偶然のような必然の中、僕等は走り出した。 この馬鹿げた運命に、風穴を空ける為に。 僕を裏切るというのなら正面からぶつかってきて。 まだ絆は断ち切れてないって信じているから。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 4-29:名も無き、戦士達の詩。
工事途中で放置された廃ビル。それが自分達のたまり場だ。 仲間の一人がやられたと聴いて、飛鷹征矢は腰を上げた。“蹴りのトビー” 率いる“征翼会”と言えばこの辺りじゃかなり有名である。現在稲妻町を中 心とした北東京エリアを仕切る三つの勢力の一つである。
「モズクの奴をやったのは、“中津組”の下っ端で…安井ってヤツらしいで す」
征翼会の副将である鈴目が言う。彼は小柄で大した腕力も無かったが、そ の知恵と度胸は誰もが買うところだった。
「宣戦布告か…単にザコが暴走しただけか。飛鷹さんはどー思います?」
幹部の一人、唐須が言う。ピンクの長い髪に切れ尾の眼。彼は征翼会の中 でも女が途切れない事で有名だった。整った顔立ちに加え、中一とは思えな い長身と大人びた容姿もあるのだろう。バイクのテク(その容姿のせいか、 無免許で運転していても気付かれた事がないそうだ)と飛鷹に次ぐ喧嘩の強 さで一役買っていた。 他の主力チームと比べ規模の小さい征翼会の幹部の人数は少ない。時には 今のように、この三人だけで会議を開く事も少なくなかった。 「下がうっかり…なら、中津の奴が直々に詫び入れに来るだろ。まあ今の三 竦み状態でそんな真似したら、うちの傘下に入るも同然になる。…そう穏便 には行かねぇだろうな」 「ですよね…」 ため息をつく鈴目。中津組とガチンコなんて気が進まないなぁ、と顔に書 いてある。族の副将でありながら、彼は争い事が好きではなかった。その温 厚さを、頭の飛鷹はむしろ買っていたりする。
「下っ端の暴走だろうが関係ねぇっすよ!まさか飛鷹さん、仲間やられて黙 ってる気じゃないッスよね?」
逆に喧嘩っぱやくて好戦的なのが唐須だった。実質征翼会のNo.3であり ながら突っ走りがちな彼を止めるのに、自分達はいつも苦労させられてい る。 しかし、そんな彼が皆嫌いではないのだ。彼が怒るのはいつも仲間の為で −−自分の為では無かったから。
「気持ちは分かるが落ち着け唐須。幸いモズクも大した怪我じゃない。下手 に動いてみろ、中津組より先に麗奴嵐(レッドストーム)に襲われるぜ」
北東京の三竦み。征翼会に中津組に、最後の一つが麗奴嵐。このチームが 一番大きくて組織力がある。裏でヤクザと繋がっていると専ら噂で、薬はバ ラまくわカタギに手を出すわと評判も最悪だった。だが長い間この地を支配 してきたグループでもある。征翼会と中津組は最近台頭してきたのだ。 三巨頭の一角が別の一角と抗争になれば、傍観している残り一チームから すれば絶好のチャンスに他ならない。相打ちで両方倒れてくれれば願ったり 叶ったり、決着がついても勝者もまた満身創痍に違いない。そこを攻めれば 簡単に落とせてしまう。 「…なんか出来過ぎてます。これ、本当は中津組じゃなくて…麗奴嵐の連中 が仕掛けた罠なんじゃありません?」 「一理あるな、鈴目」 確かに。あまりにも都合よく征翼会と中津組が憎みあうように出来た構 図。麗奴嵐の奴らにとってあまりに都合が良すぎる。
「どのみち、中津とは腹割って話す必要がありそうだな」
学校の成績は低空飛行だが、飛鷹はけして短慮で無知な人間では無かっ た。征翼会という、一組織の頭として、成すべき事は理解しているつもりだ。 組織のトップに立つという事は、構成員全ての行動と処遇に責任を持つ事 である。自分が感情で動けばあっという間に瓦解する。冷静に、それでいて 皆が納得できる判断を下さなければならなかった−−それは時として、とて も疲れる事ではあったけれど。
