明日が来ないような気がして眠れなかった。
何も考えないで歩いていたら躓いた。
 こちらを指さす機械の道化。
笑いながら泣いてたのはどちら様。
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
4-24:は、進め。
 
 
 
 
 
 甲高いホイッスルの音で、円堂は我に返った。
 
「あ…」
 
 いつの間にそんなに時間が過ぎていたのか。すっかりのめり込んでいて時
計を見るのも忘れていた。何度もボールを取ったり取られたりしたせいで全
身汗まみれで泥だらけだ。他のメンバーも似たような有り様である。
 
「だああっ、悔し〜っ!」
 
 リカが叫び、尻餅を着いた。三点先取の試合だったが、どちらのチームも
それには至らなかった。この場合、取った点の多い方が勝ちになる。
 秋チームはリカの通天閣シュートでの一点。こちらはレーゼのアストロブ
レイクとレーゼ&宮坂のユニバースブラストで二点。つまり、円堂チームの
勝ちだ。やや不完全燃焼ではあったが。
「結構押せ押せやったんだけどなぁ…ちっくしょー」
「何言ってるんですかリカさん。僕達の方がずっと優勢でしたよ?」
「アホ抜かせ宮坂、何をどー見たらそうなるんや?うちらの方が押しとっ
た!」
「いーえ、僕達の方です」
「うちらや!!
「僕達です!!
「うちら!!
「僕達の方ですってば!!
「ま、まぁまぁ二人とも…」
 放っておけば際限なく言い争ってそうな彼らを見かねて、春奈が止めに入
る。まったくリカと宮坂は−−端から見たら小学生の喧嘩か漫才だ。喧嘩す
るほど仲が良いという言葉もあるが、案外彼らもそうなのだろうか。
 
「円堂君!」
 
 たたた、と秋が駆けて来る。彼女の愛らしい顔もユニフォームも、砂だら
け汗だらけだ。
 
「楽しかったね!」
 
 満面の笑みでそう言われて−−円堂も、笑った。今度は意識する事なく自
然に笑う事が出来た。
 
「ああ!…すっげー楽しかった!!
 
 彼女には感謝してもしきれない。サッカーの楽しさを思い出させてくれ
た。
 全てはそこから始まったのだと、原点に立ち返らせてくれた。
「ありがとな!秋のおかげだぜ!!
「私は何にもしてないよ?」
 グローブを外しながら彼女は言う。
 
「ただ、信じただけ。円堂君ならちゃんと答えを見つけられるって。私には
それ以外に出来る事が無いもの」
 
 相変わらず謙虚だなぁと思う。これだけ盛大なサプライズを用意してくれ
たというのに。
 それに−−信じる、という事は。口にすれば簡単なようだが、案外難しい。
自分を、誰かを信じる事。未来を、希望を信じて歩き続ける事。楽な事では
ない。彼女にだって心折れそうになる瞬間はあった筈である。
 それでも、信じてくれた。仲間を救えない、護れない、そればかりか最初
から裏切っていたような最低のキャプテンでも。落ち込んで立ち止まって、
みっともない姿を晒す主将でも。彼女は全て受け止めて、信じてくれた。背
中を押して、答えを出すまで待ってくれた。
 それはとても尊くて偉大なこと。本当の強さと呼ぶに値するものだと円堂
は思う。
 自分もかつては無意識に出来ていたかもしれない。しかしそれは無知ゆえ
の無鉄砲な行いでしかなかったと今なら分かる。あらゆる残酷な現実を知っ
た今、ただ明日を信じ続けられるほど自分は強くないし、無謀でもない。
 だから。それでも尚貫く為には、覚悟が必要なのだ。信じて、信じた結果
に責任を持つ覚悟が。揺らがないだけの強い決意が。
 大丈夫。不確かだけど答えは出せた。後はもう、歩き出すだけ。
 
