受け流し、身を任し。 逆らわずにチャンスを待つんだ。 いつか乗りこなす瞬間は来る。 抗うのはそれからなんだ。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 5-10:惹かれ惹かれし、かの季節。
で、何故こうなったのか。 サッカーしてるなら参加させてくれ、と練習に乱入してきた綱海。結局聖也 と交代で、彼が照美のチームに入ってくる事になった。 「よろしくな!照美チャン…だっけ?」 「はいはいお約束!僕は男!」 「ま、マジ!?」 差し出してきた手をぺちりとはたいて照美はため息を吐く。今更慣れきった やりとりだ。もうかなり諦めてはいる事だが、本音はもう少し男らしくなりた いところである。 綱海乱入も驚いたがそれ以上に、彼の参加を瞳子が黙認したのも驚いた。彼 女の意図が分からないではない。先程のサーフィン−−綱海の身体能力とボデ ィバランスは相当なものだ。鍛えれば戦力になる。そして本当に役立つような らキャラバンにスカウトしたい−−そんなところだろう。 まあ聖也との連携技を試す機会はなくなったが悪くはない。−−この綱海の テンションに、自分が少々ついていけないというだけで。
「じゃ、じゃあ…改めて。三点先取サッカーバトルを開始するぞい!」
コイントスは終わっている。リカ、レーゼ、壁山、立向居チームからキック オフだ。審判役の古株が笛を鳴らす。ホイッスル。それが合図。
「まずはお手並み拝見と行こうかな」
ボールを持ったレーゼが上がろうとする。その間にリカはゴール前へ−−サ ッカーバトルじゃ王道の戦法だ。照美は吹雪とアイコンタクトを交わす。吹雪 も理解したのだろう、頷きリカのマークにつく。
「任せろ!おおおっ」
綱海がレーゼに向かっていく。照美は苦笑した。守る側は基本、ある程度相 手を待ち構えてから動くのが定石だ。真正面から突っ込んでいけばかわされた 時の対応に遅れが出て、結果相手の突破を許してしまいがちになる。 彼はサッカーのディフェンスの基本をわかっていない。素人なのは本当らし い。
−−でも。
「闇雲に突っ込んで止められると思うな!ワープドライブ!」
やはりと言うべきか、レーゼが必殺技を発動させていた。その手から生み出 される次元の歪み。それが紫のワープホールとなり、空間を飛び越えさせる。 直前に綱海が手を伸ばしていたが、レーゼを捕まえる事はできなかった。はっ として綱海が振り向いた時には、彼はその俊足でずっと先へと走っている。
「うわっマジでか!」
空間を飛び越える超次元な必殺技に綱海は驚き、眼を輝かせる。相手の方が 一枚上手だった。完全に負かされた。それなのに相手を尊敬し、さらなる闘争 心に繋げる事が出来る−−まるで円堂のようだ。 しかし、それよりも照美が驚いたのは−−綱海の驚異的な反応の早さ、だ。 ワープドライブは完璧に近い形で決まっていたのに、綱海の手はレーゼの髪を 掠めていた。何故か。彼は抜かれる瞬間に身を翻して、レーゼの行く先を塞い でいたのだ。あの反射速度の早さは−−努力で身に付くものではない。生まれ ついての、才能だ。
−−そしてあの無理な体制からの切り返しに関わらず…転んでいない。バラン ス感覚が凄いんだ、彼。
照美はサーフィンをした事がないので、詳しくは分からないが。恐らくサー フィンで最も要求されるのがバランス感覚であり、次に経験と勘が来るのだろ う。どんな技術もまずバランス感覚ありきだ。波に振り回されていてはただ溺 れるだけだ。そしてここで言うバランス感覚は様々な場面やスポーツで応用が きく。サッカーとて例外ではない。 「リカ!」 「任しとき!!」 レーゼからリカへパスが出る。不味い展開だ。だが、そんな単調なパスが通 るほど自分達も間抜けではない。
「吹雪!」
照美が名前を呼ぶより先に吹雪が走っていた。レーゼはパスが上手く、仲間 達の個々の能力もしっかり把握している。ゆえに、リカが追いつけるギリギリ の地点にパスを出す事が出来る。 けれど、それがかえって彼のボールを読みやすくしている。仲間達の能力を 把握しているのは自分だけではないのだ。リカがとれる距離とレーゼのパスの 軌道上−−そこに必ずボールが来る!