「もし中津が謝ってきたら、態度次第じゃ水に流す事もありうる。が、もし 奴も承知でウチに喧嘩ふっかけてきてんなら…真正面から受けて立つ」
麗奴嵐の存在が気にかかる以上、それは危険な賭だったけれど。仲間をや られてすごすご逃げるなど、メンバーが納得する筈もない。飛鷹の求心力も 下がるだろう。
「だがどうにも麗奴嵐の罠くさいと分かったら…中津組とやり合う必要は ねえ。寧ろ一時休戦してでも、麗奴嵐を潰しにかかるべきだな」
巨大な黒き壁、麗奴嵐。いずれこの町から追い出さなければならない害悪 だとは感じていた。が、手を出せば痛い目を見るのはこちらである。征翼会 と麗奴嵐の規模はそれほどまでに開きがあった。 しかし、中津組と手を組めるなら話は別である。人数的にも互角に渡り合 える筈だし、何より頭の中津翔太は相当な切れ者だ。実戦空手で鍛えた喧嘩 の腕前も超一流。味方になるならこれほどまでに頼もしい事はない。 中津組と共に麗奴嵐を倒しにかかる展開。高い確率でそうなると飛鷹は踏 んでいた。中津組の下っ端はともかく、中津自身や幹部連中は充分話の通じ る相手と知っている。寧ろ彼らも今回の件の違和感に気付いていてもおかし くない。
「麗奴嵐とガチンコかぁ…すっげーソソるじゃねぇの。でも結論が出るまで 様子見って事っしょ?あー退屈ー」
地べたに座り、唐須は眠たげに欠伸した。本当は今すぐにでも突っ込んで いきたいのだろう。しかし、この喧嘩っぱやい後輩はけして鳶鷹の命に逆ら わない。多分どこかで、いつも頭の判断が正しい事を理解しているのだ。
「我慢しろ。…とりあえず中津と連絡をとる。少し待て」
携帯を開き、アドレス帳を呼び出す飛鷹。その間に、暇を持て余した唐須 が自前のノートパソコンをいじり始めている。 「『エイリア学園、また新たに襲撃予告』…ねぇ」 「ん?」 唐須はパソコンをひっくり返し、こちらにYahoo!ニュースのページを見 せた。
「最近どこのメディアもこの話題ばっかだなっと。…宇宙人とか言ってたけ どマジなんスかね?」
中津はまだ電話に出ない。飛鷹は少しだけ意識をそちらに向ける。 エイリア学園と聞いてもはや知らない者はいないだろう。一部では妙なフ ァンさえついているようで(メンバーの中にはビジュアル系も多数いるから だと思われる)巷では話題になっている。 飛鷹はあまり興味がない為、詳しい事は何も知らなかった。学校を破壊す る?それが何だと言うのやら。自慢ではないが己の学校は治安の悪さ柄の悪 さで有名だった。ガラスはいつも割れ放題、警察には学校ぐるみでお世話に なりっぱなし。壊されたところで今更のような場所だった。 寧ろ−−襲撃してくれたら面白いのに、とさえ思っていた。あんなくだら ない、無秩序なのにがんじからめに縛られたような場所。全部壊して、リセ ットして欲しいくらいだ。仲間に直接危害さえ及ばないなら、これほどスカ ッとする事もない。 といっても、エイリアが自校を襲撃するなど有り得ない事だった。サッカ ー部どころかまともな部活一つ無いのだ。連中が襲うメリットなど何処にも ない。残念な事ではあるけれど。
「宇宙人が本当かは別として…戦ってるのが俺らと同じくらいの中学生っ てのがびっくりッス。怖くないのかなぁ…世界を背負って戦うなんて」
鈴目が正直な感想を漏らすと、はんっと唐須が鼻を鳴らした。
「くっだんねくっだんね。世界なんか守って何になるよ。名前も知らない、 大多数の人間なんか、俺だったらどーでもいいけどな」
