欠片をそっと結んで、見つけたの、素敵な答え。
誰もが笑っていられる世界を創ればいいんだって。
まだまだ足りないモノはたくさんあるけど。
これから探せばいいだけ、だって僕等は生きてるんだから。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
4-32:ころ、むすび。
 
 
 
 
 
 どんな時でも、朝は来る。生きている限り、営みは繰り返す。誰かがいて
も、いなくても。
 諸行無常の響きあり、と。かの平家物語の冒頭を思い出すレーゼ。自分は
ことわざと一緒に、古典も好んで呼んでいた。文学は面白い。読むたびに新
しい世界を広げてくれる。得た知識の本当の意味を知るのは、もっと後の事
になるのだとしても。
 
−−風丸君。
 
 青い青い、抜けるような空を見上げてレーゼは思う。
 
−−君がいなくても、朝が来るよ。
 
 鬼道が死んでも。風丸が死んでも。同じように陽はまた昇り、沈んでいく。
あまりにも無常に、無情に。
 
−−私は一番肝心な時に、君の傍にいなくて。守る事も、共に戦う事も出来
なかった。
 
 宮坂には偉そうな事を言ったけれど。本当は後悔と自己嫌悪で死んでしま
いそうだった。自分はいつも守られるばかりで、大切な人に恩返しの一つも
出来やしない。デザームも。風丸も。自分の手の届かない場所へ、消えてし
まう。
 本当は怖くて仕方ないのだ。彼らが悲劇に見舞われたのは自分のせいでは
ないか。自分さえいなければ、もしくは力があれば、こんな事にはならなか
ったのではないか。
 自分が生きている限り。悲しい事は終わらないのではないか−−と。傲慢
でさえある罪悪感に墜ちて、息が出来なくなってしまう。
 でも。
 
−−罪を感じるなら…生きて償う方法を、捜さなくちゃいけない。
 
 侵略に荷担し、多くの者達を傷つけた罪。
 愛する者達を悉く護れなかった罪。
 抱えて、背負って。歩いていく事こそ贖いだ。死んで楽になる権利などと
うの昔にありはしないのだから。
 
−−私は、私にしか出来ない事をする。
 
 エイリア学園に見限られ、記憶を失い、街をさ迷って。無力で無残な子供
に過ぎなかった自分に、差し伸べられる尊い手があったこと。
 足手まといの自分にしか出来ない役目があって、代価の一つとして“祝祭
の魔女”の力を得た事。
 この世に偶然は無い。あるのは必然だけ。ならば全ての出逢いは、出来事
は、必ず意味がある筈だ。
 
−−待ってて、風丸君。
 
 目を閉じて、レーゼは誓いを立てる。
 
−−必ず、助けに行く。例えどんな君が待っていたとしても。
 
 助けたいのは風丸だけじゃない。
 いつも自分を兄代わりとして護ってくれていたデザーム。
 親友だったディアム。
 目上の立場でありながらさりげなく気にかけてくれていたグラン、ガゼ
ル、バーン。
 自分は、自分達は真実を確かめる。そして今なお傷つき続けている大切な
人達を救いに行く。それこそが罪を犯し続けた自分の償いであり、彼らへの
報恩になる。
 
「全員、集まったわね」
 
 時計の針が八時を指す。集まったメンバーを一瞥して、瞳子が口を開いた。
「もう知っている子もいるとは思うけど。今日から、ここにいる立向居勇気
君をキャラバンに加えます」
「よろしくお願いします」
 ぺこり。瞳子の隣に立つ立向居が頭を下げる。誰からも異論の声は上がら
ない。
 円堂を立ち直らせる為に行われたあのサッカーバトルは、様々な効果を上
げていた。あの勝負で気持ちを吹っ切ったのは円堂だけじゃない。宮坂やリ
カもそうだった筈だ。レーゼも例外ではない。
 そして幸運にも、立向居の実力を皆に知らしめる事も出来た。正GKは円
堂だが、万が一の控えがいないのが不安材料だった。それのみならず、立向
居はフィールドプレイヤーとしても大いに活躍が期待出来ると分かったの
である。戦力として数えるに充分だった。
 さらにこれは偶然だが。小鳥遊が負傷でキャラバンを離れる事が確定した
タイミングである。立向居ならば彼女の穴を埋めるに足りると監督も判断し
たのだろう。
 