「そこだ、吹雪君!」
照美は叫ぶ。リカがボールをとるより先に吹雪がトラップしていた。インタ ーセプト成功。さらに。 「オーロラドリブル!!」 「くっ」 パスの失敗を悟るやいなや駆け出しだレーゼは流石だが、吹雪のドリブル技 を破る事が出来なかった。彼唯一の弱点は、有効なディフェンス系必殺技を持 たない事である。オフェンス特化のミッドフィールダー。それがレーゼの強み でもあり弱みでもあるのだ。 対し、吹雪のスタイルはオールラウンド。手堅い守備から素早く攻撃に転換 する事が出来、ドリブル、ブロック、シュートとどれをとっても申し分ない。 難点があるとすればそのメンタルの弱さと、フィジカル面か。小柄な体格は 時に大きな弊害となる。彼の突破力はその怪力ばりの脚力に頼ったものである 為、足にかかる負担が大きいのも悩み所だ。いずれうまくカバーする方法を考 えていかなければならないだろう。 どんな人間にも長所や武器があり、弱点もまた存在する。必ず、だ。弱点が 無いように見える人間は単に隠すのが上手いからに過ぎない。そして相手に弱 点を悟られない“演技力”もまた自分達にとっては大きな武器になりうる。 一人一人が自分や相手のプレーを見つめ直し、反省し、吸収する。だからサ ッカーは面白いのだ。
「わっ…!」
そんな照美が見ている傍で、吹雪が砂に足をとられて躓いた。こりゃチャン スだと言わんばかりにボール奪取を目論んだリカも、折り重なるようにしてす っころんだ。そろそろ来るかな、と思った事はやっぱり来るものである。 「あっちゃ…結構みんないつも通りプレイできてるなーと思った矢先に…」 「最初のうちは慣れないまでも、脚力で無理矢理バランスをとってたんじゃな いですかね」 一之瀬の言葉を、宮坂が引き継ぐ。 「でも少し疲れくるとそうはいかない。走るだけでかなり体力使う筈ですか ら」 こぼれたボールを拾ったのは−−綱海だった。 プレイそのものは素人くささが隠せない彼だが、沖縄育ちのサーファーなだ けあって一番砂の上で平気そうな顔をしている。走り方もしっかりしたものだ。 「綱海君、そのままシュートしてみて!」 「え?」 「いいから!君のシュートが見たいんだ」 ひょっとしたら、ひょっとするかもしれない。綱海がどのポジション希望か は分からないが、キーパーでさえロングシュートが武器になる昨今だ。キック 力があるに越したことはないのである。 足腰が強い綱海ならもしかしたら。
「おうっ、よくわかんねーけど…ならお言葉に甘えて打たせて貰うぜ!」
綱海が応じ、シュート体制に−−と思いきや、彼はここでまた度肝を抜く事 をしてくれた。なんとボールに飛び乗ったのである。
−−なっ…!?
