何度だって声を枯らして呼ぶから。 君の名前を。届くまで、響くまで。 頑張れないって、もうどうしようもないって思った時も。 いつも君を思い出して、立ち上がってこれたんだ。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 4-28:何度でも、何度でも。
怒涛の一日が、終わる。 夜。陽花戸のグラウンドの真ん中で一人、塔子は空を見上げていた。星が 綺麗だ。最近夜は快晴が続いている。金平糖を散りばめたような綺羅星を眺 めていると、必然的に思い出すのはあの日の事だ。 あの日−−鬼道と過ごした、最後の晩。キスをして、戸惑いがちに手を繋 ぐのがやっとの二人だった。多分何かが始まるとしたらこれからだった筈で −−しかしあったかもしれない未来は、あの日を最後に永遠に失われた。 今でも思い出すだけで泣きたくなる。しかし涙を零してしまったら、感情 が溢れて止まらなくなる事を塔子は知っていた。泣き叫んで、きっとまた立 ち止まってしまう。それでも構わないと仲間達は言ってくれるかもしれない が自分が嫌だった。 次に思い切り泣くのは、全てが終わった後でいい。だから塔子は努めて別 の事を考えた。
『お日さま園があった場所なら分かるわ。行けば手がかりくらいはあるかも しれない。…でも、そこは今の本拠地じゃない』
瞳子は言った。最初の研究施設はお日さま園の敷地内にあったという。し かしやがてそこでは広さが足りなくなり、遠方に施設を移転したそうだ。瞳 子が知るのは移転前の研究内容と場所までだった。 施設が何処に引っ越したかは彼女にも分からない。恐らくその移転先こ そ、今現在のエイリアの本拠地と思われるのだが。
『だから…今はまず、沖縄に行くしかないと思うわ』
自分達が聖也から訊いたのは、彼の記憶についてだけではない。不動を助 けに行った小鳥遊の事もだ(多分この時初めて円堂は小鳥遊の行方を知った のだろう、半端なく驚いたようだった)。 彼らは二人とも重傷を負い、聖也の仲間の元で療養する事になった。一命 は取り留めたようだが小鳥遊の戦線離脱は確定である。しかし、これについ ては誰の事も責めようが無かった−−全ては彼らが自ら望み、選んだ結果だ ったのだから。 そして小鳥遊はただ怪我だけしたわけじゃない。たった一人で、不動を救 い出すという目的を果たした。さらに今後に繋がる有益な情報をも手に入れ てきたのである。 つまり。エイリア学園が−−二ノ宮が次に行おうとしている凄惨な実験の 内容と。その実践場所が沖縄であるということだ。 そしてそれを裏付けるように、先程理事長から連絡が入った。エイリア学 園が新たに、沖縄の大海原中に襲撃予告を出した、と。
『…どのチームが相手になるかは分からない。でも…間違いなく、辛い戦い になるでしょう』
瞳子はそう言って眼を伏せた。それは不動が持っていたマイクロチップの 中身が、あまりに酷いものだったからもあるだろう。 身体に負担がかかるばかりか命さえ脅かしかねない実験内容。献体の意志 をねじ曲げる非道さ。そんな相手と戦わなければならないかもしれない−− それを考えるだけで、胸が痛くなる。 それでも自分達は戦うしかないのだ。前を見て−−少なくとも前を見るフ リだけでもして。
「財前…さん?」
背後からかけられた声に、塔子は我に返る。振り向いた先にいたのは。 「立向居…?お前、何でこんな時間に…」 「すみません。なんだか、落ち着いてられなくて」 はにかむ立向居は、胸の前にサッカーボールを抱いていた。 「財前さんも、同じじゃないですか?そわそわして眠れなくなる夜、ありま せん?」 「まぁねぇ。ってか、名字呼び苦手だからやめてよ。塔子でいいよ塔子で」 「は、はい!」 ぴしり、と背筋を伸ばす立向居。子犬みたいで可愛いなぁ、とつい思って しまう。SPフィクサーズでは自分が最年少だったから、後輩なんていなか った。なんだか新鮮な気持ちになる。 「…星を、見てたんですか?」 「うん」 立向居が隣にやって来る。塔子は頷いて、視線をまた空に映した。