「俺は…皆さんに比べて経験が圧倒的に足りません。技術もありません。で
も…覚悟だけは、負けないつもりです」
 
 何より、彼にはその絶対的な意志がある。立向居の真っ直ぐな眼を見て、
レーゼは確信した。
 彼ならばきっと。自分達と共に絶望を乗り越えていける筈だと。
 
「俺も一緒に戦わせて下さい。…救う為に!」
 
 ああ、その名前は確かに彼を表すもの。
 どんな未来でも、現実の中でも、大切なのは立ち向かう勇気だと。
 
「おう、期待してるぜ立向居!」
 
 びしっ、と親指を突き出す円堂。
「気張れよ立向居!」
「応援してるぞ!!
「男見せたれや!!
 陽花戸中の面々から激が飛ぶ。立向居はちょっと照れながら、先輩達に手
を振った。
 
「立向居君」
 
 集まっている部員達の中から、陽花戸中の校長が一歩前に進み出た。穏和
な笑みを浮かべながら。
「君を、我々は心から誇りに思うったい。頑張れとは言わん、お前さんはお
前さんに出来る精一杯をやりんしゃい」
「…はい!」
 校長と、立向居が握手を交わす。それを見て瞳子が大きく息を吸った。
 
「さあ」
 
 覚悟を決めた眼差しで、彼女は言った。
 
「行きましょう…沖縄へ!」
 
 始まりと終わり。自分達はまたこうして歩き出す。歩き出せる。だからき
っと、大丈夫。
 
−−もう、貴方に心配させませんからね…デザーム様。
 
 守られるばかりの非力な自分に、さようなら。
 
 
 
 
 
 
 地獄に墜ちたかな、と思った。
 自分のした事を、ある者は罪ではないと言うかもしれない。しかし、ある
者にとっては罪以外の何者でもない事を小鳥遊は知っていた。
 意識が浮上して。知らない天井と傍にいる存在に気付き、現状を理解した
瞬間を、きっと自分は一生忘れる事は無いのだろう。
 その時抱いた感情は−−ああ、なんと呼べばいいかもわからない。
 
「…起きてんでしょ、不動」
 
 運びこまれた施設。普通の病院で無いらしい事は薄々気がついていた。で
なければ多分、不動と同室になる事も無かっただろうし、看護士には見えな
い姿の少年や少女が治療に来る事も無いだろう。
 ベッドに横たわったまま。小鳥遊が青いカーテンで区切られた空間の向こ
うに声をかければ、微かに身じろぐ気配がした。
 
「…寝るとこだったってのに……今度は何だってんだ?」
 
 不機嫌そうな声。寝るところだった、と言いつつ眠れなかったのが本当の
ところだろう。不眠症だとか、傷が痛むからだとか、そういう事ではなくて。
 考える事があまりにも多すぎた。自分にも、不動にも。
 
「なんだかんだ言い忘れてたから…今言っとくわ」
 
 今自分がどんな顔をしてるかなんて、カーテンごしじゃ分かるわけもない
けれど。小鳥遊は無意識に、反対側へ顔を背けていた。
「……ごめん、不動」
「何がだよ」
「だって…さ」
 酷い罪悪感に襲われる。自分は結局無力だった。心の底から思い知らされ
た。
 
「助けてやる、とか。偉そうな事言った癖に……結局、ミイラ取りがミイラ
になっちゃって。ばっかみたい」
 
 エージェント達に追われ、窮地に立たされた不動を単身助けに向かった小
鳥遊。しかし、結局自分一人の力で彼を救う事は出来なかった。そればかり
か自分が不動に助けられてしまった。
 フリオニールが迎えにきてくれなければ、あの場で殺されていただろう。
自分も、不動も。抱いた希望も、願った未来も。
 
