全ては未来へ繋がる物語。
そよ風が生まれた夏の日の夢。
 出逢いは運命、出逢いは必然。
欠片を重ね、想いが育つ。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
5-6:レメンタル、ヒーロー。
 
 
 
 
 
 もうじき雨が降る、と。綱海の予想は当たりそうだった。豪炎寺は早足で海
岸を歩いていく。調子に乗って遠くまで行くものではないと痛感させられた気
分だった。
 
−−帰れると…いいけれど。
 
 空はみるみる暗くなっていく。あと何分持つのやら。ボールを小脇に抱えて、
走りにくい砂浜を駆けていく。こんな時にドラえもんの道具が欲しくなるの
だ。どこでもドアがあれば遅刻知らずだろうに。
 やっと砂浜エリアを抜け道路へ出れる、そう思った矢先だ。犬の鳴き声に子
供の声。特に助けを求めるような類だったわけでもないが−−思わず、豪炎寺
は立ち止まっていた。どうしてだかは分からない。ひょっとしたら、何か運命
的なものを感じたのかもしれない。
 物語のプロローグとは、思わぬ場所に転がっているものだ。
 
−−危なくないか、あれ。
 
 浜辺の隅に立てかけられた木材があった。その隙間に、子供が必死で手を伸
ばしている。弱々しい子犬の鳴き声で合点がいった。子犬が木材の間に挟まっ
てしまっているのだ。幼児は必死でそれを助けようとしているらしい。母親が
不安そうに制止の声をかけるも、耳に届いていないらしい。
 もしあれが崩れたら。僅か四歳か三歳かの幼児など容易く潰れてしまうだろ
う。
 嫌な予感ほど、当たるものだ。男の子の肩が僅かに木材に触れ−−次の瞬間、
微妙な均衡が一気に崩れたのである。ガラガラと音を立てて少年の上に木材が
降ってくる。子供は犬を抱えたまま、動けない。豪炎寺は反射的に飛び出して
いた。何故だが確信していた−−自分は絶対間に合う。あの子はこんな場所で
死ぬ人間ではない、と。
 
「ファイアトルネード!」
 
 手に持ったボールは、まるで流星のごとく景色を切り裂いて進んだ。一直線
に、今まさに幼児を押し潰さんとする木材へ。ボールが直撃したとたん木材は
弾きとばされ、ばらばらと周囲に落下。だが子供に怪我はない筈だ。綺麗に、
それこそ輪を描くように。木材は子供を避けて砂浜に沈んでいた。
 無事、成功。豪炎寺は子供の側に走り寄る。
 
「大丈夫か?」
 
 突然の展開に、子供はポカンとしてその場にへたりこんでいる。見れば彼が
抱きしめている子犬までおんなじ顔だ。脳みそが追いついてません、な状態な
のだろう。ひょっとしたら自分がピンチだった事も理解してなかったかもしれ
ない。
 
「ありがとうございます!息子を助けてくれて…!」
 
 母親が深々とお辞儀をしてきた。そして、幼い我が子にほら、と声をかける。
 
「天馬!あなたもお兄ちゃんに、ちゃんとお礼を言いなさい」
 
 幼児は名を天馬というらしい。いい名前だ。特徴的にうねった茶色い髪に、
大きな眼。可愛いらしい顔立ちをしている。大きくなったらなかなかのイケメ
ンになりそうだ。
 天馬はまんまるの眼で豪炎寺を見上げて−−やがて、歓声を上げた。
 
「かっこいー!ふぁいあー、れっどみたい!!
 
 きゃっきゃきゃっきゃと声を上げ、笑顔になる。ふぁいあーれっど−−ファ
イヤーレッド、か?そういえば戦隊モノの最新シリーズの主人公のヒーローは
そんな名前だったような。まあ、お約束である。
 
