子供達に、祈りを。
希望の光を。
 このゲームに終わりの鐘を鳴らせ。
どうか どうか 眼を逸らさないで
隣で泣いてる声に。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
5-7:音より、来る。
 
 
 
 
 
 世界も狭くなったものだ。自分達が飛行機に乗ってから、三時間も経ってい
ない。那覇空港に降り立った途端、むわっとした熱気が顔面を襲った。暑い。
無茶苦茶暑い。さすが沖縄である。
 
−−北海道育ちのふぶちゃんは大変だろーな…。
 
 聖也はちらり、と我が子同然の少年を見やった。白い肌に玉の汗が光ってい
るのに、吹雪はマフラーを外そうとしない。その意味を知っているだけに、外
せとも言えないのが実際のところだった。あのせいで熱中症になったりしたら
笑えもしないのだが。
 現在吹雪の事情は、キャラバンメンバーの大半、下手をすれば全員が知って
いる筈だ。公に吹雪が皆に話したわけではないが、人づてになんとなく伝わっ
てしまっているフシがある。吹雪が別に話してもいい、と言ったのが大きいだ
ろう。多分それは吹雪が無意識に、第三者への救いを求めているからとも解釈
できる。
 鬼道の死。風丸の死。イプシロンやジェネシスの悲劇。どうにかそれらから
立ち直ってきたとはいえ、皆が心に爆弾を抱えているのは事実だった。特に吹
雪はまだまだ不安定。彼の抱えている障害はかなり重度だし、そもそもここ数
日躁状態が続いているのが気にかかる。
 保護者として。十分に気をつけていかなければ。聖也が殊更派手にふざける
のはある種意図的な事だった。馬鹿馬鹿しい真似を笑ってくれれば、その間だ
けでも暗い現実を考えずに済む。逃避できる時間があるからこそ人は前を向い
て立ち上がれるのだ。
 
「まずは大海原中まで辿り着かないと」 
 
 瞳子が地図を取り出し、渋面を作る。
「…結構かかりそうね。あと三十分くらいキャラバンを走らせる事になるか
も」
「うう、まだ当分サッカーはお預け…」
「せんせーい!ここに、たった半日で禁断症状出てるサッカーバカがいまー
す!」
 ぐったりする円堂を指差し、一之瀬が笑う。禁断症状−−ああ、確かに。本
当に円堂はサッカーが好きなんだなぁと思う。本気で取り上げられたら、スト
レスで大暴れするんじゃないだろうか。
 
「聖也」
 
 とことこと、と照美が歩いてくる。聖也は反射的に派手なポーズをとった。
「おお、愛しのアフロディーテ!やっと僕の胸に飛び込んでくる気になったの
だね!!
「君の胸に飛び込むくらいなら屋上から紐無しバンジーした方がマシ」
「……そんなに嫌デスカ」
 真顔で言い放たれて若干真面目にヘコむ。紐無しバンジーってつまりは飛び
降り自殺した方がマシって事ですか。そのレベルですか。こっちはこんなに愛
してるのに!!
 
「ふざけないの!…サジタリウスの件。真面目な話、どこまで試算終わってるの?」
 
 やはりその話だったか。聖也はごそごそと手元のポーチを漁る。折り畳んだ
資料を開き、照美に渡した。
 
「とりあえず一通りシュミレーションしてみたけど…この数字は結構キツい
んじゃないかね。パワーレベルがハンパねぇもん」
 
 サジタリウス。それは聖也と照美の二人で完成させる、新たな連携技の名前
だ。全てを貫く神の矢。使えるようになれば大きな戦力になる事間違いない−
−が、なかなか開発には難航していた。非常に強力な技なだけに、難点が多か
ったのである。
 そのうちの一つが、威力の大きさから来る反動がハンパないという事。馬鹿
力だけでノーコンな聖也の力を、照美が無理矢理制御し正確無比に打ち出す技
なのである。つまり、彼の負担はハンパないのだ。これをいかに軽減させるか
が大きな課題だった。そのせいで、本来大阪で完成できる筈だった技が間に合
わず、現在まで引っ張ってしまっているのである。
 大阪でも使えず、福岡でも使えず。このままでは永遠に絵に描いた餅のまま
だ。早急に手を打ちたい−−そう思ったのは彼も同じだったのだろう。
「…禁断技にならないギリギリレベルだ。もう少し詰めるけど、使用制限は絶
対かける事になるぜ」
「問題ない。無茶をせずして勝てる相手じゃないんだ」
「そりゃ分かってるけどよ…」
 聖也は眉を寄せる。あっさりと言い放つ照美に一抹の不安を覚えたのだ。
 