「それにしても驚いたなぁ。秋がまさかゴッドハンドまでマスターしてるだ
なんて。いつの間に練習したんだ?」
 
 ぐっと拳を握って、握った拳を前に突き出しパッと開く。ゴッドハンドの
モーションを再現する円堂。
 
「技術的には難しかったけど…イメージするのは簡単だったよ」
 
 だってね、と秋が何故かちょっと恥ずかしそうに言う。
 
「…ずっと、円堂君の事見てたもの。目を瞑っても、瞼の裏に焼きつくくら
いに」
 
 どうして彼女は顔が赤いんだろう。誉められて照れくさいのだろうか。円
堂は素で首を傾げてしまう。
 どんなに真面目になっても円堂は円堂、最強に鈍いサッカーバカ。恋愛ご
とには鈍感極まりないのであった。
 
「お前らー!」
 
 おーい、と手を振りながら聖也が駆けてくるのが見えた。
「聖也!今まで何処行ってたんだよ!試合終わっちゃったじゃないかー!」
「悪ぃ悪ぃ。野暮用でさー…あひゃぁっ!!
 土門の声に答えた拍子に、聖也は思い切り段差に躓いていた。そのままマ
ヌケ極まりない格好ですっ転ぶ。しかも思い切り顔面から。
「…リアルであんなコケ方する奴、初めて見たわ」
「…同感です」
 さっきまで言い争っていたリカと宮坂が思わず意見を一致させるほど見
事なコケっぷりである。
 
「しょうがないなもう…」
 
 レーゼが呆れながらも、とてとてと聖也の方へ歩いていく。放置しといて
もそのうち勝手に復活するのは分かっているだろうに、助けに行ってあげる
あたり律儀だと思う。
 差し出されたレーゼの手に掴まった聖也は、砂だらけになった顔でうるう
ると彼を見る。
「うう…リュウちゃん優しい…お嫁に欲しいわ〜」
「死んでもごめんだ」
「じゃ、せめて一晩お持ち帰りしてもいい?」
「しばくぞコラ」
 お約束のやりとり(レーゼが若干キャラ崩壊気味なのは見なかった事にす
る)して、立ち上がる聖也。
 
「で…だ。円堂よ」
 
 彼は真っ直ぐ円堂の前に来て、言った。
 
「気持ちの整理は、ついたか?」
 
 いつもドジで、年上の威厳も大魔女の威厳もない聖也だが。こんな時、彼
はきっと何もかも見抜いているんだろうと感じる。多分円堂自身が気付いて
いない事も。
 
「聖也。俺…風丸とヒロトを助けに行くよ。他の誰かの為じゃない。助けた
いって…風丸達と楽しいサッカーがしたいって思う自分の気持ちから、もう
逃げない」
 
 まだまだ、怖い事はたくさんある。もう一度出逢った時、ヒロトはもっと
もっと追い詰められているかもしれない。再会した時、風丸はもう自分の知
る彼ではないかもしれない。それらを見て自分達はまた傷ついて、立ち止ま
ってしまうかもしれない。
 だけど。
 自分達は、チャンスを与えられている。どれだけ亡くしたモノが多くても
取り返せないモノもあるのだとしても、やり直せる事もきっとある。今まで
歩んできた過去の何もかもが間違っていたわけじゃない。何より。
 
「俺達は生きてる。これからも生きていく」
 
 立って歩けばいい。前に進めばいい。時に振り返っても立ち止まっても構
わない。自分達には立派な脚があるのだから。
 
「だから何回だって立ち上がれる。俺達は今までそうやって勝ってきた…他
ならぬ自分自身に」
 
 独りじゃない。得たモノだって確かにある。雷門イレブンは今までもこれ
からも何も変わりはしない。
 
「諦めない。ならきっと、何とかなる」
 
 何とかできる。自分達なら。
 
「…良い眼になったな、円堂」
 
 ニッと聖也が笑う。笑ってわしゃわしゃと円堂の頭を撫でる。円堂もニカ
ッと笑い返した。
 そうだ。太陽は死なない。何回だって蘇る。自分達が願う限り、必ず。
 
「ま、いい空気になったところで…だ。お前らに話があんだわ。瞳子監督呼
んできてくれねぇ?」
 
 聖也は真面目な顔になって、言った。
 
「ちょい急ぎだ。福岡から沖縄じゃあ、結構時間かかるだろ?」
 
 
 
 
 
 
 
 背中から、質量の大きなモノがぶつかってきた。コーマはつんのめりそう
になって、どうにか踏みとどまる。
 危ない。もう少しで書類に悲劇が起きるところだった。
 
「クィール…決算書書いてる間は邪魔しないようにと言った筈でしょう?」
 
 後ろからぶつかってきたモノ−−チームメイトのクィールを振り返る。彼
女はウサギ耳のようなピンクの髪を揺らして、ぷぅ、と頬を膨らませた。
 
「暇!暇だっポー!!コーマ、遊ぶポー!!
 
