子供の頃、覚えてる? 色褪せた記憶の中、憧れたヒーローに成りきった。 どんなにこがれても、戻らない時間。 何かに追われるように、生きてるばかりで。 この背中に、白い翼は 無いとしても。 4-30:爆炎、孤軍奮闘。 豪炎寺の一日は、優しい波の音の中で始まる。珊瑚礁の見える美しい海は、現在居候させて貰っている土方家から徒歩五 分もかからずに着く。特に、海の一望出来る灯台は、豪炎寺が密かに気に入 っている場所だった。ただ鬼瓦の連絡を待ち、日ごと擦り切れていく仲間達の様子を遠くで見て いるしか出来ない毎日。キャラバンから離脱した当初は、耐えられぬ苦痛で は無いと思っていた。仲間達なら何とかやっていける筈−−信頼と言えば聞 こえはいいが、実際は根拠のない楽観だった。耐えられないかもしれない。そう思うようになったのは鬼道の死を知らさ れてからである。豪炎寺が思っていたより遥かに現実は残酷で、深刻だと気 付かされた。待つという名目で安全地帯にいる己に罪悪感ばかりが募り始め た。何も変わらないようでいて、変わっていく日々。まるで時が止まったかの ように、緩やかに時間が過ぎる沖縄にいると、何もかも忘れてしまいそうで 怖くなる。この場所の今は平和過ぎた。豪炎寺一人取り残して、世界は動い ていってしまうというのに。 これで本当にいいのか。 何か出来る事が、するべき事があるのではないか。少し立ち止まればすぐ思考は暗く沈み、同じ場所をループする。それが辛 くて、いつしかひたすら身体を動かすようになった。特訓、特訓。ひたすら 特訓。これは逃避ではない、いつか皆の役に立つ為の、強くなる為の行為だ と自らに言い聞かせながら。汗を流している間だけは、過酷な現実も意味の無い思考も忘れる事が出来 た。−−…情けないな、本当に。自嘲しながら−−今、豪炎寺は砂浜を一人走っている。顔を隠すようなオ レンジ色のパーカーを着て。早朝、浜辺でランニングをするのが、毎日の日 課になっていた。「おーい豪炎寺!」遠くから名前を呼ぶ声が。振り向かずとも分かっていた。この地で自分を 知る人間はさほど多くない。「土方」多分、洗濯の途中だったのだろう。割烹着姿の大柄な彼−−土方雷電が、 自宅方面から走ってくる。毎回思うが、よくあんなボロボロのサンダルで走 れるなと思う。ただでさえ砂浜は転びやすいというのに。さすがは地元民と いったところか。土方は、大海原中の中学二年生だ。しかし、その筋骨隆々とした肉体はと ても中学生には見えない。また、一応中学に在籍してはいるものの、あまり 学校には通えていないらしかった。彼には父親がいない。幼い頃に亡くなったのだそうだ。母親は仕事が忙し く、家に殆どいられない。だから親に代わって幼い妹や弟達の面倒を見るの は土方の役目だった。近所の主婦が兄弟を見ていてくれる日だけ、学校に行 けるというのが現状だった。所得はけして多くない。普通とも言い難い家庭環境。しかしその代わり土 方には温かい家と、海のように懐深い広い心があった。親戚のよしみで、鬼 瓦の頼みとはいえ見ず知らずの豪炎寺を匿い、世話を焼いてくれるのだか ら。毎日忙しくて仕方ないだろうに。彼には本当に頭が上がらない。豪炎寺に とって土方はサッカー仲間であり、大切な恩人でもあった。「相変わらず朝早いな〜。まぁ、走り込みもほどほどにしとけよ?」 ニカッと笑う土方。「それと朝飯はとってから動け!力出ねーぞ?」何故だかしゃもじを片手に力説する土方に、つい豪炎寺も吹き出してしま う。彼なりに心配してくれているのだろう。申し訳なさもあるが、やはり嬉 しい事だった。「ああ。