君がこの世に命授かりしは偶然か必然か? 僕なら言える、運命だと。 偶然なんかじゃないから、君はたった一人しかいない。 なくてはならない人だって、忘れないで。 この背中に、白い翼は 無いとしても。 5-1:兵達の、ラプソディア。 「…ふーん、なるほどねぇ。ま、向こうも何かしら動くとは思ってたけど、 そう来たか」バスが出発してから、ずっとこの調子だ。円堂は後ろを振り返る。聖也は 周囲の目を気にする事なく、長々と電話をし続けている。「確かにそりゃ警察の手に余るわな。あちらさんもそれなりにガチで来てっ だろうし。…了解、こっちで援軍手配するわ。ちょい手続きするから待って てくれな」誰と話しているのだろう。聖也の隣に座る吹雪と目があったが、彼も黙っ て肩をすくめた。吹雪も知らない−−という事はラストエデンの仕事絡み か。キャラバンの中で堂々と喋ってもいいのやら。なんとなく観察してみると、次には何やら書類とペンを出して書き込み出 した。一瞬見えた文面には数字とアルファベットが並んでいて、それだけで 頭が痛くなる。−−うう…英語は苦手なんだよな…。誤解されがちだが。円堂の学力は一般的に見てけして低くはない。という のも雷門自体の偏差値が相当高い部類に入るからだ。さすがに全国トップレ ベルにある帝国とは比べるべくもないが、仮に転校したならば大抵の科目で 上位になれるだろう。ただし。雷門の中での順位がいかほどかと言われれば−−下の上である、 と言わざるを得ない。特に英語が壊滅的だ。日本語で読んでも面倒な文章を 英文で出してくるな、といつも思う。単語の記憶より読解が苦手なタイプだ った。要は、筋道立てて理論的に考えるのが下手なのである。多分円堂自身の性 格によるところが大きいのだろう。「英語じゃないな、あれ」「え?」そんな円堂の思考を読んだかのように−−土門が言った。キャラバンの座 席は常にランダムである。今日の円堂の隣は土門だった。「聖也の書類な。…多分、ラストエデンだけで使う特殊な言語とかだろ。英 語に見えるけど文法も単語も滅茶苦茶だった」「へえ…!」 後ろの座席の事など、土門とてちらっとしか見えなかっただろうに。「今の一瞬でよく分かったなぁ…すっげぇ」純粋に感嘆の息を漏らす。語学力だけじゃない。動態視力と注意力も凄い。 自分にはまだまだ足りない能力だ。「帰国子女ナメんなよ?ついでに視力も両目とも2.0だぜ」 「0.5くらい分けてくんない?」 「円堂だって視力いいじゃん、だったら目金に分けてやるよ。あいつ裸眼視 力は測定不能レベルだって言ってたし。一番上のCが見えなかったらしいぞ」「わ、それはヤバい」他愛のない会話でくすくす笑い合う。その目金はといえば、またしても木 暮の悪戯の餌食になっていた。僕のマジカル戦士セーラーうさぎちゃんがー っとかなんとか叫んでいる。手には髭とアフロになってしまった美少女フィ ギュアが。木暮も木暮だが、目金も学習しないなと思う。木暮に見つかればまた被害 を被る事は目に見えているのだ。ちゃんと隠すか、自宅に送って(あるいは 置いて)しまえばいいものを。「そういえば気になってたんですけど」 前の席。レーゼの隣に座っている宮坂が口を開く。「沖縄に行くって言っても…キャラバン置いていく訳にはいかないですよ ね?でも飛行機に乗らなきゃいけないし…」確かに、と円堂は土門と顔を見合わせる。北海道に行った時は青函トンネ ルを渡れば良かったので、空路は必要無かった。でも、沖縄へはそうも行か ない。「心配ご無用じゃよ。わしらは飛行機で行くが、キャラバンは船で運んで貰 えるよう手配してある」古株が運転しながら言う。