バイブル片手に屋上登る。 この世の虚しさ説く賢者気取り。 天に唾しても自分にかかるだけ。 結局愛のコトバなんて、届かないんだ。 この背中に、白い翼は 無いとしても。 4-25:今宵、月が見えずとも。 エイリア石の力を借りて、強制的に治癒力を高める。本来ならば避けるべ き事だった。人間の治癒力の限界をドーピングで無理矢理ねじ曲げるなん て、間違いなく寿命を縮めてしまうだろう。それにマスターランクの優位性は、エイリア石から直接力を受けていない 事にある。勝手な真似をすれば、かの人にお叱りを受けるのも分かっていた。それでもバーンが石の力を借りずにはいられなかったのは。ひとえに、時 間が無かったからに他ならない。のんびり怪我を直している暇は無い。早く 行動を起こさなければ−−手遅れになる。『例の沖縄の実験。準備はどれくらい進んでるんだ?』偶々通りかかった廊下で。バーンはその会話を立ち聞きした。話していた のは二人の研究員の男達だった。アルルネシアの直接の配下ではないが、エ イリア石による生体実験の中枢に関わっているだろう大人達である。『システムの最終チェックは終わってるみたいです。細かい調整は全て二ノ 宮さんが自ら行うらしいので…私も詳しくは分からないんですが』『そうか…』『近く、大海原中という学校に襲撃予告を出すと。フットボールフロンティ アに出ていれば間違いなく全国に行っただろうレベルの学校ですから、ター ゲットには最適でしょう』沖縄。大海原中。確か資料にあった名前だ。本来はジェミニの段階で襲撃 する筈だったが、後の実験の為見送られた学校でもある。ただ−−今の状況で襲撃予告を出すというのが気にかかる。一体どこのチ ームが出撃になるのだろう。ガイアはグランもウルビダも精神的に疲弊して いてまだ出せないだろうし、自分もガゼルも病み上がりだ。連中の期待する 成果が上げられるかは怪しいところ。『私が…今更言うのもなんですが。二ノ宮様は本当に…あの装置を実戦で使 う気なんでしょうか?』 二人の研究員のうち、年若い方の男が苦い声で言った。『最終段階でリバースにマイクロチップを持ち逃げされてしまったせいで、 結局未完成のままな筈です。いくら調整したとはいえ、突貫工事の作業でど こまで持つか』リバース−−不動明王の事だ。サードランクチームが崩壊してから閑職だ った彼が、真帝国の一件以外でも裏で動いていたのは知っていたが。まさか 二ノ宮の機密を盗んでいようとは。『それに…あのシステムは“親”にかかる負担が大きすぎる。“子”にした って、一つバグが出ればそのまま脳細胞を破壊しかねないじゃないですか。 いくらなんでも危険すぎます』 脳細胞を、破壊。バーンの頬を冷たい汗が伝った。詳しい事は何も分からない。だが研究員達の話を総合すれば、二ノ宮がま たよからぬ事を企んでいるのは明白である。沖縄の陽花戸中で。一歩間違え れば脳を破壊しかねないような危険な装置を使って−−何か実験をしよう としているのだ。実験体になるのが自分達エイリア学園メンバーの誰かである事は明らか である。冗談じゃなかった。父が本当にそれを望んでいたなら、命を投げ出 してでも従っただろうが−−二ノ宮の気紛れで玩具にされるなど死んでも 御免だ。−−阻止しなければ。バーンは怪我を直す為、エイリア石の回復装置を使った。怪我で伏せって いる場合ではない。これ以上、ジェミニやイプシロンのような犠牲を出すわ けにはいかないのだ。 自分が、自分達がなんとかするしかない。「ガゼル!」バーンは思い切りガゼルの部屋のドアを開いた。