「…真帝国の件、忘れた訳じゃないだろ。俺ぁ嫌だぜ、お前までああなるのは」
 
 影山の死は照美にとって相当のトラウマだった筈だ。そんな彼の前で、真帝
国の話題を出すのは心苦しいものがある。それでも言わざるをえない。万が一
にでも照美が再び力に溺れるような事になったら、佐久間や源田のようになっ
たら。
 影山になんと謝ればいいのか。照美がこれ以上不幸になる事など彼はけして
望むまい。そして自分も−−キャラバンの仲間達も、既にいない世宇子の彼ら
だってきっと。
 
「……分かってるよ」
 
 照美はきゅっと唇を引き結び、きびすを返した。
 
「これ以上、吹雪君を追い詰めるような真似はしないよ。でも…何かを守った
り救う為には、それなりの力は必要だと思うだけ」
 
 そのまま歩き去ってしまう。照美の表情を見てか、吹雪がやや顔をしかめて
こちらを見た。また余計な事を言ったんじゃないだろうな、と。聖也は肩を竦
める。余計な事と言えば、余計な事だったのかもしれない。けれど。
 
「忘れんなよ…失うのが怖ぇのは…俺だって同じなんだからよ」
 
 呟く。誰に聞かせるでもなく−−ひょっとすると自分に聞かせる為に。
 恐怖や絶望を忘れてはならない。怯え、沈むからこそ人は立ち上がり希望を
掴める価値を知る。長年の経験から、聖也は嫌というほどそれを学んでいた。
「海海海!泳ぎてぇっ!なぁ、駄目?駄目?」
「木暮お前なぁ…」
 じたばたじたばた。空気を読まず騒ぐ木暮に、塔子が呆れた声を出す。
「だって!俺海なんて行った事ねぇんだもん!!そんな事言っちゃったって、み
んなさりげなく水着持って来てんだろ!?
「…!!
 あ、今素早く眼を逸らした奴−−多数。って照美と吹雪と秋と大人二人以外
全員ってどうなんですか。
 かく言う聖也も、ちゃっかりバッグに海パン入ってたりするのだが。
 
「大海原は海のすぐ側にある学校ですけど…」
 
 春奈がパソコンのナビを見て言う。
 
「どうします?瞳子監督?」
 
 瞳子は深々とため息を吐いた。しょうがないガキどもめ、と思われても仕方
ない。が、彼女もだいぶ雷門の個性派メンバーに慣れてきた筈である。
 
「…浜辺で特訓、までよ。泳ぐのは許可しないわ」
 
 つまり水辺で足バシャバシャは許されるのか。そう解釈してか、メンバーの
あちこちから歓声が上がった。みんな単純だ。泳げないのは残念だが、海に行
けるというだけで嬉しいのだろう。
 かく言う聖也もその一人で。
「よっしゃ水着ギャルと水着ボーイを狩りまくry
「アンタはどこのオッサンやねん!はいはい聖也は大人しくしといてな〜」
「げふっ」
 本場大阪のツッコミを食らって吹っ飛ぶ聖也。リカ、まったく容赦がない。
 関西人は巨大ハリセンが標準装備なのか、リカだけなのか。いずれにせよ覚
えておこう、と遠のく意識の中で思う聖也だった。
 
 
 
 
 
 
 
 少々、休みすぎてしまった。グランはよろけながらも研究所の廊下を歩く。
一体何十時間睡眠だアホ、といつもならウルビダの叱責が飛ぶところだ。そう
ならないのはグランを寝かせた張本人がウルビダであるからか、あるいは彼女
にも元気が無いせいか。
 