「おにいちゃんも、“ですとろいあ”とたたかってるの?」
 
 “デストロイア”−−多分敵の名前なんだろう。子供は嫌いじゃない。豪炎
寺は天馬の頭を撫でて言う。
「お兄ちゃんが戦ってるのは、違う敵、だよ」
「ちがうの?」
「ああ。お兄ちゃん達は、怖い魔女を倒して、みんなを幸せにする為に戦って
るんだ」
「まじょ?“えりあーで”みたいな?」
「まあな」
 多分“エリアーデ”という悪い魔女でも出てくるんだろう。それにしてもよ
く喋る子供だ。三歳にもなれば男の子もこれくらい話すものなのか。夕香は一
歳でもうやたら喋っていたが、言葉の発達は女の子の方が早い場合が多いと聞
く。
 ふと、母親があっと声を上げる。
「もしかして…雷門イレブンの方かしら?」
「!知ってるんですか?」
「そりゃあもう。家族揃って大のサッカー好きですから」
 豪炎寺は驚く。まさか沖縄にまで雷門の名が知れ渡っていようとは。確かに
キャラバンは今日本中で仲間集めを慣行しているが。
 
「天馬。君もサッカー好きか?」
 
 まだサッカーというものを理解しているかも怪しいけれど。声をかけると天
馬はにこにこ顔で頷いた。
 
「うん!さっかーでわるいヤツをやっつけるんだ!!
 
 何やら認識が若干ズレているらしい。悪者を倒す為の手段だと思われている
のか。まあエイリア学園との試合を見ている小さなサッカーファン達にはそう
思われても仕方あるまい。
 
「おにいちゃん!ぼくもさっかーできる?ひーろーになれる?」
 
 豪炎寺は苦笑して、天馬の頭を撫でた。
 
「そうだな。…護りたいものができたら、誇れるものがあるなら…きっとなれ
るさ」
 
 自分は臆病な人間だ。テレビの中のヒーローになどなれやしない。例えば誰
か一人の命でこの世界が救われるような場面があったとして−−自分はきっ
と、誰かが名乗り出るのを待ってしまう事だろう。自分を愛してくれる者達の
未来を案じるばかりに。
 でも、自分は大衆のヒーローであれとは願わないから。大切なほんの一握り
の誰かを守れるなら、大層な肩書きなど要らないと知っているから。臆病な自
分にも胸を張れる。自分の為に生きて、誇りを捨てない自分を好きでいられる。
 いつか天馬も気付くだろう。
 真の勇気とは、臆病な者こそ持ちうるものであり。大衆のヒーローより、た
った一人のヒーローである事こそ意味があるという事を。
 
「いいかい天馬。サッカーは悪い奴をやっつける為にやるんじゃない。楽しい
からやる。最初はそれでいいんだ」
 
 きっかけはどこにでもある。
 豪炎寺がサッカーを始めたのも些細な理由。やってみたら楽しかった。ただ
それだけの事だ。
 
「そうすればいつかきっと気付く。サッカーをすればみんなが笑顔になる。サ
ッカーは、みんなを幸せにする魔法なんだと」
 
 天馬はきょとんとした顔で首を傾げている。さすがに難しかっただろうか。
特に説教をするつもりで話したわけでもないので問題はないけれど。
 
「あ、あのっ!」
 
 そのまま背を向けようとした豪炎寺に、母親が声をかけてきた。
 
「エイリア学園の事、伺ってます。今度は沖縄を襲いに来るって…大丈夫な
の?」
 
 恐らく彼女の不安は、沖縄の人々に共通するものだろう。誰もがエイリアと、
その後ろにいるとされる魔女を畏れている。その力に怯え、恐怖を感じている。
サッカーに無関係だからと安堵できる人は少ないのだろう。
 自分はまだ、試合に出れるか分からない。夕香の救出が間に合う保証はない。
それでも、豪炎寺は微笑んでみせた。
 
「大丈夫です。…宜しかったら試合、見に来て下さい」
 
 天馬の頭をもう一度だけ撫でる。少年は豪炎寺が蹴ったボールをしっかり抱
きしめていた。どうやら気に入ってしまったらしい。記念にあげてしまおうか。
何故だかそんな気分になった。
 
「必ず、守ってみせます」
 
 きっとフィールドに立ってみせる。
 バーンとそう、約束したのだから。
 
 
 
 
 
 
 
