儚い夢、見失いそうで。 それでも絆繋いで、前に進むんだ。 見果てぬ夢、空に描いたら。 この背中に翼は無くても、僕等は飛び立つ事ができる。 この背中に、白い翼は 無いとしても。 4-31:紅炎、粉骨砕身。 何を言ってるのか、彼は。豪炎寺は混乱した。目の前に立つこの紅い髪の少年。エイリアや自分達の 事情に詳しすぎる事を考えても、関係者である事は間違いない。なのに。 エイリアを止めろ、なんて。 何故そんな事を。「お前は…エイリア学園の人間じゃないのか?」沖縄で雷門が戦う事になるチームが、どのようなものかは分からないが。 雷門が勝って、彼に一体どんなメリットがあるというのだろう? 少年はじっと豪炎寺を見て−−そして一つ、息を吐いた。「俺達じゃ…救えなかった」 そこにあったのは諦めと、悔恨。それをさらに上回る、悲哀。「護れなかったって、ガゼルはずっと悔やんでる。そしてガゼルだけじゃね ぇ。俺も、俺達みんな…」ガゼル。その名前は、鬼瓦刑事から聴いている。あとは、偶に見るニュー スでも(土方家はチャンネル争いが凄まじく、なかなか思うようにTVを見る事は叶わなかった)。不在の間、雷門がどうしているかは、鬼瓦からの連絡頼みだった。鬼道が 死んでからは尚更だ。しかし、その名前と意味するところは豪炎寺も知らさ れている。エイリア学園のマスターランクチーム−−エイリアでもトップク ラスの実力を持つ、ダイヤモンドダストのキャプテンだと。鬼道が死ぬ前、警告してきたのも。ファーストランクのイプシロンを追放 したのも彼だった。イプシロン追放の際は、何故だか満身創痍だったと聴い ている。 護れなかった。それはイプシロンの事なのだろうか。「でもな。…だからってこれからも護れやしねぇ、救えやしねぇって諦めん のは嫌なんだよ。…お前もそう思うだろ?」 少年が何を言いたいかは分からない。だが、豪炎寺は頷いていた。「そう、だな…」 思い出したのは夕香のこと。鬼道のこと。愛する仲間達の、こと。「諦めなければ…可能性はゼロじゃない」自分はあまりに無力で、護れなくて救えなくて此処にいる。でも、未来を 捨てたくないから、捨てるわけにはいかないから今を生きている。「これからも、護れないかもしれない。喪うかもしれない。それでも…救う 事は出来るかもしれねぇから」少年は真っ直ぐ豪炎寺を見つめた。これが本題だ、とその金色の眼が言っ ている。「これ以上、アルルネシアに踏みにじらせる訳にはいかねぇんだ。あの人の 心も、あいつらの魂も。これ以上……あいつらの誇りを汚させないでくれ」 潮風が浜辺を渡る。ザン、と。一際大きく波が鳴って。「頼むよ」 勝気な少年の、懇願する儚い声が。やけに大きく、海に響いた。「……俺は」豪炎寺は考える。彼の望みの核心は何なのかまったく分からない。話が繋 がらないところだらけで混乱しているのも確かで、彼が演技をしている可能 性も否定しきれない。罠かもしれない、そう思うのも当然だ。だけど。目の前の彼の悲痛な面持ちは−−とても嘘を言っているようには 見えなかった。相手は夕香を浚い鬼道を殺したエイリアの人間かもしれな い。でも、彼本人は信じてもいい存在のように思えた。 だから。「俺は、どうすればいい」 豪炎寺は、己の直感を信じた。「…豪炎寺夕香は、愛知県にいる。名古屋だ」少年もこちらの意志を悟ってか笑みを浮かべる。ぱしっ、と彼が投げてき たものをキャッチする豪炎寺。手を開けば、それは小さなメモリーカードだ った。「詳しい住所はそこに書いてある通り。ガゼルが魔女の施設のコンピュータ ーにクラックして盗んできた情報だから間違いねぇ。