 じたばた。じたばた。コーマの腰に抱きついたまま駄々をこねる様はまる
で幼児だ。実際彼女は非常に小柄だし、幼稚園児だと言っても通ってしまい
そうなほど童顔だが−−これでも中学生なのである。ついでに、エイリア学
園の頂点・ジェネシスのメンバー。もう少し自覚を持って欲しいと思う。
 まあ、彼女が退屈がるのも分からないではない。いつもならこの時間、自
分かネロが遊び相手になっていた。しかし今日ネロは個人訓練で不在だし、
自分は書類仕事を抱えてしまっている。
 
「…分かって下さい。今はグランもウルビダも忙しいんです。誰かが裏方を
引き受けるしかないんですから」
 
 ため息をついて、コーマは椅子に座り直す。
 
「なるべく早く終わらせます。それまで本でも読んで待っていて下さい」
 
 月末は書類が多い。断続的に電卓を打ち鳴らしていた指が止まる。やっぱ
り計算が合わない。さてはまた誰かが報告し忘れたか、あるいは勝手に金庫
を開けたか−−。
 いや、さすがに後者は無いか。管理は徹底している筈だ。まあ、単に記入
ミスという事も考えられるし。
 
「…グランは」
 
 不意に、真面目な声でクィールが言った。
 
「どうして、泣いてたの?」
 
 コーマの手が、完全に止まった。彼女は続ける。
 
「グランは何から、“助けて”欲しかったの?」
 
 純粋な疑問と、少し切なげな問い。コーマは考える。クィールが何をもっ
てそれを自分に問いかけているのかを。どこまで理解していて、同時に納得
しているのかを。
 言葉を選ばなければならないと思った。彼女は実際の年齢からすればとて
も幼く、無邪気で、それゆえの残酷さも持ち合わせている。しかし同時にと
ても賢くて、好きになったものをとことん愛する一途な面もあった。
 グランは形は違えど皆に愛されるキャプテンだ。それはクィールとて例外
ではない。だからこそ彼女は彼女なりの言葉で知ろうとしているのだ。
 
「…私はグランではないですから。あくまで推測にすぎませんが」
 
 椅子を回して、ベッドに腰掛けるクィールを振り返る。
「きっと…悲しかったんでしょうね。友達を傷つけなければならない事が」
「トモダチ?グランと円堂守はトモダチなのか?」
「グランがそう思っていて、円堂もまたそう思っているなら…二人は友達な
んでしょう」
 彼らの間にどんなやり取りがあったか、詳しい事までは分からないけれ
ど。
 
「円堂だけじゃない。きっと…私達みんながグランの“友達”だから。どち
らを傷つけるのも嫌で…でもどうしようもなくて。そこから“助けて”欲し
かったんじゃないでしょうか」
 
 だけど、グランは気付かなかったのかな、と。コーマが呟くとそれはクィ
ールにも聴こえたようで、うん、と彼女は頷いた。
 
「アタシ達も…傷ついたッポ」
 
 彼は優しいから、誰も傷つけないよう自分一人が傷つけばいいと思ったか
もしれない。でも。
 
「トモダチが泣いたら、悲しかった」
 
 グランが傷つくのを見て、周りの人間もまた傷ついたのだ。
 
「誰も泣かない世界になればいいのに」
 
 ポツリ、とクィールが漏らした。コーマは何も言えなかった。分かってい
たからかもしれない。
 自分達はいずれ“泣かない”のではなく、“泣けない”存在になってしま
うだろう事が。
 
 
 
NEXT
 

 

空は青だ、前進め。