鍵が開いているという事 は多分、さっきまでダイヤモンドダストの誰かが来訪していたという事だろ う。ベッドの上で上半身だけを起こしていたガゼルは、やや不機嫌そうな眼 でこちらを見た。「…鍵が開いていてもノックしてしてから入れ。いつも言っている筈だが …?」頬はこけ、顔色は青白く、眼だけがギラギラと光っている。さらに、頭や 首に巻かれた包帯。とても健康的とはいえないガゼルの姿だったが、これで もだいぶ回復した方だった。身体の傷より、心に負った傷があまりに深い。イプシロンを救えなかった 自責の念から、ガゼルはかなり自暴自棄になっていた。最初は会話もままな らなかったほどである。「…寝てる場合じゃなくなったぜ、ガゼル」本来なら。そんな彼の回復にもう少し時間を割いてやりたいところだっ た。こんな状態の彼に働けだなんて言いたくない。言いたくないが、言うし かない。今はガゼルの力が必要なのだ。「二ノ宮がまた嫌な事やらかそうとしてる。沖縄だ。邪魔してぇからお前も 手伝え」非常に端的に、本題に突入すれば。ガゼルは少しばかり驚いたような顔を して−−やがて自嘲するように顔を歪めた。「……私に何をしろと言うんだ」 それは、狂っているともとれるような、暗く沈んだ嗤いだった。「二ノ宮の実験を邪魔して、何になる?どうせ護れやしないのに…大切なモ ノなんて」最後の方は消え入りそうな声だった。ガゼルは昔から感受性の高い子供だ った。人の痛みにも自分の痛みにもあまりに敏感過ぎる。そして苦痛が限界 を突破すると、“諦める”事でしか己を護れなくなってしまう。それは彼が悪いわけではない、とバーンは思う。周りの環境が、大人達が ガゼルを卑屈にさせ深いトラウマを植え付けたと知っている。本来なら時間 をかけて克服していくべき事だ。 でも、今は。「…確かに。どんなに頑張ったって足掻いたってよ、結局何も守れやしない のかもしれねぇ。何も変えられやしないのかもしれねぇ」自分達は非力な子供で、あまりに無力な存在だ。何がマスターランクだと 己を卑下して泣き叫びたい瞬間はバーンにだって頻繁にある。でも。そんな“弱さ”を知る自分達だからこそ、出来る事もあるのではな いか。「だけど、何かは護れるかもしれねぇ。変えられるかもしれねぇ。未来なん ざ誰にもわからねーだろうが」やってみなくても結果は同じと言うかもしれない。それも間違ってはいな い。だけど自分は全てを承知で言いたい。 やってみなくちゃ分からない、と。「もし…頑張ったら護れるかもしれないものがあって。なのに最初から諦め てその全部の可能性を捨てちまったら…きっと俺達、死ぬほど後悔すんじゃ ねぇのか?」「バーン…」「俺はもう…見て見ぬフリは御免だ。そもそも最初から性にあってねぇ」 足掻いて足掻いて。いつか無様に死ぬのだとしても。最期まで諦めず道を 探した、自分は精一杯頑張ったと−−自分自身だけでも納得して終わりた い。自己満足と笑われてもいい。自分を恥じるような生き方はもうしたくな い。「俺は、二ノ宮のやり方を否定する。拒絶する。あの優しかった父さんがこ んな事本気で望んでる筈がねぇ」 お前はどうよ?、と。尋ね返すとガゼルは少しばかり眼を伏せて−−やがて意を決したように 顔を上げた。「……最初から諦めたら、楽かもしれないな」 だけど、と。続ける彼の瞳には生気が戻ってきている。「私も…後悔するのは、嫌だ。もうこんな想いをするのはたくさんだ」そうだ。終わりにしたいと願っていたのはグランだけではない。自分もそ う。ガゼルもそう。この悪い夢としか思えない現実を変える為には、出来る事からするしかな いのだ。「私は、何をすればいい?」