それも一理あるな、と飛鷹は思う。自分もきっとそう−−名も無き人の為 になんか、汚い大人ばかり犇めいている世界の為になんか戦えない。巨大な 力を前にして畏れを封じ込める事は出来ても−−その先を続ける事なんか できやしない。出来るのは意地を張る事だけだ。 だけど、こうも思う。 ひょっとしたら彼らだって−−雷門イレブンだって同じなのではないか、 と。怖くないわけじゃない。世界の為だなんて考えられない。それでも。 「違うのかもしれない」 「…あ?」 「本当は世界なんかどうでもいいって…あいつらも思ってるのかもしれな い」 特に根拠があったわけじゃない。だが、飛鷹はその言葉を口にした。
「護りたいのは…身近にいる仲間とか家族だけで。その為に戦う事が、偶々 世界を守る事に繋がったのかも、な」
今の自分達だってそう。たった一人の仲間の面子を立てる為に、大人数で 騒いでいる。世界の為、じゃない。そんな仲間達と、彼らと生きる世界の為 というなら−−自分にも、分からないわけじゃなかった。
−−そうだとしても。圧倒的武力を相手に戦い続けられるのは…奴らが強い からだ。
強さとは。拳の力だけでは、ない。鳶鷹にも分かっていたが、今の自分は 拳で強さを証明する以外の方法を知らなかった。
−−本物の強さって…何だろうな。
電話の相手は、まだ出ない。
「これが、本物の強さ、だ」
フィリップはそう言ってエドガーを振り返った。 我らの美しきキャプテンは−−ベッドの上で上半身を起こしたまま、テレ ビ画面を凝視している。彼も魅せられたのだろう。エイリアに立ち向かう雷 門イレブンに。驚異の侵略者を畏れぬ伝説の騎士達に。
「彼等はきっと、それが世界の為だなんて思ってない。全部、自分の為。自 分の大好きな誰かと、その誰かと生きる未来の為」
だから、強いのだろう。 どんなに恐れでも挫けても、何度だって立ち上がる事が出来る強さ。自分 の信じるモノを−−自分の誇るサッカーを貫く強さ。きっとそれは何物にも 代え難いものだろう。
「エドガー。君じゃない俺には、君の本当の辛さは分かってやれない」
エドガーの悲しみ。苦しみ。痛み。それらを想像する事は出来るが、そこ まででしかない。だから彼の辛さが分かるだなんて言ってはいけない。それ はただの欺瞞だ。
「だけど…その上で思う。君が一番幸せに見えるのはサッカーをしている時 だったって」
暴徒達の惨い仕打ちが、彼に黒き魔法をかけてしまったのだとしても。呪 いを打ち破る方法はきっとある筈と、雷門の戦いを見て思うのだ。白き魔法 は黒き魔法に打ち勝てる。どんな闇も晴らす可能性を秘めていると。 だから、フィリップは願う。幸せになって欲しい。残酷な過去を、不幸を 乗り越えて、エドガーに本当の笑顔を取り戻して欲しいと。大好きな大好き な一番の親友に。
「サッカーは、誰かと幸せになれる、誰かを幸せに出来る魔法だ。俺はそう 信じてる…だから」
エドガーの虚ろな瞳を、フィリップは真正面から見つめた。
「俺は君ともう一度、サッカーがしたい。幸せになる為に」
その為に生きる覚悟をして欲しいなんて、身勝手な願いだと思う。だけど、 彼はこのまま終わっていい人間なんかじゃない。いつか終わりが来るとして も、それはハッピーエンドであるべきではないか。 エドガーの頬を、一筋の涙が伝った。乾いた唇が開かれる。
「…私はまだ…望む事が赦されるのか」
フィリップは答える代わりに、そっと彼の肩に腕を回して抱き締めた。 大丈夫だよ、と。我が子を安堵させる母親のように。
「俺達は皆、幸せになる為に生まれてきた。…そうだろう?」
大丈夫。雷門イレブンのように、自分達も乗り越えられる。我らは誇り高 き女王の騎士なのだから。
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神様、どうかお願い。