キミの事誰より分かってる、なんてね。
いつか自信を持ってそう言えたらいいな。
 とりあえずは踊りましょうか、嫌な事全部忘れてもいい。
今だけは、貴方のたった一人でいたいの。
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
4-23:上がりの、虹。
 
 
 
 
 
 自分がヘビースモーカーなら、ここで一服するところだなと思う。陽花戸
中のグラウンドの様子を眺め、聖也は笑う。
 
「疾風ダッシュ!」
 
 円堂がキャッチしたボールは、宮坂に渡っていた。彼の素早い動きに翻弄
され、抜き去られるリカ。が、そこに春奈が迫っている。
 
「行かせません!スピニングカット!!
 
 彼女の脚が弧を描き、地面から青い焔が噴き出す。間一髪焔の直撃を免れ
た宮坂だったが、そこで脚が止まってしまった。その隙を彼女達が見逃す筈
はない。
 
「いただき!」
 
 最前列まで上がってきた塔子がボールを奪っていた。見事な連携プレイに
聖也は口笛を吹く。個々のレベルが格段に上がっている。今までの過酷な試
合経験はけして無駄ではなかったという事だ。
 しかしそれ以上に嬉しいのは。
「宮坂、リカをマーク!!バタフライドリームが来ると面倒だ!!
「はい!!
 円堂の指示を受けて宮坂がマークに走る。やはりバタフライドリームを狙
うつもりだったのだろう、動きが止まる塔子。
 
「はぁっ!」
 
 そこにレーゼがスライディングをかけ、ボールを奪取。一進一退の攻防。
目まぐるしく支配権が移る。
 少し前までの鬱々とした空気はない。たかがミニゲーム。されどミニゲー
ム。誰もが楽しそうにサッカーをしていた。まるで雨上がりの青空にかかる
虹のように。
 
−−強ぇな、お前らは。
 
 聖也は思い出す。遠い遠い昔。人間が嫌いで大嫌いで−−その全てを壊し
てやろうと世界を滅ぼして回った忌まわしき日々。大魔女の力に溺れ、憎悪
に支配されていた自分を救ってくれたのも、ちっぽけなたった一人の人間だ
った。
 そんな人間達に身近に触れ。いつの間にか人間という存在も悪くないと思
えるようになり。紆余曲折をえて自分は此処にいる。
 雷門の彼らを見ている思う。強くて優しい子供達が、強かで尊い大人達が
いる。だから今の自分は人間が好きだ、そう言う事もできるのだと。
 
「乗り越えたな、円堂は」
 
 いや、彼らならば乗り越えられると分かっていたからこそ、自分は殆ど手
を出さなかったのだが。
 最終的に辿り着く答えなど至ってシンプルなもの。“風丸やヒロトに逢っ
て謝りたい、彼らを助けに行きたい”。それが最初から円堂の願いだった筈
で、しかしそれを口にするまでが難しかった。誰かを想えば想うほど罪の意
識が邪魔をする。
 
「人は誰だって必ず壁にぶつかる瞬間がある。どうしようもない現実に、絶
対にかなわない敵に打ちのめされて這い蹲る。誰でもそう、例外なく」
 
 自分もそうだったな、と聖也は思う。
 自分に初めて人の温もりを、愛を教えてくれた人達がいた。血は繋がらな
くとも、家族と呼べる愛しい存在が。
 しかしそんな彼らを−−理不尽な運命は壊し。あまつさえ世界の敵に仕立
て上げ、自分の目の前で奪い去ったのだ。
 あの頃。まだ精神的に未熟だった自分はただ憤り憎むしかなかった。理不
尽な“正義”を振りかざし愛する者達を“悪”として消し去った“勇者”を、
ただ怨むほかなかった。
 今ならわかる。あの出来事が自分にとっての絶望であった事。その絶望を
乗り越え、憎しみを乗り越え、真実に辿り着けたから今の自分がある事を。
 
「この世界に都合の良い神さんなんかいねぇ。だから時には乗り越えようの
ない試練だってある。大事なのは…そのどうしようもない絶望を前にして、
それでも立ち上がれるかどうかだ」
 