その言葉に、キャラバンのあちこちから安堵の 溜め息が漏れた。 しかしふと、円堂はある事に気付く。−−相当お金かかるんじゃないか、それ?今までのキャラバンの移動距離も相当なものだ。ガソリン代が既に馬鹿に ならないだろう。だがその上さらに陸路と海路となると−−その費用、一体 何処から捻出しているのやら。斜め前の席の夏未を見る。彼女は秋と喋っていてこちらの視線には気付い ていない。ひょっとしたら雷門財閥がまるっとスポンサーになっているの か。それとも塔子の財前財閥か、あるいはその両方か?いや、やめよう。なんか考えれば考えるほど知らなくていいことのような 気がしてきた。「沖縄かぁ…ちょっと楽しみやなぁ」 ニヤニヤしながらリカ。何かを悟ってか、うっと身を引く一之瀬。「ダーリンとらぶらぶサマーデートや!青い海、白い砂浜…っ!」「な、なんか日本語おかしいからリカ。それに俺達遊びに行く訳じゃ…」 一之瀬が控えめにツッコむが、リカは全く聞いていない。「“待って〜ダーリン〜!”“あはは、競争だよリカ!”“待って〜な、置 いてかへんで〜”“悔しかったら追いついてごらん!あはは”“うふふ”“あ ははは…”」乙女の妄想モード、突☆入。一人で妄想会話をぶつぶつ呟き、頬を赤くし てニヤける様はハッキリ言って−−怖い。いつの間にかドン引きしまくった 一之瀬が後部座席まで避難している。「あ、相変わらずだなリカ…もはや凄いとしか言いようがない…」「いーんじゃないの、円堂」 苦笑する円堂に、土門が笑って言った。「どうにもならねー事はたくさんあるけどさ。嫌な気持ちとか辛い事とか… 引き摺って、ずっと苦しいままでいるより断然いいじゃん。良くも悪くもリ カならさ、一之瀬やみんなを自分のペースに巻き込んで引っ張ってくれると 思うんだよな」 そうかもしれない。前向きに、楽天的に生きる事は難しく、必ずしも正解ではないけれど−− 鬱々した想いを溜め込んで切り替えられないのは辛い。リカは良い意味で、 皆に悲劇を忘れさせてくれる存在かもしれない。笑顔を、保たせてくれるか もしれない。そして多分、必要だったのだ。一之瀬にだけじゃない。自分達みんなに、 そんな存在が。自分には−−皆を不器用に励ますくらいしか出来ないから。「おし、んじゃ手筈通り頼むぜ。間違っても短気起こすなよっと」どうやら聖也の長電話も終わったらしい。ぽちり、と電源ボタンを押す彼 に、待ってましたとばかり円堂は尋ねた。「なぁなぁ、一体誰と電話してたんだよ?結構親しい感じだったよな」まるっきりタメ口。相手はラストエデンの同僚か部下だろう。それに−− 誰がどう見ても聖也はゴキゲンだ。携帯をしまいながら鼻歌なんて歌ってい る。「ん〜…ヒ・ミ・ツ☆」「うっわ、その☆マーク超キショイ。ついでにウザムカつくわ〜」「確かに」「やっだ土門に円堂、んな誉めんなって〜」「「誰も誉めてねーよ」」びしり、とダブルツッコミ。何故だろうと円堂は思う。聖也と関わるよう になってから、ツッコミのスキルが上がった気がする。ああ嬉しくない。「いたっ…石投げないで石っ!愛が痛いっ!」 何処から出てきたのやら、土門に投げられた石に悲鳴を上げる聖也。「良いニュースがあるんだってば!だから勘弁して!」「良いニュース?」訝しげながらも、土門の手が止まる。まだ右手には大きな石がスタンバイ していたが。「お前らにな、すっげぇサプライズが出来るかもしんねーんだよ!みんな絶 対喜ぶと思う!!」 サプライズ?首を傾げる円堂に、聖也は満面の笑みを向けた。嬉しくてた まらないんだ、と言うように。「何があるかは後のお楽しみ!