「あそこにさ。あたしの大好きな人がいるんだ」
人は死んだら星になる、なんて。信じていたわけじゃない。そんな信仰じ みた話は好きではなかった。元々塔子も父も無神論者でそれを誇りに思って いたし、死者が何かを語るなど有り得ないと考えていた。 だってそうだろう。坊主が経を読むのも神父が祈るのも、それは死んだ誰 かの為ではない。生きている人間が生きていく為、慰めの為に行われる事だ。 そんなの情けないだけ、みっともないだけだと思っていた−−この戦いが始 まるまでは。 愛する人の死が無駄ではなかったと、せめて何かの糧になったと信じた い。身体は失っても心は側に在ると願いたい。それは当たり前の望みで−− けして逃避などではない。 愛する人を失って、目の前でたくさんの悲劇を見せられて。塔子はそれを、 学んだのだ。
「きっと見ててくれる筈なんだ。もしあたしがさ、不細工面でくたばったり、 間抜けな姿なんて見せたら…きっと悲しいし、恥ずかしいと思うんだよな」
鬼道はきっと、涙なんて流せない。不器用だから上手に泣けなくて、拳を 握って肩を震わせるしかできないのだろう。自分はそんな姿を見るたび、辛 くて辛くて。死んでからもそんな顔をさせてしまったらと思うとあまりにも いたたまれなくて。
「だから。星を見て、今日も誓うのさ。あたしは、あたし自身に誇れる生き 方をするんだって。いつかあいつの所に逝く時、胸を張って会いに行けるよ うに」
自分はちゃんと生き抜いたよと、そう笑って言えるように。
「自分に誇れる生き方…か。格好いいですね」
立向居は笑って−−少しだけ黙って、ボールに目を落とした。彼が何を考 えているのか、面白いほど分かる。自分にもそんな生き方ができるだろうか、 今までとこれからに胸を張れるようになれたら。そんなところだろう。 不思議な事に。考えこんで、思考をまとめる立向居の姿は。春奈のそれに、 よく似ていた。
−−春奈が妹キャラなら…こいつは弟みたいだ。
庇護欲をそそられるというか。つい構ってしまいたくなるというか。ひょ っとしたらそれは、鬼道が春奈に向けていた感情に通じるものがあるかもし れない。 「あ、あの…塔子さん!」 「ん?」 唐突に、立向居が上擦った声で自分を呼んだ。
「あの…こんな時間で申し訳ないんですが…お願いがあります」
彼はその愛らしい顔に目一杯緊張を張り付けて、しかし真剣そのものの眼 差しで塔子を見て。 ぐいっと、持っていたサッカーボールを突き出した。
「付き合っていただけませんか」
シュチュエーションがシュチュエーションなら、大いに誤解を招いた台詞 だと思う。が、立向居はそれにまるで気がついてない可能性が大だ。 この短期間で、塔子は立向居勇気という人間を把握しつつあった。彼は聡 明だけど、ほんの半年前までランドセルを背負っていたわけで。天然で、ま だまだ世間知らずなところがあるのだろう。それが強みでもあるのだろう が。
「いいのか、あたしで?」
ああ、この受け答えも微妙だなぁとつい苦笑したくなる。今のを訳すると こんな感じだ。“(特訓に)付き合って下さい”→(ディフェンス本領の) 自分でいいのか?”だ。
「どうしても今、完成させたいんです。自分自身のケジメの為に」
立向居はすたすたとゴール前まで歩いていった。
「イナズマキャラバンが出発する前に、やり遂げたいんです。自分自身との 約束だから」