まさか名古屋駅の真ん 前のビルとは思わなかったがな。木を隠すなら森の中ってか?」驚いたのはこちらも同じだ。まさか大都会名古屋のド真ん中とは。なんと なく、夕香の身柄は目立たない田舎にでも隠されていると思っていたのに。「専属で配置されている人員は五十八名。だが、実際はローテ組んで交代制 だから一度にいるのは精々多くて二十五ってところだ。あとは豪炎寺夕香以 外にも人質がいる。エイリアを都合よく動かす為、政財界の大物の家族やら 医療関係者やら警察の身内やら…そいつら夕香を入れて十二人いる」少年はすらすらとエイリアの機密であろう事実をバラしていく。いわく、 名古屋以外にも日本のあちこちに人質を管理する施設があるが、表向きは普 通のオフィスだったり老人ホームだったりするそうだ。夕香が捕らわれているビルも。実は上の階の人間の殆どはまったくの無関 係で、普通の不動産屋が入っているという。問題は地階。人質は全て日の当 たらぬ場所で捕まっている。不動産屋に潜り込んでいるエージェントが手引 きして、エイリア関係者は地上と地下を行き来しているようだ。また、他に も繋がる地下通路があるという。巧妙に隠されたアジトであった筈だ。しかしそれが今、少年の手で丸裸に されていく。「施設の詳しい見取り図。エージェント達のローテ表に人質が捕まっている 部屋の位置。全部そのメモリに入ってらあ。…それ使って、どうするべきか は自分で考えな」どうするべきか。なるほど、自分にはこのまま手をこまねいて見ていると いう選択もあるにはあるわけだ。豪炎寺はなんだかおかしくなる。答えなど とっくに出ているのに−−情報だけ与えてまだ自分に引き返す道をも与え る少年。きっと、優しいのだろう。甘いとも言えるかもしれないが、それはきっと 優しさと呼んでいいものだ。人の痛みを、悩みを理解出来るからこそ、甘や かしてしまうというのなら。「…お前、名前はなんていうんだ」燃えるような髪。太陽のような金色の眼。きっと炎に関わる名前だろうと 漠然と予測する。 その予測は、正しかった。「エイリア学園、マスターランクチーム・プロミネンスのキャプテン…バー ンだ」 全てを焼き尽くす、慈悲の焔。名は体を表すのだと、豪炎寺は思った。 よく似合っている。彼に。「そうか」ああ、こんな彼もまた侵略者の一人なのか。いや、そもそも侵略とは一体 何であるのだろう。「礼を言う、バーン」自分は彼らのことを殆ど情報としてしか知らない。自分が知るのはジェミ ニストームの−−残酷な破壊に瞳を凍らせていた者達の姿だけ。 早く雷門に復帰したい。そう願う理由がまた一つ増えた。自分も間近で見て、知りたい。本当の彼等の姿を、心を。そして−−自分 に出来ることをしたい。「…じゃあな」バーンは背を向け、ひらりと柵を乗り越えて−−灯台から、飛び降りた。 豪炎寺は慌てて覗きこんだが、既にそこに彼の姿はなく。暫く呆けて−−やがて、豪炎寺は行動を開始した。鬼瓦刑事に連絡を取ら なくては。豪炎寺は携帯を取り出して、アドレス帳を呼び出した−−。 例の灯台から少し離れた浜辺。そこに、バーンは一人で立っていた。いつの間にか空は完全に青く塗りつぶされている。入道雲が綿菓子のよう だと笑ったのはいつの頃だっただろう。もうそんな気持ち、忘れてしまった。 目に映るモノ全てが眩しいと感じた時期もあった筈なのに。「バーン様」名前を呼ばれ、バーンは振り返る。そこにはやや険しい表情の副官−−ヒ ートがいた。「これで…本当に良かったんでしょうか」「どういう意味だよ?」