 絶望を知り、それでも立ち上がる事の出来た者は、強い。それを聖也は様々
な者達に教わり、今円堂達も証明して見せた。
 彼らなら、勝てる。残酷な運命を打ち破り、あの残虐な災禍の魔女をも打
ち倒せる。自分の見込みは間違っていなかった。
 
−−もうきっと、大丈夫。
 
 実際、まだ解決していない事もある。風丸がいなくなった事は予想以上に
チームのダメージだった。特に吹雪。一度は立ち直りかけていた彼が風丸の
死を前に立ち竦んでしまっている。照美の力で段々と元気を取り戻しつつは
あるようだが。
 そして他にも、浮上した問題。先程新たに情報が入った。不動と、彼を助
けに行った小鳥遊の事だ。二人を迎えに、ラストエデンの精鋭の一人である
フリオニールを派遣した事は、どうやら正しかったらしい。
 
『あんたの予想は正しかったみたいだ。不動はエイリア学園のエージェント
に追われていた。アルルネシアも結構本気だったみたいだな。エージェント
だけじゃなく、愛媛の近隣住人や偶々来てた旅行者も洗脳して追っ手にして
いたようだ』
 
 あまりに非人道的な話だった。アルルネシアはサッカーをやる少年達を中
心に洗脳していた。中には年端もいかぬ幼児までいたという。一部の少年に
は禁断技まで使わせた為、酷い後遺症が残る恐れがあるらしい。滅茶苦茶な
話だ。
 魔女の狙いは不動自身と不動が持ち去ったマイクロチップ。どうやら不動
は自分を捨て駒にしたアルルネシアへの最期の嫌がらせのつもりで、マイク
ロチップを抱えたまま自殺する気でいたようだ。敬愛していた人に裏切られ
自暴自棄になった彼は、それくらいしか想いの持っていきようがなかったの
だろう。
 
『不動と小鳥遊の二人も無事保護したし、マイクロチップも確保した。…だ
が、二人ともかなり酷い怪我だ。意識も取り戻したし命に別状はないが、当
分ベッドから起き上がれないだろうな』
 
 予想の範疇だったが−−苦い気持ちになるのは致し方ない。出来る限り無
傷で帰ってきて欲しい。その願いが打ち砕かれた瞬間だったから。
 だがその反面、心から安堵もする。彼らが生きて帰ってきてくれて本当に
良かった。これ以上アルルネシアの策略で犠牲を払うのは御免だ。
 
−−エイリア学園サードランクチームキャプテン…“リバース”、か。
 
 その、保護した二人から聞き出した情報。
 不動は元々普通の一般家庭の少年だったが、家庭崩壊の後“エイリア皇帝
陛下”に拾われ忠誠を誓った事。そこでかつてサードランクチーム・タルタ
ロスのキャプテンを務めていた事。しかしそのタルタロスのメンバーが度重
なる実験で使い物にならなくなってしまった為、半ば閑職状態であった事。
それでも敬愛する人達に認めて貰いたくて−−影山を脱走させ、真帝国の一
件を引き起こした事。
 雷門が直接戦い、あるいは存在を確認していたのは5チームだ。セカンド
ランクのジェミニストーム。ファーストランクのイプシロン。マスターラン
クのガイア、ダイアモンドダスト、プロミネンス。
 ファーストとセカンドがあるなら、サードがあって然りだろう。何よりデ
ザームもその存在を匂わせる発言をしていた気がする。かつて存在していた
が、使い物にならなくなったチームがある−−と。そのキャプテンが不動だ
ったのはさすがに驚いたが。
 リバース。反転。かの人は何を思って不動にその名を与えたのだろうか。
 
『不動はエイリア学園について深く知りすぎている。口封じもあったんだろ
うな。…尤も、あいつもエイリアの本拠地の場所を把握してなかったみたい
だし、記憶操作を受けてる可能性は大いにあるが』
 