それはさっきと同じ問いだった。しかしガゼルの眼はさっきのように死ん ではいなかった。闇の中、僅かでも希望を見いだそうとする者の眼だった。 だから、バーンは言った。「ハッキング。今度は絶対バレないように頼むわ」ガゼルはアナログ作業は苦手だが、デシタル方面は秀でている。そもそも 彼がイプシロンを追放する羽目になったのは、学園のシステムにハッキング した事を二ノ宮に悟られたのが原因だった。「同じミスはもう犯さない。そうだろ?」「…まぁな」 挑発的に笑ってやれば、ガゼルも笑みを返してくる。「何を知りたいんだ、今度は?」「近日中に行われる沖縄の戦闘実験の詳細と、豪炎寺兄妹の消息について」「…何だって?」バーンは自分が立ち聞きした内容を話した。沖縄の実験。それが詳しくは どのような内容で、対象がどのチームで、そしていつ行われるのか。まずそ れを知らなければ対策の立てようがない。「襲撃予告を出すって事は。遅かれ早かれ雷門の連中は沖縄に来るだろ」名前も知らない学校だとしても、見知らぬ顔で放っておく事はできない。 奴らはそんなお人好しの集まりだ。「実験体にされたチームは必ず雷門にぶつけられる。そこで実験体が雷門に 勝ってみろ、二ノ宮はますます調子に乗って実験を推し進めるに違いねぇ。 それがどんな非人道的な事だろうと構わずな…!」いずれにせよロクな事になるまい。だったら何が何でも雷門に勝って貰わ なくてはならないだろう。「そこで鍵になるのが…豪炎寺修也ってわけだ」豪炎寺修也。雷門中に早い段階から在籍するメンバーの一人で、フットボ ールフロンティア優勝の功労者である。雷門に転入する前は前回準優勝校の 木戸川清修中にいた。当時から炎のストライカーと呼ばれ、中学サッカー界 では有名だったという。その彼は今、雷門を離れている。ジェミニストームと雷門の二回目の試合 の後、監督の吉良瞳子に戦線離脱するよう命じられた為だ。多分、世間では そこまでの事実までしか公表されていないだろう。だが自分達は知っている。豪炎寺が雷門を離れざるおえなかった本当の理 由を。「豪炎寺の妹…豪炎寺夕香を誘拐して、人質にとる。そして豪炎寺をこちら 側に引き込む。…それが二ノ宮の作戦だったんだろうな」その辺りの計画は全て二ノ宮が独断で行ったもの。豪炎寺を引き込めば有 利になる筈だと、うまく父を丸め込んだのだろう。相変わらずやり方が汚い ったらない。「夕香を保護しなければ豪炎寺は言いなりになるしかない。だから失踪し た。その行方は多分警察のごく一部知らないんだろう」「そのごく一部しか知らない情報を私に探り出せ、と?またハードルが高い な」「兄貴だけじゃねぇ。妹の方もだ。夕香を拉致したエージェント達がどこで 妹を監禁しているかも調べて欲しい。肉体労働は俺達プロミネンスで引き受 けてやる」なんとかして夕香を保護し。豪炎寺にその安全を確認させるのだ。危険な 賭だが成功すればそのまま豪炎寺は雷門に戻る事が出来る。豪炎寺の存在は雷門にとって単なる戦力ではない筈だ。奴らの精神的支 柱。彼が雷門に帰れば、一気に奴らの勝率は上がるだろう。「元よりこんな、人質とって八百長なんてやり方、認めねぇ。正々堂々戦っ て勝たなきゃ意味がねぇんだよ」真正面から打ち倒すだけの力を持って、初めて自分達は自分達の強さを証 明出来る。それがバーンの流儀であり、けして譲れない誇りであった。「同感だな」 そしてそれはきっとガゼルも同じ。「いいさ。…やってやるよ」 見ていればいい、魔女。バーンは心の中で呟いた。ここからが、反撃だ。 NEXT |
雲の切れ間、ひたすら待とう。