−−多分その両方…だろうな。
 
 彼女の性格は昔から熟知している。クールで下手な男の子より男らしい美
人。おままごとより木登りが好きで、思えば一番最初にサッカーが上達したの
も彼女だった気がする。
 それでいて女の子らしい一面もあるのだ、ウルビダは。気遣いが上手くて、
料理も上手くて。ツンツンしているように見えて本当はいつも仲間を思ってい
るし、みんなの誕生日もしっかり覚えている。彼女からプレゼントを貰わなか
った年は今に至るまでない。
 彼女には、様々な意味で感謝しなくてはならない。思いやり深い彼女のこと、
本当はこの計画そのものに心を痛めているに違いない。でも優しいから、父の
意志も無視出来ない。本当はキャプテンである自分が彼女や皆を支えてやらな
ければならないのに−−いつも、いつだって自分は護られてばかりだ。
 護りたいのに、護られるばかりで何一つ護れない。ひょっとしたらガゼルも
こんな気持ちだったのだろうか。
 
「…コーマ!いるかい?」
 
 部屋のドアをノックする。どうぞ、と。すぐガイアの優秀な参謀の声が返っ
てきた。自分は倒れてしまったし、ウルビダも精神面からかなり疲労していた。
仕事が増えてコーマは相当大変だった筈だ。
 思った通り、彼はパソコンに向かっていた。ちらっと見たところ開いていた
のはExcelらしい。皆のスケジュール帳の更新作業といったところかなとアタ
リをつける。
「すみません、グラン。体調の優れない貴方を出向かせるつもりは無かったん
ですが…。というか、起きたなら内線で呼んで頂ければ飛んでいったんですけ
ど」
「いいんだ。俺も散歩したい気分だったから。それより」
 聞かなければならない。自分が倒れたあとの事を。
「あの後…何があったの?さっきキーブとネロに会ったけど、もの凄く暗い顔
してたし」
「……」
 手を止め、コーマが振り返る。彼の顔も、沈んでいた。キーブ達と比べれて、
隠そうとする努力は見られるけれど。
 
「…ガイアは、試合に勝ちました」
 
 沈黙の後、コーマが口にしたのは予想外でも何でもない事実。あれだけ差を
つけたのだから、勝てない方がおかしいだろう。
 自分が訊きたいのはそんな事ではない。彼は−−風丸はどうなったのか。円
堂大介のノートは?
 
「…落ち着いて、聞いて下さい。風丸君、彼は……」
 
 落ち着いて。そう言われた時点で、嫌な予感しかしなかった。最悪の想像が
脳裏をよぎる。そして。
 
「風丸一郎太は、死亡しました。そして遺体は、二ノ宮に持ち去られて…」
 
 告げられたのは、最悪を越えた−−悪夢。
「死ん、だ…彼が…!?
「事故だったんです!」
 血の気を引かせるグランを遮るように、コーマが叫んだ。
「風丸を退場させよと命令され、攻撃したのは事実!しかし、我々の一人とて
彼の死を望んでいたわけじゃありませんでした…!ウルビダだって…!!
「ウルビダ?…彼女が?」
「っ!!
 はっとしたように自らの口元を覆うコーマ。彼の顔も蒼白だ。だから−−グ
ランは大まかながら悟ってしまった。自分が倒れた後、福岡でどんな悲劇が起
きたのかを。
 彼女のシュートは凶器になり得る。多分、当たりどころが悪かったのだろう。
それがこんな結果を招くだなんて−−死んだ風丸も報われない。そしてウルビ
ダは一人、どれほど苦しんだ事だろう。
 そして、恐ろしいのはそれだけじゃない。風丸の遺体が魔女に持ち去られた。
ならば彼は、魔女の最悪の道具にされてしまう可能性が非常に高い。
 
「なんて事…っ!!
 
 あんな強く、真っ直ぐな意志を持った彼が。よりによって。
 
「…他にもグラン、貴方に話しておかなければなりません、そう」
 
 コーマは苦い表情で続けた。
 
「破滅の魔女、グレイシアの事を」
 
 
 
NEXT
 

 

もしも戻れるなら、他には何にも望まないのに。