先に喋っちまったらつまんねーだろ?」パタン、と携帯を閉じる音が、喫茶店に大きく響いた。はぁ、と鬼瓦は溜 息をつく。その様子に、同席した部下二人は一様に不安げな顔をした。「鬼瓦警部補を疑う訳じゃありませんが…」口を開いたのは、黒いショートカットに端正な顔立ちの若い女刑事。彼女 は名を佐藤美和子という。階級は巡査部長だ。「あの桜美聖也という少年。何処まで信用出来るんですか?…いえ、言い方 が良くないですね、何処まで信頼してるんですか?」「と、言うと?」「その…私には、普通の中学生にしか見えないものですから」直属で無いとはいえ、上司に進言したい事ではないのだろう。佐藤の表情 は苦い。しかし、鬼瓦は彼女を咎める気は毛頭無かった。彼女の疑問は至極 当然だと感じていたからだ。「あんなガキが何万年も生きた“大魔女”には見えないし、ましてやでけぇ バックアップがあるなんざ信じられねぇ。…だろ?」図星なのだろう。佐藤は俯く。その隣に座るもう一人の部下−−高木渉も 似たり寄ったりの表情だ。彼も階級は巡査部長である。クールビューティな印象の強い佐藤とは対照的に、高木は内面の明るさと 快活さが滲み出るような好青年。にも関わらず、彼らは時々驚くほど同じ顔 やよく似た仕草をする。付き合っているらしい、という噂は本当のようだ。「そうショボくれた顔しなさんな。そう思って当然だ。寧ろお前らみたいな いい大人が、あっさり魔女やら秘密組織やらを信じてくれても困る」「鬼瓦警部補…」本心だった。正直鬼瓦自身、今ですら何もかもを信じる事が出来たわけじ ゃない。ただ信じざるおえなくなったから、納得したフリをしているだけだ。残念ながら、迷った足取りで進める段階は、とっくの昔に過ぎてしまって いる。「だが、認めない訳にもいかんだろ。試合の中継はお前達も見た筈だ。“有 り得ない”事は“有り得ない”。なんせ連中は、俺達の常識の外からやって 来たんだからな」生温くなってしまったコーヒーに手をつける。鬼瓦は専らブラック派だっ たが、今日ばかりは砂糖を入れたい気分だった。頭の回転を良くしたい。気 休めでしかないとしても。勤務時間中。何も鬼瓦達はサボりで喫茶店にいる訳では無かった。愛知県 名古屋市、名古屋駅前−−件のビルがここからはよく見える。張り込み兼、 作戦会議というヤツだった。「…豪炎寺修也が受け取ったというメモリ。中身は何回も見直しました。… 正直、聖也少年のバックアップ無しではどうにもなりません。増してや今動 けるのが我々三人だけとあっては」 やや青ざめて高木が言う。そう、最大の危惧はそこだった。警察内の何処にエイリアの息がかかった者がいるか分からない。よって作 戦実行可能なのは信頼のおけるごく数名に限られる。しかもタイミング悪 く、近辺で面倒な立てこもり事件が起きたせいでそちらに人員の殆どを取ら れてしまい、目下動けるのはこの三人だけとなってしまった。確かに、自分達の手元には有益な情報がある。しかし相手は人数が多い上、 二ノ宮が裏社会から引っ張ってきた手練ばかりだという。あまりにも分が悪 い。つまり−−作戦が実行可能かどうかは、聖也が送ってくる援軍次第なので ある。「信じられなくても信じるしかねぇさ。そうだろ高木?矛盾した事言ってん のは分かるけどよ」そしていざとなれば鬼瓦は一人でも夕香を助けに行くつもりだった。無論 それは口にしないけれど。聖也の援軍−−そいつらが来る時間まで後十分。以外に長く感じる待ち時 間だ。もう一本か二本吸えるかな、と鬼瓦はマルボロを取り出して火をつけた。 NEXT |
永遠に道標、捜してるんだ。