 飛行機に乗る人間は大まかに3パターンだと土門は思う。落ちるんじゃない
かとビビる奴。意味もなくワクワクそわそわする奴。そして特になんとも思わ
ない奴、だ。
 土門や一之瀬は何度かアメリカと日本を行き来しているゆえ特に何を思う
でもないが−−他のメンバーは違うのだろう。搭乗してから木暮、壁山、円堂
あたりが騒がしい。そろそろ落ち着かないと瞳子がキレ出すんじゃないだろう
か。
 
「なんか、楽しそうだね」
 
 吹雪が呟く。
「修学旅行みたいな気分なのかな。白恋中の修学旅行は二年の冬だから、まだ
行った事ないんだよね…」
「あれ?小学校の時には無かったのか修学旅行?」
「あったけど北海道から出なくてさ…旅行っていうより社会科見学みたいだ
った」
 まあ、学校によって差が激しいのだろう。もしかしたら東京に来たのも初め
てだったのかもしれない。気温差でびっくりした事だろう。夏も終わりとはい
え、まだまだ東京は暑い。
「で…だ。一つ訊きたいんだが吹雪」
「なぁに?」
 土門はくいくいっと首で反対側の座席を示してみせる。
 
「アフロディとリュウ。あいつらなんであんなに不機嫌なんだ?」
 
 通路を挟んで向こう側。ベルトをしっかりしめて座席に座る照美とレーゼ
は、かなりのご機嫌ナナメだった。空港に着いた時は元気だったのに、今はむ
すっとした顔で黙りこんでいる。何かあったのだろうか。
 尋ねると吹雪は、何も二人が喧嘩した訳じゃないよ、と苦笑した。
 
「…二人でお土産屋さん覗いてたら、ナンパされて面倒くさかったんだって」
 
 ああ、理解。
 照美とレーゼ(ついでに宮坂も、今はいないが風丸も)が一緒に並んできゃ
っきゃしてると、ジャージを着ていても女の子にしか見えない。髪型もそうだ
しやっぱり笑顔が可愛らしいのだ。男だと知ってなければ、自分もぐらっと来
たかもしれない。
 女の子に間違えられるのは慣れっ子だよ、と前に言っていた照美。その彼が
あれだけ機嫌を悪くするなら、よっぽど質の悪い相手だったのだろう。
 まあ吹雪いわく、原因はそれだけじゃあないようで。
 
「…こりゃチャンスと見て二人の前に颯爽と現れ、ヒーローよろしく救出し…
そのままお持ち帰りしようとした馬鹿が一人いたんだよね…」
 
 吹雪は名前は出さなかったが、誰の事かなど訊くまでもない。
 
「またお前か聖也。そろそろいい加減にしような?飛行機から突き落とすぞ」
 
 後ろの座席に座る聖也を睨んでやる土門。聖也はといえば−−ぐったりした
顔でひらひらと手を振った。
 
「……うん……そろそろ命の危険を感じて…る」
 
 なんか顔が凄い事になっている。美形もへったくれもありゃしない。セクハ
ラしようとした照美とレーゼに、それぞれゴッドノウズとアストロブレイクを
お見舞いされたと見える。
 これで反省して自重してくれればいいのだが−−多分コイツは数時間経っ
たら傷も治ってるし反省もころっと忘れている事だろう。まったく手がかかる
ったらない。
 
「速水部長がさっきから、土産をよこせと煩いです」
 
 左隣の宮坂(因みに右隣が吹雪だ)が携帯画面を見て溜め息を吐く。速水、
は確か陸上部の部長だ。忘れそうになるが宮坂の籍はあくまで陸上部にある。
エイリアの件が片付けばもうサッカーはやらなくなるのだろう−−土門から
すれば実に惜しい。
「…遊びに行く訳じゃないんですけどねぇ」
「まぁいいじゃないか。沖縄に行く機会なんかそうそう無いぜ?」
 だから今は。今だけは。仲間として楽しんだっていいじゃないか。時間はけ
して無限じゃない。明日生きている保証なんて本当は誰にも出来ないのだ。
 
−−今くらい。旅行気分で笑ってたって、いいよな。
 
 いつか来る時、後悔しない為に。たくさん笑っておこうと思う。明日の分も、
明後日の分も。
 時間はけして、戻らないのだから。
 
 
 
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小さな光と、小さなキセキ。