「今度は、あたしが約束を破っちまったんだ」
 
 守れなかった。
 とんだ嘘つき野郎だ。
 
「だから……ごめん」
 
 沈黙が横たわる。きっと、不動は動揺しているのだろう。立場が入れ替わ
って。ナニワで電話をした時のあの会話と、自分が言った事の意味を考えて
いるのだろう。
 
「……でもよ」
 
 やがて、不動が口を開く。
 
「俺達は……生きてる」
 
 そうだね、と小鳥遊は相槌を打った。
 生きている。生きていける。今漸くそれを実感して−−その重さを、噛み
締められた気がした。
 
「そうさ。あたし達、生きてるんだ」
 
 死ぬ筈だったのかもしれない。ひょっとしたらそれこそが神様の描いた正
しいシナリオだったのかもしれない。
 でも結果として、自分達は生き残る事が出来て。物語を終わらせずに済ん
で。動けないベッドの上で、その意味を考えている。
「だから…きっと、取り戻せるモノとか……やり直せる事だって、あるよ」
「そうかも、しれねぇな」
 不動が苦笑する気配があった。
 
「まぁ…だからよ、小鳥遊。お前のおかげで生きてんのも間違いねぇんだし
…謝る必要も、ないんじゃねぇの?」
 
 その言葉につい、小鳥遊は吹き出してしまった。相変わらずのツンデレっ
ぷりだ。素直に“そんな事ない”と言えない。それが逆に不動らしくて、可
愛らしいとすら思ってしまう。
 まったく、自分も重症だ。
 
「いいの?ぶっちゃけあたし、もう一つ約束破ってんだけど」
 
『…あたしは、あたしのサッカーをやる。そして、エイリアと戦って…知り
たい事全部、確かめて来る』
 
「確かめに、行けなくなったしさ。…何が出来たかといえば…何も出来なか
ったようなものだし」
 
 あれだけデカイ態度をとっておきながら。自分はこんなに早く、舞台を退
場させられた。この怪我では当分絶対安静だ。キャラバンに戻れる頃には全
てが終わっているかもしれない。
 エイリアの秘密を。不動が魂を削ってまで仕えようとした人の真意を探り
当てると宣言したのに−−その約束も、もう守る事が出来なくなってしまっ
た。
 罵られても仕方ない。そう思っていたのに。
 
「…けど、一番守って欲しい約束は…破ってねぇだろ」
 
 不動は静かに、言った。
 
「最終的にどうなったにせよ。…お前は、助けに来てくれた。だから……他
の事なんざ、取るに足りねぇよ」
 
 だから、と彼は続ける。
 
「だから……ありがとな」
 
 不器用にも告げられた言葉に、思わず笑みが零れる。この身体が動いたら、
カーテンを思い切り引き開けて、その真っ赤になった顔を拝んでやるという
のに。鎮痛剤のせいで痛みはかなり和らいでいるが、この点滴が若干邪魔だ
った。
 手を伸ばす事が叶ったら。この距離なら、その手を握ってやる事も出来る
だろうか。
 
「治ったらさ…どうするか、考えてみようかね」
 
 まだ先かもしれないけれど。それは時間があるという事でもあるので。
「とりあえず、ナニワランドかな。ほら、一番最初の電話。あたし、あそこ
からかけてたんだけど」
「あー…そういやアジトがあったんだっけか。背後が妙にウルサかったな」
「耳いいね。…一緒に行かない?バカ騒ぎすればいろいろ吹っ飛びそうだ
し」
「うわ、お前とデートかよ」
「何よ不動、不満なわけ?」
「……別に」
 不動の声が、笑っている。声だけでそれが分かる。
 
「悪くは、ねぇよ」
 
 だから、小鳥遊も嬉しくて。
 
「いっぱい、楽しいコト考えてみればいいでしょ。せっかく時間が出来たん
だから」
 
 これから出来る事がたくさんある筈だ。それはきっと一つの奇跡で、とて
もとても幸せな事。
 
「あたし達は生きてるし。これからも生きていけるんだから」
 
 不動にだけじゃない。今無性に、誰かにありがとうと言いたい。小鳥遊は
そう、思った。
 
 
 
NEXT
 

 

誰かがいなくていいセカイなら、要らないから。