「だって」視線さまよわせるヒート。自信家ではないが、いつも冷静で理知的な彼の こんな不安げな顔は、初めて見る。「…あのメモリの内容は把握している筈。豪炎寺夕香の救出は…情報が分か っていても相当難易度は高い筈です。警察だけで、なんとかなるものか…」なるほど、彼の危惧も一理ある。人質を捕らえているアジトに配置されて いるエージェントは、殆どが軍人上がりだ。ただでさえ警察は圧力がかかっ ているし、鬼瓦が動くにせよ使える人員などたかが知れているだろう。完全な武装集団−−もはやテロリストと呼んでも差し支えない相手に、ど こまで真っ当な戦いが出来るか。情報というアドバンテージはあっても、け して簡単なミッションではない。「…無謀な賭だって言いてぇのも分かるさ」情報は与えた。お膳立てはしてやった。でも、自分達に出来るのはそこま でだ。あとは彼らの力を信じて、賭けるしかない。それはある種の他力本願だと知っていた。それはバーン個人のプライドに 抵触しかねない行いではあったが−−その上で選択したのには、訳がある。「けどな、ヒート。でけぇ何かをひっくり返してぇなら…こっちもでけぇ博 打、打つしかねぇんだよ。安全な橋ばっか渡って何が変えられるってんだ」自分は知っている。ガゼルはイプシロンの件で、彼らを救う為の賭に失敗 した。少なくとも本人はそう考えて思い悩んでいる。それも間違いではない かもしれない。 だけど、自分は。ガゼルのした事はけして無駄では無かったと、確率の低い賭も必要な時が あるのだと、そう証明したい。だから危険な橋もあえて渡ると決めた。そし て。「もし…豪炎寺夕香を解放出来ず。雷門も勝てず。俺達のした事がバレて二 ノ宮に制裁される事になったとしても……」 絶対に諦めない。誰かの幸せも自分の幸せも。どれだけ深い絶望が目の前に広がったとしても、生きて生きて、意地でも 生き抜いてやる。 だから。「俺はもう、後悔しない」最期の時まで、自分に出来る精一杯の力で走り続けてやる。いつか来るそ の時、笑って終われるように。「…お前なら分かるだろ?往生際が悪いのはお互い様な筈だぜ……茂人」わざと懐かしい名前で呼んでやれば、ヒートは少しだけ目を見開いて−− やがて呆れたような笑みを浮かべた。「久し振りですね、その名前で呼ばれるのは」「だろうな。…最後に呼んだ時ゃ、お前も俺にそんな気持ち悪ぃ敬語なんざ 使ってなかったし」「気持ち悪い…ですか。また随分な物言いで」「そりゃそーだろ」 晴矢と呼ばれていた。 茂人と呼んでいた。それは当たり前のように繰り返される日々で、それが自然な事だと信じて いた記憶。もう二度と、戻らない日々。「幼なじみに、よそよそしく目上扱いされるなんざ…気分悪くて仕方ねぇん だよ」どうして自分はキャプテンだったのだろう。ジェネシス計画にマスターラ ンクとして参加出来ると知った時には、嬉しく感じた筈なのに。どうして自分やガゼルは“のけ者”にされたんだろうと。つい思ってしま うようになったのは最近の事だ。どのチームも、キャプテンを格上として敬意を表すようにと命じられてい る。例外はグラン率いるガイアだけだ。グランが皆に“敬語は嫌だから”と 公言して、それが黙認されたのは、彼らがジェネシスの最有力候補であった からに他なるない。「……申し訳ありません、バーン様」たっぷり沈黙した後、ヒートはそう言って頭を垂れた。答えはそれで充分 だった。だからバーンも何も言わなかった。「…謝罪なんか、欲しくねぇんだよ…馬鹿」呟きは、波音に溶けて、消えた。 NEXT |
切り開いてゆけ、未来を。