…善処する」我ながら政治家の言い訳みたいな言葉だ。が、他になんと言えばいいかも 分からなかった。食事は嫌いではないのに、最近は動く事ばかり考えてつい つい食べるのを忘れてしまう事が多い。「ま、こんないい天気じゃ、さっさと外出たくなる気持ちも分からないわけ じゃあない。俺もやろうかね〜。あと一時間早く起きるだけの話だし」「今度は一緒に家出るか?ついでにボールも持っていけばいい」「お、いいねぇ。砂浜でサッカーも楽しそうだな」土方のサッカー技術は相当なものだ。安定したパワーとボディバランス、 鍛えれば良いディフエンダーになるだろう。シュートもコントロールに若干 難はあるにせよ悪くはない。しかし彼は学校にすらろくに通えぬ家庭事情がある。大海原中は影の強豪 だったが(フットボールフロンティアでは訳ありで失格になったと聞いてい る)土方がサッカー部に入るのは難しい事だった。勿体無いとは思うけれど。「浜辺は足元が不安定だからな。いい訓練になる」豪炎寺はジャージについた砂をはらいつつ、心中で自嘲する。自分は当た り前のように、帰る場所があると思っている。私情でこんなに長くチームを 留守にしたにも関わらず、彼らが受け入れてくれると当然のごとく思ってし まっている。なんて浅ましいのか。たとえ夕香の件が片付いたところで−−自分の席は もう無いかもしれないというのに。仲間達は日々成長している。もう、自分 の力は必要ないのではないか。「……そろそろ、戻った方がいいんじゃないか土方。家事の途中だったんだ ろう?」「おっといけね。そーだった」思考を無理矢理切り替えたくて話を変えた。土方はヤバ、という顔で自宅 の方を振り返る。そろそろ小学生の弟を起こさなければならない時間でもあ る筈だ。小学校は徒歩で三十分かかる位置にあると聞いている。「先に戻ってるわ。お前もランニング終わったらちゃんと朝飯食えよ!」じゃあな〜と。しゃもじを振りながら戻っていく土方。その生活感溢れる 姿に苦笑しつつ、豪炎寺はまた走り出す。この時間だというのに、既に外はじんわりと暑い。湿度が高いのだろう、 蒸し風呂のようだと思う。だが、さほど不快感は感じなかった。渡る潮風が 気持ちよい。土方家から浜辺を通って灯台へ。灯台の階段を駆け上がり駆け降り、今度 は住宅街を通って戻る。それがいつものランニングコースだった。灯台に鍵はかかっていない。正確には錆びて壊れてしまっている、が正し い。ここが都会の中心だったら不良の溜まり場にでもなっていただろう。此処は秘密基地なのよ、と土方家の末妹は言っていた。よく友達と遊びに 来るらしい。時々彼女の物と思しき玩具が転がっている。錆だらけの階段をダッシュで登る。本当は何往復もしたいところだが、う っかり穴でも抜けそうで怖い。誰か補修してくれないものかと他力本願な事 を思ってみたりする。上まで登りきり、錆びたドアノブに手をかけたところで−−豪炎寺の動き が止まった。おかしい。人の気配がする。さっき見上げた時は誰もいなかっ た筈なのに。「……」違和感を覚えつつも−−思い切ってノブを回した。開けた視界の先。まだ 朝焼けの色が残る青空が鮮やかに広がる。その中心に−−彼はいた。燃えるような紅い髪。背は豪炎寺より少しばかり低いだろうか。向こうを 見ている為顔は分からないが、痩せて骨ばった背中から多分少年だろうと予 測する。「いーい暑さだよなぁ、沖縄ってのは」豪炎寺に背を向けたまま彼は口を開く。予想していたより低い、声変わり を済ませた少年の声だった。「朝焼けもいい。燃えてるみてぇだろ、空が」豪炎寺に話しかけているのは分かる。分かる、が。