蹴って下さい、と。そう言って彼はがっしりと身構えた。そのスタイルは、 我らがキャプテンによく似ている。憧れだけじゃない、きっと映像が擦り切 れるほど何回も何回も円堂の試合を見直してきたのだろう。 その姿だけでも、彼の覚悟の深さが見て取れる。そして塔子は、彼の強さ が覚悟だけでないことも知っていた。
『…どうして、ですか!』
ジェネシスを。驚異の侵略者達を前にして、決然と本心を叫んだ少年。そ れは、傷ついて傷ついてなお嘘を吐き続けるしかないグランを救う為に叫ば れたもの。
『こんなサッカーが貴方の望みなんですか…グランさん!!』
立向居は持っている。誰かを助ける為に努力を厭わない強さと、誰かの幸 せを願い続けることの出来る優しさを。さらには実質的な実力も、既に試合 の中で証明している。彼はGKとしてもMFとしても活躍出来る逸材だ。 最終的に彼が何を望んでくるかは容易く見当がついた。その為の試験で既 に彼が合格基準に達していることも。きっとこの“特訓”は、彼自身が納得 する為の最後の試練なのだろう。
「…分かった」
ならば。自分も、全力で想いをぶつける。それが筋だ。
「あたしに見せてみろ。お前の…決意ってヤツをな!!」
塔子はボールを高く蹴り上げ、くるくる回りながらオーラを集中させる。 虹色の光を纏いながら天へと肢体を舞い上がらせる。 そしてパワーが一点に集中したタイミングで、思い切り足を振り上げた。
「レインボーループ!!」
ボールが虹の架け橋を創りながら、真っ直ぐゴールに向かっていく。ゴッ ドハンドでは止められまい。さて、どうする気なのか。 立向居はキッとボールを見据えると、思い切り身体を捻って背中を見せ た。その背を中心に水色のオーラが渦を巻く。塔子は眼を見開いた。あれは。 あの技は。
「マジン・ザ・ハンド−−!!」
次の瞬間。 召喚された水色の魔神が−−吠えた。
「……!!」
驚愕する塔子の前で。シュートはがっしりと魔神の手で受け止められてい た。円堂のそれとは色違いの、しかし負けずとも劣らぬその威力。まさか彼 がマジン・ザ・ハンドまでマスターしてしまうだなんて。
「で、できた…!」
どうやら一番驚いたのも立向居自身であるらしい。
「やっと!やっとできたぞーっ!!」
嬉しさに涙さえ浮かべて、彼は大きく拳を空に突き上げる。暫く呆然とし てた塔子はその無邪気な姿に、つい苦笑してしまった。
「まったく…お前ってヤツは」
ゴッドハンドも難易度の高い技だが、その応用の応用であるマジン・ザ・ ハンドの難しさとは比較にならない。円堂も相当苦労して身につけたと聴い ている。
「決めてたんです。円堂さんが正義の鉄拳をマスターするより先に、俺はマ ジンを完成させるんだって。そして…」
立向居は真っ直ぐ塔子を見つめた。 「マジンを完成させたら…言おうと思ってました。俺もイナズマキャラバン に乗せて下さいって」 「だろうと思ったぜ」 彼は充分に戦力になる。瞳子も円堂も納得するだろう。だが塔子はあえて 言った。
「…辛い戦いになる。今までもそうだったように…悲しいモノをたくさん見 なくちゃいけなくなる」
楽しいサッカーだけを追い求めてはいられない。きっとこれからも自分達 は何かを失うだろう。
「それでも…覚悟は揺らがないか?」
塔子の問いに。立向居は力強く頷いてみせた。
「はい。…もう決めましたから。ヒロトさんのような悲しい人をもう増やさ ないって。助けるって」
その言葉で、答えは出た。だから塔子も頷いた。 また此処から何かが始まる。星が、本当に綺麗な夜だった。
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一万回駄目でも、一万一回目はきっと。