ざばん、と波音が鳴った。彼を中心に、その一帯が海のフィールドと化して いく。綱海はボールをサーフボード代わりにして、波の上を滑り出した。そう −−彼はサッカーで、サッカーのフィールドでサーフィンを始めたのだ。 呆気にとられる面々の前で、少年の体は大きな波を飛び越えて宙を舞った。
「いくぜっ…ツナミブースト!!」
海水を巻き上げたボールを、綱海は懇親の力で蹴りつけていた。水流が渦を 巻き一直線にゴールに向かう。驚きから瞬間動きを止めていた立向居が、慌て て必殺技の構えをとった。
「マジン・ザ・ハンドー!!」
青い魔神が猛々しく吼えた。初代イナズマイレブンが伝えた伝説のキーパー 技とその守護神。魔神の腕が真っ直ぐシュートに伸び、がっしりと受け止めた かに見えた−−その刹那。 ぱあん、と風船が割れるような音。水圧に負けた腕が押し返され、やがて魔 神の掌を突き貫いていた。勢い余って後ろに転倒した立向居、そのすぐ左脇の ゴールネットにシュートは突き刺さっていた。 ゴール。これで1対0。照美、吹雪、綱海、円堂チームの先取点だ。 「うわあ!綱海お前、すげぇな!!」 「お褒めに預かり光栄にございますですよ、キャプテン」 ユーモアたっぷりに円堂に礼をする綱海。照美はじっと彼を見つめた。沖縄 にこんな人材が眠っていようとは−−これは思わぬ収穫だ。
「きーっ!油断したわ自分!!次はこーはいかへんで、覚悟しときぃや!!」
リカがきーきーと声を上げる。負けず嫌いは彼女の長所だ、転んで立ち上が るたび力を発揮するのが彼女である。次は全力で綱海を抑えにかかるだろう。 と、それはいいがまずは吹雪の上からどいてあげて欲しい。すっかり伸びて ぺしゃんこになっちゃってるではないか。 「リカ、早く配置につけ。再開するぞ」 「はぁーい」 レーゼ、ナイス。照美は慌てて吹雪に駆け寄った。
「だ、大丈夫?おーい」
ほっぺをぺちぺち。吹雪は目を回しながら言った。 「む、向こうでアツヤがおいでおいでしてる…」 「わぁっ駄目駄目駄目!戻ってきてー!」 リカの体重って意外と重いのか。そうなのか。それを真正面から訊くほどデ リカシーがないわけじゃないし、第一訊いたら殺されそうなので絶対無理だ が。
「そ、それでは…ゲーム再開!」
なんとか吹雪を立ち上がらせて、サッカーバトルは再開された。あと二点取 ればこちらの勝利。総合的な戦力ではこちらが勝る筈だ。力技の勝負に持ち込 めば勝てる確率はさらに上がる。 そしてそれはリカやレーゼも分かっていることだ。
「大阪の女、ナメたらアカンで!“プリマドンナ”!!」
やはり、パワー任せではなく、こちらを翻弄させる作戦で来たか。プリマド ンナ。踊るような動きで敵を幻惑し、ある種の催眠状態に置く必殺技だ。かけ られた相手は踊らされた上力を抜かれて膝をつく。
「どわっ」
思った通り、綱海はこの方向には弱かったようだ。へたりこまされた彼の横 を、リカは悠々と走り抜けていく。 「壁山!」 「はいっす!!」 壁山に一度ボールを下げ、レーゼとリカは二人ともゴール前へ。ダブルフォ ワード。勝負に出て来た。照美はレーゼを追い、綱海にはリカをマークするよ う伝える。そして吹雪はカウンターに備えて自陣ゴール真正面へ。 さて、壁山はどちらへパスを出す?
「立向居君っ!」
予想外の方向へ来た。壁山はキーパーの立向居にパスを出したのだ。受け取 った立向居はゴールを離れ、なんとドリブルで中央まで持ち込んできた。そし て。 「彗星シュート!」 「!!」 そうだ。キーパーの立向居にもロングシュートを会得させていたこと、すっ かり忘れていた。しかもシュートは円堂の守るゴールではなく、レーゼの方へ。
「しまった!」
立向居に気を取られてマークを甘くした隙を突かれた。レーゼが足を振りか ぶる。アストロブレイクだ。
「くっ…!」
シュートは反応の遅れた円堂の脇を抜けていく。一対一。追いつかれてしま った。でも何故だろう。こんなにも楽しくて仕方ないのは。 照美は笑みを浮かべる。ギリギリのプレッシャー。これだからサッカーはや められないのだ、と。
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僕等は波乗りボーイズ。