豪炎寺は彼にまったく 見覚えが無かった。沖縄に身を隠して二日や三日じゃないのだ。近場に住む 人間の顔は一通り把握している筈だが。 それにこの−−妙な威圧感は何だろう。「…誰だ?」遠回りは好きじゃない。何より多弁でない豪炎寺は、さほど多くの言葉を 持ってなかった。だから単刀直入に訊いた。「さぁ?」 少年は振り返る。「誰だろーな?」鋭い目つき、黄金色の大きな瞳。顔立ちは、地元で見かける元気なスポー ツ少年達のように精悍なものだった。しかしその眼がどこか異質だ。鋭すぎ る。好戦的と言えばまだ聞こえはいい、これはまるで。 生きるか死ぬかの戦場を知る、兵士の眼だ。「今大事なのは俺が誰かって事じゃねぇ。お前がどうするか、だ…豪炎寺修 也」「何?」 自分?一体どういう意味だ。そもそも彼は何故自分の名を知っている?けして頭が悪いわけではない−−むしろ聡明で頭脳明晰と呼べる豪炎寺 だったが、発想の飛躍は大の苦手だった。FF優勝校の雷門イレブンのエースストライカー、離脱中とはいえ宇宙人と戦うチームの支柱。己の知名度が 充分に高い事にはまったく思い至らない。「沖縄県立大海原中学校に、エイリア学園が襲撃予告を出した事は知ってる か?」 驚愕する豪炎寺。その反応だけで悟ったのだろう、少年は溜め息をつく。「知らねーのかよ、情報遅すぎじゃね?……まぁいい。なら今知っとけ。エ イリアが来るっつー事は、雷門も沖縄に来るって事だ。そりゃ分かるよな?」「……ああ」「回りくどいのは嫌いだから単刀直入に言う。お前、その試合から雷門に復 帰しろ」「!」いきなり何を言い出すのだ、こいつは。復帰?出来るものならとっくにし てある。「…無茶を言うな。俺は…監督にチームを追放されたんだ」 世間一般に認知されている事実を言う。実際、これも嘘では無い。「それは建前だろが。本当の理由は…エイリアに妹を人質にとられて脅され かけたから、妹が見つかるまで雲隠れしてんだろ」「お前…!」それを知っているのは瞳子と警察のごく一部、そして死んだ鬼道だけの筈 だ。それ以外に知っている者がいるとすれば。「お前、エイリア学園の人間か!?」 声を荒げると、少年は笑い出した。不快な笑いではなかったが、豪炎寺の 神経を逆撫でるには充分で。ギリ、と奥歯を噛み締める。夕香を攫ったのが誰の手引きかは分からない。 エイリアの総意だとは思ってないし、多分レーゼやデザームら前線の者が知 る由のない事と分かっている。それでも憤りを感じずにはいられなかった。他人に理解出来るものか。自 分がどんな想いでチームを離れたか。夕香が拉致されたと知ってどれだけ恐 怖を抱いたことか。「裏を返せば、妹の安全さえ確保出来ればいつでもチームに戻れるって事だ ろ?理屈は簡単じゃねぇか」「何が簡単なものか!これだけ捜しても夕香は見つからないんだぞ!!」 つい、怒鳴ってしまっていた。らしくもなく頭に血が登っている。どうや ら思っていた以上に自分は限界を感じていたらしかった−−進展しない現 状に、むしろ悪化する現実に。怒気を撒き散らす豪炎寺を、少年は静かな眼で見た。いつの間にかその顔 から笑みが消えている。「出来る、と言ったら?」「……え?」「お前の望み、俺なら叶えてやれると言ったら…どうする?」彼が何を言っているのか分からなかった。混乱する豪炎寺に、彼はハッキ リと言った。「豪炎寺夕香の居場所も。その為の情報も。俺は全て与えてやれる」 ただし交換条件がある、と。少年は続ける。「大海原を襲い、雷門と戦うあのチームを…エイリアを、止めてくれ」豪炎寺は、眼を見開いた。 NEXT |
振り返っても、あの頃には。