので ある。それでいい、と佐久間は思った。忘れてしまわなくてはならない。生きて、 幸せになる為には。思い出す必要も、ない。 佐久間は知らなかった。彼の悪夢が。あの出来事が後に−−どれほど大きな爪痕を遺す事になるか など。 NEXT |
絆繋げ、負けないように。