 不動の腕に、盗聴器と発信機が埋め込まれていたという。エージェント達
が執拗に追跡できたのはこの為だ。まったく酷い真似をする。
 エイリアの本拠地へは当然不動も出入りしていた。しかし本拠地へは必ず
黒いサッカーボールを使って、そこに内蔵された設定のまま自動で移転して
いた為、具体的な所在地が分からないのだという。その黒いサッカーボール
も真帝国と一緒に海の藻屑となっているので探しようがない。
 
『そして一番の問題。不動が持っていたマイクチップの内容だ。ゼクシオン
に解析して貰ったんだが…』
 
 マイクチップを奪いにきたエージェントは言っていたらしい。それは沖縄
の実験に必要なものだ、と。
 
−−アルルネシアの奴…今度は沖縄でやらかす気かよ。
 
 聖也はウンザリした。沖縄の場所にもよるが−−下手なところを戦場にさ
れたら国際問題になるだろう。アメリカが飛んでくるような事態になったら
面倒極まりない。
 
『ある集団をより強力な戦闘集団に変える為の、エイリア石の応用実験。…
奴はまた雷門を仮想敵に嫌な実験を始める気だ。雛見沢症候群は知ってるよ
な?』
 
 雛見沢症候群。その喩えだけでなんとなく予想がついた。
 フリオニールいわく。マイクチップに入っていた実験内容は−−その雛見
沢症候群のシステムによく似ているという。
 雛見沢症候群とは。ある世界に存在する寄生虫による風土病である。症状
は仮性ハートレス症候群とほぼ同じと思ってもらって構わない。違いは、末
期症状に至った人間はほぼ例外なく発狂して死に至るという事だ。
 雛見沢症候群は、普通に生活していればキャリアになっても発症する事な
く生涯を終える事ができる。高ストレス状態に置かれるか、ある条件が満た
されなければ。
 そのある条件とは。雛見沢症候群のキャリアのうち“女王感染者”と言わ
れる者が死亡すること。その一人が死ぬと周りの人間は必ず発症し、気が狂
って死んでしまうと言われている。
 
『ある集団に…一人、“親”を作るんだ。“親”以外は全員“子”になる。
親になった人間の心臓に核となるエイリア石とシステムを埋め込んで、“子”
になった者達にはそれぞれ親の指令を受け取るパーツを脳に埋め込む』
 
 “親”は、核の“制作者”−−これがアルルネシアになるのは間違いない
−−の命を忠実に実行する。さらに“子”はそんな“親”の命に従う。連鎖
的な洗脳だ。
 この洗脳から彼らを救う方法は一つしかない。核の動力源は“親”の心臓
だ。つまり“親”の心臓を止めてしまえば核は停止する。“子”は洗脳から
解き放たれる。
 それはつまり、“親”にされた人間は死によってしか解放できない、とい
う事。
 
−−冗談じゃねぇ。
 
 そんな非道な実験、許していい筈がない。エイリア石の力をさらに強く受
けた人間達は、さらなる力を手にするかもしれない。しかし、それが何だと
いうのだ。心を犠牲にした勝利に何の意味があるだろう。
 いや。アルルネシアは“勝利”すら求めてはいない。ただ自分に忠実な強
い駒を作る為−−その過程で勝とうが負けようが関係ないのだ。ただ楽しめ
ればそれでいい。
 
『実験体にされるのはほぼ間違いなくエイリア学園の誰かだろう。施術され
る前に止めるのがベストだが、奴らの本拠地が判明していない以上それは難
しい。…だから』
 
 フリオニールはそう言って−−沈黙した。だが彼が言いたい事はそれで充
分だった。つまり、自分達は事が起こる前に対策を立てなくてはならない。
そして万が一の覚悟も−−しなければならない。
 それがあまりに辛い決断であるとしても。
 
−−もう、後戻りは出来ねぇんだ。
 
 笛が鳴る音。どうやらサッカーバトルが終わったらしい。聖也は一つ息を
吐いて、歩き出した。
 彼らに話さなければならない。次の目的地が沖縄であること、その理由。
そして。
 ジェネシスとの戦いの最中で思い出した−−自らの記憶を。
 
 
 
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退屈してる、暇なんかない。